三菱UFJ信託銀行 資産運用情報 上場株式におけるインパクト投資の意義三菱UFJ信託銀行 資産運用部 シニアファンドマネージャー 道脇 祐介/ESG課 調査役 小原 翔太/アナリスト 赤坂 逸太
道脇 祐介
三菱UFJ信託銀行株式会社
資産運用部 シニアファンドマネージャー
2007年4月、三菱UFJ信託銀行入社。リテール営業、議決権行使、ESG調査、国内株式アナリスト・ファンドマネージャー業務を経て、2021年4月より現職。
Ⅰ.はじめに
気候変動や少子高齢化等の社会・環境課題の重要性が増す中、課題解決を図る事業等への支援は喫緊の課題となっている。そのため、社会・環境的効果(インパクト)の創出実現のために、産官学等の幅広い連携が広がっている。資産運用の領域においても、2023年11月の官民連携による「インパクトコンソーシアム」設立や、2024年3月の金融庁による「インパクト投資(インパクトファイナンス)に関する基本的指針」の公表が行われるなど、インパクト投資に対する注目や期待が高まっている。インパクト投資はベンチャーキャピタルやプライベートエクイティなど非上場株式を中心に発展してきたが、足元で上場株式の投資残高が増加している。社会課題解決には多様なステークホルダーの取り組みが重要であり、その中でも上場企業の役割は大きい。
上場株式におけるインパクト投資残高は順調に拡大しているとはいえ、本格的な普及には至っていない。アセットオーナーにとって興味があることは、上場株式インパクト投資を通じてインパクトの拡大に貢献できるのか、社会課題の解決に繋がるのかであろう。
本稿では、インパクト投資の現状や上場株式におけるインパクト投資の意義や課題を整理した上で、具体的事例を示す。その中では、企業活動の結果として実現するインパクトを偽ったり、誇張したりするインパクトウォッシュの懸念に対して、投資家がどのように取り組んでいるのか、その活動の貢献と重要性について述べる。
以下、第Ⅱ章ではインパクト投資の現状を確認する。第Ⅲ章では上場株式を対象とするインパクト投資の取り組み意義と課題、その課題への対応について整理する。第Ⅳ章では具体的事例を示し、第Ⅴ章は本稿のまとめとなる。
Ⅱ. インパクト投資の現状
1.インパクト投資とは
インパクト投資は、ESGを考慮するサステナブル投資に属する投資手法の一つである。他のサステナブル投資がESGを考慮することで長期的なリスク低減やリターン向上を目指すのに対し、インパクト投資は投資がもたらす社会・環境課題の解決をより強く意図し、社会・環境課題解決と財務的リターンの両方を投資目的とする点が特徴である。GIIN(※2)によると、インパクト投資の構成要素として以下の4点が重要とされる(図表1)。
(出所)GIINより三菱UFJ信託銀行作成
インパクトは、IMP(※2)により「事業や活動の結果として生じた社会的・環境的な変化や効果」と定義されている。即ち、インパクト投資とは、財務的リターンと並行して、ポジティブで測定可能な社会的・環境的な変化や効果の創出を意図した投資だと捉えることが出来る。
※1 Global Impact Investing Network, 2009年に設立されたインパクト投資に関する世界的なネットワーク
※2 Impact Management Platform, 2016年に設立されたインパクト・マネジメントに関する国際的なイニシアチブであるImpact Management Projectの後継組織
2.インパクト投資の動向
インパクト投資が推進されてきた背景の一つには、社会・環境課題のグローバル化や深刻化による政府やNGOの資金不足がある。社会課題解決のためには、公的資本だけではなく民間資本の投入が重要であり、民間資本の継続的投入には明確なインセンティブが必要となる。民間にとって投資のインセンティブとなる財務的リターンと、社会・環境課題の解決という目的が両立するインパクト投資は、民間資本を社会課題解決に活かすために重要である。
インパクト投資の歴史を理解するため、国内外での取り組みを図表2に示した。
グローバルでは2009年からGIINや GSG(※3)といったネットワークが設立されインパクト投資の情報が共有されることで、インパクト投資の発展に寄与してきた。2010年代後半から、インパクトを評価するためのIMM(※4)や、国際開発金融機関が策定したインパクト投資の運用原則など、インパクト投資を実際に行うための基盤整備が進められた。同時期から、国連サミット等において、各国のトップによりインパクト投資の重要性が現在に至るまで何度も言及されてきた。
国内では、2014年にGSG国内諮問委員会が設立されて以降、官公庁主導の有識者会議の設置や民間での取り組みにより、インパクト投資についての知見が共有・蓄積されてきた。2023年には、インパクト投資に関する知見を民間へと普及させ、意見の吸い上げを行うことを目的として、官民連携の「インパクトコンソーシアム」が設置された。2024年には、インパクト投資における正しい共通理解を醸成し、市場・実務の展開を促進するという目的で、金融庁が「インパクト投資(インパクトファイナンス)に関する基本的指針」を発表した。
国内のインパクト投資は近年急速に拡大している(図表3)。GSG国内諮問委員会の金融機関へのアンケート調査によると、2023年度でのインパクト投資残高は約 11 兆円(前年度比約2倍)に達しており、過去2年間で大きく拡大している。
※3 The Global Steering Group for Impact Investment, インパクト投資を推進するグローバルなネットワーク組織。2013年に当時の先進国首脳会議(G8)の議長国であった英国・キャメロン首相の呼びかけにより創設された「G8インパクト投資タスクフォース」が2015年に名称変更
※4 Impact Measurement and Management, 投資先企業のインパクトを測定し改善に活かしていくための一連のプロセス
しかし、国内のインパクト投資は未だ成長の途上にある。GSG国内諮問委員会の「インパクト投資に関するアンケート調査(2023年)」において、インパクト投資に対して一層取り組みがしやすくなる条件を尋ねたところ、「アセットオーナーや株主・投資家など、自社のステークホルダーからの関心・エンゲージメント」、「経営トップによる、インパクト創出への関心・理解」を挙げる回答が多かった。2021年までの同調査では、「インパクト測
定・マネジメント(IMM)のルール化と普及」が一番の課題として挙げられていたが、直近2年間は順位が下がっている。この結果から、IMM等仕組みの普及が一定程度進んだと読み取ることができ、次の段階であるアセットオーナー及び投資先である企業の関心をどう高めるかに焦点が移りつつあると考える。
また、同調査のインパクト投資を行うアセットオーナーの内訳(図表4)において、年金基金の割合が2%と限定的である。公的・私的年金は運用資産の全体のうち多くを占めると考えられることから、さらなる拡大余地があると考える。
Ⅲ .上場株式を対象とするインパクト投資
1.取り組み意義と課題(非上場株式との違い)
インパクト投資における『「社会的・環境的なインパクト」と「収益」の双方を実現する』との基本的な考え方は、投資先・投資家の別、アセットクラスの別に関わらず共通である。その一方で、アセットクラス毎に異なる特徴も有している。本章においては、上場株式を対象としたインパクト投資に取り組む意義と課題について整理したい。
(1)取り組み意義
①規模の大きさ
上場株式において取り組む意義の一つとして、環境・社会に与える影響の大きさが挙げられる。非上場企業と比べて上場企業はその経済活動の規模が大きく、関係するステークホルダーも膨大かつ多岐にわたるケースが多い。ポジティブ及びネガティブの両面において、社会全体に対して大きな影響力を持つことから、社会課題の規模が大きく想定受益者が多いほど、上場企業に期待される役割も相対的に大きなものになると考えられる。地球規模で発生している課題の解決を図るためには、受益者が享受する変化の程度(インパクトの深さ)に加え、その効果を享受する人数・範囲(インパクトの規模)についても、課題解決に向けて重要な要素となる。そのため、インパクト創出に向けて上場株式を対象としたインパクト投資に取り組む意義は大きいと考える。
なお、GSG国内諮問委員会によると、インパクト投資における投資対象企業の類型として、商品・サービス型とバリューチェーン型の2つが挙げられている。前者は社会・環境課題を解決もしくは改善する商品・サービスを提供している企業を指し、後者は自社バリューチェーン上において革新的な取り組みを実施している企業を指す。この内、前者の商品・サービス型企業については、商品・サービスが創出するインパクトと売上との連動性が比較的高いといわれている。そのため、売上規模の大きさがインパクト創出に向けた鍵となり、上場企業がその強みを活かせる機会は多いと考えられる。例えば、GAFA等に代表されるプラットフォーム型ビジネスを展開する企業については、その利用者が増えることで提供するサービスの価値が高まる。即ち、新たな利用者を獲得することでネットワーク効果が発揮され、ビジネス規模の拡大に伴い加速度的にインパクトの拡大も期待される。
一方で、非上場企業においては、政府・大企業では手が行き届かない領域においてその強みを発揮するなど、それぞれの強みを有していることから、上場株式及び非上場株式のいずれにおいても、その特徴を生かした活動が求められる。
②高いアクセス性
上場株式としてのアクセスの容易さも、取り組む意義の一つであると考える。上場株式は非上場株式と比べ、株式の流動性や情報の透明性の観点から、個人投資家、機関投資家を問わず、多くの投資家がその取引に参加しやすい。加えて、投資金額の大小を問わず投資することが容易である点は大きな特徴であると言える。上場株式への投資ではそのアクセス性の高さから、投資対象国・セクター・ビジネスモデルなどの属性に関して、ポートフォリオ内の分散が他の資産クラスよりも図りやすく、投資リスクを抑えながら、安定的な運用を実現しやすい。また、これまでインパクト投資の多くは非上場株式等への投資が中心であったが、流動性や透明性等の点を踏まえると、多くの投資家には投資のハードルが高かった。そのため、上場株式を通じたインパクト投資がより広く普及することで、社会課題の解決に資金が流れやすくなることが期待される。
(2)上場株式におけるインパクト投資の課題
前項において、上場株式を対象とするインパクト投資に取り組む意義について言及したが、他方でその課題も存在する。本項においては、GIIN’s Listed Equities Working Group (※5)より発行されたガイダンス(※6)を参考に、主な課題として「投資家と投資先企業の関係」、「企業の複雑なビジネスモデル」、「投資によるインパクトへの影響」の3点について説明したい。
①投資家と投資先企業の関係
上場株式を対象とするインパクト投資では、非上場株式を対象とする場合と比較して、投資先企業の発行済株式に占める保有シェアが限定的となるケースが大半である。非上場株式の場合、相応の株式比率を保有することで、投資先企業の経営への関与や関係性の構築も行いやすい。一方、上場株式においては、投資先企業の規模や投資家のポートフォリオ内の分散度合いにより、限定的な株式シェアの保有に留まるケースが多い。そのため、投資先企業への影響力の行使が限定的なものとなり、投資家と企業との関係を築くことが相対的に難しくなりやすい。
②企業の複雑なビジネスモデル
上場企業の活動はグローバル展開され、かつビジネスモデルやバリューチェーンが複雑となる傾向がある。また、同じ企業内においても、ポジティブな影響とネガティブな影響の両方が存在する可能性もあるため、投資家が求めるインパクトが創出されているかどうかを適切に測定することが難しい。測定の難しさについては、個社毎の測定に加え、ポートフォリオ内における測定についても同じことが言える。先述の通り、ポートフォリオ内の分散が図りやすいことが上場株式投資におけるメリットである反面、社会・環境的なインパクトの測定・管理にかかる複雑さが増加する点については課題であろう。
③投資によるインパクトへの影響
上場株式への投資はIPOや公募増資などを除き、主にセカンダリーマーケットにおいて取引が行われるため、投資された資金は投資先のバランスシートに直接的な影響がない(株価や資本コストなど間接的に影響を与えている)。そのため、非上場株式と違い、投資先企業が生み出すインパクトへの貢献が小さいとの批判がある。
一方、投資によるインパクトへの貢献とは、投資した場合に投資先企業が生むインパクトと投資が無かった場合のインパクトの差であると考えられるが、これを厳密に測定することは非上場株式であっても困難だろう。本質的に大事な点はインパクトの拡大、社会課題の解決である。投資家は投資資金による影響の厳密さを追求するだけではなく、エンゲージメントなどの活動を通じて、投資先企業が生み出すインパクトに如何に貢献するかが重要だと考えられる。
※5 GIINにより上場株式投資を通じてどのようにインパクトを追求できるかを議論するために組成されたワーキンググループ
※6 Guidance for Pursuing Impact in Listed Equities
本節においては、非上場株式との違いに着目しつつ、上場株式でインパクト投資に取り 組む意義と課題について触れた。それらの認識や理解が広まることで、投資残高も徐々に拡大しつつある。一方で、従来のESG投資の延長でファンドを組成し、インパクト投資と名乗るファンドも一定数存在するため、「インパクトウォッシュ(※7)」に対する懸念について度々議論が行われている。本節で述べた通り、上場株式投資においては、非上場株式とは異なる特徴や課題を有するため、インパクトウォッシュの懸念を払拭する取り組みや、一貫性のある運用プロセスの構築が投資家にはより強く求められている。これらについては国内外において議論が重ねられており、「セオリーオブチェンジ」や「投資家による貢献」の重要性が認識されつつある。この2点については次節以降で説明したい。
※7 インパクト投資として求められるインパクトの創出や、その測定と管理等を十分に行っていないにもかかわらずインパクト投資を標榜すること
2. セオリーオブチェンジ(Theory Of Change)
インパクト投資におけるセオリーオブチェンジは、インパクト投資を通じて解決を目指す社会課題について、その課題や問題が引き起こされている構造や原因を分析し、それを解決するために必要な行動とその結果を明確に示す。セオリーオブチェンジを検討することにより、最終的に目指す社会の変化(インパクトゴール)、事業活動からインパクトゴールまでの経路(ロジック)が整理され、そして社会課題や既存システムの構造分析が、投資プロセス全体の基盤として活用されることが期待されている。投資家の社会課題解決に向けた意図(インテンション)については、目に見えないものであることから、その本気度やインパクト創出に向けた道筋をセオリーオブチェンジで示すことが求められている。また、仮に同じインパクトゴールを目指していたとしても、課題が複雑になればなるほど、解決に向けたアプローチは人々の価値観等により異なるため、組織の羅針盤としての役割を担うことが期待されている。
特に上場株式投資においては、先述の通り、インパクトウォッシュの懸念が生じやすい。プライベート・アセットクラスと比較して、地域、サプライチェーン、顧客、ビジネスモデルが多様で広範であるとの特徴を踏まえ、ファンドのインパクト目標と、投資先の選定及び運用が目標達成にどのように関連しているかについて、セオリーオブチェンジを通じて明確に示すことが求められている。セオリーオブチェンジが明確になると、どの企業が投資戦略に合致しているか、また、これらの企業とどのように関わりを持つことができるか、そして意図した変化が起きているかどうかを評価するために必要な指標は何かについて、投資家を導く助けとなると考えられている。上場株式投資を通じてどのようにインパクトを追求できるかを議論するためにGIINが2019年に組成したGIIN’s Listed Equities Working Groupによると、上場株式におけるインパクト投資のユニークな特徴を考慮すると、最低限、図表5に示す構成要素を特定する必要があるとされている。
構成要素 | 内容 |
---|---|
A | 投資戦略が対象とする社会課題 |
B | インパクトの恩恵を享受する受益者(コミュニティ・場所・グループ等) |
C | 投資先企業からもたらされる変化や貢献 |
D | 投資家による貢献やポートフォリオの構築への統合の方法 |
E | 株式の選択と継続的な業績評価において重要な役割を果たす非財務目標 |
(出所)GIIN’s Listed Equities Working Group の資料に基づき三菱UFJ信託銀行作成
3. 投資家による貢献(Investor Contribution)
投資家による貢献とは、投資家が自身の関与により、投資先企業によるインパクト効果(アウトカム)に変化をもたらすことを指す。上場株式の投資家による貢献の手法としては、投資による資金提供の他、投資先企業に対する経営支援、業界団体・規制当局への働きかけ、市場に対する情報発信等の多様なアプローチが想定され、投資家のインパクト戦略や自社の強みを活かした活動を選択することが求められる。上場株式の投資家による貢献の類型として、インパクト投資の普及促進に取り組む財団であるImpact Frontiers(※8)より、投資家による貢献の方法として、図表6で示す4類型が示されている。
類型 | 内容 |
---|---|
積極的な関与 / エンゲージメント (Engage Actively) | 社会・環境的インパクトを創出するために、知識とネットワークを駆使し、積極的に関与する。エンゲージメントする相手は、企業・政府・業界団体などの様々な主体が含まれる。 |
インパクトの重要性を発信 (Signal that Impact Matters) | インパクトを考慮した上で投資判断を行い、そのことについて投資先企業や市場全体に発信する。 |
新規/供給不足の資本市場への貢献 (Grow New or Undersupplied Capital Market) | これまで投資が十分に行われていない新しい資本市場や供給不足の資本市場に投資を行う。(流動性の低い投資、リスクがリターンに比例しないと考えられる投資が含まれることもある。) |
柔軟な資本の提供 (Provide Flexible Capital) | こ低いリスク調整後リターンを受け入れる必要があることを認識し、柔軟な資本を提供する |
(出所)Impact Frontiers「Impact Contribution Strategies」より三菱UFJ信託銀行作成
*8 インパクト投資市場を協働で形成していくことを目指し、北米・欧州・アジアなどにおいて、インパクト投資及びIMM の実践支援や研修事業、投資家ネットワークの形成等を行うイニシアチブ
また、投資家の貢献を一歩進めた手法として、システムチェンジ投資が注目されている。気候変動や人権問題などに代表される社会・環境課題は、人類がこれまで活動する中で構築してきた様々な事柄が絡み合って生じる構造的で複雑な課題であり、局所的なアプローチでは根本的な原因解決を図ることは難しい。また、ポジティブなインパクト創出の裏では、ネガティブなインパクトが発生している可能性もあり、課題を俯瞰したシステム全体を捉える視点が重要とされている。そこで、投資先企業が創出するインパクトへの貢献に加え、特定の企業群・業界・規制当局・政府等に対して、投資家単独もしくは複数の投資家が協働してアプローチを行うことで、社会・環境課題を生み出す潜在的な真因に対して変化をもたらすなど、システムレベルでの貢献に注目が集まっている。自らの投資行動が、目指すインパクトの創出に好影響を与えられているかどうかを常に問い続け、システムレベルの貢献を探求することも、投資家による貢献の一つとして考えられる。以下は一例であるが、システムレベルでの貢献を目指した取り組みを紹介する。
アメリカに拠点を置き、インパクト投資に注力するDominiでは、2018年よりシステムレベルでの投資アプローチを開始。「森林」にフォーカスを当て、専門家への入念な分析を行った上で、森林価値を創出するシステムと破壊するシステムを特定するためのシステムレベルマップを作成し、継続的な行動のための計画を策定及び評価指標(KPI)を開発。政府や他社とも共有しながら課題解決に向けた取り組みを進めている。
また、英国エジンバラに拠点を置く運用会社Baillie Giffordでは、サステナブルな社会への移行を見据え、事業機会とリスクの双方を踏まえた将来シナリオの構想・策定を目指し、システムチェンジ志向の投資の研究を行うDeep Transitions Labと共同研究プロジェクトを開始。研究プロジェクトにおいては、投資家が未来のグローバルシステムの変化について考え、その変化の中の潜在的な投資機会を特定することに役立つツール等について議論している。
これらの事例はあくまでも一例であるが、各社各様の取り組みが行われている。
本章では上場株式を対象とするインパクト投資の取り組み意義と課題について整理した。インパクトウォッシュの懸念に応えるために、2つの重要なコンセプト、「セオリーオブチェンジ」と「投資家による貢献」について述べた。インパクト投資とは、結果としてインパクトがあった投資ではなく、インパクト目標を達成するために設計された戦略を有する投資であり、それを示した厳格なセオリーオブチェンジが特に重要だと言えるだろう。
投資家による貢献について、上場株式におけるインパクト投資ではエンゲージメントが主な手法となるが、貢献度合いを厳密に測定することは難易度が高く、グローバルでも発展途上な課題である。アセットオーナーが投資家による貢献を認めるためには、投資家自身が社会課題解決に如何に貢献していくかをセオリーオブチェンジに明記することが重要だと考えられる。
Ⅳ.上場株式インパクト投資の具体的事例
本稿では、筆者が所属する三菱UFJ信託銀行が上場株式を対象として運用するインパクト投資ファンドの取り組み事例を紹介したい。
1. インパクト投資を通じて目指す社会
このファンドでは、「安心・豊かな社会」の実現をインパクトゴールとしている。その達成に向けて、「重大なESG課題」の特定プロセスに用いるマテリアリティ・マトリクスを活用し、解決すべき課題を特定する。それらを基に、「自然環境との調和と共生」、「健康と安全の確保」、「あらゆる人々が活躍する社会」の3つがインパクトテーマとして設定されている。図表7の左図はインパクト投資を通じた目指す社会の全体像を、右図は重大なESG課題(マトリクスの右上枠)を示す。事業活動を通じて、これらの社会課題の解決に貢献する商品やサービスを提供する企業へ長期投資することで、社会の持続性を高めるインパクトの創出と長期的なリターンの獲得を目指している。
また、このファンドでは、インパクトテーマごとにセオリーオブチェンジが策定されている。これ以降は、「あらゆる人々が活躍する社会」について示す。SDGsで定められている「誰一人取り残さない」との基本理念に反し、社会における最大多数の幸福を追求するあまり、一部のマイノリティに我慢をさせる、もしくは排除するという現実が容認されている。その結果、社会における様々な領域で格差が生じてしまい、マイノリティ層を中心に生きづらい社会となっている現実がある。「あらゆる人々が活躍する社会」では、様々な状況にある全ての人が自身の能力を活用し、発揮できる機会を提供することで、自分らしく生き生きと活躍できる社会を創出することを目指す。図表8で示すセオリーオブチェンジは、「家庭」「地域」「職場」の3つの側面から、「個人の資源・資本」「能力発揮する社会」の2つの課題を整理している。「個人の資源・資本」において、個々人が社会で活躍するために必要な能力開発を支援した上で、「能力発揮する社会」の機会・フィールドを広げる支援を行うことにより、あらゆる人々が自分らしく活躍することができる『安心・豊かな社会』を実現することができると考えている。
2. 投資家による貢献と今後の課題
非上場株式に比べて経営への関与が弱くなる上場株式投資の特性を踏まえ、このファンドでは、創出したいインパクトについて、投資先企業とのインテンションの共有とエンゲージメントを重視している。企業とのエンゲージメントに際しては、「インパクトに関する情報開示の促進」(社会価値の見える化)と「インパクトの拡大」の2つの観点から議論を実施している。
前段において「社会・環境課題の解決に真に貢献しているか」という貢献度の厳密な測定の難しさについて触れてきたが、このファンドにおいてもその点は今後の課題として残されている。エンゲージメント等を通じて投資先企業のインパクト拡大に向けた取り組みを支援していくだけでは、複雑に絡み合う社会・環境課題の構造的な解決には至らないかもしれない。社会・環境課題の表層的な解決ではなく、投資家として社会への影響力の大きい上場企業と一緒に社会構造自体を変えていき、根本的な課題解決に向けて努力することが重要だと考えている。
Ⅴ.終わりに
本稿では、足元で投資残高が拡大している上場株式におけるインパクト投資について、その意義や課題について述べた。財務的リターンと並行して、ポジティブで測定可能な社会・環境的インパクトの創出を同時に目指すインパクト投資は大きな挑戦であり、上場株式においてはインパクトウォッシュの批判も存在する。そのような中、社会課題解決に本気で取り組むグローバルの投資家たちの議論や試行錯誤の成果が、IMMや各種ガイドライン、セオリーオブチェンジ等であり、過去10年の取り組みには敬意を表したい。
今後、上場株式インパクト投資が本格的に普及するためには、投資家による貢献の具体的な事例の蓄積が重要であろう。社会・環境課題の表層的な解決ではなく、投資家として社会への影響力の大きい上場企業と一緒に社会構造自体を変えていき、根本的な課題解決に向けた取り組み事例を通じて、インパクト投資に貢献していくことが必要だと考える。
(2024年6月20日 記)
※本稿中で述べた意見、考察等は、筆者の個人的な見解であり、筆者が所属する組織の公式見解ではない
- Impact Management Project, 2019, “Investor contribution in public and private markets: Discussion document.”
- The GIIN’s Listed Equities Working Group, 2023, “Guidance for Pursuing Impact in Listed Equities.”
- 金融庁, 2024,『インパクト投資(インパクトファイナンス)に関する基本的指針』.
- 須藤奈応, 2021, 『インパクト投資入門』, 日本経済新聞出版.
- 林寿和, 2022, 『上場株式におけるインパクト投資とインパクト志向』 証券アナリストジャーナル60(5), 43-53
- GSG国内諮問委員会, 2022, 『インパクト企業の上場 コンセプトペーパー』.
- GSG国内諮問委員会/SIIF, 2021, 『日本におけるインパクト投資の現状と課題‐2020年度調査‐』.
- GSG国内諮問委員会/SIIF, 2022, 『日本におけるインパクト投資の現状と課題‐2021年度調査‐』.
- GSG国内諮問委員会/SIIF, 2023, 『日本におけるインパクト投資の現状と課題‐2022年度調査‐』.
- GSG国内諮問委員会/SIIF, 2024, 『日本におけるインパクト投資の現状と課題‐2023年度調査‐』.
- SIIF, 『インパクト測定・マネジメント(IMM)のフロンティアの探求』https://note.com/siif_pr/m/m278c457c697e
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