自然資本の保全、強化が重要課題に
投資家の世界では気候変動を投資テーマに取り入れるべきとの主張が盛んであり、その理由として投資リターンやグリーンエコノミーへの移行に対する投資がもたらす前向きな影響が指摘されている。環境にやさしい投資に特化したプロダクトがまとまってローンチされているため、資本の大規模な再配分が起きる可能性もある。しかし他方で、世界は生物多様性の大幅な喪失という、同時に進行するもう一つの脅威にも直面している。
自然資本、すなわち土地や海洋そしてその中のエコシステムの生物多様性といった自然資産は、過去に例を見ない速さで破壊され深刻な状態に陥っている。これには生物多様性の喪失、二酸化炭素排出の増加、地域的気温上昇、土壌侵食、疾病のまん延といった問題も含まれている。実際に新型コロナウイルス感染症「Covid-19」によって引き起こされた世界的なリセッションは、人間の活動による自然環境の破壊に起因している可能性がある。
自然資本を保全し強化することによって、私たちは生命を与え人生を充実させる自然の維持に貢献できる可能性がある。しかし今のところ、まだ自然資本は主流の資産クラスとは見なされていないため、自然資本の保全が投資判断において優先されないケースもしばしばある。
世界全体の年間生産の半分超が「自然」に依存
しかしいくつかの前進も同時に見られるため、「自然資本」が資産クラスとして再認識される可能性があり、投資家の自然資本への投資が促進されることも考えられる。
今から1世紀前には、自然資本は資本、労働力とともに生産活動のための3つの手段のうちの1つと認識されていた。土地は裕福な家庭の資産クラスに不可欠なものだった。過去100年間の大半の期間にわたり、エコノミスト、政策当局者、そしてアセット・マネジャーは自然資本を無視してきたため、自然資本への投資は限られその価値は毀損されてきた。しかし現在では、自然資本が提供する生態系サービスの価値そして経済活動を持続する上での自然資本の役割は、エコノミストから高く評価されている。実際に世界経済フォーラムの推計では、世界全体の年間の生産の半分を超える44兆米ドル相当が自然に依存しているとされている1 。そしてようやく自然破壊は環境リスクにとどまらない金融リスクでもあると認識され、世界の全ての国々や機関に影響を与える問題となってきた。
【図表】「自然資本」が資産クラスとして再認識される可能性
自然資本を計測して自社のバランスシートに計上する
生物多様性を計測する指標が迅速に開発されることが望まれる。平均生物種豊富度(The Mean Species Abundance, MSA)は人間が生物多様性に与えている打撃を計測する指標として、100%は元々の自然の状態が侵されていない状態を示し、0%は自然が完全に失われていることを表す。
このような指標によって投資家は自らの投資資産の質を測定することができ、また企業活動が生物多様性や生態系にどの程度の影響を及ぼすのか、そしてどれだけ依存しているのかについての、見極め、計測、価値評価、優先順位付けが可能になる。最終的に投資家は、投資対象や投資リスクに関する新しい知見を得ることができる。
企業においても自然資本を計測してバランスシートに計上することもできると認識し始めている。企業は物理的な事業資産の寿命を維持するための現金を準備するのと同様に、自然資本についても減価を相殺しつつ生態系サービスを享受し続けるための投資を促される可能性がある。そして投資家はデータや報告システムの改善を通じて、利用可能な投資機会の評価の精度を向上させ、投資を通じて参画する姿勢を改善することができる。
自然資本からのキャッシュフローを「蓄積」していくことも可能
農業と林業でのイノベーションも現代の鉱工業における課題となっている。自然を回復させる新しい技術を通じて企業の利益とレジリエンスを向上させることが追求されている。このような新しいアプローチと、新たに生まれた炭素市場ならびに生物多様性市場とが相まって、自然資本の所有者がそれぞれの資産からのキャッシュフローを「蓄積」していくことが可能になる。それには一定の場所での自然資本の生態系サービスを収益化することも含まれ、例えば土地の所有者は持続的な材木供給あるいは環境再生型農業からのキャッシュフローを享受する。
しかし土地の所有者はそれだけでなく「非公式」の炭素市場や初期段階にある生物多様性に係るクレジット市場からの資本調達も考えられるようになる。また、その土地がエコツーリズムから恩恵を享受する可能性もある。農業資産においても肥料や農薬を使わずに済む割合が増え、水資源がより効率的に利用されるようになれば、投入コストが減少することも考えられる。
自然資本の投資家にとって、自然資本の維持のための資本支出と利払いを賄っていくためのキャッシュフローについて、資産保有者が自然資本からのキャッシュフローの蓄積などの方策によって確保する能力を持っていることが極めて重要になる。そうなれば自然資本が「収益性により優れた」他の選択肢である牛の放牧やパーム油生産、鉱業生産に向けられることは防がれる。
自然資本に参入する投資家が予想以上の成果を挙げる可能性
さらに、おそらく最も重要なのはそのための取引がグリーンボンド市場や炭素市場の一端に位置づけられることが多いとはいえ、すでに始まっていることである。こうした取り組みは自然資本を保全し強化するために現時点で利用可能な全ての方策を動員しようという市場の確固たる意思の表われである。
自然を回復させるプロジェクトが現時点で収益化されれば、そして最終的に私たちが炭素、生物多様性、水資源などを市場価格を通じて適切に評価し、また汚染と化学薬品の過剰使用への罰金や課税を適切に実施すれば、自然回復のプロジェクトが今後予想以上の発展を遂げる可能性は大きい。従ってネットゼロ(温室効果ガス排出量を実質ゼロにする)の達成を約束する国や企業の数は増加している中で、まだ生物多様性にほとんど価値が見いだされていない早期の時点から、この資産クラスに参入する投資家が予想以上の成果を挙げる可能性も大きい。
1:「生物多様性の経済学; ダスグプタ・レビュー」2021年2月2日