「企業家精神」の醸成には投資家の意識や制度変革も絡む
CFによる日米企業のライフサイクル比較からは、マクロ経済成長の誤差こそあれ、米国と比較した日本の企業レベルでのアントレプレナーシップの低さが露呈する。アントレプレナーシップは「既存の経営資源に依らず、ビジネス機会を追求する程度」と定義され、日本では「起業家精神」ともいわれる。近年、日本でもこのアントレプレナーシップを伸ばそうという動きが強まりつつあるが、現状では、企業が行う投資額と、投資に向けた資金調達の量が米国と雲泥の差だ。企業の投資額をなんとかして増やしていくことが、今後の日本企業の課題になる。
では、上場企業が投資額を増やせば日本でもアントレプレナーシップが醸成されるだろうか。米国との大差の原因は企業の投資姿勢だけではない。
日米では、資本市場の機能が大きく異なる。米国上場企業は常時20%ほどが当期純損失となる。日本では、コロナショックなど異常時を除けば概(おおむ)ね5%ほどであるので、大きな違いだ。これは、米国の資本市場が「足元の利益ではなく、将来CFを重視する」という長期の投資機会を考えており、上場企業の赤字経営に対して寛容であることを示している。「参入」期および「成長」期の企業がビジネスを拡大するには、時に赤字でも投資家から長期投資を呼び込めることが大切だ。米アマゾン・ドット・コムも、長年の赤字経営を続けた結果、ここ数年は莫大な利益を創出している。赤字経営を許容する態度は、米国資本市場の持つ「厚み」と言えるだろう。
一方、日本では資本市場には単年度の利益至上主義が強く根付いていることから、特に長期投資が少なくなる。投資家が赤字を嫌気することや、金融機関の与信との兼ね合いで、2期連続の赤字が許容されない環境があることが原因だ。前述のように、日本では、上場企業が投資のための資金調達を行わない「成熟」期にすぐ移行してしまう傾向が強い。長期で成長できる企業でも、途中で成長を止めてしまうため、企業の潜在的な成長の余地を奪っている可能性がある。日本の資本市場にも米国流の「厚み」を持たせるには、単年度の利益率ではなく将来CFに重点を置いた投資判断へ軸を移すことが求められる。その場合、金融機関では、足元で赤字である企業のバリュエーションを見直す必要があるだろう。
制度上の違いが日米の企業活動の違いに影響している面もある。米国にはPBGC(年金給付保証公社)という、企業が倒産した際に従業員に給付する企業年金を補償する組織が存在する。したがって、米国企業は日本で2010年に日本航空が経営破綻した際に話題となったような、従業員の年金受給権保護の問題を気にする必要がない。一般に、企業を倒産させやすい環境では、投資や赤字額の許容値が上がる。
日本のアントレプレナーシップ向上には、企業だけでなく、資本市場における投資家や金融機関の意識、および制度の変革も関連することから、即効性のある行動の困難さが目立つ。だが、「参入」期や「成長」期への回帰は、日本経済全体が「成熟」期を迎えた現在、企業が再生する活路も示している。日本経済全体の課題として取り組むべきである。