ドル円相場をめぐる地政学的リスクと「円急落の崖」
- 最高値を更新したドル円とユーロ円相場
- クリミア侵攻と一対一路に始まるデカップリング
- 旧東西冷戦下の有事のドルとスイスフラン買い
- グローバライゼーション下のリスクオフの円買い
- デカップリング下のリスクオフの円買いと「円急落の崖」
最高値を更新したドル円とユーロ円相場
2023年3月に欧米で発生した金融不安を乗り越えて、ドル円とユーロ円相場は5月1日で始まる週にそれぞれ137円台、151円台まで上昇した。ドル円は2023年3月、ユーロ円は2008年9月以来の最高値である。先月の拙稿の中で指摘した通り、わが国の地域別輸出数量に着目すれば欧米景気は堅調であり、日銀が4月28日に金融政策を据え置く中、欧米と日本の金利差が為替相場に反映される形となった。
その後、市場の予想通りFed(米連邦準備制度)とECB(欧州中銀)は5月3日と4日にともに0.25%の利上げを決定する一方、Fedは利上げ打ち止め、ECBは利上げ継続をそれぞれ示唆している。今週に入ると、”Buy on the rumor, sell on the fact”の通り、ドル円とユーロ円はそれぞれ135円台、148円台まで小緩んで取引されている。
クリミア侵攻と一対一路に始まるデカップリング
2014年のロシアによるクリミア侵攻と中国による一対一路構想の発表を契機に、世界経済はデカップリングの時代に突入したと考えることができる。その後、2017年の米トランプ政権の発足によってそれは不可逆的なものとなり、2022年のロシアによるウクライナ侵攻がデカップリングを新たな東西冷戦と呼ばれるレベルまでに進展させた。
旧東西冷戦下の有事のドルとスイスフラン買い
旧東西冷戦下では、ほとんどの国際紛争は米ソの代理戦争であり、なおかつ原油価格の高騰を伴った。このため1973年以降の変動相場制下では、地政学的なリスクの高まりにより大西洋と太平洋で地理的に孤立し、石油利権を握る米国のドルと永世中立国のスイスのフランが買われ、地理的に東側に隣接しインフレに脆弱な西ドイツのマルクと日本の円が売られた。いわゆる有事のドル買い、スイスフラン買いである。
グローバライゼーション下のリスクオフの円買い
一方、1989年のベルリン壁崩壊以降のグローバライゼーション下においては、特に2001年のアメリカ同時多発テロ事件によって米国はテロとの戦争に突入し、ほぼすべての国際紛争において当事国となった。
世界最大の対外純債権国となったわが国は、デフレ下において原油価格高騰等のインフレに対する耐性も強く、欧米主要国とは異質のイスラム諸国との関係を構築していたため地政学的リスクのみならず世界的な金融不安のリスクが高まった際にもドル円相場は下落した。いわゆる、リスクオフの円買いである。
デカップリング下のリスクオフの円買いと「円急落の崖」
では、現在のデカップリングの時代に、為替市場は東西冷戦下の有事のドル買いに回帰するのであろうか。あるいは、グローバライゼーション化のリスクオフの円買いが継続するのであろうか。わが国は2010年代に成熟した債権国に移行したとはいえ、今のところ辛うじて経常収支の黒字を維持する中、対外純債権も増加を続けている。
現在、日本のインフレに対するパフォーマンスも、欧米諸国と比較して優越したものとなっている。さらに、米国とロシア・中国との関係が今後急激に悪化したとしても、米国の核の傘に守られたわが国の本土が経済活動に支障が出るような直接的な侵略を受ける可能性は当面低いと考えられる。
したがって、ある一定のポイントに至るまでは、地政学的リスクが高まる際にはグローバリゼーション時代のリスクオフの円買いが継続される公算が高い。ただ、市場参加者の間で日本本土が侵略される可能性が高いとの見方が広がった場合はその限りではない。無論、「質への逃避」から円相場は急落するであろう。これを、モデル化したものが下の図表である。
すなわち、円相場の地政学的リスクモデルには、テイルリスクとして「円急落の崖」なるものが存在することに留意が必要である。