日本銀行のマイナス金利政策導入により、機関投資家の運用環境は厳しさを増している。国内債券だけでは運用が立ちいかなくなり、海外のアセットに目を向ける機関投資家が増えている。なかでも著しい経済成長を続けるアジアは、検討すべき投資先といえるだろう。本誌は2017年12月4日に東京で、J-MONEYカンファレンス「運用難時代の先を読む ―アジア市場の投資環境の現状―」を開催した(主催:J-MONEY、協賛:ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズ)。各スピーカーの講演の概要を紹介する。
ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズ代表取締役社長の髙村孝氏は、開会のあいさつで、「効果的なポートフォリオを構築するには、①高パフォーマンス・低リスクを目指す②リスク・リターンの相関度が異なる③一定以上の流動性がある――各種資産を組み合わせることが重要だ。日本国債に匹敵する市場規模を持つアジア債券はその有力候補の一つといえる」と語った。
【アジア債券】アジア債券投資の魅力を探る
通貨ベースのボラティリティが低く、収益期待の分散アセットとして有効
投資家が債券を検討する際、多くは第一候補が円債、第二候補は為替リスクをヘッジした米国債となるだろう。だが、現状の低金利環境下では十分なリターンが期待できない。とは言え、グローバル新興国債券となると、リスク特性が当初想定の債券の域を超えてしまう。
ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズ チーフ・インベストメント・オフィサーの新原謙介氏は、「中国を含む東アジアや東南アジアの各国債券の利回りは、相対的に先進国債券を上回る水準である。アジア国債の市場規模は拡大しており、足元の発行残高は主要な世界国債インデックスの3割前後に達するほどだ。市場規模が大きいということは、多様な投資家が存在し、一定以上の流動性があることを示している」と指摘する。
なかでも新原氏が着目するのが、先進国債券の代わりの分散投資先としてのアジア債券の有用性である。
「日本の投資家が海外債券で運用するときのハードルの一つが為替リスクだが、2000年以降のアジア通貨は、新興国通貨はもちろん、豪ドルやユーロといった先進国通貨と比べてもボラティリティが低い。株式との相関性という観点では、アジア債券はグローバル新興国債券より低い傾向がみられる。先進国債券より高い利回りが期待できる半面、為替のボラティリティが低く、株式など他資産との相関性も低いアジア債券は、コアではなくても、資産ポートフォリオの分散アセットとして非常に意味があるといえるだろう」と強調する。
アジア債券への具体的な投資手法として、新原氏は同社が提供する債券ETF(上場投資信託)の『ABF汎アジア債券インデックス・ファンド』(通称:PAIF)を提案する。
PAIFは2005年に香港取引所に上場、2009年には東京証券取引所に重複上場した。中国、香港、インドネシア、韓国、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイの政府および投資適格の準政府機関の現地通貨建て債券で運用している。銘柄の組入比率は時価総額アプローチではなく、①各国の債券市場規模②各国のソブリン債務格付け③投資利便性指標――などの年次のスコアリングを基に、各国配分を均等に近いかたちで決定している。
新原氏は、「2005年に1000億円程度だったPAIFの純資産総額は、2017年9月末時点では4000億円強まで拡大している。大口の投資資金も十分対応可能だ。信託報酬が0.2%と低コストのアジア債券ETF『PAIF』で、資産分散を図っていただきたい」と締めくくった。
【信用格付け】アジア地域のクレジット・トレンドは改善傾向、一方でテイルリスクも
地政学リスクの顕在化などで流動性が急速に反転する可能性
グローバル経済の成長センターであるアジア太平洋地域の主なリスク要因として、S&P グローバル・レーティング・ジャパン マネジングディレクターの大洞聖子氏は、「資産価格の調整」「中国の過剰債務」「政治・貿易紛争」「急激な流動性後退」の4つを挙げる。
「主要中央銀行の低金利政策を背景に利回り追求の動きが強まっており、資産価格の急激な調整リスクが高まっている。中国では企業セクターにおいて経済成長を上回る勢いで債務が膨張している。政治・貿易のイベントに対して市場は過剰反応しがちだ。金融緩和の時代を経て、今後は流動性が後退していくことは避けられないだろう」(大洞氏)
S&Pは2017年9月、中国の格付けをAA-からA+に1つ下げた。これはGDP(国内総生産)に対する民間債務比率が非常に高く、将来、マーケット調整が発生すると経済や金融システムに悪影響を与えるだろうとの見通しに基づいている。「過剰債務問題に対しては、中国政府も不動産投資の借り入れ規制の厳格化や、地方の問題債務を中央政府が実体的に保証して管理するなどの対策を講じているが、今後2~3年は対GDPの債務比率は伸びていくと思われる」(大洞氏)
中国は、経済・金融政策を中央政府がトップダウンで進める国だ。大洞氏も「例えばシャドーバンキング問題も、中央政府が民間部門のレバレッジを下げていこうといった動きを強めており、それなりの対策が取られつつあると認識している。銀行セクターが過大な損失を出さないようにコントロールしながら民間債務を少しずつ削減していくと考える」と語る。
一方、アジア太平洋地域の足元のクレジット・トレンドは改善傾向が見られるという。大洞氏は、「格付けのアウトルックは、2017年8月の-11%(「ネガティブ」が「ポジティブ」より比率で11ポイント多い)から9月は-8%、10月は-7%となった。これは商品価格の見通しが改善したことが大きい。2017年第3四半期までのGDP成長率や輸出動向、鉱工業生産などのマクロ指標もおおむね良好で、2018年も堅調なモメンタムを維持するだろう」と分析する。
今後の懸念要因の第一は、やはり金融緩和の反動による急激な流動性の後退だ。大洞氏は、「米国の利上げはゆっくり進む公算が高い。市場は楽観的なセンチメントに包まれているが、地政学リスクなどのテイルリスク・イベントが顕在化したとき、ポジティブな状況を支える流動性が急速に反転する可能性がある」と警鐘を鳴らす。