商業用不動産を巡るリスクの総点検・第4回 生保とREITセクター
米欧を中心に商業用不動産(CRE)市況の悪化やそれに伴う銀行の経営不安などが懸念されています。2024年2月には米地銀ニューヨーク・コミュニティ・バンコープ(NYCB)やCRE向け融資専門の独中堅ファンドブリーフ銀行で関連損失が明らかになり、市場に動揺が広がりました。また、米連邦準備理事会(FRB)の金融安定報告書の中でも金融システムに対するリスクとして継続的に挙げられています。市場の中でもCREに関するリスクが懸念されている一方で、多くの取引がプライベートであることや様々な資産クラスやセクターが関係することも相まって、その全体像を見通すのはなかなか容易ではありません。本連載ではCRE市場と関連する資産クラスの動向について解説することで、そのリスクの所在と大きさをできるだけクリアにしたいと考えています。第4回は生保とREITセクターを概観します。
1.生保セクター~相対的に質の良いCREローン・ポートフォリオ~
第1回で解説した通り、生保は負債市場の約15%を占め、政府支援機関(GSE)などを除けば、銀行に次いで大きなCREローンの保有主体となっています。
図表1に米生保の投資ポートフォリオと債券ポートフォリオの構成比を示しました。投資ポートフォリオの約7割が債券で、不動産ローンはそれに次ぐ14%となっています。
Fitch Ratings社によるとそのうち約85%がCREローンとのことから、CREローンが投資ポートフォリオに占める比率は12%程度であると推定されます。そのほかのCREに関するエクスポージャーはCREローン担保証券(CMBS)が債券ポートフォリオの5%(投資ポートフォリオ全体の約3%)、不動産が投資ポートフォリオの1%で限定的となっています。Fitch Ratings社によると2022年末時点の平均LTV(Loan to Value)は54%と比較的、質の良いCREローンに投資しているとしています。
図表2は米生保のCREローン・ポートフォリオのセクター構成比です。集合住宅の比率がやや高いですが、それを除けば各セクターに分散されている様子がうかがえます。
図表3に2023年末の米大手保険会社4社のCREローンの投資状況を示しました。CREローンの投資比率は4社平均で15%と前述の生保セクター全体の数値(12%)に近い数字になっています。
平均LTVは4社平均で60%と前述のFitch Ratings社の報告値(54%、2022年末)から上昇していますが、米国のCRE価格は2022年末から2023年末まで約1割調整している(※1)ので、市場全体の価格調整と整合的な水準となっています(54%÷0.9=60%)。第1回で紹介したNBERの報告書(※2)では市場全体の平均LTVは2023年末で約66%でしたので、やはり相対的な質の良さがうかがえます。
※1:Green Street社の米国CPPI(Commercial Property Price Index)ベース
※2:NBERワーキングペーパー、”Monetary Tightening, Commercial Real Estate Distress, and US Bank Fragility”(2023年12月)
AFLAC INC | PRUDENTIAL FINL INC | METLIFE INC | AMERICAN INTL GROUP INC | 4社平均 | |
---|---|---|---|---|---|
CRE ローン 比率 |
12% | 14% | 19% | 16% | 15% |
平均LTV | 60% | 58% | 64% | 59% | 60% |
図表4に米保険セクターとその構成銘柄(S&P500指数)の株価推移を示しました。セクター別の株価推移では生命・健康保険がややアンダーパフォームしているものの、おおむね金融セクターに近い値動きとなっています。
個別銘柄の株価推移を見ても概ね目立った動きないように見えますが、CREローンの比率や平均LTVが相対的に高いMETLIFEがややアンダーパフォームしています。
METLIFEについては一部証券会社がCREローンのエクスポージャーが高いことを理由に投資判断を引き下げる例もあることから、CRE市場の動向が株価に影響を与えている可能性がないとは言えないですが、全体でみれば、米保険会社のCREローン・ポートフォリオの質は良いことなどから影響は限定的とみる向きが多いようです。
2.REITセクター~金利上昇が重荷、オフィスは大幅調整~
REITはCREに投資を行うため、CRE市場の影響を直接的に受けます。FTSE Nareit All REITsの時価総額は2024年3月末で1.345兆ドルで、FRBの金融安定報告書(2024年4月)におけるCREの市場規模は約22兆ドルでしたので、上場REITの市場シェアは約6%ということになります。
図表5に米上場REITのセクター構成比を示しました。主なセクターは商業施設、集合住宅、産業用、データセンター、ヘルスケア、セルフストレージなどとなっており、オフィスの比率は6%と相対的に低めとなっています。総合や産業用・オフィス混合にもオフィスが含まれているので、それらを含めたオフィス関連エクスポージャーは約8%です。
第2回で紹介した通り、足元、市況悪化が深刻なのはオフィスで次いで集合住宅でした。オフィスの比率がそれほど大きくないことから影響は限定的とみる向きもありますが、上述の通りオフィス関連エクスポージャーが約8%、集合住宅の比率も2割弱であることを鑑みると、CRE市況の悪化の影響をそれなりに受けていると想定されます。
次に株価の動きを見ていきましょう。図表6に米上場REIT(FTSE EPRA Nareit USA)と米株(S&P500)指数、さらに米国10年債利回りの推移を示しました。パンデミック以降、REITは米株をアンダーパフォームしていましたが、特に米国で金融引き締めが始まり、金利が上昇するにつれてアンダーパフォーム幅が拡大しています。
一般に金利上昇は借入コストの上昇による財務悪化懸念や相対的な利回りの魅力度の低下などから、REIT価格の下押し要因になると考えられているため、足元のREIT指数の動きはCRE市況の悪化以上に金利上昇の影響を大きく受けている可能性があります。
最後にセクター別株価の動きを確認します。図表7に米上場REITの主要セクターの株価推移を示しました。パンデミック後のハイブリッドな働き方の普及を背景としたオフィス市況の悪化を受けて、オフィスセクターの株価は大幅下落となっています。一方で旺盛な需要を背景にセルフストレージ、産業用、データセンターは相対的に堅調に推移しています。
REIT市場全体としては金利上昇が重荷になっている一方で、セクター別の株価はCRE市況やオフィスの需要低迷を反映した値動きとなっています。
清水 英彦(しみず・ひでひこ)
ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズ
ポートフォリオ・ストラテジスト
2006年、ステート・ストリート投信投資顧問(現ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズ)入社。業務管理部・運用評価グループにてポートフォリオのパフォーマンス計測・分析を中心に、クライアント・レポーティング、リスク分析などを幅広く担当。2009 年より同グループ・マネージャーとしてチームをけん引し、パフォーマンス分析のクオリティの向上、プロセスの効率化・安定化に貢献。2019 年12 月、運用部に転属。ポートフォリオ・ストラテジストとして株式インデックス運用、スマート・ベータ、ESG などのプロダクトを担当。上智大学法学部国際関係法学科卒業。日本証券アナリスト協会認定アナリスト(CMA®)。国際公認投資アナリスト®。