「壁」を築く新たな世界観
三菱UFJモルガン・スタンレー証券宮本諭氏
三菱UFJモルガン・スタンレー証券
ウェルスマネジメントリサーチ部
部長・GIC議長
チーフ・グローバル投資ストラテジスト
宮本 諭

私たちは今、新時代の入り口に立っている。トランプ政権や高市早苗政権の誕生は偶然ではないだろう。1980年代以降の新自由主義がもたらした技術革新と生産性向上の裏で、国家においては大国対立、個人においては格差拡大といった課題が顕在化した結果である。

こうした新時代を席巻している世界観は、国際機関の存在意義と自由競争の正当性に疑問を投げかける。国家は安全保障を重視し、「壁」を築く。安全保障は新たなコストを生み、技術革新はエネルギー観も一変させる。AI(人工知能)の普及で電力消費は激増し、エネルギーや鉱物資源、発電能力を持つ国が主導権を握る。半導体が「産業のコメ」なら、電力は「産業の空気」と言える。

トップダウン型の国家ほど変革は速い。米国は諸外国と比べて先行し、中国は習近平国家主席の登場を契機に、既に新しい世界観へと移行していたかもしれない。日本はようやく変化の途についたところだ。他方の欧州はまだ新たな世界観の到来を前に苦しんでいるように見える。

しかし、新たな世界観は人類の進歩とは到底言えず、むしろ暗さや限界を感じさせるもので、平和と繁栄を享受していた20世紀初頭の欧州諸国がその十数年後に最悪の大戦を迎えたことを想起させる。対立国家群の間に緊張は存在しても、相互の価値観を認め合えるような関係に発展することを期待したい。

■1980~2020年代の世界観と新たな世界観(トランプ2.0以降)の概念図
世界観と新たな世界の概念図
出所:三菱UFJモルガン・スタンレー証券
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アベノミクスからサナエノミクスへ 

新たな世界観が、AIによる技術革新の加速と相まって新たな需要を創出する。それこそがサナエノミクスの核心と考える。

高市政権は「責任ある積極財政」を掲げ、成長戦略の中核に「危機管理投資」を位置づける。これは経済・食料・エネルギー・医療安全保障や国土強靱(きょうじん)化など、国家リスクに先手を打つ官民連携の戦略的投資だ。重点分野はAI、半導体、量子、バイオ、航空宇宙、サイバーセキュリティなどで、日本を「世界で最もAIを開発・活用しやすい国」にする目標を示した。エネルギー面では原子力やペロブスカイト太陽電池、次世代炉、核融合の実装を推進する。

地方創生も重視し、産業クラスター形成や農林水産業の高度化を図る。財政健全化に向けて、成長率の範囲内で債務残高を抑制し、持続可能性を確保する方針である。

第二次安倍晋三政権(2012年12月発足)に始まったアベノミクス「三本の矢」のうち、株式市場を明確に支えたのは異次元金融緩和だけだった。しかしこの十数年で、日本は大きく変貌した。異次元緩和の終了とともに金融政策は正常化に向かい、デフレ脱却からインフレ警戒へと転じた。名目GDP(国内総生産)は497兆円から635兆円、訪日外国人は836万人から4164万人、女性の労働参加率は48%から57%に上昇。労働力人口も増加し、有効求人倍率や失業率も大きく改善した。

企業も労働生産性の向上や自社株買いに注力したことで、ROE(株主資本利益率)、PBR(株価純資産倍率)が大幅に向上し、景況感も改善した。一方で実質賃金や家計の景況感は悪化し、企業の利益が家計に十分還元されていない。これは、過去のショックを経て企業がキャッシュ重視から抜け出せていないためである。

企業が積極的に賃上げに踏み切るには、将来への不透明感が払拭され、明るい展望が必要だ。その意味で、高市政権の危機管理投資への期待は大きい。政府が先導し企業行動を変えることで、変革が加速するだろう。

実際、日本製鉄によるUSスチール買収やNEC、住友商事の大型IT投資など、果断な動きが始まっている。投資家も日経平均株価の値動きに一喜一憂せず、変わる日本企業を見極め、成長分野を発掘し、後押しすべきではないだろうか。