2022年11月14日、東京ステーションホテルで「M&G日本株式スチュワードシップセミナー ~企業と投資家との対話による企業価値創造~」が開催された。世界的に株式の軟調なパフォーマンスが続く中、相対的に底堅い値動きで注目を集める日本企業の株式。そのさらなる価値向上の手段として関心が高まる投資家との建設的な対話から秘められた企業価値を顕在化させるアプローチについて、M&Gインベストメンツが外部スピーカーを交えて語った。セミナーの概要を紹介する。

基調講演
「見えない価値」の過小評価を柳モデルの数値化で打破する

柳 良平氏
早稲田大学客員教授
M&G Investments Japan 副社長
柳 良平

「ESGと企業価値をつなぐ柳モデル」と題した基調講演では、早稲田大学客員教授でM&G Investments Japan副社長の柳良平氏が、エーザイにおけるCFO(最高財務責任者)経験を踏まえながら、ESG(環境・社会・企業統治)情報の定量化手法について講演した。

最初に言及したのは、日本企業と欧米企業のPBR(株価純資産倍率)の差について。柳氏はPBRが1倍を超える場合、簿価純資産を超える分の時価総額については「現在の見えない価値」、つまり将来のESG要素が反映されていると仮定しているという。各国企業のPBRを比較すると、米企業4倍、先進国平均が2倍に対し、日本企業は1倍程度。日本企業はESGの取り組みへの評価が低いとみられると柳氏は嘆く。

「明らかに過小評価だろう。エンゲージメントなどを通じて、投資家にESG情報をしっかり開示、納得させられれば、日本企業の株価は大きく見直されるはずだ」。柳氏はこう考えを述べつつ、自ら実施した海外投資家へのアンケート調査について触れ、「彼らが知りたいESG情報は、きれいごとや曖昧ごとではなく、その取り組みがどのように企業価値に影響するかの具体例だ」と強調した。

ここで、そうした具体的な情報開示を支援する強力なツールとして、柳氏は自ら考案した「柳モデル」を紹介。同モデルを「見えない価値」を“見える化”するフレームワークだと説明した。企業のESGへの取り組みと企業価値の関係性を統計学的に実証した研究を基に、「現在のESGアクションが何年後に、どのくらい企業価値に効いてくるか」を分析できるという。

柳モデルは既に数十社で導入されており、ESG定量化の試みが進んでいる。例えば、柳氏がCFOを務めたエーザイでは、「女性管理職を1割増やすとP B R が7年後に2.4%上がり、約500億円の企業価値が創造できる」などの分析を可能にしたと言及。「海外の投資家を説得するのに効果的であることは当然、他のステークホルダーであるお客様に納得してもらう、また従業員のモチベーションを上げるのにも効果的だ」(柳氏)。

パネルディスカッション
日本企業のガバナンス改革に好感、今後も投資魅力の向上を期待

柳 良平氏/徳成 旨亮氏/カール・ヴァイン氏
(左から)
モデレーター 柳 良平
ニコン 取締役 専務執行役員 CFO 徳成 旨亮
M&G アジアパシフィック株式運用共同統括
日本株ポートフォリオマネージャー カール・ヴァイン

パネルディスカッションでは柳氏をモデレーターとして、日本企業の企業価値向上に向けた課題や期待について、ニコン 取締役 専務執行役員 CFOの徳成旨亮氏とM&G 日本株ポートフォリオマネージャーのカール・ヴァイン氏が意見を交わした。最初の議論テーマとなったのは「日本企業と海外投資家の目線の違い」について。

「日本企業が近年、競争力を上げることに注力するようになったことは投資家として歓迎する。一方で最適資本構成やキャピタルアロケーションをどうするかなど、バランスシートの最適化については、非効率さが目立つ」

こうヴァイン氏が意見すると、柳氏も自らの海外投資家へのアンケート調査結果から「多くの回答者が日本企業のバランスシートについて過剰資本であるとみており、統計的な分析でもその事実が支持されている」と補足した。

他方、ヴァイン氏は日本企業のガバナンスについては好感を示す。「足元10年ほどのガバナンス改革の効果が驚くほど明らかだ。実は同期間、日本の上場企業の収益はS&P500企業よりも早く成長している。これはガバナンス改革の影響が大きいだろう。今後10年間を俯瞰しても、まだまだポジティブな変化が予想され、投資対象としての魅力向上が期待できる」。

ここで有識者会議のメンバーとして日本版スチュワードシップコード制定に携わった経験を持つニコンの徳成氏は、海外投資家とのエンゲージメントについて、日本の企業経営者が株価や投資指標などよりも雇用の安定や企業の永続性などを重視する傾向にある点に触れつつ、次のように意見した。

「欧米投資家は“株主代表”の役割を期待して社外取締役を増やすよう日本企業に働きかけるが、ROEなどに関心の薄い社外取締役も多い。数だけでなく、IRや運用経験者を入れるなど、資本市場の声が届くような取締役会の構成になるよう働きかけるのが良いだろう」

なお基調講演の内容を受け、日本企業のESG活動を海外投資家にいかに評価してもらうかにも話題が及んだ。

徳成氏は、「非財務的なきれいごとだけ言っても、結局、財務的企業価値にどのような影響があるのかを示さないと海外投資家には相手にされない」と柳氏との見解の一致を示す。その上で、「日本の企業経営者は安定化に資する多角的経営を志向し、欧米の投資家はシンプルな事業ポートフォリオを是とする傾向がある。根本に企業のあり方に関する考え方の違いがあり、日本企業はそれを踏まえてESGを含めたIR活動を行っていく必要がある」と語った。

これを受けてヴァイン氏は、「海外投資家の物差しをそのまま当てはめるべきではない。日本企業のESGへのアプローチやジャーニーは優れていると実感している」と返答。今後については、「取り組みの計測指標をうまく数値に反映しきれていない点と、適切なスキルを持ったESG分野の次世代リーダーの育成が課題」と述べた。

最後は柳氏が、「様々な課題があるが、これまでガバナンスやESGなど、日本企業は改善を重ねてきた。インベストメントチェーン全体で対話を深め、企業価値を高めてWin-Winな状況を目指すことで、日本企業のポテンシャル向上に貢献していきたい」と締めくくった。

セッション
サーヴァント・リーダーシップを哲学とするエンゲージメント

サニー・ロモ氏
M&G
インベストメント・ディレクター
サニー・ロモ

セッションでは、M&G インベストメント・ディレクターのサニー・ロモ氏が、M&Gの運用哲学や日本株運用戦略について説明した。

アジア全域に明るいアナリストらと日本株投資のベテラン、カール・ヴァイン氏のチームによって運用される戦略の紹介で特にハイライトされたのが、銘柄選択時のリサーチにおける同社のこだわりだ。「事前の知識や先入観などにとらわれず、純粋な目で企業を知るために、“偶然を作り出す”ことを意識する」「企業の『メンタル・モデリング』を行うことで、経営者目線で深く企業分析を行える」など他の戦略と視点やリサーチで一線を画すための工夫を説明。こうしたユニークな取り組みの上に、差別化されながら堅実なパフォーマンスを支えるユニバースを作り上げる流れが紹介された。

もう1点ハイライトされたのは、エンゲージメントを通じた投資先のバリューアップ。投資銘柄のうち、成績のいい銘柄の半数は、M&Gがエンゲージメントをしているという。ロモ氏は、「相手をリードしたいならば、まずは奉仕しなさい」という意味のサーヴァント・リーダーシップが、同社のエンゲージメントの重要な哲学であることを説明した。

ロモ氏はパネルディスカッションでも触れられた日本企業の隠れた好実績にも言及。「対してバリュエーションが連動して上がっていないという状況も、これからの投資魅力の成長を予感させる」と述べつつ、「これまで日本企業は成長よりも企業や社会の安定を重視してきた向きがあるが、岸田首相の『新しい資本主義』に代表されるように、全体的な潮流が変わりつつある」と希望を示した。