12日間戦争の教訓―「リスクオフの円買い」から「有事の円売り」へ
- 12日間戦争とドル円相場の急騰と終結後の急落
- 米ソ冷戦下の代理戦争を通じた「有事のドル買い」
- ポスト冷戦下の「リスクオフの円買い」と円キャリートレード
- トランプ革命がもたらした「有事の円売り」
12日間戦争とドル円相場の急騰と終結後の急落

梅本 徹
2025年6月13日、イスラエルによるイラン空爆によって火ぶたを切った12日間戦争は、トランプ米大統領が6月16日に中座したカナナスキスG7サミットの共同声明におけるイスラエル支持表明を経て、6月21日の米国によるイランの3か所の核施設空爆によって呆気なく終結した。
この間ドル円相場が142円台から148円台まで急騰後、休戦によって144円台まで急落したことは、トランプ革命によって地政学的リスクの為替相場に与える影響が様変わりしたことを物語っている(図表)。

米ソ冷戦下の代理戦争を通じた「有事のドル買い」
米ソ冷戦の時代には、「有事のドル買い」と「有事のスイスフラン買い」が存在した。核兵器を大量保有する米ソが対峙する冷戦下では、両国が互いを直接を攻撃することはなく、ベトナム戦争やアフガン侵攻等の代理戦争が頻発した。
この際、米ソ間の緊張によって、為替市場では、ソ連に隣接する日本と西ドイツの地政学的リスクが強く意識され、ドルが円とマルクに対して買われた。また、永世中立国のスイスフランも上昇した。さらに、中東における武力衝突に際しては、原油価格の急騰と供給懸念によって、ドル円相場の上昇に拍車がかかった。
ポスト冷戦下の「リスクオフの円買い」と円キャリートレード
1989年にはベルリンの壁が崩壊し、1990年代初めにソ連が消滅すると、米国一国支配のポスト冷戦(グローバリゼーション)時代が到来する。米国は、世界中のあらゆる武力紛争に対して世界の警察官としての関与を迫られたため、金融市場は次第に「有事のドル売り」で対応するようになった。
また、2001年の同時多発テロ勃発後、米国はテロとの戦争にコミットする一方、自爆テロは広く西欧にも広がる中、非キリスト教国の日本はそれとはほぼ無縁であった。さらに、同時期、日銀のゼロ金利政策によって円キャリートレードが為替市場を席捲したため、経済学的・地政学的リスク上昇に際して、「リスクオフの円買い」が定着した。日経平均株価とドル円相場の強い正の相関関係が観察されたのもこの時代である。
トランプ革命がもたらした「有事の円売り」
ところが、分断の時代には世界の地政学的状況が急変する。2014年にはロシアがクリミアを併合、中国は一対一路を通じた覇権主義を強く打ち出し、2016年にはその中国のGDPが購買力平価ベースで米国を凌駕、翌2017年発足した第1次トランプ政権は米中貿易戦争の口火を切った。
さらに、2020年には、コロナ禍によるサプライチェーンの分断によって、世界各国が経済安全保障(地経学)の重要性を身をもって認識し、2022年にはロシアがウクライナに侵攻、そして、2025年に発足した第二次トランプ政権は、トランプ革命と呼ばれる米国一国主義に大きく舵を切った。欧州では、ロシアの脅威に対してNATOはいち早く国防費5%(対GDP比)への増額を表明、良好な対米関係の維持を果たした。
一方、極東では、中国、ロシア、北朝鮮という三つの東側核保有国と韓国、台湾、日本という三つの西側非核保有国・地域が対峙、まさに21世紀の「火薬庫」の様相を呈し,日本の地政学的脆弱性が露呈しつつある。
いまのところ、トランプ政権のプライオリタイザー派はアジア地域へのコミット継続を表明する中、安全保障専門家の一部には、平和憲法により米国の片務的な同盟国である日本は、第二のウクライナとの指摘がある。必ずしもイランと北朝鮮は同一視できないとの専門家の指摘がある一方、今回の米国によるイランの核施設空爆を目の当たりにして、肝を冷やした市場参加者も少なくないはずだ。
12日間戦争においては、原油価格の急騰や供給懸念も円売りを誘った。今回、トランプ革命が為替市場に明確にもたらしたものは、「リスクオフの円買い」から「有事の円売り」へのセンチメントの大転換である。