消費者が生活を丸投げするような「コーディネーター」企業の台頭
以上の取り組みで得られるデータは、従来のPOS(Point of Sales)データに対し生活の中の体験に寄り添っている点で、POX(Point of EXperience)データと呼ぶことができるかもしれない。従来、消費者向けのデータ・ビジネスは明確な経営インパクトをもたらすため、実用化には厳しい状況だった。ただ、このPOXデータに関しては経営指標との繋がりが比較的明確だ。
例えば、サプライチェーンを一貫してデータで統合することは利益拡大を可能とする。消費者行動に沿ったダイナミック・プライシング(需給に応じて価格が変動する戦略)による「収益最大化」と、小売・広告マージン削減による「コスト削減」が同時に達成されるためだ。「花王×パナソニック」のIoTデバイス開発も、実質的なエステ市場参入と同様の効果をもたらすことにより、明確な市場代替先を前提とした収益の拡大が見込める。
購入主体の消費者側に目を転じてみると、このようなPOXデータへのシフトは、消費者側も大きなメリットを享受可能なことが分かる。メーカーは従来のようにPOSデータを取得して一方的に販促するだけでなく、その人の生活を理解した上で商品を推奨し正しい使い方を伝えるなど、マス広告と一線を画したコミュニケーションが可能となるからだ。プロダクトデザインにおいても、店舗で目立つため効能を訴えることに特化した情報過多なデザインから、部屋に馴染み正しい使い方を提供するような人に優しいデザインへの転換が進むだろう。昨今は、データを取得される脅威の側面が叫ばれることが多い。筆者としては、生活の中にPOXデータを活用した心地の良い消費が浸透すれば、むしろメリットの面が際立つ可能性があると考えている。
以上の最新動向も踏まえると、①消費者主導のデータ産業形成、②生活シーン起点の垂直統合、③コーディネーター機能の台頭の3点にサプライチェーンの変化は集約されると考える。まず①消費者主導のデータ産業形成は、各人が意図的に個人情報を開示・販売する時代の到来を意味する。これまでも、様々なサービスを活用する際などにある種無意識に情報を提供することは一般的であった。一方で、今後はより心地良い生活を実現する、あるいは副収入獲得のために意図的にデータを提供していく可能性がある。そのためのインフラ整備も急ピッチで進んでおり、ソフトバンクとみずほ銀行のジョイント・ベンチャーであるJ-SCOREが国内で初めて情報銀行免許を取得するといった動きが見られた。顧客がデータを進んで提供したくなるような企業の存在が重要となってくるだろう。この観点から、世界的な潮流のESG(環境・社会・ガバナンス)に関する取り組みは、顧客からの信頼を得る手段として新たな価値を生むだろう。
②生活シーン起点の垂直統合は、メーカーとサービサーの区分が融解し、顧客の生活のシーンを抑える“下流”からサプライチェーンの統合が行われることを意味する。例えば、最終消費財である化粧品や食料品と家電メーカーの連携は勿論、物流網まで最適化していくような動きはそれに当たるだろう。この部分に関しては、オープン・イノベーション型のパートナリングもM&A(企業の合併・買収)などによる能力の取り込みもあり得る。ダイレクト消費の時代においては、D2C(Directto Consumer)メーカーがサプライチェーン全体をコントロールしていく覇者となり得る。
③コーディネーター機能の台頭は、まだ一部しか顕在化していない。①、②がデータにより統合されれば、個別領域の最適化は行われる。しかし、それはあくまでも部分最適に過ぎず、生活全体の心地良さが担保されているわけではない。従って生活シーンを横断的に支援するには、顧客一人ひとりに合わせたコーディネーターとして提供するようなプレイヤーが必要になるだろう。つまり、消費者が生活を丸投げするような姿勢が一般化するわけだ。筆者は、この部分を担うプレイヤーが顧客と日々多様な角度からコミュニケーションしている立場の事業者から現れるのではないかと考えている。GAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)のようなプラットフォーマーの他にも、決済を通じて生活を洞察可能な金融機関や生活情報に密着した総合家電メーカーなどにも勝機はあると思われる。
過去の様々な産業の歴史を振り返ると、新技術は既存市場の破壊と新市場の創造をもたらした。データをとりまく技術が進化し、サプライチェーン全体の構造変化の兆しがある中で、「どのようなポジションを狙いにいくのか、誰と組んで戦うのか」はすべての産業を横断した経営課題となるだろう。