バランス・シート・マネジメント・コンソーシアムは、アリアンツ・グローバル・インベスターズ・ジャパン、静岡銀行、NSフィナンシャルマネジメントコンサルティングが共同で設立した、地域金融機関のALM(資産と負債の総合管理)高度化を目的とした研究・知見共有の場である。2025年7月4日に開催されたコンソーシアムの第一回全体会議兼創設記念イベントには同コンソーシアムに加盟を表明した44行の金融機関関係者が集まり、「戦略的なバランスシート(BS)経営」をテーマに現場での課題や取り組み、今後の展望について共有した。長らく動かないものとされてきた金利が再び上昇に転じ、預金者の行動にも変化が生じている。これからの銀行は、どのようにBSを見直し、将来に向けて再設計していくべきなのか。当日のプログラムの一部をご紹介する。

バランスシート・マネジメント・コンソーシアムは2025年7月5日、東京都内で第一回全体会議兼コンソーシアム創設記念イベントを開催した。
講演

「戦略的バランスシート経営の実現に向けて」

<講師>
アリアンツ・グローバル・インベスターズ・ジャパン
投資ソリューション部長
神頭大治氏

昨今、銀行を取り巻く環境が大きく変わっている。当社が実施した調査では、多くの銀行が5〜10年以内に、預金は減少に転じると見ている。個人の資金の流れを見ても、オンライン証券口座数は増え続け、積立投資の金額も伸びている。預金から投資へと資金がシフトしているのは明らかで、コア預金(長期間滞留する預金)は各銀行が想定よりも少ないことが懸念される。こうした変化を背景に、これからの銀行経営では、収益計画から逆算してBSを設計する経営が必要になってきている。従来の延長ではなく、経営の起点を変える必要がある。

当社は、2023年1月より静岡銀行と共同で、収益性とリスクの関係性を検証する研究を行った。具体的には、国債の保有年限を延ばした場合や、余剰キャッシュを運用に振り向けた場合に、ROA(総資産利益率)がどの程度改善するかを検証している。

金利リスクや流動性リスクの許容枠を段階的に調整しながら、BS全体への影響をシミュレーションし、リスクと収益の関係を定量的に可視化することを試みた。加えて、流動性健全性の指標であるLCR(流動性カバレッジ比率)も分析対象に組み込み、金利変動への耐性と収益性のバランスを評価している。

結果、金利リスク、あるいは流動性リスクを操作した場合、ROAの伸び方はおおむね線形で、想定の範囲に収まることが多かった。一方で、金利リスクを抑え、短期債中心でポートフォリオを構成するパターンでは、ある時点でROAが急に跳ね上がるような非線形の変化が見られるケースもあった。単純にリスク量を増やすのではなく、資産の特性や流動性の使い方によって、収益の出方が大きく変わることが確認できた。

こうした分析を重ねる中で、安定した負債を前提に資産を調整する静的なALMは、金利・預金行動が複雑に変化する今後の環境には対応しきれないと感じる。

今必要なのは、収益目標を起点とした戦略的BSの構築だ。収益を実現するために必要な資産配分を組み立て、足りないリスクの枠は中長期で整えていく。収益、資産配分、リスク・キャパシティの3つを行き来しながら見直していくようなイメージで、市場環境や予測シナリオに応じて、BSの構造そのものを動的に調整していく考え方が求められていると思う。

そして、最終的に求められるのは、そのBSがどれだけ株主価値の創出に貢献しているかという視点である。当社では、将来の収益やリスクを織り込んだ価値の変化を可視化する指標として、金利ショックに対する現在価値の減少額を示す指標「ΔEVE」を用いており、単年度の損益では捉えきれない中長期の価値形成を重視している。

これからの銀行経営に求められるのは、そうした長期的視点に立ち、どのように価値を積み上げていくかを見据えて設計されたBSである。前提とされてきた預金負債の安定性が揺らぐ今、持続的な企業価値向上を支えるBSの構築こそが、銀行経営を考えるうえで欠かせない視点となるだろう。

パネル・ディスカッション

「逆流現象」のモデル化がミッションに

パネルディスカッションの様子
<パネリスト>
アリアンツ・グローバル・インベスターズ・ジャパン 顧問 木島 正明氏
静岡銀行 リスク統括部 リスク統括グループ長 川原 幸一氏
七十七銀行 リスク統轄部 課長 小関 博人氏
NSフィナンシャルマネジメントコンサルティング株式会社 常務執行役員 田幡 和寿氏
(モデレーター:アリアンツ・グローバル・インベスターズ 神頭氏)

数字には表れない金利リスク

川原 市場部門にいたとき、自分の相場感が市場で通らない経験を何度もした。売りだと思っても先輩には買いだと言われ、結果がすぐ数字で返ってくる中で、判断ミスの怖さを肌で学んだ。いま振り返ると、そのとき感じた自分の無力感こそが、リスクというものに正面から向き合うきっかけだったように思う。あの経験が、いまのリスク統括の視点に自然とつながっている。

小関 支店と本部の両方を経験したが、支店の方が、リスクを肌で感じやすい。たとえば、金利がほんの少し動いただけで、お客様の質問の内容が変わってくる。「そろそろ預け替えたほうがいいのか」といった声が、ぽつぽつと聞こえてくる。その変化は、統計や数値よりも早くやってくる空気のようなもの。本部にいると見えにくい、しかし実際に起きている。そうした現場の感覚こそが、リスク管理のはじまりだと考えている。

木島 私は研究者として理論の世界にいたため、数字からリスクを捉えるという視点が強かったが、ある時期から「数字の変化を生むものは何か」に関心が移っていった。預金が急に動くとき、前提としている構造が崩れ始めているかもしれない。その揺らぎを無視したままでは、大きなリスクを見落としかねない。

田幡 統計的な正確さだけではなく、実務の中で感じられる傾向や違和感をどう数値化して、共有できる知に変えていくかが重要だと考えている。特に年齢やチャネル別の分解は、地銀ごとに様相が違う。共通モデルだけでなく、カスタマイズされたアプローチの設計が求められている。

預金負債の動きを動的に捉える木島モデル

木島 私がアリアンツGI、静岡銀行、NSFMCの皆様と共同で構築を目指している「新たなコア預金モデル」は、月次の預金残高の変動率に金利局面(上昇・低下)トレンドや季節要因、セグメント間の相関性等の個別パラメータを加味して、将来の預金残高を推計しようとするものだ。実はその設計は「金利が上昇したとき、預金はどう動くのか」というシンプルな問いから始まった。

ゼロ金利が長く続く中で、流動性預金が増え、定期預金は減少。だが、過去のデータを振り返ってみると、金利がわずかに上昇しただけで、その流れが一気に反転する場面が確認できる。潜在していた利回りへの関心が急に表出して、資金がいっせいに定期預金へ動く。私はこの動きを「逆流現象」と呼んでいる。従来のALMは資産と負債の静的な整合を重視する。そこには預金者の行動の変化が十分に織り込まれていない。しかし、「金利ある時代」において、預金を今までのように比較的安定的な負債とみなすことはできないのではないか。

川原 「逆流」という考え方には納得感がある。実際、2005年から2007年の金利が上昇局面に入った1〜2年の預金残高の動きは傾向が出ている。たとえば、企業からの資金が定期に移されるペースが急に速くなったり、個人のお客様が預け先を見直す動きが顕著になった。それを一部活用するとともに足許の状況を反映したモデルで今後の金利上昇時の預金残高の推計の説明を可能にすることが、足許のリスク管理には不可欠だと感じる。精度はもちろんだが、モデルの背景に納得できる物語があることも現場では重要だ。

小関 実務の現場では、モデルに求めるものは「簡潔であること」と「説明できること」の二つ。木島モデルでは、預金の動きを「金利に間接的に連動する」「直接的に反応する」「確率的に変動する」といったパターンに分類し、それぞれがどの局面で起きるかを構造的に捉えている。この考え方は、現場での対話にも役に立つ。預金行動の変化について尋ねられたときに、シナリオとして筋の通った説明がしやすい。あらかじめ逆流という構造を想定に入れておくことで、現実的な備えにつながっていると感じる。

リスクに対する集合知獲得に向けて

小関 どれだけ優れたモデルでも、それが現場で活用されなければ意味がない。たとえば、モデルの出力があっても、それがなぜその数字になったのかがわからなければ、説明責任を果たせない。お客様に話すときも、上司に報告するときも、どうしてそうなるのかを自分の言葉で語れる必要がある。

川原 モデルとは、共通の土台としての使える部分も大きい。課題をビル登りに置き換えると10階建てのビルが10棟ある場合、一人で全部登るのはしんどい。でも、8階までエレベーターで行けたらどうか、全て登ることが現実的になるのではないか。共通のインフラやモデルで一定のベースをつくり、そのうえで各行が置かれている状況に合わせて仕上げる。みんなが全部ゼロから作るのではなく、分担と補完で全体を構築する。そのためには、共有できる構造を持ったモデルの存在は欠かせない。

田幡 まさにその「分担と補完」がこれからの戦略だと思う。私たちの役割は、金融機関がそれぞれの強みを十分に発揮できるよう、裏方として支援することである。たとえば、預金のセグメント分析に強い銀行もあれば、流動性管理に長けた銀行もある。その知見を持ち寄って、大きな構造を一緒に描いていく。モデルが単なる数式ではなく、共有資産としての意味を帯びる。これまでリスク管理が通用しなくなってきている今、知のコンソーシアムを機能させる時期に来ていると感じる。

今後の銀行経営を考える

川原 リスクというのは、結局のところどこまで備えるかという意思決定の問題だと思う。市場は不確実性を増し、顧客の行動も変わってきている。そんな中で、どのリスクを自分たちが担い、どこを他と補完し合うかを考えることが重要になってきている。当行としても、すべてを自前でやるのではなく、この分野はうちが引き受けるという姿勢で、他行と役割を分け合うような連携があってもいい。そのためには、コンソーシアムの中では我々の様な実務家として学術的な知見を実現するためのシステムをオープンイノベーションで活用していきたい。

田幡 環境が複雑で、動きが早くなるほど、各行がそれぞれの専門性を出し合い、全体としてバランスを取る発想が必要になる。モデルにしてもシステムにしても、一社だけで最適解を探すのは限界がある。むしろ、各行の知見を組み合わせて使える標準をつくることの方が、現実的な答えに近づく。私たちは、そのための橋渡し役でありたい。

木島 理論を専門としてきた立場から、数式やモデルを独占的に使うのではなく、どのような前提で作られているのか、どんな現象に対応しようとしているのか、そうした設計思想まで含めて共有されることは重要だと感じる。いままで前提としたものが変わり始める過渡期には、特定の人だけがリスクを考えるのでは足りない。実務家と研究者がフラットに意見を交わせる場があって初めて、リスクに対する集合知が育つ。今回のような対話が、それを少しずつ形にしていくきっかけになれば嬉しい。