分散投資理論は、理論が確立し、もっとも発展している、ポートフォリオ最適化の理論に基づく。現代の科学的な投資理論は分散投資理論から始まったと言って良い。しかし、それをESG投資に応用する事例に関しては、詳細が公表されないこともあって、現在までのところ存在していないように思われる。そこで、本連載ではESG分散投資の理論を比較的詳しく展開していくことにしたい。今回は、その中心の分析概念である効率的フロンティアである。

ESGは企業のリターンを改善する可能性があると考える人は多い。また、リターンが改善されるのは長期に限ると考えている人がいる。ポートフォリオ理論で最初に学ぶ効率的フロンティアという概念を用いれば、これらの問題を理論的に考えることが出来る。

なお、ここでのリターンは場合によって利益率と呼んでよい。

分析の要である効率的フロンティア

効率的なフロンティアとは、与えられたリスク・レベルの下で、最高のリターンを提供することが期待される投資ポートフォリオのセットである。運用担当者にとって効率的フロンティアという概念は周知のため簡単に説明するだけで十分であろう。

リターンとリスクをそれぞれ縦横両軸上にとり、基本となる(分解可能な)投資対象資産・事業のリスク・リターン点をプロットする。図表では、A点が非ESG事業の該当の点、B点はESG事業のそれであると想定する。

言うまでもなく企業が負担せざるを得ず、採算を悪化させる様々な費用(ケースによっては移行リスクとも呼ばれ、規制からもたらされる行動制約も含む)を差し引いたリターンである。

【図表】効率的フロンティア
分析の要である効率的フロンティア
※太字赤字の曲線は一般的な場合の最適な組み合わせの候補である
出所:辰巳憲一の旧著書を基に筆者作成

AB2点を結ぶ複数の曲線群が効率的フロンティア群である。これは資産・事業リターンの相関係数値ρ(ロー)に応じて異なる。ρが低くなるに従ってこの曲線は縦軸に近づく。中頃に相関係数値ρがゼロの曲線が描かれている。完全相関と呼ばれるρが1の場合AとBを結ぶ直線になり、資産・事業間でリターンが同一歩調で変化するようになっている。

特定の2つの資産・事業の間で相関係数がある値で与えられたとすると、効率的フロンティアが1つ得られる。右上のA点(非ESG事業にリソースを集中投資する場合)から出発して、その曲線上を左下のB点(ESG事業に集中投資する場合)に移動するごとに、ESG事業の比率が増える。

現代ポートフォリオ理論から求められる効率的フロンティア上の1点がベストなポートフォリオだ。リスクに対するリターンが優れたこのようなポートフォリオは相関係数が逆相関となる傾向のある様々な資産・事業を組み合わせることにより達成出来る。この分析法をもっとも活用できるのはいわゆる移行の分析においてであろう。

例えばエネルギー転換は一夜あるいは一直線に実現するものではない。一足飛びに全てがグリーン(緑)にはならず、ブラウン(茶)への移行がまず必要である。

移行をより効率的に行えるロードマップが(広く知られていないという意味で)密かに存在することが明らかになる。

ESG事業への進出

一般にESG事業のリターンが非ESGの事業のそれより低いから、ESG事業に進出するべきでないという考えは誤りである場合がある。リターンの単純比較ではなく、必要なのは詳しい相関分析だ。リターンの相関係数が低い、あるいはマイナスであるかどうかという点も重要になる。

理論以外の注意点もいくつかあるので記しておこう。

人材や経営ノウハウなどの準備が不十分なままESG事業に進出するのは自殺行為である。

さらに、ESG事業への進出を急ぐあまり本業がおろそかになると、ESG事業失敗の際のサポート役がいなくなり、全ての部門が駄目になる可能性がある。目指すESG事業はこれまで培ってきた本業の技術を生かせるか、本業の技術を改善・改良で対応できるかなども十分検討しなければならない。

辰巳憲一

辰巳憲一
学習院大学名誉教授
大阪大学経済学部、米国ペンシルベニア大学大学院卒業。学習院大学教授、London School of Economics客員研究員、民間会社監査役などを経て現在、学習院大学名誉教授など。投資戦略、ニューテクノロジーと金融・証券市場を中心とした著書・論文多数