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将来のクレジットリスク低減に期待

J-MONEY2019年8月号 注目記事

債券とESG投資

「直接」「間接」2つの投資アプローチ
将来のクレジットリスク低減に期待

年金基金など機関投資家のポートフォリオにおいて、債券は運用の安定性を高めるうえで欠かせない資産だ。 一方、長引く超低金利で収益性は低下しており、組み入れには長期リターン以外の理由が求められている。 そのキーワードとして最近急浮上しているのが「ESG(環境・社会・企業統治) だ。 債券によるESG投資の現状とメリット、課題などを探る。

海外では財政ベースの低格付け債を
ESGの観点から見直す動きが顕著

 JPモルガン・アセット・マネジメントの「2018年度企業年金運用調査結果」によると、DB(確定給付年金)の資産配分における国内債券の比率は過去最低の18.1%と、初めて20%を割った。対してオルタナティブは、過去最高の20%超えを達成した(下表)。日本の企業年金の運用予定利率は2.28%と4年連続で低下している。昨今のマイナス金利下においては、国内債券中心では2%台前半のリターン確保さえもままならないことを示している。

 長期マネー主体の機関投資家のポートフォリオで、債券は運用の安定性を高めるうえで欠かせない資産だが、マイナス金利で収益性は低下している。 組み入れには、長期リターン以外の理由が求められている。そのキーワードとして最近急浮上しているのが「ESG」だ。


ニューラル
代表取締役CEO
夫馬 賢治氏

 ニューラルの代表取締役CEO夫馬賢治氏は、「日本で最も債券のESG投資に積極的なのは、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)以外では、大手生保だ。元来、保険会社はAML(アセット・ライア ビリティ・マネジメント)の観点から、保険業法で株などリスク性の高いアセットで運用できる割合が限られている。そのため、生保は債券投資の割合が約8割と高い。その生保がESG投資を始めようとすると、自然と債券でもESG投資を検討する動きにつながってくる」と話す。

 さらに直近1年ほどの間に、株主だけでなく債権者でも、投資先企業に対するエンゲージメントを実施する動きが日本でも広がってきている。従来では、法的にオーナーシップのない債権者はエンゲージメントに積極的ではなかった。「この不透明な市場環境下では世界的に債券への投資が活発になってい る。実は世界の有価証券の流通量を見ると、債券の ほうが株式を上回っている。債券投資家との直接対話は、企業側にとっても起債目的の丁寧なアピールによる安定資金調達というメリットが期待できる」(夫馬氏)

 対話の中で多くの日本の債券投資家が発行体に求めるものは、ESGの中のG(企業統治)の要素である。 例えば、企業の不祥事や労使問題に対しては、債券ファンドマネージャーの関心も高かった。日本では 特に、「ブラック企業」のレッテルが貼られるなど世間で話題となると、企業業績に直結する。長期マネーの債券投資家は、株式投資家以上に将来リスクにつながる種を未然に摘みたいという想いが強い。また、海外の債券投資家ではG(企業統治)はもちろん、環境規制や気候変動のE(環境)にも目を向けるなど、日本以上に間口が広まっている印象がある。

 「日本ではESG投資といえば社債が中心であるものの、海外では新興国債などを中心に国債のESG投資も進んでいる。経済・財政状況だけを評価し、債券格付をする従来型の手法に加え、それぞれの国 が直面する社会・環境リスクやガバナンスリスクを織り込んでいく動きが顕著だ」(夫馬氏)。

 ESGという言葉が世界で知られたのは、国際連合のコフィー・アナン事務総長(当時)が2006年にPRI(責任投資原則)を提唱したのがきっかけだ。その後、原則を実行に移すため、世界中の機関投資家が集まって、同名のPRIという団体を組織した。世界的にESG投資が大きな潮流へと発展したのは2010年前後のことだ。一方、日本では2015年にGPIFがPRIに署名したことが契機となり、2017 年にESGが世間で認知され始める。つまり、日本は海外の先進的な投資家と比べると最大で10年遅れをとっている。

 「日本では、債券だけでなく株式でもESG投資を採り入れていないアセットオーナーがまだ圧倒的に多い。彼らは海外のESGに関わる動向を調べてはいるが、そのうえであえて採用しない方針を取っているところも少なくない。ベテランのファンドマネージャーであればあるほど『モダン・ポートフォリオ・セオリー』という超分散型投資や時価総額過重平均インデックス投資の学術的理論に傾倒していることが多い。これを自身の投資の哲学としている ため、ESG投資は選択銘柄の母体数を狭めるものとして忌避する傾向にある」(夫馬氏)

 とはいえ、市場環境が激変している中、過去の実績を重視する『モダン・ポートフォリオ・セオリー』は通用しなくなっており、これからはESGを考慮した未来視点で運用すべきだという考えがメインス トリームになりつつある。また、インデックス運用 会社の代表格といえるブラックロックとバンガードも、ESG考慮型のインデックスを積極的に採り入れている。この2社は、ESG懐疑派の機関投資家の多くがインデックス運用の旗手として絶大な信頼 を置く会社であり、日本の多くの機関投資家にとっても、ESG投資の勢いはますます無視できないものになっていくだろう。

長期的なリターンの最大化が目的の
ESGを考慮した投資は債券投資と好相性


マニュライフ・アセット・マネジメント
債券運用部 シニア・クレジット・ アナリスト 鈴木 泰之氏
債券運用部 シニア・クレジット・ アナリスト 押田 俊輔氏
取締役 債券運用部長 津本 啓介氏
債券運用部 チーフ・クレジット・ アナリスト 芦田 光久氏
(※左から)

 マニュライフ・アセット・マネジメントは2017年 後半から、日本においても債券投資家としてESG の要素を組み込んだ運用に積極的に取り組み始めた。2017年7月に大手公的年金がESG投資を開始、 同年10月には、ムーディーズが石炭火力発電事業に対するリスク上昇の可能性を示唆。同社の取締役債券運用部長の津本啓介氏は、「日本のベースロード電源として信用評価上ポジティブに捉えられていた石炭火力が、CO2排出量の多さからネガティブ な要素へ変わることは、将来的なクレジットリスクになり得るということだ。今後の運用成績を左右する要因として、ESGは重視すべき要素と認識した」と振り返る。

 実は長期資金を運用する債券とESG投資の親和性は高い。同社の債券運用部 シニア・クレジット・ アナリストの押田俊輔氏は、「中期経営計画の期間を超える長期・超長期社債、長い法定満期を持つハイブリッド債、5年・7年ごとに継続的に社債を発行する企業の社債への投資は、発行体の持続的な成長が成功のカギであり、長期的なリターンの最大化を目的とするESG投資と相性がいいと言える」と語る。 債券のESG投資には、「サステナビリティーボンド」(再生可能エネルギーなど環境改善に投資する「グリーンボンド」や、健康および教育など社会課題の解決に投資する「ソーシャルボンド」を含む)などを購入する直接的な手法と、既存の債券投資プロセスにESGを組み込む間接的な方法がある。

 前者の市場は拡大中だが、債券機関投資家としては取り組みにくい事情が2つある。同社の債券運用部 チーフ・クレジット・アナリストの芦田光久氏は、「1つは、グリーンボンドへ投資するにはグリーン性のリサーチ・モニタリングが欠かせないが、2017年以降に発行されたグリーンボンドのスプレッドは、ほぼ同一年限の普通社債のスプレッドと比べて、2~3ベーシスポイント程度低い状況にあること。もう1つは、グリーンボンドの発行スキームモデルの登場で、J-REIT(不動産投資信託)のように定型化されたグリーンボンドの発行が増えつつあるが、十分に発行体が分散されていないことだ」と分析する。

 同社は主に後者のアプローチに注力しており、投資プロセスにESGの要素を組み込んでいるという。 同社の債券運用部 シニア・クレジット・アナリストの鈴木泰之氏は、「投資先選定のためのスクリーニングは、ESGスコアと信用格付など債券投資家の視点から行っている。ネガティブ・スクリーニングは、ポートフォリオ運営の柔軟性を損なってしまう可能性があり、採用していない。ESGスコアは高いが信用格付の低い銘柄をピックアップすることもある。当社では、伝統的なクレジット分析において従来から企業統治(G)の評価項目を設けている。環境(E)社会(S)に関しては、将来の事業リスク・機会の可 視化を目的に2017年から本格化した」と説明する。

 米MSCI社の2017年当時のコーポレートガバナンススコアを見ていくと、欧米やアジア諸国と比較して日本は全体的に低い数値が出ている。「日本におけるESG投資はまだ初期段階にあり、成熟した市場とは言えない。我々は、日本企業とESGのコンセプトや必要なデータ開示、課題解決方法などについて対話し、企業と共にステップ・バイ・ステップで進めていきたい」(鈴木氏)

 同社では、2018年1月から2019年3月末までに、“純粋な”ESGエンゲージメントを40件、投資家IRなどでのESG関連対話を含めると計169件のエンゲージメントを行ってきた。また、官庁などとの複数回の意見交換を通じて、「ダイベストメント(投資の引き揚げ)からエンゲージメント」への変化の可能性を感じているという。同社のエンゲージメント活動後に、統合報告書の発行を決定した会社や、実際に発行した統合報告書について意見を求められるケースも少しずつ増えてきていると話す。

 「債券投資家は議決権がないため、エンゲージメントを行うにはまず話を聞いてもらえる環境を作らなくてはならない。電力・重厚長大産業の発行体比 率が高い日本の債券市場の状況を把握したうえで、各発行体が自社の強み・価値創造を外国人機関投資家が求めるESG視点でどう表現していくかについて発行体と意見交換している。当社はボストンのESG専門チームとの連携により、外国人目線での意見も含めた情報提供が可能なため、企業と対話するチャンスが多い」(押田氏)。そもそも、日本で債券投資家がESGエンゲージメントを行うケースは珍しい。実際、同社が某企業の説明会に招待された際、機関投資家15社中債券投資家は1社のみだったという。「国内系資産運用会社の多くは、専門部署(責任投資部など)がESG/エンゲージメントに取り組んでいるが、当社はクレジット・アナリスト が直接アプローチする。当社ではESGは投資の重要な基盤であると考えている」(芦田氏)

 昨今は、円金利戦略や円建てのハイブリッド債に対する機関投資家からの引き合いも高まってきているという。「当社の代表的な円債ポートフォリオでは、金利資産とクレジット資産の比率が半々で、後者の多くはハイブリッド債だ。中長期的なROE(自己資本利益率)向上に着目したESG投資の流れが拡大し、ROE向上の一手段として発行額の一部が『負債』ではなく『自己資本』とみなされるハイブリッド債の発行需要が高まっていることは非常に興味深く、当社にとっては強みを発揮する絶好の機会だ」(津本氏)
 
機関投資家は、ここ数年発行額が増えている社債など様々な債券に目を向け、少しでもリターンを確保できるように模索している。持続的成長を目的とした「ESG」という切り口が、債券投資の新しい魅力を引き出し、国内の債券市場の活性化を後押しするか注目が集まる。