先進国は景気回復が終焉か

山川 哲史
バークレイズ証券
調査部長・チーフエコノミスト
山川 哲史

世界経済は、2019年中世界経済を覆った2つの不確実性、すなわち米中貿易戦争と英国によるブレクジット(EU[欧州連合]からの合意なき離脱)が、少なくとも短期的には緩和したことで、再び循環的な景気回復をたどりつつある。世界的な生産・在庫調整の契機となった半導体サイクル(データエコノミーの隆盛を背景とした過剰投資と、2018年以降の加速度的な調整)についても、これに先行する傾向が強い日本のIT(情報通信)関連財における出荷・在庫バランスの改善に象徴されるとおり、最悪期を脱しつつある。先行きについても、5G(第5世代移動通信システム)関連投資などにけん引されるかたちで回復基調をたどる可能性が高い。

世界的に構造的な要因による低インフレ環境が持続する中、主要先進国における金融政策運営は追加緩和へのバイアスを内包しつつ、現状の金融緩和状態が長期にわたり維持されるだろう。循環的な景気回復と超金融緩和により、株式を中心としたリスク性資産価格は当面は堅調に推移することが想定される(適温経済[Goldilocks]相場)。

但し、主要先進国の景気回復は、企業収益サイクルとともに既に成熟局面を迎えつつある。従って、景気・物価動向および金融市場は回復基調をたどりつつも、外部環境の変化(例えば直近における中東情勢といった地政学リスクの再燃や原油価格高騰、リスクオフに伴う円高昂進など)に対しては脆弱な状況が続くことが予想される。

米国における最大の注目点は、米国大統領選に向けての動きだろう。市場ではトランプ大統領再選見通しが大勢を占めているが、仮に民主党の党勢が加速、市場がエリザベス・ウォーレン候補を中心とした民主党候補の可能性を織り込む展開となった場合、規制強化などに対する思惑から既に割高圏内にある米国株の調整が加速、これが逆資産効果などを通じ米国景気を下押しする展開ともなりかねない。こうした潜在的な政治リスクを度外視しても、相対的に堅調に推移してきた米国の景気指標は、ISM(米サプライマネジメント協会)製造業景況感指数や雇用統計など米国景気失速の兆候を示し始めている。一方ユーロ圏では、停滞色の強い景気環境が続く中、景気再拡大のけん引役として期待されるドイツの財政拡大については依然実現可能性に乏しい状況が続いている。英国のEU離脱についても、今後のEUとのFTA(自由貿易協定)締結を巡る通商交渉が円滑に進展する保障は必ずしも無い。

半導体サイクル

日本は財政政策の転換に注目

日本経済については、対米輸出も含め外需の失速リスクが残存する一方、2019年末に組成された経済対策による財政支出が景気を下支える展開が続くだろう。同経済対策は総事業規模で26兆円、うちGDP(国内総生産)成長率に直接的に貢献する「真水」支出で9兆円強(対GDP比率:1.7%)に達する。バークレイズでは、同対策の乗数効果を織り込んだ上で、2020~21年度の実質GDP成長率が共にプラス0.9%と、潜在成長率の上限近傍に達すると予想する。但し実際の財政支出に際しては、基金の活用などにより2020年度以降複数年度にわたり平準化される可能性が高い。その分単年度のGDP成長率に対する寄与度については、不確実性が残存する点には留意が必要だ。

金融緩和が「臨界点」に接近する中、日本が主要先進国における政策修正に先鞭をつけるかたちで財政政策の大幅な転換(消費増税に伴う財政縮小[財政縮小規模(対GDP比率):マイナス1.0%];教育無償化など一連の財政緩和策[財政拡大規模(同:プラス1.1%)];大型経済対策[同:プラス1.7%])に踏み切る点は、制約なき財政拡大の有効性を主唱するMMT(現代貨幣理論)の典型的な事例との指摘も聞かれている。さらには財政拡大の中長期的な政府債務の維持可能性に対する影響といった観点も無視し得ないが、それらを差し引いてもなお注目に値する。