• 為替市場の関心は円から日本以外のアジア通貨へ
  • 市場を席捲する「TACOトレード」
  • 「米国売り」が招来するドルの暴落

為替市場の関心は円から日本以外のアジア通貨へ

梅本徹
J-MONEY論説委員
梅本 徹

ドル円相場は、2025年4月2日の”解放の日”にトランプ大統領が「相互関税」を発表して以降、おおむね140~148円のレンジで荒い値動きを続けている。

5月21日には、米財務省が、「日米財務相は、為替相場は市場で決定されるべきであり、現在のドル円相場はファンダメンタルズを反映していることを再確認した」と発表した。これにより、市場参加者の間でくすぶっていた「米国は円高誘導に動く」という思惑が払しょくされ、ドル円相場のダウンサイドリスクが限定的となった一方で、市場の関心は、日本以外のアジア通貨に移った。

外国為替市場では、4月2日の「解放の日」を100とすると、ドル円相場が4月21日に93.9まで下落した後、5月12日に97.0へ急反発する中、韓国ウォンが5月23日に93.4、台湾ドルが5月29日に89.7までそれぞれ下押した。一方、人民元と香港ドルはほぼ横ばいで推移している(いずれも1ドルに対する各国地域通貨)。ドル指数(Fed公表のBroadベース)は5月23日に96.1の最安値を付けた。

■「解放の日」以降のアジア通貨とドル指数の推移
「解放の日」以降のアジア通貨とドル指数の推移
出所:Fed(米連邦準備制度)

市場を席捲する「TACOトレード」

そのような中、金融市場は「TACOトレード」によって席巻され、荒い値動きを繰り返している。

5月12日には、米中両国は、一時は145%(米国の対中関税)と125%(中国の対米関税)までデッドヒートした双方の制裁関税を、115%の引き下げで合意した。一方、トランプ氏は、5月23日に「6月1日からEUに対して50%の関税を課す」と発表したが、2日後の同月25日、EU(欧州連合)のフォンデアライエン欧州委員長との電話会談後に、突然、同関税の賦課を7月9日まで延期するとした。

市場参加者は、このような一連のトランプ氏による朝令暮改を、“Trump Always Chickens Out”(トランプ氏はいつもびびって退く)と揶揄、「TACOトレード」と呼び始めた。

「米国売り」が招来するドルの暴落

その結果、浮上しているのが「米国売り」である。そもそも、トランプ関税によって、米国経済はスタグフレーションに陥る可能性が浮上していた。Fedが関税による物価上昇を警戒して利下げに二の足を踏めば、米国の景気後退は長期化する公算が高い。また、トランプ政権の朝令暮改によって、政策の不透明さが著しく増加している。

それに加えて、5月12日、ムーディーズは、米国債の格付けをAaaから1ノッチ引き下げてAa1とし、フィッチ、S&Pに追随した。米国の財政ポジション悪化がその主因である。

IMF(国際通貨基金)によれば、2024年に米国の一般政府の財政赤字は7.3%、同グロス債務は120.8%(ともにGDP比)に達している。5月22日に米下院を通過したトランプ減税法案が成立すれば、財政赤字のさらなる悪化が避けられない。

また、同法案には、税制を「差別的」と見なす国・地域の個人・企業を対象に税率の引き上げを求める第899項「不公正な外国税に対する救済措置の執行」が盛り込まれている。数兆単位の米国資産を保有する可能性がある外国人投資家の利子や配当といったパッシブインカム(受動的所得)への課税強化がこれに含まれており、米国債に対する信認は今後さらに悪化する可能性がある。これに対して、ベッセント財務長官は、5月23日に、銀行の自己資本規制の一つであるSLR(補完的レバレッジ比率)を今夏に緩和して、米銀の米国債保有の増加を促す可能性を示唆したが、焼け石に水との見方もある。

いったん「米国売り」の動きが強まれば、アジア諸国を中心に大量のUnhedged USD Assets(ヘッジされていないドル建て資産)のリパトリエーション(本国回帰)が広範な通貨に対するドル安を招来する可能性が高い。筆者の試算によれば、日本のUnedged Foreign Assets(ヘッジされていない対外資産)は2024年末に5兆ドルに達し、その多くがドル建てと考えられる。ドル円相場も決してその例外ではないであろう。

■2024年末に5兆ドルに達する日本のUnhedged Foreign Assets
2024年末に5兆ドルに達する日本のUnhedged Foreign Assets
出所:日本銀行