Advertisementアクサ・インベストメント・マネージャーズ
TOP > 注目記事 > 金融機関の運用難が需要過多に拍車
地方債市場を読み解く3つの「S」

J-MONEY2011年夏号 注目記事

地方債

金融機関の運用難が需要過多に拍車
地方債市場を読み解く3つの「S」

「新発債は瞬間蒸発する」と言われるほど需給がひっ迫している地方債市場。人気の背景と展望を、「震災」「市場公募債」「信用金庫」の3つの「S」で読み解く。(柴田哲也)

震災

東京都の3月債発行が転機

 2011年3月11日に東日本大震災が発生すると地方債関係者の間には緊張が走った。被害の全貌が見えないまま、いったんはクレジット・スプレッドの気配が全般的に拡大。年度末の資金調達への悪影響も懸念された。

「3月17日に大阪府が5年債(200億円、国債+25.8bp〈ベーシスポイント〉、入札方式)、同18日に東京都が10年債(400億円、国債+15bp)、愛知県が10年債(200億円、国債+17bp)の発行条件を決めた。震災発生から1週間以内に比較的実勢をとらえた水準で条件決定が行われたこともあり、順調に消化されたようだ」(バークレイズ・キャピタル証券ディレクター兼クレジット・リサーチアナリストの江夏あかね氏)

 とくに、地方債市場で高いシェアを占める東京都の決断が反転攻勢の起点になったとの見方が強い。「18日を境にセカンダリー(流通市場)主導でスプレッドがタイト化。需要が旺盛だったこともあり、5月いっぱいでほぼ震災以前の水準に戻った」(みずほコーポレート銀行証券部第一チーム次長の白川至氏)。

 ただし、中長期でみると、震災の自治体財政への影響はむしろ今後顕在化するかもしれない。サプライチェーン断絶の反省によって、生産・製造拠点の国外への分散を検討する企業が増えている。

 格付投資情報センター格付本部チーフアナリストの安田稔氏は、「とくに愛知県や静岡県、埼玉県、栃木県など製造業が集積する自治体では、震災の影響が短期間で収束せず、法人税収が中長期にわたって低迷したり、立地企業の域外への流出など経済基盤の悪化で税収構造が脆弱すれば、格付への下押し圧力が強まる」と警鐘を鳴らす。

金融機関の運用難が需要過多に拍車 地方債市場を読み解く3つの「S」

市場公募債

起債環境が良いうちに販路開拓

 総務省が4月28日付で発表した「平成23年度地方債計画(改定案)」の民間資金部門の内訳は、地元金融機関などが買う「銀行等引受」が3兆9100億円に対し、マーケットを通じて幅広い投資家に購入してもらう「市場公募債」は4兆2000億円となっている。

「計画額で『市場公募債』が『銀行等引受』を上回ったのは初めてではないか。近年の民間資金での調達割合増加を受けて、市場と向き合う地方公共団体が増えている」(白川氏)

 東京都は従来、毎月発行する10年債は安定消化狙いからシンジケート団方式、その他の年限では主幹事方式と両アプローチを組み合わせてきた。2010年2月からは10年債の発行条件決定で主幹事方式の要素を一部組み込む「融合方式」を採用している。

「『安定・継続発行』が都債10年物のセールスポイントなので、一部の証券会社が仕切る主幹事方式への全面移行は難しい。融合方式は競争原理が働きやすい主幹事方式を取り入れるため、メンバー固定のシ団方式に比べ条件決定過程における透明性の向上が期待できる。2011年5月債ではお付き合いのなかった地方の投資家に購入していただくなど販路開拓にも一定の効果があるようだ」(東京都財務局主計部公債課長の相田佳子氏)

金融機関の運用難が需要過多に拍車 地方債市場を読み解く3つの「S」 東京都の2011年度発行計画では500億円程度の外債発行も盛り込まれている。直近の過去3年間も当初計画にはあったもののコスト面で折り合わず、発行を見送り続けてきた経緯がある。「2010年の欧州など海外IRは定期的に行っている。2011年は秋に開催する予定で、そのときの投資家の反応などで発行するか否か決めたい」(相田氏)。

 横浜市は2011年度から主力の10年債で完全主幹事方式を採用。第1回の5月債では募集金額の100億円を上回るオーダーがあったため、最終的には発行額300億円、表面利率1.189%となった。同市は投資家需要の強さを確かめながら柔軟に引受シ団、発行額、時期を決める上記方式を、超長期債では発行当初から、5年債では2008年度から採用するなど、市場との対話に熱心な姿勢で知られる。

「起債環境が良いうちに市場との信頼関係を深めておきたい。個別IRでは『ロットを大きくしてほしい』との注文をいただくことが多い。主幹事の引受割合が大きい主幹事方式はそのリクエストに応える意味もある」(横浜市財政局財政部財源課長の上野圭介氏)
 IRに力を入れているのは多くの市場公募債発行団体共通の傾向だが、とくに投資家からの問い合わせが増えているのが、1995年の阪神・淡路大震災の被災地の兵庫県と神戸市だ。

「阪神・淡路大震災からの復興には約17兆円の事業規模が必要と見込まれた。当時の貝原俊民知事の『まず我々が努力し、足らざるところは国に支援をお願いする』との方針のもと、①行政改革②積立基金の吐き出し③可能な限りの地方債発行などの自助努力を徹底したうえで、国の支援を要請した」(兵庫県企画県民部企画財政局財政課資金公債室長の法田尚己氏)

 自治体の自主性にこだわる強い姿勢が共感を呼び、震災後の再生への取り組みは次々と実を結んでいる。2008、2009、2010年の企業立地件数はそれぞれ全国2位、同1位、同3位とトップレベルの水準だ。インフラ面では完全復活したかにみえる兵庫県だが、財政面ではいまだ震災の傷跡は大きい。震災から16年経った2011年度の震災関連公債費の残高は6675億円の見通しだ。最近の個別IRでは、中央の機関投資家などのもとへ足を運び、財政事情を説明している。一方の神戸市。「神戸市には阪神・淡路大震災のイメージが付きまとい、他団体よりスプレッドを上乗せされてきた歴史がある」(神戸市行財政局財政部財務課資金・制度担当課長の前畑年良氏)。

 いまだ残る震災のイメージを払拭するため、同市では個別IRを積極的に実施。2010年度は76件、2011年度は7月1日現在で43件の投資家を訪問した。「1995年1月の震災後、1997年度にはプライマリーバランスを黒字化したこと、震災当時約1兆円起債した市の震災関連市債残高を約4分の1まで圧縮し、行財政改革が着実に進んでいることなどを説明してきた。当時とは状況も違い、どこまで今回の震災の参考になるかはわからないが、神戸市の復興までの歩みをこれまで以上にしっかりと市場に伝えていきたい」(前畑氏)。

 さまざまな地域の不特定多数の投資家への情報発信には電子媒体の活用が有効だ。ドイツ証券グローバル・キャピタル・マーケッツ本部資本市場三部ディレクターの上原士郎氏は、「個々の財政事情を正確に伝えるには個別IRが最適だが、専用サイトなど電子媒体を通じて継続的にわかりやすい情報発信に努めることは、海外を含め、投資家のすそ野を広げるのに効果がある」と指摘する。

金融機関の運用難が需要過多に拍車 地方債市場を読み解く3つの「S」

信用金庫

2カ月先の定例債も「予約」済み

 最近、地方債の買い手として注目を集めているのが地方金融機関、とくに信用金庫である。

「バーゼルIIの標準的手法では、地方債は日本国債などと同じくリスク・ウェイトがゼロ。メガバンクに代表されるディーリング志向の投資家は2年債や3年債、反対にロング主体の生命保険などは超長期債と選択肢が豊富な点も魅力(」大和証券キャピタル・マーケッツデット・キャピタルマーケット部オリジネーション課次長の大場毅氏)

 そもそも比較的経営規模が小さい地方の預金取り扱い金融機関は、提供している定期預金などとの金利ギャップが比較的小さい5年債を好んでいた。しかし、低金利の影響で思うようなパフォーマンスが上げられない。加えて長引く景気低迷で本業の資金貸出が低迷。そこで、金利リスクを取ってでも運用実績の向上を図ろうと10年債を買うようになっている。

金融機関の運用難が需要過多に拍車 地方債市場を読み解く3つの「S」金融機関の運用難が需要過多に拍車 地方債市場を読み解く3つの「S」「ここ1~2年の地域金融機関の経営環境では、従来よりも金利リスクをとらざるを得ない状況が続いている。中央の機関投資家が買い遅れるほど信金などの“地方債熱”は高い」(白川氏)

 バークレイズ・キャピタル証券の江夏氏によると、公募地方債の回転率(売買高÷残高)は、2006年度は年1.3回だったが、2010年度は年0.3回。購入した“虎の子”の地方債はなかなか手放さない投資家の姿が垣間見える。

 この地方債人気をさらに加速させているのが、東京電力問題をきっかけとした電力会社の起債見送りだ。「例年4~6月には5000億円程度の電力債の起債があったが、今年は沖縄電力のみ。その他の高格付け事業体の発行延期や大量償還が重なったこともあり、年限を問わずオーダーが殺到している。同じ運用難の2010年は条件決定直前でも買えたが、今年は6月時点で8月定例債の予約が入っているなど加熱している」(メリルリンチ日本証券公共法人部長兼債券資本市場部部長の林礼子氏)。

 投資家の地方債ニーズの高まりは国内外の証券会社にとっても格好のビジネスチャンスだ。とくに20年債や30年債といった超長期債は手数料が高く、市場関係者によると、ひとたび主幹事となればケースによっては全手数料の4~5割をにぎることも可能だという。
 証券会社の地方債担当部署の人員や構成は会社間でバラつきがある。

 引受担当とシンジケートから成るチームで臨むドイツ証券は、大阪市20年5月債(150億円)、同市としては初の15年7月債(100億円)、横浜市5年7月債(100億円)など多くの主幹事案件を担当。「グループ親会社のドイツ銀行は商業銀行というより、実質的には“ドイツ経済・産業振興銀行”として発足した。そのため、公共センターのアドバイザリーにはグローバルで実績がある。担当者のもとに足繁く通い、戦略策定を含めて発行体の起債運営全般をサポートしている」(ドイツ証券グローバル・キャピタル・マーケッツ本部資本市場統括役兼資本市場三部長の児玉哲哉氏)。

 メリルリンチ日本証券は日頃からのキメ細かいカバレッジが特色だ。「市況情報をタイムリーにアップデートするなど地道な業務を丁寧に行っている。外資系として国内系とは異なる投資家層を提案できる点も強みの一つ。東京都や愛知県、神奈川県などから超長期債の主幹事にご指名いただくことができたのは、こうした姿勢をご評価いただいたからだと認識している」(林氏)。

 これら外資系証券を迎え撃つ格好の大和証券キャピタル・マーケッツは、人員と拠点の充実というアドバンテージを活かしながら発行体とのパイプ強化に努めている。

「投資家から地方債市場へのリクエストの一つに年限の多様化がある。2010年度に2、3、5、7、10、15、20、30年とすべての年限で主幹事を担当したのは当社のみ。短い年限から長い年限に至るさまざまな投資家ニーズと発行体の調達ニーズを丁寧に結びつけた結果と認識。国内外に幅広い投資家層を抱える当社なら、今後起債環境が変わっても安定消化に貢献できると自負している(」大和証券キャピタル・マーケッツデット・キャピタルマーケット部オリジネーション課副部長の成毛豊文氏)

もう一つの「S」=ソブリン・リスク

国の財政状態を注視

 ここ数年来活況に沸く地方債市場だが、懸念材料も少なくない。その代表例が「ソブリン・リスク」だ。

「社会保障費や復興関連の歳出増など、国の財政状態からは目が離せない。制度維持のため地方公共団体を支えるという国の意思は強く、国の信用力低下が小幅にとどまれば市場公募債を発行している団体の格付は現状維持できると思われるが、予断は許さない」(安田氏)

「震災」「市場公募債」「信用金庫」に「ソブリン・リスク」という4つ目の「S」が顕在化したとき、地方債市場はどのような変化を見せるか。関係者は足元の過熱感に戸惑いを覚えつつ、金利急上昇などの一大転機がいつ訪れるか、固唾を飲んで見守っている。