消費への下押し圧力の可能性

美和 卓
野村證券
金融経済研究所
エグゼクティブ・エコノミスト
美和 卓

2025年10月21日に発足した高市早苗内閣は、最優先課題の一つに「物価高対策」を掲げる。2024年秋口から問題となったコメ不足、米価上昇などを背景に、「物価高」への懸念は根強く持続している。物価高への懸念は、日本銀行の金融政策に対する世論形成にも影響している。政策決定会合後の植田和男総裁定例会見においては、必ずと言ってよいほど、「物価高持続の下でなぜ利上げに動かないのか」との質問が提起されている。

こうした世論に呼応したというわけではないだろうが、2025年9月以降の決定会合では、田村直樹、高田創両審議委員が、いずれも「物価の上振れリスク」を主な理由とした利上げを提案している。市場では、政策決定会合における票決のバランスが利上げ支持に傾いた実態は、近いタイミングでの追加利上げ決定の布石ひいては、地ならしではないかとの解釈を誘発している。

物価高とそれに対する懸念が持続しているにもかかわらず、日銀が2025年1月以降利上げを見送ってきた背景には、米通商政策に絡む不確実性の存在もさることながら、「物価高」が必ずしも日銀の目指す「年2%程度の基調的な物価上昇率」の実現を意味するものではないとの判断がある。

2025年7月24日の記者会見で、内田真一日銀副総裁は、食品価格高騰を背景とした物価高が基調的物価上昇率の上振れに繋がるリスクだけでなく、需要を冷やし、将来的には物価の下振れリスクにもなりうると指摘している。

食料品などの生活必需品の価格高騰は、人々の物価に対する見方に強く影響する。これを内田副総裁は、「アップサイドリスク」として挙げている。実態としてのインフレ率の加速を起点とする、予想物価上昇率、期待インフレ率の上振れリスクを指摘したものと解釈できる。

一方で、「物価が上がることによって消費者マインド、あるいは個人消費にこれは下押しの圧力として働く」とも指摘している。物価高が消費需要を押し下げれば、将来的にはかえって基調的な物価上昇の勢いが削がれる恐れがあるというわけだ。

価格高騰が利上げの足かせ?

内田副総裁が整理してみせた物価高の影響のうち、現時点において顕在化しているのは、どちらかといえば、基調的インフレに対する下振れリスクのほうではないだろうか。

高い賃上げの実現とその継続により、家計の所得拡大ペースは相応に押し上げられている。望ましい姿としては、所得の拡大が物価高に負けない消費需要の拡大を実現させることであり、それが供給者である企業から見てもコスト増に呼応した健全な値上げ継続の条件ともなるはずである。

ところが、家計の所得・支出バランスの実態は、実現した高めの所得拡大ペースに、消費支出のペースが追い付かず、貯蓄が高止まるという姿になっている(図表)。物価高に直面した家計が節約志向を強め、企業側から見るとむしろ値上げ継続を躊躇(ちゅうちょ)すべき状況が生じているようにもみえる。

■家計の名目可処分所得、消費支出、貯蓄
家計の名目可処分所得、消費支出、貯蓄
出所:内閣府データより、野村證券作成

日銀が期待しているのは、米価、食品価格の高騰が一服した際に、賃金上昇の持続に支えられ、消費拡大ペースが持ち直していくシナリオであろう。基調的インフレ率が年2%に収束していく動きが「ちょっと足踏みするようなところを経てまた上昇するという姿(2025年5月1日の植田総裁定例会見での発言)」が実現する条件は、米通商政策を取り巻く不確実性が低下していくことだけではなさそうだ。

それまでの間は、現実の物価高が基調的インフレの年2%目標への収束や追加利上げの足かせになるという、ややトリッキーな図式が継続する可能性が高いのではないか。