オルタナティブ運用の主役となりつつあるプライベート・アセットへの投資。その中でも投資額が多く、歴史も長いのがプライベート・エクイティ(以下、PE)です。上場株式と違い、証券取引所で売買されていないことによる各種のメリットが魅力ですが、デメリットもあるようです。ラッセル・インベストメントの金武伸治さんに、PE投資の魅力と留意点について伺います。

PE投資は2010年代以降に本格化

PE投資が注目されだした時期と理由について教えていただけますか。

金武 PE投資が日本の機関投資家の間で本格的に始まったのは、2010年代に入ってからと考えられます。

2008年の世界金融危機いわゆるリーマン・ショックの後も、欧州債務危機や米国債ショック、さらにチャイナ・ショック、原油ショックなど、度重なる株価ボラティリティ(変動)の高まりを経験しました。そうした中、証券取引所に上場されていないために日々の時価評価が行われず、相対的にボラティリティの低いPEが注目されるようになりました。

機関投資家の運用で特に長期運用を目標としている場合、資金の高い流動性はさほど必要ではありません。むしろ流動性が低いことで価格変動性を抑えられる。また、流動性リスクの対価である流動性リスクプレミアムを享受することで、より高いリターンが望める。この2点が当初の導入理由と考えられます。

経営への関与でリターン向上も

その後もPE投資は拡大していますね。

金武 そうです。PEに投資する理由は近年、より洗練された内容になってきました。PE投資拡大の主な理由は以下の3点でしょう。

■収益源泉の多様さ
■上場株式と投資時間軸が異なることによる分散効果
■運用者の意見が企業経営に反映しやすいことで高いリターンが望める

1つずつ見ていきましょう。

【収益源泉の多様さ】

一般的に上場株式の場合は成熟企業が多い。これに対して、PEの場合は新興企業や成長企業も多いことから、相対的に成長要素が幅広く、強いことが挙げられます。

【投資時間軸の違い】

例えば、上場株式のアクティブ運用の場合、1年未満から3年程度の投資テーマや投資魅力度によって銘柄選択を行うことが多いです。一方でPE投資の場合は、数年から10年などといった、長期での投資活動を行うことになります。

【運用者の意見が企業経営に反映しやすい】

新興企業の企業価値向上を狙うベンチャーキャピタルや、成長企業に対するグロースキャピタルの場合であっても、上場株式ほどは株主が分散されていません。また、成熟企業を対象としたバイアウトであれば、経営権を握る水準まで株式を取得するケースが多いので、企業成長や企業再生をより促しやすくなります。

まず「Jカーブ」の理解を

PEに投資するにあたっての留意点はどういったことでしょうか。

金武 PE投資には、さまざまな留意点がありますが、最初に認識していただきたいのは「Jカーブ」の存在です。Jカーブとは、投資期間の初期段階ではリターンがマイナスになる傾向のことです。

PE投資の場合、当初の数年間は投資する企業を発掘し、投資していく期間(投資期間)であるため、投資資金の拠出(キャピタルコール)によって投資リターンがマイナス(資金流出)になります。また投資期間においても、一般的にはあらかじめ約束した全出資金額(コミットメント額)に対する運用報酬が発生しています。しかし、投資が進むにつれて投資成果の分配が発生する(回収期間)ようになると、投資リターンがプラスに転じ、その後は高いリターンが望めるようになります。【図表1】のようにリターンの推移が「J」の字に似ていることから、Jカーブと名付けられました。

【図表1】Jカーブ(イメージ図)
Jカーブ
出所:ラッセル・インベストメント作成

「短期」と「長期」の価格変動に注意

PEは価格変動つまりボラティリティが上場株式より低い、というのが常識になっていますが、そう単純でもないとか。

【図表2】短期ボラティリティと長期ボラティリティ(イメージ図)
短期ボラティリティと長期ボラティリティ
出所:ラッセル・インベストメント作成

金武 ここが結構重要なポイントです。ボラティリティと一口に言っても短期と長期があるのです。【図表2】をご覧ください。上場株式は日々時価が変動するため、ボラティリティが高いように見えます。一方でPEは評価価格の変動が比較的緩やかであることから、ボラティリティは低く見えます。しかし、それは短期的なボラティリティのことなのです。

PE投資の場合、投資開始の時点と投資完了の時点で経済環境が大なり小なり変化しており、その影響を受けます。加えて企業選択や企業価値の向上など、運用の巧拙の部分も大きいです。そして、長い期間にわたる運用の成果は、時期や運用者によって大きく異なり、それが投資完了の時点で顕在化します。

つまり、PE投資のボラティリティの低さは、投資期間中のみの話だということです。投資企業を実際に売却する際(エグジット)に売却価格が確定します。こうして最初の投資資金から実際の売却価格への時価変動分が、長期的なボラティリティとして上場株式と同様に実現することになります。

個別銘柄要因がリターンに大きく影響

PEが証券市場に上場されていないということは、その企業の価値を見極めるのが難しいということになりますよね。

金武 その通りです。PE投資は、株式市場全体の上下動と言った市場変動要因よりも、どのような企業を選択し、どのような投資行動を行ったのかといった、運用の巧拙、つまり個別銘柄要因の方がリターンに与える影響が大きい傾向にあります。上場株式アクティブ運用よりもアクティブ要素が大きく、運用者のスキルによって獲得できるアルファの割合が高いです。

このため、良い銘柄を発掘し、企業価値を向上させる高い能力を持つ運用者を選択することが大切です。こうした運用能力を見極めるためには、過去の運用実績だけでなく、銘柄発掘を含むポートフォリオ構築や、企業価値向上のための投資行動などの実績についても、入念にヒアリングすることが重要です。

投資開始時期の分散が重要

最後に、安定した収益が期待できるPEのポートフォリオを構築するために必要な要素を伺います。

金武 PE投資にあたって最も気になる点は①投資の期間が長いこと②クローズドエンド型だと期間中の解約ができず、流動性が低いこと――の2点だと思います。しかし、企業価値を高めることによるキャピタル・ゲインを狙う投資戦略の場合は、クローズドエンド型による長期投資のほうが適切です。一方でクローズドエンド型の場合は、投資開始時点と投資完了時点の経済環境の影響も受けるため、投資開始時期の分散(ビンテージ分散)も重要になります。

まず、毎年や隔年などの一定期間ごとに一定金額ずつ継続して投資を行うことで、投資開始時期を分散させます。単体の運用商品は、投資の初期段階ではキャピタルコールによって資金流出超となります。その後、時間が経過すると、分配金による資金流入が発生するようになります。

資金流出状態(投資期間)にあるビンテージと、資金流入状態(回収期間)にあるビンテージとに分散投資。こうすることでキャピタルコールと分配金のキャッシュフローが平準化され、定常状態となって資金が循環し、流動性を一部補完できるようになります。

  • 日本の機関投資家がPE投資を導入した当初の理由は①流動性が低いため価格変動性が抑えられる②流動性リスクを負うことで、上場株式より高いリターンを望める――の2点
  • その後、①収益源泉が多様②投資時間軸が異なるので上場株式との分散が図れる③投資企業の経営に関与できるので高いリターンが望める――といった理由などでPE投資は拡大した
  • PE投資の価格変動が低いのは投資期間中の話。最初の投資から実際の売却までの時価変動分があり、長期的には上場株式と同様に相応の価格変動がある
  • 資金流出状態のビンテージと、資金流入状態のビンテージに分散投資することでキャッシュフローを平準化。これによって流動性を一部補完できる

次回は「インフラと不動産」(仮)

■【オルタナティブ編】第6回は4月15日(火)にお届けする予定です
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金武伸治

【解説】金武伸治
ラッセル・インベストメント
執行役員トータル・ポートフォリオ・ソリューション本部長
エグゼクティブコンサルタント

1995年、野村総合研究所入社。クオンツ・アナリストとしてスタート。2000年、バークレイズ・グローバル・インベスターズ(BGI)でグローバル債券ポートフォリオ・マネージャー。2009年、BGIと経営統合したブラックロックでグローバル債券ストラテジスト、債券戦略部長。2015年、格付投資情報センター(R&I)で資産運用コンサルタント。2022年、ラッセル・インベストメントで資産運用コンサルタント
慶應義塾大学理工学部卒業 早稲田大学大学院ファイナンス研究科修了 日本証券アナリスト協会認定アナリスト(CMA)

阿部圭介

【構成・執筆】阿部圭介
J-MONEY論説委員
1980年、朝日新聞社に入社。整理部記者として紙面編集を担当、経済部記者として金融、証券、情報通信などを取材。経営企画室長、大阪本社編集局長、朝日ビルディング社長を経て2022年3月まで朝日新聞企業年金基金常務理事。2022年4月から現職