産官学の様々な分野の研究者・分析者が議論・発表する学術組織の日本保険年金リスク学会(JARIP)は2023年3月18日、都内で「気候変動リスクの分析と評価、対応」と題したフォーラムを開催した。基調講演には、金融庁チーフ・サステナブルファイナンス・オフィサーの池田賢志氏が登壇。NGFS(気候変動リスクに係る金融当局ネットワーク)が日本の金融行政に与えるインパクトなどについて語った。

NGFSによる気候リスクを巡る取り組み

池田 賢志氏
金融庁
チーフ・サステナブルファイナンス・オフィサー
池田 賢志

NGFSは、金融システムの安定の観点から環境問題を協議するため、2017年12月に8つの中央銀行と銀行監督機関が集まり創設した。日本では金融庁が2018年6月に、日本銀行が2019年11月に加盟。加盟機関数は今や120を超えている。

金融庁チーフ・サステナブルファイナンス・オフィサーの池田賢志氏によると、NGFSが大きなインパクトを与えたものは2つあるという。

「1つは、気候変動リスクは金融リスクの源泉になると公式声明を発表したこと。もう1つは、『NGFS気候シナリオ』を開発したことだ。これにより各国当局は、気候変動リスクが金融リスクの源泉になるという認識の下、気候関連リスクについて金融機関が何をすべきか、気候シナリオ分析の実施を含め監督上のガイダンスとして示すこととなった」(池田氏)

世界的にこのNGFSシナリオを用いて金融機関のレジリエンスを評価することが金融当局の共通プラクティスとして広まりつつある。また、IMF(国際通貨基金)がシステム上重要な金融部門を有する25カ国に義務付けている、5年ごとのFSAP(金融セクター評価プログラム)評価の中に、気候ストレステストが組み込まれることとなっている。

世界経済フォーラムのグローバルリスク評価でも気候変動の問題は常に上位リスクとして認識されてきた。池田氏は「リスクには物理的リスクと移行リスクの2つあり、当局としての関心は金融機関がどちらのリスクに対しても何らかの備えを持つかどうかを検証することにある」と述べる。

金融庁は2022年7月に「金融機関における気候変動への対応についての基本的な考え方」というガイダンスを公表している。

「日本の特徴は、金融機関による顧客企業とのエンゲージメントに力点を置いている点だ。金融機関にとっては、顧客企業の気候変動対応への支援が自社の持続可能な経営につながっていく。温室効果ガス排出削減を後押しする資金提供のほか、例えば自動車の産業クラスターを形成している東海エリアで見られるような、地域価値の向上につながる面的な企業支援にも取り組んでほしい」(池田氏)

日本ではトランジション・ファイナンスを推進

こうした気候関連ガイダンスは、日本が推進する脱炭素への移行を支援する「トランジション・ファイナンス(企業のネットゼロ達成に向けたトランジション<移行>を支援する金融)」のエコシステムの中に組み込まれており、これに合わせて先述した気候シナリオ分析を進めている。

池田氏は、「こうしたガイダンスや気候シナリオ分析に基づいて、気候関連リスクが実際に金融機関の健全性にどんな影響を与えるか、金融当局として見極めていく」と話す。金融庁と日本銀行2022年8月、3大メガバンクと大手3損保グループと連携して実施したシナリオ分析の試行的取り組みについて公表した。

参照:金融庁・日本銀行「気候関連リスクに係る共通シナリオに基づくシナリオ分析の試行的取組について

分析にはNGFSシナリオのうち、Net Zero 2050、Delayed transition、Current policiesの3つを採用。移行リスクと物理的リスクがどのような影響を与えるか、銀行は信用コストについて、保険会社は保険金支払額について分析したという。

「銀行のシナリオ分析における物理的リスクは、融資先企業の事業所や工場などの所在地を具体的には特定できず、すべて本店所在地と仮定して分析を行うなど制約があるため必ずしも結果の精度は高くはない。しかし、そうした課題自体を浮き彫りにすることも目的であり、今後改善を図っていく。一方、保険会社のほうは、例えば大型台風が首都圏に襲来する場合は荒川が氾濫する否かで被害額に大きな差が出るが、その確率をシナリオに盛り込むことが難しく、必ず決壊する前提で分析を行った。損害保険料率算出機構が気候変動を織り込んだリスクモデルを開発しており、次回は同モデルを活用してリスクパラメーターをさらに細かく動かした分析をしていきたい」(池田氏)

当局間では、銀行の場合は自己資本比率規制に、保険会社の場合はソルベンシーマージン比率規制にどう織り込んでいくかとの議論もある。

池田氏は「世界金融危機後、銀行については自己資本比率規制の中で多くの資本バッファーの仕組みを導入してきた。銀行の場合はこうした資本バッファーの仕組みに気候関連リスクが組み込んでいくことも展望されている。一方で、保険会社については、ソルベンシー規制の枠組みに必ずしも資本バッファーの仕組みがないため、今後はそうしたものを創設することも議論となる可能性がある」と述べた。