2025年に入っても引き続き強さを見せるドル。その背後にあるのが、第2次トランプ政権にも引き継がれるとみられる「強いドル政策」だ。同政策を通じたドル高局面は今後も継続するのか。今回も歴史を紐解きながら、新政権下における米ドル高の持続性を検証しよう。(記事内容は2025年2月3日時点)

21世紀の米国経済を支える強いドル政策

梅本徹
J-MONEY論説委員
梅本 徹

眼下の米国経済の活況は、ドル高による資本流入と資産効果によってもたらされた。背景にあるのは、強いドル政策だ。1995年以降、サービス化・成熟した米国経済においてドル安による輸出増加を通じた経済成長は期待薄であった。そこで、米国の政策担当者が重視してきたのは、ドル高による潤沢な資金流入によって貯蓄と投資のインバランスから生じる経常収支赤字の円滑なファイナンスを促し、国内投資と金融市場を活性化させ、資産効果を通じて景気浮揚を図ることだった。

新政権における米ドル高の持続性を語るにあたり、まずこれまでのドル政策の歴史を振り返ろう。

米国は1995年以降ドル高・不介入政策を採用

図表1 は、BIS(国際決済銀行)が公表する名目実質実効ドル相場(NarrowベースとBroad ベース)を用いて、1964年以降のドルのフェアバリューからの乖離率(%)をプロットしたものである。

■図表1 名目実質ドル円相場の長期推移(1949年3月=100)
名目実質ドル円相場の長期推移
出所:Fed、BIS、日銀

第2次世界大戦後のブレトンウッズ体制において、経済復興を促す目的から日欧の為替相場が著しいドル高水準で設定されたため、ドルは1964~1971年の間22~30%も過大評価されていた。その結果、1971年4月以降米国の経常収支は継続的に赤字化し、同年8月にコナリー財務長官(当時)は、ドルと金の交換停止と10%の輸入課徴金の導入を決定した。

これがいわゆるニクソン・ショックであるが、この際の輸入課徴金は、主要各国にドル切り下げとその後の変動相場制移行を強いる交渉のBargaining Chip(切り札)と位置付けられる点において、トランプ関税と酷似していると言えよう。

ニクソン・ショック後、ドルは急落し、1978年10月には15%の過小評価を記録する。1978年1月のイラン革命を契機とする第2次オイルショックや、米国経済の完全雇用が誘発したインフレと経常収支の赤字化によってドル危機が発生し、当時のカーター政権は、同年11月にドル防衛策を発表。米国はドル高政策への転換を図った。

結果、ドルは1985年3月に再び27%の過大評価となるまで急激に上昇する。同年に発足した第2次レーガン政権のベーカー財務長官(当時)は、インフレの鎮静化と経常赤字の大幅拡大から、同年9月のG5(先進5カ国蔵相・中央銀行総裁)によるプラザ合意を契機に再度ドル安政策への転換を図り、その後、ドルは再び急激に下落する。

1993年にはクリントン政権が発足。ジャパンバッシングが強まる中、1994年2月には、細川護煕・クリントン会談において日米貿易交渉が決裂。1995年4月までにドルの過小評価値は19%に達し、米国からの大幅な資本逃避が問題化した。ドル危機の再発に際して、ルービン財務長官(当時)は、同年4月のG7(先進7カ国蔵相・中央銀行総裁)によるワシントン合意を機に、ドル高・市場不介入政策への大転換を図った。

それ以降、現在に至るまで強いドル政策は継続され、米国の歴代政策担当者は、為替相場に対して「強いドルは米国の国益」との発言のみを繰り返すこととなった。また、米国は、2000年9月のG7によるユーロ救済協調介入を最後に、自己勘定での通貨介入を実施していない。

この間、名目実質実効ドル相場は、2002年7月にBroadベースでの過大評価値が16%となるまでドル高に進んだ。これに対して米国政府は、2003年9月のドバイ、2004年2月のボカラトンにおけるG7会合を通じて、中国の固定相場制を第2のブレトンウッズと呼び、その撤廃を強く要求。結果、中国は2005年7月に管理変動相場制への移行を余儀なくされた。

これを受けて、ドル安が進行し、2011年7月には、Broadベースでの過小評価値が16%までドル安となった。その後、ドルは反発し、現在はNarrow・Broadベースともに過大評価値20%と、ニクソン・ショック以前ならびにプラザ合意直前に見られた歴史的なドル高水準となっている。

1兆ドルを凌駕した米国の経常収支赤字

こうした足元のドル高を通じた潤沢な資金流入は、米国の資産価格の上昇という形で米国経済に大きな影響を与える格好となった。

図表2は、S&P500株価とその名目GDP(国内総生産)比率をプロットしたものである。S&P500株価は既に新型コロナウイルス禍以降の5年間でほぼ倍増しており、名目GDP比率でも2020年中にIT バブル期の既往ピークを更新。2024年には金融引き締め以前の高値を超えた。さながら資産バブルの様相を呈している現在の株価は、実体経済から乖離した水準をさらに続伸しつつあり、急激かつ大幅な調整局面を迎えるのは避けられないとの見方が強まっている。

■図表2 S&P500株価と同名目GDP比率(1985年1月=100)
S&P500株価と同名目GDP比率
出所:Standard & Poors、BEA(米商務省経済分析局)

株価と同様に、ドル高と景気拡大によって経常収支の赤字も危険水域に足を踏み入れている。図表3は、1960年以降の米国の経常収支(年率換算、兆ドル)とその名目GDP比(%)をプロットしたものである。1971年のニクソン・ショックや1978年のドル危機前後における経常収支の赤字化が確認できる。

また、1980年代前半のドル高政策によって、経常収支赤字は1986年にGDP比3.4%まで拡大した。それから1991年に同0.7%の黒字に回復したものの、その後は悪化の一途を辿った。1995年に米国がドル高政策に転換すると、米国経済の急成長に伴って、経常赤字はさらに拡大。サブプライム危機直前の2005年には、既往ピークの0.87兆ドル、同6.3%まで悪化する。

世界金融危機(リーマン・ショック)からコロナ禍の間には、経常赤字は同2 ~ 3%程度で推移するが、その後の景気拡大によって、2024年には、過去最大の1.2兆ドル、同4.2%まで拡大した。これを受けて、現在、金融市場では、米国経常赤字の持続性に対する懐疑論が強まっている。

■図表3 ドル相場のフェアバリューからの乖離率(%)
ドル相場のフェアバリューからの乖離率
出所:BIS

なお1970年代以降は為替市場においても、米国の経常収支は相場を決定する重要なファクターだと認識されてきたが、現在ではほぼ完全に無視することができる。理由は主に3つ挙げられる。

第1に、論理的には、経常収支赤字は滞りなくファイナンスされる限り通貨安を招来することはないこと。第2に、1970年代以降、経常収支がドルの決定要因と認識された主因は、米国政府が経常収支赤字とドル安をリンクさせて通商交渉に利用したことにあるためだ。

そして第3に、1日当たり7.5兆ドル(2022年BIS 調査)が取引される外為市場において、価格決定に最も貢献しているのは、国際収支表に反映されるオンバランスの経常取引や資本取引ではなく、ヘッジファンドが主導している円キャリートレードをはじめとしたオフバランス取引である事実がある。足元で経常赤字を有する米ドルが名目・実質的に上昇しているのがその証左であろう。

ドル高政策下で財政赤字と政府債務が持続不可能に

IMF(国際通貨基金)の世界経済見通し(2024年10月発表)によれば、米国における2024年の一般政府の財政赤字は名目GDP比7.6%と、世界金融危機やコロナ禍といった危機発生時を除くと2001年以降で最悪水準までの赤字拡大が予想されている。財政赤字も、2025年以降も同6%以上を維持するとみられている。これを受けて、一般政府のグロス債務残高は、2029年に同132%とコロナ禍時と同水準まで悪化すると予測されている。

貯蓄投資バランスの観点で見れば、先述した最近の米国の経常赤字拡大の主因は、財政赤字の拡大と考えることができる。したがって、財政危機回避のみならず、経常赤字の削減の観点からも、財政赤字の削減はトランプ政権の喫緊の課題である。

しかしながら、新政権が財政赤字削減の中核に位置付ける政府効率化省構想も、レーガン政権時代の「ラッファー曲線」と同様、結局絵に描いた餅と化す可能性が低くないだろう。現状のドル高政策下においては、米国の財政赤字や政府債務の持続性にも疑問符が付く状況だと言える。

国際通貨制度改革とドル高是正は急務か

視野を広げると、いま世界経済は再び「グレート・インフレーション」の時代に突入し、量的緩和によってバランスシート肥大が放置されたままのFed(米連邦準備制度)の金融政策制度には抜本的な改革が求められている。また、「世界の分断」で国際金融制度の老朽化が浮き彫りとなり、BRICSは「R5構想」と呼ばれる新たな国際通貨制度の枠組みを打ち出している。

これに対して、トランプ大統領は強い反対の意思を表明している。さらに、一部の論者によって国内・国際両制度における金本位制への回帰論が提唱されている。そんな中、ベッセント財務長官が新たな金融政策制度と国際金融制度の構築に乗り出すとの観測も出てきている。

ちょうど現在の実質ドル円相場は、コナリー、ベーカー両財務長官(当時)がニクソン・ショックやプラザ合意に動いたときに準じる水準にあり、トランプ政権の次なる一手の中で、ドル高の是正は有力な選択肢の一つになるのではないか。

ドル円の急落を招く市場のリスク許容度低下

最後にドル円に注目してみる。図表4は名目・実質ドル円相場(1949年3月=100)をプロットしたものである。1995年の米国によるドル高・市場不介入政策への転換後、実質ドル円相場は、ほぼ一貫した上昇基調をたどり、2022年以降は80~90と、ニクソン・ショックやプラザ合意の水準を大幅に超え、1949~1950年の超ドル高円安と同程度の水準となっている。

■図表4 米国の経常収支(年率、兆ドル)と同名目GDP比率(%)
米国の経常収支(年率、兆ドル)と同名目GDP比率
出所:BEA

名目相場は、為替市場において、日銀の量的緩和を通じた通貨供給量の増加を反映して、著しい円安となっている。一方、量的緩和やそれによる円安にもかかわらず、適合的期待形成から国内物価の上方硬直性は大きく変化していない(日銀が2024年12月に公表した「金融政策の多角的レビュー」参照)。この両者の併存が、現在の大幅な実質相場の円安の根本原因である。

ここで、後者(物価の上方硬直性)に関しては、適合的期待形成がいつまでも継続する保証はない。2024年来の需給のひっ迫を伴わない米価の高騰は、ハイパーインフレの前兆とみることもできる。また、前者(名目相場)には、前述の通り、ヘッジファンドが主導している円キャリートレードなどを含むオフバランス取引を通じた投機が大きく関与している。

円キャリートレードは、金利差の関数であるとともに、リスク許容度の関数でもある。金融市場おいて、米国の経常赤字の持続可能性や財政危機に対する懸念だったり、金融政策・制度の面からドル高是正に関する観測だったりがひとたび強まれば、トランプ政権に対する根強い懐疑論と相まって、投資家のリスク許容度が急激に縮小する可能性は十分ある。

その場合、日米の金利見通しに大きな変化が生じずとも、円キャリートレードの大幅な巻き戻しが起こり、ドル円相場が大幅に下落するリスクがある。筆者は、2025年中に1ドル=130円程度へのドル円相場の急落局面の到来を予想している。