2023年のベストディールを表彰する「ディール・オブ・ザ・イヤー」。金額規模や執行業務の鮮やかさ、資本市場に与えた影響といった点を基準に、全8カテゴリーからベストディールを選定した。

※データはディールロジック提供 ※対象となる案件は全て公表ベース ※金額は「百万ドル」「億円」以下は切り捨てで表記 ※各案件名、社名および概要をまとめた囲み内の社名の並びは、ディールロジックのデータと各種データを基に編集部作成(一部順不同を含む)

M&A部門

ベストM&Aディール(IN-OUT)

日本製鉄によるUSスチールの買収

日本製鉄によるUSスチールの買収
日本製鉄は米鉄鋼大手USスチールを買収し、完全子会社化すると発表した。買収金額は148億ドルに上る。日鉄として過去最大のM&Aであり、鉄鋼業界として日米企業同士の大型再編となる。ただし買収実行には、米規制当局審査、USスチールの株主総会での承認などの前提条件を満たさなければならない。

「グローバル粗鉄1億トン体制」を目指す日鉄の粗鉄生産量は、世界鉄鋼協会によると2022年時点で世界4位。USスチールの買収で世界3位に浮上し、目標に大きく前進する。日鉄は、海外事業を中長期的な成長戦略の核に位置づける。先進国最大の市場である米鋼材市場は、輸出に依存しない国内需要中心の構造となっており、安定的に高水準な高級鋼需要が期待できる。

■2023年の主なディール

日本製鉄によるUSスチールの買収

ベストM&Aディール(IN-IN)

日本産業パートナーズによる東芝の株式非公開化

日本産業パートナーズによる東芝の株式非公開化
投資ファンドの日本産業パートナーズ(JIP)陣営は、2023年3月に東芝の買収を発表した。同年8月からTOB(株式公開買い付け)を実施し、9月に予定数の下限を上回り終了。買収金額は161億ドル(約2兆円)だ。

JIPのほか、半導体大手のローム(3000億円)やオリックス(2000億円)、日本特殊陶業(500億円)など国内20社超が資金を拠出。ロームとは、電力会社や自動車メーカーなど幅広い業界で需要が高まっているパワー半導体の共同生産を2023年12月に公表した。

2015年に不正会計問題が表面化した東芝は、米原発子会社による巨額損失と破綻も加わり財務状況が悪化した。財務基盤を立て直すため、2017年に約6000億円の増資を実施したものの、複数の欧米のアクティビスト(物言う株主)ファンドにより、経営戦略が左右される状況が続いていた。

今回の非公開化により、多岐にわたっていた株主が整理され、JIP連合が唯一の株主となり、株主間の利害対立が解消される見込みだ。上場企業が持つ信用力や資金調達力よりも非公開化のメリットが大きいと判断した構図となる。東芝は74年続いた上場企業の歴史に幕を下ろし、今後は国内企業などの支援を受けながら非公開化を進め、安定的な経営体制の構築を目指していく。

■2023年の主なディール

日本産業パートナーズによる東芝の株式非公開化

株式部門

ベストIPOディール

KOKUSAI ELECTRIC

KOKUSAI ELECTRIC
KOKUSAI ELECTRICは2023年10月25日、東京証券取引所プライム市場に新規上場した。同社は1949年創業の国際電気が前身で2000年からは日立国際電気の一事業を担っていたが、2017年に投資ファンドのKKR(コールバーグ・クラビス・ロバーツ)を株主に迎え、2018年には半導体製造装置専業メーカーKOKUSAI ELECTRICとして独立した。半導体製造プロセスのうち、成膜プロセス装置およびトリートメント装置の製造・販売を軸に事業を展開している。

本案件はKOKUSAI ELECTRIC株式の70%超を保有するKKRによる売出しで、KKRはIPO後も同社株式の40%超を保有する。2018年のソフトバンクのIPO以来となる1000億円を超えるオファリングサイズであったことから、ロングオンリーや大型ヘッジファンドのほか、プライマリー案件にここ10年ほど顔を出していない投資家も参加した。

半導体市況の影響も受けやすい業種業態である点を懸念する投資家が一部見られたものの、キャピタル・リサーチ・アンド・マネージメントとラザード・アセット・マネージメントがIOI(Indication of Interest、取引意思表明)を提示し、海外投資家からの高い需要を確認できたことで、内外比はローンチ当初の国内:国外=55%:45%から、最終的には国内:国外=45%:55%と10%の海外シフトを実現。セカンダリーパフォーマンスを見据えたマーケティングが功を奏し、上場後のパフォーマンスも堅調である。

■2023年の主なディール(金額順)

KOKUSAI ELECTRIC

ベスト株式公募・売出しディール

ゆうちょ銀行

ゆうちょ銀行
ゆうちょ銀行は、日本最大級のリテール金融機関であり、かつ運用資産223兆円超を有する機関投資家である。郵政民営化法は、日本郵政が保有するゆうちょ銀行株式について、ゆうちょ銀行の経営状況などを勘案しつつ、早期に全部処分することを規定している。

本案件は、日本郵政が今中期経営計画(~2026年3月末)で方針として掲げる、ゆうちょ銀行とかんぽ生命保険の金融2社株式のできる限り早期の保有割合50%以下までの処分の進捗に資するものだ。加えて、ゆうちょ銀行のプライム市場の上場維持基準である流通株式比率の改善に貢献するといえる。

本件の公表は2023年2月27日、条件決定は同3月13日だった。この頃は、米国のシリコンバレー銀行が破たんするなどマーケット環境が厳しく、とりわけ金融株には逆風のタイミングといえるだろう。このような地合いにもかかわらず、本件は直近10年間の日本企業による既公開オファリング案件において過去3番目の規模であり、日本の金融機関としては最大案件となった。

国内外ともに円滑に販売できた要因はいくつか挙げられる。本件公表と同時に資本効率の向上、株主還元の強化、本件売出しにかかわる株式需給への影響緩和を目的に自己株式取得を公表したことは、多くの投資家に安心感を与えたといえるだろう。リテールマーケティングでは、テレビCMをはじめとした広範なマーケティング施策とともに、個人向けインターネットロードショーなど新しい取り組みを実施した。

本件は、2023年末の日本銀行によるYCC(イールドカーブコントロール)政策の修正を受けた邦銀株価の上昇の時期を捉えた売出しとなった。地域金融機関などとの連携加速と、新たなビジネス展開による中長期的な成長機会の追求が期待される。

■2023年の主なディール(金額順)

ゆうちょ銀行

ベスト株式リンクディール

東急

東急
交通事業を軸に、不動産や生活サービス事業を展開する東急の株主構成は金融機関・保険会社の政策保有株としての保有が多く、近年は持ち合い株の解消が求められていた。上場子会社の再編などに際する発行済株式数の増加も経営課題だった。

これらの解消策として浮上したのがCB(転換社債)発行だ。東急は東京・渋谷の再開発・沿線開発などを手がけているが、着工から収益貢献に至るまで一定時間を要することから長期的な資金需要が存在する。本CBはゼロクーポンで発行されるため、キャッシュベースでの金利負担が生じない。加えて、転換制限条項・取得条項(額面現金決済型)の付与により、期中の転換可能性を極力抑制し、満期直前の希薄化を抑制することも可能である。

東急は、2023年6月に5年と7年を組み合わせた総額600億円のCBを発行。半分は設備投資に充てる成長資金調達、残り半分を自己株式取得に充てるリキャップ CBとした。前述の渋谷などの各種再開発を進めるにあたっては、堅固な財務基盤を維持しつつ、資本効率の改善を図ることも重要である。今回の自己株式取得の実施により、自己資本を圧縮し、ROE(自己資本利益率)・EPS(1株当たり純利益)の向上など資本効率の改善を実現した。株主である金融機関より946万7600株の売却意向を併せて確認しており、株主の持ち合い解消も同時に実現した。

市場環境は低ボラティリティだったが、足元の株価上昇のタイミングをとらえてのローンチとなった。投資家からは対外説明を行うかたちで政策保有株式解消のアクションを取ったことや、戦略投資を組み合わせて単純なリキャップCBとしなかった点が評価された。

■2023年の主なディール(金額順)

東急

債券部門

ベスト円建てディール

NTTファイナンス

NTTファイナンス
NTTファイナンスは2023年7月14日、「NTTグループグリーンボンド」の愛称のついた総額3800億円の大型社債を条件決定した。調達した資金は、NTTグループが展開する新規あるいは既存の高速通信規格5GやFTTH(光回線)、次世代通信基盤「IOWN」に関した事業のほか、再生可能エネルギー関連投資に充当される。

同債は劣後債を除く機関投資家向け社債として2023年最大。金利先高観で投資家が慎重な姿勢を見せる中でも、ボリュームプレミアムをグリーニアム(グリーンとプレミアムを足した造語)で相殺し、適正な発行水準を導いている。

■2023年の主なディール(金額順)

NTTファイナンス

ベスト・インターナショナル・ボンドディール

JICA(国際協力機構)

JICA 国際協力機構
開発途上国への国際援助などを行うJICA(国際協力機構)は2023年5月16日、米ドル建て5年政府保証債(サステナビリティ・ボンド)を条件決定した。JICA初の外貨建てESGラベル付き債であり、かつ発行体としては過去最大となる12億5000万ドルの起債を実現した。

2023年3月の米地銀の経営破たんが一服し、SSA(公的)セクターへの堅調な投資家需要が確認される好機をとらえた。アジアの中央銀行や公的機関、銀行、米国や欧州のアセットマネジメントを中心とした需要獲得に成功した。最終需要倍率は発行額の2.2倍超となり、当初マーケティング水準から発行スプレッドの着実な引き下げを達成した。

■2023年の主なディール(金額順)

JICA 国際協力機構

ベスト・サムライ債ディール

大韓民国

大韓民国
2023年9月7日、大韓民国(以下、韓国)は総額700億円の円建てシニア無担保債を3、5、7、10年の4本立てで条件決定した。韓国の外国為替平衡基金への資金調達を目的とする一方、韓国企業によるサムライ債発行を後押しする土台として、韓国政府がサムライ債の初めての起債に踏み切った構図だ。

AA格のソブリン債の希少性もあり、国内外の多くの投資家が取引に参加し、3日間にわたるオフィシャルマーケティングでは、目標調達額よりも多くの投資家需要を獲得。同ディールは2023年のクロスボーダー円債取引の中で最もタイトなスプレッドとクーポンレベルを記録した。日韓の金融経済分野における協力関係も象徴しており、韓国の発行体に対するベンチマークとしての意味合いも大きい。

■2023年の主なディール(金額順)

大韓民国