2023年11月13日から3日間、年金運用の最前線を議論する「グローバル・フィデュ―シャリー・シンポジウム」が都内で開催された。その中で「今度こそインベストメントチェーンは回るのか?」と題した対談プログラムでは、運用会社社長のバックグラウンドを持つ大場昭義氏とGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)で監査委員兼経営委員を務めた経験を持つ堀江貞之氏の両氏が、日本企業の改革を促すためのアセットオーナーや運用会社の貢献などについて意見を交わした。対談内容をダイジェストでお伝えする。

「グローバル・フィデューシャリー・シンポジウム」にて対談を行う大場昭義氏(写真左)と堀江貞之氏(写真右)
「グローバル・フィデューシャリー・シンポジウム」にて対談を行う大場昭義氏(写真左)と堀江貞之氏(写真右)

多くの上場企業が「価値破壊」の現状

堀江 2013年のスチュワードシップコード制定から、10年が経った。政府が資産運用立国の実現に向けて政策を打ち出している今、今度こそインベストメントチェーンをきちんと回し、日本企業の企業価値向上を目指せる最後のチャンスがやってきていると感じる。

大場 インベストメントチェーンを回そうと最初に喧伝されたのは、30年ほど前の金融ビッグバンの時期だ。最近、日経平均株価は3万3000円付近で推移しているが、これは30年前と同水準だ。長期目線で見ると、インベストメントチェーンを通じた日系企業の企業価値向上には進展はなかったという厳しい見方になる。

この10年間、たしかに日本企業には成長を目指す努力を感じた。そんな中で、実際に価値創造力を飛躍的に高めてきた上場企業もある半面、多くの企業が「価値破壊」の現状にあるというのが実態だろう。したがって、TOPIX(東証株価指数)をベンチマークにして全体の動きを観察したときに、ほとんど企業価値向上への取り組みが進んでいないように見えてしまう。

TOPIX構成企業には価値創造企業が存在する一方で、長期にわたり価値破壊企業も混在している状態。こうした問題に対する危機感が、株価を意識した経営への要請など、近年の東京証券取引所の行動に表れているのではないか。

長期視点に基づく企業価値評価を追求

堀江 そんな中、インベストメントチェーン上で企業の変革を促す役割が期待されるアセットオーナーや運用会社には、今後どういった役割が求められるのか。

端的に言えば、アセットオーナーや運用会社には、投資先企業と建設的な対話の機会を持ち、企業経営者の企業価値向上に対する意識を向上させる対話(エンゲージメント)を通じて、投資先となる日本企業の価値創造力、ひいては企業価値を向上させるように促していく役割が期待されている。

アセットオーナーも運用会社も、長期視点を持って企業価値評価を行う投資戦略に、より注目していくことが期待されるだろう。そうした戦略は企業価値の向上と投資リターンが同じ方向性を向くと考えられ、投資家が投資リターンを最大化するために企業と積極的に対話し、ポジティブな影響を与えようとするからだ。しかし残念ながら、日本ではそうした動きがあまり見られない印象だ。

大場 その停滞感の背景には、アセットオーナーや運用会社を取り巻く制度疲労や目詰まりがあるということだろう。それをいかに防ぎ改善していくかが課題になる。これは、まさに現在「資産運用立国」関連会議の主要なテーマになっている。

総理大臣が発したという点でも異例の、金融資産立国の実現に向けた一連の政策だが、特にアセットオーナーが同様の改革の対象になるのは、初めてだろう。

運用会社はもともと金融庁の監督下にあるため、制度について直接議論できる土壌があった。一方で、アセットオーナーは所管する行政機関が多岐にわたり、議論が難しいという問題があったのではないか。

堀江 アセットオーナーの改革については、年金基金の関係者からすれば、「確定給付企業年金法に基づいてフィデューシャリー・デューティー(受託者責任)をきちんと果たしているのに、これ以上何を要求されるのか」という意見もある。

ただ、私が聞いている限りでは、金融庁の立場は大方の関係者が感じているものとは少し異なる。「アセットオーナー・プリンシプル」を含めて、アセットオーナーに「予定利率の引き上げ」など何かしらの改革をダイレクトに促すものではないとの印象を受けている。

どちらかというと企業年金を所管している母体企業に対して行動を促すものだと感じている。人的資本経営の視点から、従業員の福利厚生のアップグレードの一環として、運用も含めた企業年金制度の見直し・改善をしてほしい。その議論に、企業年金も積極的に参加してほしいという理念こそが、金融庁の意図するところだろう。

資産運用業界全般にわたる重要なテーマに踏み込む

大場 他方で、運用会社に対しても資産運用立国の政策プランでは新規性がある。

運用会社がよりインベストメントチェーンに資する存在になるには、競争原理がもっと働く環境を整え、各社がよりサービスを洗練させていくよう促すような政策が求められる。ただし大手の運用会社の経営権は、金融持ち株会社が保有していることで、金融持ち株会社を対象に設定した上で運用会社の改革を進めるというのは初めての動きだろう。

インベストメントチェーンの活性化のためには、まずスチュワードシップ活動の実効性をいかに上げていくかが、運用会社の当面の課題になるのではないか。

多くのパッシブ戦略のベンチマークとなっているTOPIXは2000銘柄以上となっているので、実効性のある対話は非常に難しい。

堀江 私個人としては、パッシブマネージャーの方々も、もう少しやれることがあるのではないかと思う。

例えば、議決権行使の基準を見ても、多くのパッシブマネージャーは「株主資本コストが5%を下回る場合は取締役の選任に反対する」といった基準が多い。ただ、株主資本コスト5%などというのは、あまりに基準が甘いと感じてしまう。個別企業と深い対話を行うためのコストやリソースがないにせよ、議決権行使基準をしっかりと実効的な内容に見直すことを通じて、企業価値向上へのプレッシャーをかける――。こうした選択肢も、パッシブマネージャーが今後取るべきアクションの一例になるのではないか。

同時にアセットオーナーの方々も、「少なくとも価値破壊の状況にある企業に対しては、取締役の続投に反対してほしい」などの要望を運用会社に対して投げていく姿勢が、インベストメントチェーンの活性化に繋がるだろう。

大場 それは企業側の視点からは、「対話もなくいきなり反対票を投じることには前向きな反応は得られないのではないか」という懸念が出る恐れもあるだろう。企業年金などアセットオーナーの母体企業との対話を通じていかに取り組みを進めるかというのも、今後の大きなテーマになるのではないか。

なお、そのほか日本のインベストメントチェーンに共通する課題としては、人材が揃えられるかどうかという部分にも注目している。銀行や証券会社で業務を経験された方はたくさんいるが、資本市場周りの理解が深く、かつフィデューシャリー・デューティーの理念がしみ込んでいる人材は極めて少ない。

資産運用立国の実現は、日本の資産運用業界全般にわたり非常に重要なテーマの数々に踏み込んでいる政策である。それゆえ、これまで同業界が根差してきた様々な仕組みをどう見直していくのか、この30分の対談だけではとても語りつくせないほど重要な議論だ。