到来するESGデリバティブの時代【第6回】 短期ESGと長期ESGのデリバティブ~期限の考察
ESG(環境・社会・企業統治)は、業種や時間軸の広がりだけでなく、多様な業務分野にかかわり非常に多元である。しかも、それが日々拡大し、深くなっている。膨張するESGから生じるリスクに対応できる体制と戦略はあるのか、と問うてみる必要がある。リスク管理の手法といえば「デリバティブ」がある。ESGに適用する「ESGデリバティブ」を原因別対応策別などの視点から考察してみよう。今回は【第6回】「ESGデリバティブの期限の考察」である。
既存店頭デリバティブ取引の残存期間別の動向
まず伝統的な店頭デリバティブについて、図表から期限を調べてみよう。想定元本ベースの残存期間別内訳からみると、金利関連取引では1年超5年以内の構成が最も高く、外為関連取引は短く1年以内が過半を占めている。クレジット・デリバティブでは、1年超5年以内の構成が最も高く、4分3を占めている。
金利デリバティブには長期ものが多く、クレジット・デリバティブは中期、外為デリバティブは短期に集中していることが分かる。長期的な特性が強いESGのデリバティブでは、クレジット・デリバティブに似た中期的な、さらには5年超の比率が少なくない金利関連取引に似た、残存期間の長い取引になりそうである。
短期のESGも存在する~ESG期限の考察
ESGデリバティブを考察する前にESGの期限を見ておこう。ESGの「S(社会)」には、自社製品・サービスの製造・販売が社内や社会にもたらす問題の解決などに役立ち、企業に係る事柄が多く、身近に差し迫った問題が含まれる。
それに比べると、「E(環境)」は影響が長期にわたり、将来は見えにくい。その中であえて短期効果が見込めるESG事業をあげると、ビルの省エネ仕様建直し、既存構造物の壁などの断熱工事による省エネ──がある。助成・補助金などの拡充が各国で実施されている。
その他に、太陽光・風力などの再エネ、森林破壊防止、公園などの自然資源、EVインフラ、などへの投資がある。成果発現に時間がかからないだけでなく、工期が短く、比較的低費用な事業が短期ESGになる。
超長期後の世界を考えてみる
超長期的には、グリーンボンドは独立した資産クラスとしては存在しなくなると考えられている。確かにそうだろう。ESGに力を入れている企業が発行する債券は、理論上全て「グリーン」であるはずだ。この点は普通のデリバティブと異なる点である。
将来はすべてがESGとなると考える人がいる。これは、残念ながら、理想、ファンタジーに過ぎない。例えば、包丁やナイフは決してなくならない。代替的手段としてレーザー・カッターが普及しても、それも犯罪に使われる。
もちろん武器、銃器、兵器の類をなくすべきである。しかし、そうするには多大な努力が必要である。かなり遠い未来はいざしらず、当分なくならないと筆者は考えている。
デリバティブの期日
デリバティブの期日に対しては、周知のように、期日を迎えるデリバティブの保有者は、既存のポジションをロールオーバーするか新たなポジションを始めるかを選択することで対応している。
ESGデリバティブの長短のギャップをどうする
短期ものもあるが、ESGの多くは長期に成果がでる。他方、投資家は必ずしも長期の視野を持っているわけではない。それでは長短をどう調整すればよいのだろうか。売り手か買い手のいずれか、あるいは双方が、短期を繋いで長期にするしかない。繋ぎの商品が新たに提供されるかもしれない。
長期デリバティブのプライシングには幾つか先行研究がある。筆者は証券経済学会・公益財団法人日本証券経済研究所(編)『証券辞典』(きんざい、2017年6月)でその一部を紹介している。
辰巳憲一
学習院大学名誉教授
大阪大学経済学部、米国ペンシルベニア大学大学院卒業。学習院大学教授、London School of Economics客員研究員、民間会社監査役などを経て現在、学習院大学名誉教授など。投資戦略、ニューテクノロジーと金融・証券市場を中心とした著書・論文多数