ESG情報開示の充実は緊要

辰巳憲一
学習院大学名誉教授
辰巳憲一
1969年大阪大学経済学部、1975年米国ペンシルベニア大学大学院卒業。学習院大学教授、London School of Economics客員研究員、民間会社監査役などを経て現在、学習院大学名誉教授など。投資戦略、ニューテクノロジーと金融・証券市場を中心とした著書・論文多数

ESG(環境・社会・企業統治)を投資判断に利用する際に起こりえる障害をリスト化した下の図表を見ていただこう。経済産業省が資産運用会社に対して行った「ESGを投資判断やエンゲージメントにおいて考慮するうえでの障害について」のアンケート結果で、国内外の運用会社など48社から回答を得ている。

投資家からは、ESG投資を行うかどうかを判断する上で、企業のESG情報開示の拡充を求める声がよく聞かれるのである。それゆえ企業は開示にあたって、ESG情報開示基準の相違点などを理解した上で、主たる情報利用者のニーズに応じた発信を行うという視点を採ることが重要になる。個々の視点を次に展開してみよう。

【図表】ESGを投資判断にする際の障害

図表
(出所)経済産業省『ESG投資に関する運用機関向けアンケート調査』令和元年12月。20191224001-1.pdf (meti.go.jp)

視野を長く~利益管理

ESGは、本シリーズ第2回で既述のように、どのくらいの時間間隔で物ごとを考えることができるかが重要になる事例である。われわれの身近にある環境の維持、改善という視点を取れるかどうかは、時間の尺度を柔軟に取れるかどうかにかかわってくる。

また、長期的な視野を持って事業を進めていけば、短期的には減益になることもあるかもしれない。そのようなことを理解したうえで戦略を立案しなければ、将来、企業が存続できなくなる危機に陥るかもしれない。将来の利益が減りそうだから、環境や社会に関する問題などを考慮した長期的な視野に立って事業を進めるべきなのだ。

視野を広く~人権 VS. 環境

ある大手物流企業は中国企業からEV(電気自動車)を輸入して全ての軽自動車を置き換え、脱炭素を加速して環境意識の高まりに応えたと報道された。しかしながら、中国は新疆ウイグル地域で人権抑圧問題を抱えている。地域が違うといっても、忘れてならない要点は中国政権の主義・政治信条である。

環境問題で賛同を得ても人権問題で反発されるのでは、ESG行動は完全に帳消しになる。人権と環境が競合し、矛盾する事案になる。企業は視野を広く持ってESGを行わねばならないのである。

視野を確かに~G

ガバナンスは、究極的には経営の透明性つまり情報開示、そして資本効率化に取り組んでいるかどうかを見る。ステークホールダーから求められている事案を把握し、それを自社の戦略に反映させることができる企業の取締役会などで重要なポジションにいる人が積極的にESGを実践することが重要である。

企業が稼いだ利益を株主だけでなく関係者、さらには広く社会に積極的に還元することや、外部取締役や女性管理職の登用などの取り組みが考えられる。

また、次回の第5回に述べるようにESG戦略を事業戦略と統合することも重要になってくる。

視野を深く~リスク管理

企業も個人も無視できなくなってきているのは気候変動リスクであろう。しかし、地球温暖化という言葉は曲者である。極端に暑くなったり寒くなったり、変化が激しくなった、というのが正しいだろう。ボラティリティつまりばらつきは、平均値が高くなりつつ、大きくなるのである。地球天候変動の過激化だ。

これは資産運用者にとって馴染みのあるハイリスク・ハイリターンと同様な概念である。この視点を持つ必要性が、広く一般の企業にも要求されるようになったのである。1つの案件に対するリスク量を適切に設定するなど、リスク管理のルールが設定される必要がある。そして投資銀行部門トップ・最高リスク責任者、内部監査・監査役(監査委員会)・監査法人は適宜適切にこの点を認識し把握していかねばならない。