日本生命におけるAIや定量モデルを活用した運用力強化の試み

尾木 将士
日本生命保険
国際投資部
課長補佐
尾木 将士

近年、AI(人工知能)やビッグデータ活用など、急速に情報技術が進展してきており、今後のさらなる進展も予想される。こうした動きに伴い、金融業界においても先端情報技術の活用が進んできている。実際に、資産運用の分野でも投資判断において、AI技術の一つである機械学習が活用されるなど、機関投資家や個人投資家など幅広い投資主体に浸透してきた。

日本生命においても、投資判断やリスク管理の高度化、保険商品の競争力強化に資するものとして、資産運用領域におけるAIやビッグデータ処理といった先端技術の活用を、数年前より模索している。資産運用における先端技術の適用範囲は図表1の通りだが、例えば、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)による業務自動化や、AIなどを用いた定量モデルの開発と実際の投資判断への試験的な活用等に取り組んできた。

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【図表1】運用プロセスにおける先端技術の適用領域の例

運用プロセスにおける先端技術の適用領域の例
出所:日本生命保険

筆者は、前所属の特別勘定運用部時代から今に至るまで、運用フロント領域における定量モデル開発や先端IT活用の最前線に立って取り組みを進めてきた。具体的には、機械学習や統計手法を駆使した各国景気・市場の局面判断、アロケーションモデルの開発、企業年金向けのクオンツ運用商品の立ち上げ、RPAを活用した発注業務の全自動化などを実現してきた。

定量モデル開発にあたっては、昨今ブラックボックス化を厭わない大量データ処理タイプのモデルもあるが、筆者はモデルの設計段階での”コンセプト”を重要視している。具体的には、モデルの裏付けとなる理論・根拠や収益源泉、これまでにないアイデアかという点で”コンセプト”を精査している。筋が良ければ、モデルで使用するデータや手法が多少違っても、他のアセットクラスでも一定応用可能である。バックテストの際も、これらの視点で複数の手段やデータを用いて検証を行うことにより、モデルの頑健性や優位性を確認している。”コンセプト”を明確化しておくことで、実運用開始後にパフォーマンスが一時的に振るわなかったとしても、モデルの”コンセプト”通りにパフォーマンスが出ているかどうか、”コンセプト”が有効に機能しない市場環境に変化していないかなど、モデルのPDCAが的確に行え、無理な改良による機会損失を防ぐことができる。

パイロット運用下でも感じた確かな手応え

運用領域でのモデル開発は、大きく分けて「局面判断」と「収益拡大」の2つの視点で取り組みを進めている。

「局面判断」については、現状評価や予兆管理など開発するモデルの性質に応じて、経済指標だけでなくテキストデータなども分析対象に加えて評価し、市場環境見通しの精緻化やフォワードルッキングなリスク管理、投資判断の高度化に活用する。

例えば、図表2の1は、統計手法により、多数のソフト・ハードデータを集約した指標を作成し、各国の経済全体の状態・方向感をモニタリングしている。単一の経済指標を観測するよりも、複数の経済指標から抽出された特徴量を観測することで、経済状態を正確かつタイムリーに把握できる。実際、2018年にFRB(米連邦準備制度理事会)が最後の利上げを実施する直前には、景気が停滞局面入りした事を正確に捉えることができた。また、図表2の2は、テキストマイニングにより、各国中央銀行が公表する声明文や記者会見での発言を基に中央銀行の政策スタンスを分析し、金融政策の方向性を予測している。この点に関しても、2019年にFRBが利下げに転じる前に、先行きの政策変更を示唆する分析結果を出し、政策スタンスを概ね捉えることができた。

【図表2】 「局面判断」系モデルの具体例

「局面判断」系モデルの具体例
出所:日本生命保険

「収益拡大」については、図表3の左図に示すように複数の経済指標や市場データなどをインプットに、深層学習(ディープラーニング)なども活用し、外部からのノウハウ獲得に加え、自社内での定量モデル開発を行った。このようにテキストマイニングや深層学習といった先端技術を活用しながら運用戦略の多様化を図り、これをユニバースに着目する投資テーマや投資期間などを分散させる投資を、試験的に運用した結果、実績として数年で数十億円の収益を積み上げた。

【図表3】 「収益拡大」系モデルの具体例

「収益拡大」系モデルの具体例
出所:日本生命保険

未曾有のコロナショックにより表面化した課題

AIなどの定量モデルの活用に一定の手応えを感じ始めていた頃、新型コロナウイルスの感染拡大(コロナショック)が起きた。これまで景気や金融政策変更の局面をうまく捉えることが出来ていた「局面判断」系のモデルは、その後に起きた大幅なリセッションや大規模な金融緩和をタイムリーに予測することはできなかった。

同じく一定の成果をあげてきた「収益拡大」系のモデルについても、市場がコロナショックに見舞われる中でも有効に機能したモデルが少なからずあった一方で、一部のモデルでは予測できずに苦戦を強いられる結果となった。

新型コロナウイルスがこれほどのスピード感でグローバルに蔓延したことも、その対策として財政・金融政策が大規模・迅速に打たれたことも、過去に類を見ない事象であった。これによるマーケットの反応も金利はグローバルに過去最低水準に低下する一方、わずか数カ月で株価はV字回復するという過去に経験したことのない動きとなった。

定量モデルは過去データに基づくものであることから、コロナショックのようなクラッシュ局面は、サンプルデータが少ないことや過去に見られなかった動きには弱いという特性を踏まえる必要があることを改めて認識させられた。だからといって危機予測には機能しないと断定するには時期尚早と筆者は考える。例えば、今回の各国当局による財政・金融政策は、過去のリーマンショックなどを教訓にしたものであり、完全に予見不可能ではなかったと思われることから、定量モデルの高度化の余地はまだまだある。

さて、構造変化の伴うショックを受け、過去データに基づくモデルは果たして今後も持続的に安定した運用実績を維持できるのか、難しい局面を迎えている。筆者は、定期的なモデルのPDCAと、それによる使用データの変更や手法の改良など、モデルの改善を繰り返し行えば、今後もモデルに基づく運用のパフォーマンスは維持できると考える。

「局面判断」に関しては、現状把握(”nowcasting”)の強化が考えられる。新型コロナウイルスが経済活動を停滞させることを予兆する警告サインは、市場が急変する前に多く散見された。例えば、今でこそ脚光を浴びているモビリティデータがその代表格だ。これらのデータをもとに各国の経済状況を適切に”nowcasting”していれば、ダウンサイドを回避できていたと考えている。情報技術の進展に伴い、データの粒度(頻度やミクロ化)と範囲(衛星データ、Webデータなど)が拡大し、利用可能なデータ(オルタナティブデータ)が急速に増加している。今後正確な“nowcasting”にはこうしたオルタナティブデータの活用が鍵であると見込む。現状は限定的な活用に留まっていることから、フィンテック企業などの外部機関との連携も含めて、今後本格的に活用を検討したい。

また「収益拡大」に関しても、各モデルの強み・弱みを把握したうえで、相場局面に応じた組入戦略の適切な取捨選択やモデルでは捉えきれない要因が常にあることを踏まえて、モデルのサインに従う運用を軸にしつつ、時には定性判断でポジション量に強弱をつけることなどの工夫が有効であると考えている。すなわち、運用者がモデル(機械学習を含むAIなど)を適切に使いこなし、弱点を相互に補完し合うことでモデルがうまく機能し、最終的にはそれぞれ単独よりも効果的になり得ると考えている。

ウィズコロナ時代の資産運用に向けて

今後も米中の対立や格差の拡大などに起因する経済や社会の歪みをコロナ禍がより加速させ、不確実性の高い相場が続くことが想定される。今回のコロナショックのように、従来の方法では予測が難しい事象が再び発生する可能性も十分ある。AIなどのモデルに基づく運用においても、コロナショックの学習や新たなデータ活用など時代に合わせた高度化を図りながらも、基本戦略は分散投資や局面判断など伝統的な手法を実直に行っていくことが、収益の安定化に繋がると考える。

これらの取り組みの精緻化と着実な積み上げが、定量・定性双方からの多面的・複眼的な分析に基づく、より高度な投資判断・リスク管理を実現させ、日本生命グループの運用力強化へ繋がるものと確信している。