ペンバートン森晋太郎氏

森 晋太郎
ペンバートン・キャピタル・アドバイザーズ
マネージングディレクター/日本ヘッド

慶応義塾大学経済学部卒業後、1988年4月日本長期信用銀行入行。東京・ロンドンにて企業融資、デリバティブトレーディング、仕組債組成ビジネスに従事。
1998年1月に米国ドイツ証券に入社し、本邦大手金融法人向けクレジットセールスに従事。2000年12月以降、ドイツ証券東京でクレジットセールス、リレーションシップマネジメント統括、資本市場統括などを歴任。
2014年10月、三井住友信託銀行ロンドン支店入社。主に市場性クレジット投資業務の立ち上げに従事。
2017年9月にペンバートン・キャピタル・アドバイザーズのロンドン本社に入社し、日本ビジネスの拡大およびリレーションシップマネジメントを担当。

はじめに

ダイレクトレンディングはこの10年弱で本邦投資家からの注目が顕著に高まった資産クラスとして知られ、コロナ以降の企業経営上の数々の逆風を概ね無難に乗り越えたことから本邦でも定着した感がある。筆者は昭和後期に邦銀でキャリアをスタートしその後外資系投資銀行を経て現在は英国で欧州プライベートクレジット専門の資産運用会社に勤めるものであり、現在のこの資産クラスが一定の認知を得た現状を歓迎するものである。(筆者注:ダイレクトレンディングはプライベートクレジットの一つと認識されている。)

一方、投資家も含めた市場関係者と日々接していて、本質的理解がまだ進んでいないことを痛感している。そこで本稿では、本邦におけるダイレクトレンディングへのステレオタイプな理解に対して、コロナ以降の経験則を踏まえた一歩踏み込んだ視座を提示してみたい。

個々の資産クラスに特有の「リスク」を踏み込んで理解することは、より有効な投資モニタリングや運用者に対するけん制へ繋がる。本稿を通じて本邦の投資家並びに日本における運用リテラシーの向上に企図している政府関係者に有効な示唆を提供することで、資産運用立国の進展に微力ながらも貢献することも筆者の意図するところである。

ダイレクトレンディングが本邦で急速に拡大した背景

本資産クラスへの投資が本邦で本格的に始まったのは2016年、2017年頃からと考えられ、上述の通りコロナ以降の数年で相当の市民権を得てきた。投資家層も年金基金、各種地方金融機関、大手保険会社、銀行ならびに一般法人と多岐に渡っている。

当初は(想定)格付対比の高利回りと相対的に安定した時価が魅力となり投資が始まったと考えられる。その後のグローバルの金融・経済混乱期にも安定した配当を継続する一方、実現損が低位であったことがこの資産クラスへの信頼性を大きく高めた。ただしその好パフォーマンスが単なる結果的なものか相応の蓋然性の下に達成されたものかは必ずしも検証されていない。一定の因果関係の有無を考察することは、今後のダイレクトレンディングとの付き合い方並びにGP(ゼネラルパートナー=運用者)選択に有用と考えたことも本稿に着手した背景である。

ダイレクトレンディングのリスク

上記の通りダイレクトレンディングはこの数年で本邦機関投資家の間で定着してきたが、そのリスク特性が十分に理解されているとは言えない。市場での注目度が高まった今こそ、そのリスクを正しく認識することが今後に向けて重要である。

本邦では「ダイレクトレンディングは無格付の中小企業向けの高レバレッジ融資なので、信用リスクは高い一方デフォルトを回避できれば高い利回りを享受できる。また流動性が非常に低いため、有事に資産を売却する場合、想定外に低い価格での売却を余儀なくされる、もしくは売却が出来ない場合もある」という言い方がステレオタイプに広くなされている。以下夫々の項目に分けてこのステレオタイプを再考察してみる。

信用リスク

言うまでも無いが、無格付が高い信用リスクをそのまま意味するものではない。国内外を問わず無格付企業の中には高い信用力を誇る企業も少なくない。その上で信用リスクを主に企業の信用力の劣化により想定外の損失を被るリスクと定義すると、企業のデフォルト確率とデフォルト時の損失率(回収率の逆数)が信用リスクを規定するのは教科書が教える通りである。

ここでデフォルトは企業の破綻のみを意味するものでは無いことに注意することが重要である。【図表1】の通りMoody’sはリスク管理債権を
1.破綻先債権
2.(3カ月以上)延滞債権
3. 貸出条件緩和債権

――と分類している。この分類は金融庁の分類とほぼ同等であることを理解する必要がある。

■図表1 Moody’s Symbol and Definitionsから抜粋

Definition of Default

Moody’s definition of default is applicable only to debt or debt- like obligations (e.g., swap agreements). Four events constitute a debt default under Moody’s definition:

a. a missed or delayed disbursement of a contractually obligated interest or principal payment (excluding missed payments cured within a contractually allowed grace period), as defined in credit agreements and indentures;

b. a bankruptcy filing or legal receivership by the debt issuer or obligor that will likely cause a miss or delay in future contractually obligated debt service payments;

c. a distressed exchange whereby 1) an issuer offers creditors a new or restructured debt, or a new package of securities, cash or assets, that amount to a diminished value relative to the debt obligation’s original promise and 2) the exchange has the effect of allowing the issuer to avoid a likely eventual default;

d. a change in the payment terms of a credit agreement or indenture imposed by the sovereign that results in a diminished financial obligation, such as a forced currency re-denomination (imposed by the debtor, or the debtor’s sovereign) or a forced change in some other aspect of the original promise, such as indexation or maturity.

各マネージャーの過去のデフォルト率は投資調査の必須項目だが、マネージャーごとに異なる定義を用いている可能性には留意すべきだ。デフォルトの定義はダイレクトレンディングにおいては非常に重要な観点であるにもかかわらず、必ずしもその認識が定着していない。

日本では広くデフォルト=損失と一律的に認識され、当該資産の優先劣後、有担保無担保によって損失率が概ね規定されると理解されてきた。ただし、この理解はことダイレクトレンディングには当てはまらないと考えるべきである。上記3つの定義のうち2と3の場合、企業の業務は概ね通常通り継続されている。

ダイレクトレンディングは一般的にレンダーの数が少ない(もしくは単独の)ため債権者と債務者間の交渉が相対的にシンプルかつ速やかに行われる。企業ファイナンスの要諦ともいえるが、企業業績が悪化の兆しを示し始めたら可及的速やかにその原因を明らかにし対処を施すことが業績回復には重要である。

すなわちダイレクトレンディングにおいては企業が破綻(倒産、整理ほか)するはるか前に病巣を明らかにし効果的な治療を行うことが鉄則と考えられる。まさにこの点が前述したデフォルト率の高低と損失率は必ずしも連関しないという背景である。

言うまでもなく、早期に業績改善へのアクションを起こすことは企業がその後債務を全額弁済できる蓋然性を高めることにほかならない。ダイレクトレンディングは全資産担保による貸し付けと称されるが、不動産や車両など企業のビジネスと相関の低い実物資産担保ではない。あくまでも企業の将来キャッシュフローを株式担保の形で取得しており、弁済原資は企業の売却ないしは好業績を背景にしたリファイナンスなので、キャッシュフローの安定無くして債務弁済は極めて困難であることを投資家は認識しておく必要があるだろう。

ここまでの話題をまとめると、ダイレクトレンディングで損失を回避するために重要なのは、
1.きめ細かなモニタリングと迅速かつ緊密な経営者との対話
2.有事における業績改善への有効な関与(ワークアウト能力)

ということがわかる。

【図表2】は当社における貸出モニタリングを簡素に可視化したフローチャートだが場合によって企業経営に一部踏み込むことを念頭にモニタリングを継続することはもちろん、有事のワークアウト能力が重要であることは自明である。

■図表2 ペンバートンのモニタリング/ワークアウト
パンバートンのモニタリングワークアウト
※クリックすると拡大します

ダイレクトレンディングと景気の連関性

「ダイレクトレンディングと景気の連関性」は本来であれば信用リスクの説明に含まれるべき論点だが、非常に重要な割に必ずしも明示的に認識されていない場合が多いのであえて別項を立てる。

「景気の先行きが不透明なのでクレジット投資は見送る」「北米の景気の回復が欧州対比順調なので北米投資を優先する」という投資家の意見は一見正しい。ただし、実はこの観点は多くのダイレクトレンディングにそのまま当てはまらないという点は、多くの投資家が時に看過している側面である。

言うまでもないが、ダイレクトレンディングの運用者は当然将来の景気動向や様々なリスクシナリオを勘案した上で、企業の成長が見込まれ最終償還の蓋然性が高いと判断した段階で融資を行う。融資を受ける企業の株主たるPE(プライベートエクイティ)スポンサーが将来の勝算があるからこそ企業を買収していることも自明である。

ダイレクトレンディングの典型的なポートフォリオは景気感応度の低いセクターや現金創出能力の高い企業が多く、かつ有事には固定コストをある程度抑制できるビジネスモデルが多いのは、このことが背景にある。その点で経済にあまねく金融サービスを提供することを義務付けられる商業銀行の融資ポートフォリオとは大きく異なることが一般的である。

上記を前提として、厳格な信用リスク分析、緊密なモニタリングと有事には経営陣と強い交渉を行う能力を有するマネージャーであるかどうかを厳しく判断する姿勢が投資家に常に求められることは言うまでも無い。

流動性リスク

流動性リスクは信用リスク以上にその定義は様々で業態によって異なる意味合いを持つと考えられる。一般的に流動性リスクは何らかの事由で資金調達が困難になった場合に調達コストが想定外に上昇するリスクとも解されるが、ここでは主に資産を現金化する必要が生じた際に想定外にコストが掛かる、もしくは資金化が出来ない事態を指すことにする。

ダイレクトレンディングは流動性の低い資産と理解されている。最終償還までに期中売却が困難という意味ではその通りだが、投資以降のキャッシュフローは相応に潤沢かつ償還時期も比較的想定しやすい特徴を有している。

当社の旗艦ファンド(ユーロ建て)を例に取ると、フィー控除後で年率換算9%を超える配当が見込まれる(当社ミッドマーケット戦略の現行市場環境下での見込み利回り)。また裏付資産であるローンの期限は一般的に7年の満期一括だが、実際には早期償還され、平均3年程度が実質の期限であることが観察されている。そのためファンドのクローズ後3,4年の再投資期間を経たのち、3年程度で最終償還される蓋然性が高い。

厚生年金の現行の予定利率が4.1%であることを勘案すると、多くの機関投資家にとってダイレクトレンディングの期中キャッシュフローは充分と考えられる上に、償還キャッシュフローが相応に予見されるため、PEなどとの対比で投資家にとっての資金・現金管理は比較的容易と考えられる。

投資の目的

唯一絶対的な定義があるわけではないが、本稿の読者の多くが機関投資家であることに鑑みここでは次の通りとする。

負債特性を勘案の上で(実現収益が期待収益を下回る)リスクをコントロールし、必要な現金配当を定期的に創出すると同時に未実現・実現余剰利益をできるだけ安定して蓄積すること

これをダイレクトレンディングに当てはめて考えると、当該投資家にとって必要な現金配当を実現するか否かがまずは一つの検討事項となる。また中長期的にどの程度の現金バッファーを持つ必要があるか、中長期的なシミュレーションに投資のキャッシュフロープロジェクションを当てはめて十分な余剰現金が確保されることも要確認事項である。この2点に関しては前述した流動性リスクの議論が参考になる。

ダイレクトレンディングが最終的に想定していた利回りを達成しないケースは大きく分けて2通りある。

一つは市場の利回りが大きく低下し当初想定の収益性が獲得できない場合である。市場動向を細かくフォローしその他の投資対象との相対的なリスク調整後利回りを継続的にチェックすることが重要なことは言うまでもない。

もう一つは裏付け資産の元利が毀損する場合である。ここでも先に触れた信用リスクに関する考察が参考になるであろう。

ダイレクトレンディングのみならず社債やシンジケートローンの大半は契約上キャピタルゲインを獲得できない投資である。そのため欧米ではローンへの投資を「オンリーダウンサイド」と一般的に称することがあるが、元本を全損すると100%の損失となる。追加利回りを追求する以前に元本の保全を資産運用上の優先事項とすることがダイレクトレンディングの運用者には求められていると考えるのが妥当であろう。

マネージャー選択の着眼点

ここまでダイレクトレンディングを念頭に置いてそのリスク特性を投資の本来的な目的に照らして述べてきた。これらを参考に投資目的に適したマネージャーを選択することの一助になれば誠に幸いである。

以下に何点か追加で筆者が考えるマネージャー選択に関連して重要な視点を提供しこの論考を締めくくりたいと思う。

マネージャー分散

マッキンゼーの調査(※)によれば、プライベートデットのマネージャー間のパフォーマンス差は相対的に僅少である(PE等のようにキャピタルゲインが無いので直観的にも理解しやすい)。そのためダイレクトレンディングにおけるマネージャー分散はPE対比でこそ重要性は低いが、各々のマネージャーへのけん制を利かす意味やマネージャー間のパフォーマンスや顧客サービスの優劣を比較する上でも、一定の分散は重要である。時系列での評価の優劣をもとに将来的なマネージャー間のアロケーションを能動的に変更することは投資家に与えられた権利であることは言うまでもない。

McKinsey Global Private Markets Review 2024、14ページのExhibit8「The performance gap between top- and bottom-quartile PE funds is wider than for other asset classes.」のグラフを参照

レポーティング

ダイレクトレンディングに限らず情報の適時適正開示が重要であることは議論の余地がない。前編で触れた通り、ダイレクトレンディングでは信用状況の悪化した企業にいかに対峙し早期の対応を行い資金回収を確実にするかが極めて重要である。投資家の立場から言うと、不芳企業の早期開示と各企業との交渉状況などの開示を行っているかどうかは重要な観点である。また「デフォルト」の定義を明確にしていることも重要である(定義を一にしなければマネージャー間のデフォルト比率の比較は不可能)。

個々の投資企業への詳細な理解

これまで幾度にわたり強調してきた点だが、ダイレクトレンディングでは貸手と借手の距離が近いことからシンジケートローンなどと比べてより緊密な信用管理が可能である。ただし、これを実践成らしめるためには、当該企業の細かな理解が必要であることは言うまでも無い。ダイレクトレンディングに投資を行う投資家は、その重要な点をマネージャーが満たしていることを確認する上でも個々の企業に対する質問を継続して行うことが重要である。投資家がマネージャーから享受すべきなのは結果的なパフォーマンスだけでなく、そのパフォーマンスを実現するとの信頼感であることも理解しておくことが望ましい。