ドル円相場の均衡レートは円安の方向に動く可能性も

佐々木 融氏
JPモルガン・チェース銀行
市場調査本部長
佐々木 融

特別講演として登壇したJPモルガン・チェース銀行市場調査本部長の佐々木融氏は、「令和時代の為替相場を語る」との演題で講演し、長期的にドル円の均衡レートが円安方向へ転じる可能性を示唆した。

佐々木氏は、2017年、2018年、2019年と円相場の年間レンジが10%以下で変動しているデータを示し、過去に比べてドル円相場が大きく動かない傾向にある理由を2つ挙げた。

1つ目は、海外投資家が投機的な円ショートポジションを造成しないことだ。これまで、景気のいい時期には、海外投機筋が円を売って高金利通貨を買うキャリートレードを行い、リスクオフとなったときに円を買い戻す動きが起きたため、ドル円相場の変動幅が大きくなる傾向にあった。「ただ、現在では、海外投資家の間で円が歴史的な割安水準にあるという考えが定着しており、景気のいい時期に円を売らなくなったため、円を買い戻す必要もなくなっている」と述べた。

2つ目は、日本の投資家がドルを売って大規模な対外投資を続けていることだという。一般的に通貨が割安かどうかの判断には、2国間の物価上昇率の差も加味される。「平成時代は日米のインフレ率の差が大きかったことから、ドル円の均衡レートが下がり、円高が当たり前だった。しかし、足元では、インフレ率の差の縮小で均衡レートが横ばいになりはじめている。場合によっては、これが上昇に転じる可能性がある」との分析を示した。

佐々木氏は、上昇の可能性を高める材料として、「日本の対外直接投資の増加」と「日本の経常収支の構造変化」を挙げた。

日本の対外直接投資は、アベノミクスが始まる前までの5年間の平均で約7.9兆円だったが、アベノミクス以降は、平均15兆円まで拡大。さらに、円売りを伴う外国証券投資も2018年に15.6兆円と大幅に伸びており、円を売って海外に投資するという状態が続いている。

一方、日本の経常収支の構造変化について佐々木氏は、「近年、黒字の内訳が貿易収支から所得収支の黒字に変化したことにより、過去、輸出企業などで行われてきた円の買い戻しの必要性が減少した。さらに、所得収支のかなりの部分が再投資されていると予想されることから、円が買いに戻されていない可能性がある」と指摘した。

佐々木氏は、日本の構造変化の一番の背景には、日本銀行のマイナス金利政策やイールドカーブコントロール政策による長期金利のマイナスがあるとしつつ、「景気がスローダウンした際には、日銀がこれ以上の緩和策を取りにくいため、景気後退局面には政府が財政出動する可能性が高まる。これに伴い、円の通貨価値が落ちはじめるとともにインフレ率が上昇することで、ドル円相場の均衡レートは円安の方向へ動く可能性がある」との見方を示した。