J-MONEYカンファレンス「ヘッジファンド投資最前線〜『攻め』と『守り』の両面でユニークな戦略を選べる時代に〜」が2025年6月6日、東京・日本橋のベルサール東京日本橋で開催された。当日の「パネルディスカッション」の概要をお伝えする。

ブリヂストン企業年金草薙様
【パネリスト】
ブリヂストン企業年金基金
常務理事 兼 運用執行理事
草薙 辰夫
NFRC木須様
【パネリスト】
野村フィデューシャリー・リサーチ&コンサルティング(NFRC)
フィデューシャリー・マネジメント部
シニアコンサルタント ソリューショングループリーダー
木須 貴司
阿部氏250606パネル
【コーディネーター】
J-MONEY 論説委員
(朝日新聞企業年金基金・前常務理事)
阿部 圭介

企業年金と向き合い30年。信託銀行出身の常務理事

阿部 本日のゲストは、ブリヂストンの企業年金基金で常務理事を務める草薙さんだ。草薙さんは、同基金の総幹事である三井住友信託銀行の出身。2025年2月にJ-MONEY Onlineでの連載「知りたい!隣の企業年金」で取材させていただいた際に、ブリヂストンほどの大企業が、あえて自前で常務理事を出さず、3代続けて総幹事の出身者を充てていることに驚いた。

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ブリヂストン企業年金基金 ──「DBは三方よし」再認識

また、草薙さんが「DB(確定給付企業年金)という制度は、加入者、受給者、母体企業のいずれにとっても『三方よし』のメリットがある」とおっしゃっていたのが大変印象的だった。

草薙 私は1988年に住友信託銀行(現・三井住友信託銀行)に入行した。支店を経験せず、最初から企業年金の営業を担当するという珍しいキャリアだ。投資信託の販売などリテール関連の部署にもいた。2022 年1 月から現職を務めている。企業年金の現場は約10年ぶりだが、さまざまな形で企業年金とは30年近くの付き合いになる。

当基金の概要は【図表1】の通り。加入者2万人に対して受給者8000人。幸い積立金に剰余があるので、期待リターンは予定利率より低めで設定している。また、現在の資産配分は【図表2】の通りだ。

■図表1:ブリヂストン企業年金基金の概要
ブリヂストン企業年金基金の概要
注:2025年3月現在
■図表2:ブリヂストン企業年金基金の政策アセットミックス
ブリヂストン企業年金基金の政策アセットミックス
注:2025年3月現在

メーカーには多様な職種。DBのメリットは大きい

阿部 ブリヂストン企業年金基金の常務理事が自前でないのはなぜか。

草薙 私の持論になるが、専門的なポジション1人分を用意するとなると、現在の1人が倒れた時に備えてスペアとなる人材が1人。この2人を将来的に引き継ぐためにもう1人ということで、最低3人は必要だ。ブリヂストン単体では従業員が約1万4千人いるが、それでもこの3人を恒常的に抱えるのは非効率。またブリヂストンという会社は、もともと外部人材の登用にあまり抵抗感のない社風のようだ。

阿部 木須さん、こういったブリヂストンの人材育成をどうみるか。

木須 企業年金の仕事というのはかなり特殊だと思う。そういう意味で、社内外に目を配って人材を質的に確保しているのは非常に見習うべき点だと思う。

阿部 草薙さん、信託銀行からブリヂストンというメーカーに移って来られての印象を伺いたい。

草薙 銀行という組織はざっくりいうと、本部から全国の支店まで100%事務職だ。それに対してブリヂストンでは本社などでデスクワーカーもいるが、実際に工場でモノを作っている人たちや研究開発・製品企画をしている人たちなど、実に多様な人材がいる。

そうすると、多少おこがましい言い方になるかもしれないが、従業員が安心してそれぞれの業務に取り組んでもらうためには、会社として退職後のこともある程度フォローしたい。DBはDC(確定拠出型年金)と違って会社側が給付の責任を負う仕組みだし、当社の場合は終身年金もある。これが「三方よし」と言える理由だと思っている。

企業年金の資産運用、10年間で大きく変容

阿部 10年間ほど企業年金の世界から離れていたということだった。

草薙 2010年ごろからリテールの投資信託とか保険のプロモーションに移り、2022年に今の基金に来た。久しぶりに企業年金の世界に戻ってくると、資産運用の姿は様変わりしていた。ざっと申し上げると5点ある。①株式のウエイトが大きく下がった ②プライベートエクイティとかインフラ、不動産投資が普及している ③プライベートデットが登場した ④多くのDBが閉鎖型に移行した ⑤各年金の財政状況が良くなり、積み立て不足がほぼなくなった――といった点だ。

2000年ごろの企業年金でヘッジファンドがブーム

阿部 ここで本日の本題であるヘッジファンドにフォーカスしたい。「浦島太郎」とも言える草薙さんに、日本の企業年金にとって、ヘッジファンドはどういう存在だったのか振り返ってもらいたい。

草薙 【図表3】は私が属する企業年金連絡協議会・資産運用研究委員会のセミナー向けに、みずほ信託銀行の方に作成いただいた年表だ。

ご覧いただく通り、いわゆる「5:3:3:2規制」が1998年に撤廃され、退職給付会計が2000年に導入された。そこで年金資産がオフバランスからオンバランスになった。また2000年のITバブルの崩壊などによって企業年金は2000年から3年連続マイナスリターンに陥った。こうしたことから、母体企業は「頼むからこれ以上財務負担を増やさないでくれ」となった。

こうした状況の中、2001年あるいは2002年ごろからヘッジファンドは大変な人気となった。それは①伝統4資産以外の分散対象 ②ミドルリスク・ミドルリターン ③流動性も一定ある──といった点がメリットとされたからだ。加えて、当時の金利上昇懸念に対応した国内債券代替商品として期待された面も大きかった。

■図表3:企業年金の資産運用の変遷
企業年金の資産運用の変遷
出所:みずほ信託銀行 ※企業年金連絡協議会 資産運用委員会 2023年11月9日 「年金運用 基礎講座」 WEBセミナー資料からの抜粋
*クリックすると拡大します

「リーマン」で変調。プライベート資産が台頭

阿部 ヘッジファンドはその後どうなっていったのか。木須さんに伺いたい。

木須 【図表3】にあるように、2008年のリーマン・ショックあたりからヘッジファンドに対する企業年金の関心は低下し始めた。株式との低相関・分散を期待して組み入れたはずなのにリーマン・ショック時に株式並み、あるいはそれ以上に下落したり、サイドポケットが設定され、資金が返還されなくなったりといったことも起こったためだ。

CTA戦略は危機の前後では好調だったが、その後のトレンドが出ない局面で苦戦し、長くは続かなかった。また、各種のプライベートアセットや保険戦略、マルチアセットなど選択肢も広がった。こうしたことから、ヘッジファンドは2015年ごろまで受難の時期が続いた。

阿部 では現状、草薙さんの基金ではヘッジファンドはどのような扱いになっているのか。

草薙 ヘッジファンドは主に資産全体の収益源泉分散から組み入れているが、それ以外にも流動性を考慮しつつ短期資産運用としても活用しており、全部を合算すると結構なウエイトになる。

いっそうの分散に資する戦略の開発に期待

阿部 草薙さんのポートフォリオを見る限り、ヘッジファンドは失地回復したように見える。さて、ヘッジファンドの現在地と今後について、どのようにお考えか。

草薙 以前と違って分散対象がたくさんある。なので、ヘッジファンドをポートフォリオのどこに、どのような意味合いで置くのかは難しくなっている。

したがって、例えば「ミドルリスク・ミドルリターン」にこだわらず、「ハイリスク・ハイリターン」でも良いので、ポートフォリオの一層の分散に資する新しい商品を開発いただく、などはどうだろうか。ただし、ヘッジファンドの利点である「流動性の確保」はできるだけ維持してほしい。流動性が良いと売却されやすいといったビジネス上のデメリットがあるとも聞くが、そこは「顧客本位」で踏ん張ってほしい。そうしていくことで顧客との信頼関係も強くなると思う。

米大学ファンドでもヘッジファンド増加

阿部 では、私たちはヘッジファンドとどのように向き合えばよいのか。

木須 日本の企業年金にとって参考になると思うのが、米国の有力大学の基金、いわゆるエンダウメント運用だ。

最大手のハーバード大学は、プライベートアセット運用の比率が高いことで知られている。しかし【図表4】をご覧いただくと、プライベートエクイティと共にヘッジファンドの比率も高まっているのが分かると思う。

同大の場合、運営資金は3分の1が授業料、3分の1がエンダウメントが運用する寄付金、残りの3分の1が政府などからの補助金といったイメージだ。トランプ政権による「補助金打ち切り」といったニュースがあったが、もしそうなった場合、エンダウメントへの資金拠出の負担が高まるとも考えられる。あまり流動性を犠牲にすると、予期せぬ事態に対応できないということはあるだろう。

■図表4:ハーバード大エンダウメントの資産配分(2019年→2024年)
ハーバード大エンダウメントの資産配分
出所:HMC(Harvard Management Company)ホームページを基にNFRC作成

また、グローバルな投資家の投資方針も直近、変化している。【図表5】は調査会社Preqin のデータだ。右が2023年11月時点、左が2024年11月で「今後12カ月の投資方針」を尋ねている。ヘッジファンドは2023年では「減額」が「増額」を上回っていたが、2024年では逆転して「増額」が上回っている。世界の金融市場のボラティリティが増大していることや、一定の流動性への選好がベースにあるとみている。

■図表5:グローバルな投資家の今後12カ月の投資方針
グローバルな投資家の今後12カ月の投資方針
出所:Preqin”Investor Outlook”を基にNFRC作成
*クリックすると拡大します

運用キーパーソンの「やる気」の源泉知る

阿部 最後に、ヘッジファンドの選定にあたっての留意点を教えてほしい。

木須 ファンド運用のキーパーソンの「やる気」の源泉は何か。投資家に良いリターンを返す以上に、自分自身の金儲けを優先していないか。そこは見極めたい。あと、キャパシティコントロールができているかどうかも重要な点だ。

阿部 本日は企業年金の資産運用の歴史を振り返りつつ、ヘッジファンド投資の意味合いや今後について意見を交わしてもらった。みなさんの参考になれば大変嬉しい。最後までご清聴ありがとうございました。