過去から探る2025年の円相場見通し 日本の政局不安を通じドル円は115円へ。ただし「日本売りリスク」には要注意
日米双方が金融政策の転換に動き、相変わらず為替市場は不確実性の中を彷徨った。そんな2024年が終わろうとしている。来る新年はいったいどうなるのか。見るべきポイントは数多あるが、頼りになる視点のひとつが「歴史」が教えてくれるトレンドだ。過去をヒントに新年の円相場を考えてみよう。
購買力平価の残渣は注目すべき指標である
2024年の為替市場を簡単に振り返ってみよう。ドル、ユーロ、ポンド(以下主要3通貨)の対円相場は、欧米と日本との間の約5%にも及ぶ金利差を背景に、同年7月上旬には年初比プラス13~16%までの大幅上昇を記録した。この結果、円安による国内物価上昇が政治問題化し、わが国財務省は、4月終わりから5月初めにかけて10兆円、7月中旬には6兆円の円買い介入を実施。さらに、7月末には日銀が利上げと量的金融引き締めを行った。
米景気の減速懸念から9月のFOMC(米連邦公開市場委員会)における0.5%の利下げ期待が高まると、主要3通貨の対円相場は、9月中旬に年初来マイナス1~プラス3%まで暴落した。その後、FOMCでは予想通り0.5%の利下げが実施されたものの、10月に入ると、月初に発表された9月の雇用統計の内容から米景気に対するノーランディング観測が強まった。
また、10月中旬の国慶節連休明けの中国では、景気刺激策が矢継ぎ早に発表され、中国経済に対する楽観論も急速に広がった。その結果、市場における欧米と日本との間の金利差縮小見通しが修正され、投資家のリスク許容度が増大。そこへ中台情勢の緊張や北朝鮮によるウクライナ派兵といった極東における地政学的リスクの高まりや、わが国の政局不安が円売りを誘う格好となった。主要3通貨の対円相場は、10月下旬に年初比プラス6~11%まで反発している(図表1)。
2024年年央におけるドル円相場急落に関して筆者が思うところがいくつかある。第一に、市場参加者の間では円買い介入の影響が明らかに過小評価されている、ということだ。
円買い介入は、財務省が保有している円キャリートレードの民間部門への強制移転である。2024年4月末から7月中旬の3カ月足らずの間に、円売り介入によって15兆円もの円売りポジションが民間部門に放出された。市場参加者が注目するCME(シカゴ・マーカンタイル取引所)に上場されたシカゴ国際金融取引所(IMM)通貨先物における投機的円ショートポジションの2024年中のピークはたった2.3兆円(2024年7月2日時点)であり、円買い介入額はその7倍弱に相当する。
また、2024年1~7月期の日本の経常収支黒字(季節調整値)は15兆円であり、円買い介入はこの期間中の経常収支黒字が倍増したのと同じ効果を生み出した。したがって、円買い介入は円相場の急騰に少なからず影響を及ぼしたとみるのが妥当である。
第二は、市場レートの購買力平価に対する“残渣(ざんさ)”はやはり為替相場予測に有用であったと考えられることだ。
資本取引が主流となった現代の外国為替市場では、購買力平価を1921年に経済学者G・カッセルが提唱した時のような単なる貿易理論として矮小化すべきではない。むしろ、通貨数量説の立場から、購買力平価を解釈すべきだろう。なお通貨数量説とは、通貨供給量が物価を決定するという考え方である。
また、資本取引が主流をなす現代の為替市場においては、2国間の通貨供給量の差によって為替レートが決定されると考えることができる。
この観点から、現在の為替市場におけるドル円相場と購買力平価の大幅な残渣(80%を超える円の過小評価)は、日銀の量的緩和による日本の通貨供給量の急増にもかかわらず日本の物価上昇が緩慢なことに対して、為替市場では日本の通貨供給量の急増を受けて円相場が大幅に下落したことによって生じたと解釈される。
したがって、理論的にそれは、日本のハイパーインフレか市場におけるハイパー円高によって解消されることになるだろう。そして、2024年中に実際に起こったことは、日本の金融当局による非不胎化介入が招来した2カ月間で20円を超えるドル円相場の暴落であった。
日本の政局流動化はこれまでも円高を招来
2022年11月に発覚した「裏金疑惑」の問題が2024年中に政治問題化した結果、同年10月下旬に実施された解散総選挙で自公は過半数割れに陥り、現在、政局は混迷を極めている。一方、歴史は、日本の政局流動化やそれに続く政権交代が長期かつ大幅な円高を招来したことを教えている。この点についても、“おさらい” をしておこう。
1976年2月に発覚したロッキード事件によって自民党内では派閥抗争が激化し、「三木おろし」と「大福戦争」が勃発した。事件発覚当時政権にあった三木内閣は1976年12月に退陣に追い込まれ、福田内閣が発足するが、同内閣も1978年12月には退陣を迫られ、大平内閣に取って代わられた。このときドル円相場は、1976年2月の302円から1978年10月には183円までの急落を見せた。
1988年6月にはリクルート事件が発覚、政局大混乱の果てに自民党は分裂、政権交代によって細川非自民連立内閣が誕生した。事件発覚当時政権にあった竹下内閣が1989年6月に退陣に追い込まれると、自民党は大混乱に陥り、その後の4年間に宇野、海部、宮沢の3内閣が発足・退陣を繰り返した。
結局、自民党は分裂し、1993年8月には細川連立内閣(非自民)が誕生する。しかし、その後も政局は安定せず、1994年4月の羽田連立内閣(非自民)、同年6月の村山連立内閣(自社さ)、1996年1月の第1次橋本連立内閣(自社さ)と政権交代が続いた。自民党が単独政権を奪還するのは、1996年11月の第2次橋本政権の誕生を待つこととなった。この間、ドル円相場は、1990年4月の158円をピークに、1995年4月には84円まで急落する。
2007年9月に第1次安倍連立内閣(自公)が同首相の体調不良によって突然退陣すると、自民党政権は急速に弱体化、民主党による政権交代が実現したが、結局、2012年12月までの5年間に毎年首相が交代するという政治不安に陥った。すなわち、安倍内閣を引き継いだ福田連立内閣(自公)も2008年9月に交代、その後の麻生連立内閣(自公)も1年間で退陣を迫られ、その結果、2009年9月には、政権交代によって、鳩山内閣(民主党)が誕生した。
しかし、その後の民主党政権も安定せず、2010年6月の菅内閣(民主党)、2011年9月の野田内閣(民主党)と首相交代が連続し、2012年12月の第2次安倍連立内閣(自公)誕生まで政局の流動化が続いた。この間、ドル円相場は、2007年6月の123円から2011年11月には77円まで急落した(図表2)。
これら3つのケースに共通しているのは、政局の混乱により弱体化した日本の政策運営が、米国の政治的なドル安誘導や市場の圧力に付け込まれた結果、極端な円高が生じたことである。
ブレトンウッズ体制崩壊後の米国による為替政策は、1971年8月のニクソンショックから1978年11月にカーター大統領によるドル防衛策導入までの7年間の第1次ドル安政策期、それ以降、1985年9月のプラザ合意までの7年間のドル高政策期、それ以降、1995年4月のワシントン合意までの10年間の第2次ドル安政策期、それ以降、現在に至る“strong dollar” lineと呼ばれるドル高・市場不介入政策期に分けられ、それぞれの政策転換の過程は、実質ドル円相場の推移に如実に表れている。
1976年のロッキード事件と1988年のリクルート事件は、それぞれ、米国による第1次、第2次ドル安政策期に勃発している。したがって、それぞれの後に生じた円高は、米国の政治的なドル誘導とそれを受けた市場のドル安圧力に、政局不安によって弱体化した日本の政権が屈した結果とみることができよう。
特に、後者の円高は、1994年2月に開催された細川・クリントン会談での通商交渉決裂が直接的な引き金となった。2007年から2011年までの円高は、米国によるドル高・市場不介入政策期に生じている点において、ロッキード事件やリクルート事件のケースとはやや様相が異なっている。すなわち、この時の円高は、2007年9月の米サブプライム危機が招いた世界金融危機(いわゆるリーマン・ショック)や2009年10月のギリシア財政危機を契機とした欧州ソブリン危機が生んだ「質への回帰」による市場の円高圧力に、政局不安によって弱体化した日本の政権が屈した結果と理解することができる。
米中対立の先鋭化から第3次ドル安政策期突入
では、これらの経験を基に、2025年のドル円相場をどのように見通せばいいだろうか。今回、ポイントとなるのは、日本の政局不安が新たな「世界の分断」下で生じたことである。
2025年1月に誕生する米国の新政権は、今後10年間余りで、7~10兆ドルの財政赤字を新たに生み出すとの試算がある(責任ある連邦予算委員会による)。財政赤字増大による長短金利の上昇は、直接的にはドル高要因である。しかし、市場参加者によって米国の財政不安が意識され、それがドル危機に発展すれば、逆にドルの暴落すら起きかねない。
さらに重要なことは、米中経済戦争の行方である。歴史は、経済戦争が関税合戦を経て最終的に通貨切り下げ競争に発展することを伝えている。これまで、米中の経済的な対立は、関税引き上げと国内産業補助金の増額にとどまってきたが、それがいずれは通貨切り下げ競争に至る公算大である。
中国は、2024年の全人代で、輸出振興を経済発展の主軸に据えた。また、同政府は、2005年より人民元の管理変動相場制(いわゆるダーティフロート)を採用しており、輸出振興のための人民元安政策を容易に実施することができる。一方、米国は、1995年以降、“strong dollar” line と呼ばれるドル高・市場不介入政策を採用してきており、このままではドル安誘導を実施することができない。
ただ、米国は、1944年のブレトンウッズ体制樹立以来、為替政策を自らの国益に照らして自由に変更してきた経緯がある。したがって、米中経済戦争が、ひとたび通貨切り下げ競争にはエスカレートすれば、米国はなんら躊躇(ちゅうちょ)なく為替政策のドル安転換を図るであろう。“strong dollar” lineの放棄と口先介入に加え、為替介入も辞さないドル安誘導の再開である(※)。これは、第3次ドル安政策期の始まりである。
※ドルが世界の基軸通貨として維持されることとドルの価値を維持することは必ずしもイコールではない。現在、金・人民元への資金シフトが起きているのは、ウクライナ戦争の結果、米国がロシアのドル資産を凍結し、同国をSWIFT(決済ネットワークシステム)から締め出したことによる。
この場合、1976年のロッキード事件、1988年のリクルート事件、2007年の世界金融危機と同様、「裏金疑惑」に端を発する今回の政局不安によって、弱体化した政権が米国のドル安誘導と市場の円高圧力に付け込まれ、今後、長期的かつ大幅にドル円相場が下落する可能性が出てくる。筆者は、ドル円相場が115円まで秩序をもって下落すると引き続きみている。
いまだに大きい下落余地。日本を取り巻くリスクに注意
ただ、そこにはリスクシナリオが存在する。日本政治の弱体化が市場の円安圧力に容易に屈する可能性も当然否めない。「世界の分断」は日本の経済的・地政学的な脆弱性を浮き彫りにした。筆者が日米の総要素生産性から試算したドル円相場のフェアバリューは現在188円であり、日米の産業競争力の観点から円には依然として十分な下落余地がある(図表3)。
また、景気急回復や財政拡大による米長短金利の再上昇、中国による不動産不況からの本格脱却、日本における低インフレと金融緩和の継続、中台情勢の緊迫化やロシアと北朝鮮の蜜月による極東における地政学的リスクの増大などによって、為替市場において日本売りアタックが生じた場合、円相場が制御不能なまでに暴落する可能性は排除できない。これは円の脆弱通貨の仲間入りを意味する。リスク要因の注視がひときわ求められる2025年、何にも増して日本政治の安定化が望まれるところである。