ドルに持ち直しの兆し

高千穂大学商学部教授内田稔
高千穂大学 商学部教授
FDAlco 外国為替アナリスト
内田 稔

高市早苗内閣の発足前後でドル円は急上昇している。以下にドルと円それぞれの状況を整理し、向こう3カ月程度を展望する。ドル円のリスクはアップサイド(ドル高円安)に傾斜しているのではないか。

2025年のドルは主要通貨に対して全面安となった。年初来、インフレ圧力の減衰と景気の先行き不透明感の台頭を受け、利下げ再開が意識された。4月に判明した相互関税も米ドル建て資産売りに波及し、それ以来ドルは金利差に対してかなりのドル安水準まで下押しされた(図表)。相互関税は米国の企業マインドにも暗い影を落とした。企業の採用意欲を削ぎ、労働市場悪化の一因になったとみられる。

■ドル指数と米国の対外金利差
ドル指数と米国の対外金利差
※金利差は米国金利-海外金利。海外金利はドル指数と同一ウエートにて6通貨の金利を加重平均して算出。ただしユーロはドイツ金利にて代用
出所:Bloombergより筆者作成

一方、トランプ減税による財政赤字の拡大分を関税収入が補填するとの見方などからドル指数は夏場以降に下げ渋った。FRB(米連邦準備理事会)が利下げ再開を決めた2025年9月17日に3年ぶり安値を記録した後は持ち直しつつある。10月のFOMC(米連邦公開市場委員会)にてパウエル議長が12月の利下げが既定路線からはほど遠い(far from it)としたこともドル高を後押しした。その口調から利下げを当然視する市場を牽制する意図が読み取れる。

実際、株式相場の騰勢(とうせい)による資産効果により、個人消費は底堅さを保っている。景気先行指数の低下を招いている消費者ビジネス経済期待指数とISM(全米供給管理協会)新規受注指数も企業マインドの悪化を反映したものだ。

最大の懸念材料である米中間の緊張も和らいでおり、企業マインドの好転と労働市場悪化の一服も期待できる。インフレ率の下げ渋りに照らしても、大幅な追加利下げは必ずしも必要ではない。本稿執筆時点(2025年11月4日)で市場は2026年末までの3回の利下げを完全に織り込んでいるが、実際の利下げがそれを下回る可能性も十分だ。利下げ期待の後退に連れ、米長期金利の上昇や金利差に相応しい水準へのドルの戻りが見込まれる。

ドーマー定理が示唆する円安

高市首相は「責任ある積極財政」について問われ、長期金利よりも名目の経済成長率を高く保つ必要性に言及した。片山さつき財務相も財政規律について、長期金利よりも名目GDP(国内総生産)成長率が高いドーマー定理が成立しているとした上で、政府債務のコントロールが可能であるとした。

これまでの長期金利上昇には、日銀の国債保有残高の減少に伴うタームプレミアムの拡大が影響してきた。この為、日銀は利上げに加え、量の正常化も慎重に進めるよう政府から強く求められそうだ。財政拡張に緩和的な金融政策が重なる結果、一定のインフレが継続する可能性が高く、日銀が2025年12月または2026年1月に利上げを決めたところで、実質金利は政策金利、長期金利のいずれでみてもマイナス圏にとどまる公算が大きく、強い円安圧力が残ると考えられる。

一方、ドル円の上昇とそれを招く日銀の金融政策スタンスは米国からみれば非関税障壁であり、強い円安牽制(けんせい)を引き出そう。日本政府にとっても円安再燃は輸入インフレを助長しかねず、政治的に得策ではない。片山財務相も円安牽制トーンを強めつつあり、ドル円が上昇するに連れて内外からの円安牽制は強まるだろう。

もっとも、ファンダメンタルズに則した動きを口先介入または日本単独の円買い介入で封じ込めることは難しい。これは、2022年以降の介入を以てしても、実効為替レートでみた円安が続いていることから明らかである。従って、ドル円反落の条件として、何らかの要因による強いドル安相場入り、日本の実質金利のプラス転(またはその期待)による円高圧力、日米協調介入などが挙げられる。そのいずれも起きないのであれば、ドル円が160円を試す可能性も十分だろう。