• 最後の貸し手の豹変がもたらした「質への逃避」
  • 世界中で関心が薄れる円相場
  • G3通貨から陥落した日本円
  • 日本円に取って代わった人民元
  • G1投機通貨の地位を確立した日本円
  • 秋のドルはつるべ落とし

最後の貸し手の豹変がもたらした「質への逃避」

2024年7月末における日本銀行の予想外のゼロ金利解除と量的引き締めの導入は、急激な円キャリートレードの巻き返しをもたらした。主要中央銀行の中で最後の貸し手であった日銀による突然の過剰流動性の削減が投資家に「質への逃避」を強いたためである。筆者は、かねがね円キャリートレードは金利差とリスク許容度の関数と述べてきたが、今回の日銀の決定は、前者のみならず後者を通じて、円キャリートレーダーたちの行動に影響を与えたと考えるべきだろう。

1997年には、日銀によるコールレートの高め誘導(金融引き締め)が過剰流動性の削減を通じてアジア通貨不安を誘発したとみることができるが、今回は世界第2位の経済大国である中国の金融不安の引き金となる可能性がある。円高はまだ始まったばかりである。筆者は、引き続きドル円相場が年末向けて115円まで下落すると考えている。

世界中で関心が薄れる円相場

2024年7月31日に財務省神田財務官が退任した。同7月16日のNHK朝7時のニュース番組で神田氏の特集が組まれ、その中で、ロンドンで金融機関幹部、英財務省国際局長、英国立国際問題研究所所長とのミーティングを終えた同氏は、「私からは問題提起をすると皆さん答えてくれるが、円についてはほとんど皆さん関心がない」と述べていた様子が紹介された。

G3通貨から陥落した日本円

1980年代にG3通貨といえば、間違いなくドルとマルクと円を指した。ところが、1990年代に日本はバブル崩壊から金融危機に陥り、1999年にはユーロが誕生する。世紀が変わった2001年には、ゴールドマン・サックスのジム・オニール氏が新興経済国群ブラジル、ロシア、インド、中国にBRICsと名付け、モルガン・スタンレーのスティーブン・ローチ氏は「もはやG2だ」と円のG3通貨からの格落ちを明言した。

そして2000年代前半に、購買力平価で算出した中国の名目GDPが日本を抜き去った。筆者は、投資家たちの関心が日本経済と円から明確に離れていくのをまじまじと感じた。それから20年後の現在、円は、神田氏によると「ほとんど皆さん関心がない」通貨までの凋落を遂げたことになる。

日本円に取って代わった人民元

先進国財務大臣・中央銀行総裁会議は、もともと、米国、英国、西ドイツ、フランス、日本のG5であったが、1986年にイタリアとカナダが加わりG7となった。

2004年には、当時採用しされていた人民元の固定相場制度の撤廃を促すために、米国が中国をG7会議に招待した。市場参加者には、財務大臣・中央銀行総裁会議が中国を加えたG8となるのは時間の問題と思われたが、1998年からすでにロシアが主要国首脳会議(サミット)に加わりG8となっていたので(2014年のクリミア併合により脱会)、ついに中国は現在に至るまで正式なメンバーとなることはなかった。このため、現在、サミット、財務大臣・中央銀行総裁会議、貿易相会議等のG7会合は、メンバーではない中国に対して過剰生産の解消をもとめるという皮肉な状況に陥っている。

現在、日本以外の市場参加者に、G3通貨はと尋ねれば、大方の回答は、ドルとユーロと人民元という回答が返ってくるのではないか。

G1投機通貨の地位を確立した日本円

ただ、円に対する投機筋の関心は非常に高まっているといえよう。図表は、1971年以降のドル円相場の名目値と実質値をプロットしたものである。

■1971年以降のドル円相場の名目値と実質値の推移
1971年以降のドル円相場の名目値と実質値の推移
出所:Fed(米連邦準備制度)、日銀

1971年1月に464だった名目値は、2011年10月に100まで下落したところで大底を打ち、現在、206まで反発している。すなわち、現在、名目値は2011年10月のボトムから106%上昇しているが、既往ピークである1ドル=360円であった固定相場の水準からはまだ56%のドル安円高水準にある。しかし、日米の物価差を反映した実質値でみると様相は激変する。1971年1月に223だった名目値は、1995年4月の100で大底を打ち、現在は319まで反発している。

つまり現在の水準は、1995年4月のボトムから219%上昇しているうえ、ボトムアウト以前のピークである1985年2月の233からも37%のドル高円安水準にある。さらに、この実質37%のドル高円安は、2021年5月以降のわずか3年間に生じている。

このような短期間にここまで大幅な日米の相対物価を逸脱したドル高円安が生じる背景には、多大な投機資金の流入の存在があることが容易に想像できる。2020年代では、経済規模からG3通貨がドル、ユーロ、人民元となる中で、円はG1投機通貨の地位を確立した。最近のわが国財務省の円買い介入は、まさに投機筋との戦いといえよう。

秋のドルはつるべ落とし

結局、神田氏の投機との戦いは、25兆円にのぼる歴代財務官の中では任期中に最大の円買い介入に加え、政治圧力を受けた日銀の利上げと量的引き締め、イエレン米財務長官による「問題は通貨安誘導」という土壇場でのエンドースメント(是認)といった援軍を得て、任期ぎりぎりで有終の美を迎えた。

ただ、ドル円相場の底は神田氏の想像を超えて思いのほか深いものとなる可能性が高い。1985年9月のプラザ合意や1998年ロシア危機等、過去秋にはドル円相場は数々の急落局面を迎えた。秋のドルはつるべ落としである。