分散投資理論は、理論が確立し、もっとも発展しているポートフォリオ最適化の理論に基づく。現代の科学的な投資理論は、分散投資理論から始まったと言って良い。しかし、ESG投資に応用する事例に関しては詳細が公表されないこともあって、現在までのところ存在していないように思われる。そこで、本連載ではESG分散投資の理論を比較的詳しく展開していくことにしたい。今回は、その理論を拡張する「時間分散」という概念である。

ESG投資を行うことで、長期的なパフォーマンスが改善することが期待できる。それこそが大きな注目を集めてきた理由であろう。この事柄は短期的なトレードを行う投資家にとっては重要ではないかもしれないが、長期的なトレードを行う投資家にとってESGは注目しなければならない事柄となってくる。

長期リターンがプラスならば短期リターンが一時的に多少マイナスでもかまわないという、投資方針・投資理論が長期の投資理論だ。

「時間分散」とは何か

投資のタイミングを時間的に分散して、対象資産の市場価格の高騰を防ぐことや、将来必要になる資金を将来確保することなど長期的に最適な投資目的を達成するのが「時間分散」である。

十分な投資資金を内部で確保できない場合、借り入れや証券発行によって投資額を高めることができる。これは時間分散投資の観点から見ると合理的である。

現在所有している資産・資金を基に、必要があれば資金調達して資産・資金を増やしながらどのように行動すればよいか、最適な時間パターンを考えてみよう。

ある一定期間、借り入れや証券発行によって資産・資金を増やせば、その期間以降元利金返済が増える。その結果、資産・資金の増加率は低まる。それゆえ、借り入れや資産・資金の増加率には、最適な時間パターンが存在することが予想できる。

図表でこの点を考えてみよう。添付図表中のA(あるいはB)点は資産・資金を全て今期(あるいは来期)に投入すると実現するリターンを示す。

【図表】時間分散の概念の例示
時間分散の概念の例示
出所:筆者作成

AとBを結ぶ直線は、資産・資金はどのような量・額でも今期から来期にわたって同じ率で増やせることを前提に描かれている。この直線の中間にあるCは、今期保有する資産・資金のおよそ半分を来期に回した時に実現するリターンである。多くの人がAやBよりCが好ましいと考えるだろう。

ちなみに、投入量・額が少ないうちリターンは高いが次第に低減する(収穫逓減)ような場合は、直線ではなく右上に対して凸形のAとBを結ぶ曲線になる。

ESGと緑のインフレ~時間分散はインフレを緩和する

特に性急な脱炭素化は、エネルギーの価格高騰を生む恐れがあると考える人は多い。昨今の状況は脱炭素化の潮流が、新型コロナウイルス禍以降のサプライチェーンの混乱と相まって石油セクターへの投資不足を生むようになり、石油の余剰生産能力を低下させエネルギー価格の高騰を生み出した、と考える向きがある。

食料生産に不可欠な肥料メーカーにも危機が迫った。天然ガス価格の高騰を受けて肥料メーカーはアンモニアと肥料製品の生産能力を削減せざるを得なかった。肥料の不足と価格高騰は、穀物などの食料生産にも悪影響を及ぼす。

長い目では誰もが環境重視に異論はない。問題は長短の時間軸と足元での副作用なのだ。適切に時間配分すれば脱炭素化のタイミングが変わり、インフレを緩和する可能性があるのである。

長期的インフレとESG

現在進行中のインフレは、新型コロナウイルス禍でのサプライチェーン(供給網)や労働市場の機能不全、そしてロシアのウクライナ侵攻で加速した供給制約によるものだ。これは短期的な現象に過ぎず、脱炭素化が長期的にインフレをもたらすという学術的な証拠はないと思う。

化石燃料に強く依存しないエネルギー構造を確立できればショックの影響を受けにくくなると考えられる。そして、ESGに係る技術革新は生産コストを下げるなどの好ましい効果を持つはずだ。

辰巳憲一

辰巳憲一
学習院大学名誉教授
大阪大学経済学部、米国ペンシルベニア大学大学院卒業。学習院大学教授、London School of Economics客員研究員、民間会社監査役などを経て現在、学習院大学名誉教授など。投資戦略、ニューテクノロジーと金融・証券市場を中心とした著書・論文多数