マーク・オカダ氏は、レバレッジファイナンス市場に40年近く携わり、米国のシンジケートローン市場、ローン担保証券市場の発展を支えてきた1人だ。現在、プライベートクレジットやオルタナティブクレジット専門の運用会社シカモア・ツリー・キャピタル・パートナーズの最高経営責任者を務めるオカダ氏は、日本の機関投資家の投資動向をどのように見ているのか。インタビューの内容をお伝えする。

マーク・オカダ氏
シカモア・ツリー・キャピタル・パートナーズ
共同創業者 兼 最高経営責任者(CEO)
マーク・オカダ

ヘッジコストの正常化で増す米国CLO投資の魅力

足元の日本の機関投資家の運用動向についてどのように見ているか。

オカダ 日本と米国、両国で金融政策の方向性が修正され、極端な内外金利差が正常化する兆しが見えてきた。日本から海外資産に投資する際の為替ヘッジコストがようやく下がる。

データに目を向けると、実は日本の機関投資家が保有する米国債の量は過去10年ほどで右肩下がりとなっている。ただ私の理解では、ヘッジコスト低下に伴い、為替ヘッジ後リターン水準が上昇しているため、足元では米国債をはじめ、米国企業に対するローン担保証券(CLO)やバンクローンへの投資が増加している印象だ。

ただ直近3年ほどは金利のボラティリティが非常に高かった。特に債券投資は金利上昇局面で損失が発生した。そんな中でCLOやバンクローンは、ご存じの通り変動金利物であるため、金利ボラティリティの上昇がむしろ利回りの上昇を通じてメリットを提供している。

特にトリプルAの格付けを持つCLOについては、2024年に入って日本の金融機関や生命保険会社から特に旺盛な投資需要がある状況が続いている。トリプルA格のCLOの金利は現状、SOFR+150bpなので、ほぼクレジットリスクはない。他方で利回りは5.5~6%程度になっているので、ヘッジコスト控除後の水準でも、日本の機関投資家の投資先としては確かに魅力的だ。

足元では様々な政治、金利、株価、通貨……など様々な分野でボラティリティの高まりが観測されている。米国のCLOやバンクローンの投資妙味はどうなるか。

オカダ 資産運用には強気になるべき局面とそうすべきでない局面がある。過去数年間、米国や日本では、多様なアセットクラスが強力なトータルリターンを獲得できていた“ボーナスタイム”のような環境であったが、今はそうではない。

世界中の機関投資家は過去数年で積み上げた実績を守るため、急ぎ足でディフェンシブなポートフォリオ戦略への転換を図っている状況だ。米国では債券ETF(上場投資信託)への大きな資金流入が観測されている。

そんな中で、ディフェンシブでありながら比較的高いリターンが狙えるAAA格のCLOは、リスク調整局面で安定を求める機関投資家の“避難場所”として一層妙味を増していくだろう。2024年に入って新規発行ペースも過去最高の水準にあり、供給面も問題ない。

対して米国のバンクローンは、ディフェンシブなアセットクラスに投資しながら、より高いリターンを追求したい場合に良い選択肢になるだろう。バンクローンは投資適格ではなくシングルB格くらい、つまりハイイールドに分類されるが、シニアの変動金利物だと同グレード資産の中ではディフェンシブと見なされている。トリプルA格のCLOが利回り5.5~6%程度なのに対し、シングルB格のバンクローンは利回り約8.5%だ。

米国経済は足元で非常に堅調だ。特に企業部門の利益率が10%を超えて伸びていることを踏まえれば、シングルBのクレジットリスクでもエクスポージャーを増やす余地は広がる。米国経済の見通しを踏まえながら、リスク・リターンのトレードオフを検討したい。

“持たないこと”を通じたアルファ獲得

今後の運用における注意点は。

オカダ 最近のバンクローンをよく観察してみると、ローン契約に盛り込まれている投資家保護の取り決めが希薄化している傾向がある点には注意が必要だと思う。そんな中、特にLME(ライアビリティ・マネジメント・エクササイズ)の発生はバンクローン運用で最も注意しなければいけないリスクの1つとなっている。

従来であれば同一のローンに参加するレンダー(貸し手)は、みな同じ条件・権利、同じプロテクションを持っていた。しかし、投資家保護の仕組みが手薄になった現在は、同じローンの貸し手の中にいくつかグループができ、有事の際にグループ間で担保資産を奪い合うケースも増えている。この時、自分のグループの担保を確保するための交渉をLMEと呼ぶ。デフォルトのリスクが極めて高いことは言うまでもないだろう。

最近は「何に投資をするか」ばかりが重視される傾向があるが、LMEが発生しそうな案件など、「避けるべき案件」を見出し、避けていく姿勢がそれ以上に重要だと考えている。それは経験がものを言う世界だ。

「君子危うきに近寄らず」を体現するマネージャーを選ぶべきということか。

オカダ その通りだ。その姿勢を我々は「Alpha By Avoidance」(“持たないこと”を通じたアルファ獲得)と呼び、重視している。

これはバンクローン投資に限る話ではない。フィクスト(固定された)なインカム収入が根幹にあるのは伝統的な債券やほかのクレジット資産も同じ。基本的に収益のボラティリティがダウンサイドに偏る構造的特徴を持つこれらのアセットクラスを相手に投資するならば、「Alpha By Avoidance」のように慎重な姿勢は常に必要である。

ましてやリセッション局面入りし、損失防止のバッファたる金利の厚みが薄くなっていくケースなどではなおさらだ。マネージャー選択の際、運用を任せるマネージャーが「攻め」だけでなく適切に「逃げる」スキルも持ち合わせているのか、よく検討するのが良いだろう。

日本の機関投資家へメッセージを。

オカダ シカモア・ツリー・キャピタル・パートナーズはプライベートクレジット、オルタナティブクレジットに特化した米ダラスを本拠とする運用会社だ。2020年に設立された若い会社だが、経験豊富な運用チームを擁する。

社名にある「ツリー(TREE)」という単語は、Trust(信頼を守る) Relevance(意義のある関係を作る) Excellence(卓越性を発揮する) Enjoy(楽しみがある仕事をする)という我々のサービス哲学を表すキーワードの頭文字をとったものだ。

ヘッジコストの正常化に伴い当社のサービスが日本の機関投資家に貢献できる可能性が高まる中、我々としては特に「Relevance」を意識しながら、皆様との関係を深めていきたいと考えている。

オルタナティブクレジット市場の動きだけでなく、大統領選挙やFRB(米連邦準備理事会)の金融政策の動向など、現在米国で起きている様々なイベントは、それぞれ日本の機関投資家にとってモニタリングする価値のあるものだ。そうした状況を地元の運用会社として機微に伝えるコミュニケーションを我々が行うことで、Relevanceなお付き合いをさせていただきたい。