日本の民間部門の資本ストックは21世紀に入ってからほとんど増えていない。経済成長や経済的豊かさが「資本」の蓄積に起因するとすれば、日本の経済停滞の一因になっているとも考えられる。そんな中、無形資産情報への投資が注目を集めている。2021年12月16日にオンライン開催した「J-MONEY Online カンファレンス」では、無形資産情報の有識者が研究実績や活用事例を解説した。当日の概要を紹介する。

無形資産関連情報の正確な理解を踏まえた実務での活用に期待

基調講演は、一橋大学大学院 経営管理研究科 東京大学エコノミックコンサルティングの宮川大介氏が「無形資産投資とは何か? 学術研究と官民プロジェクトからの含意」と題して行った。

宮川 大介氏
一橋大学大学院
経営管理研究科
東京大学エコノミックコンサルティング
宮川 大介

企業の資本ストックは、大別すると有形資産と無形資産に分けられる。建物や機械などの有形資産に対して、無形資産とは研究開発の成果として得られる知的資産、技能を持った人財、ソフトウェアなどのICT(情報通信技術)関連資産のほか、ブランドや組織など生産活動に貢献する様々な資産を指す。

宮川氏は、まず、標準的な生産活動が「Y=F(K, L; A)」としてモデル化されることを紹介した。アウトプットYを規定する要因のうち、Kは資本、Lは労働、Aは生産性を示し、従前はKとして機械設備などの有形資産が想定されていた。「Kの範囲に無形資産も加えるという形式が、近年重要視されている考え方だ。また、A(生産性)の変化を規定する要因としても無形資産を勘案することが提案されている」(宮川氏)

無形資産の標準的な分類としては、ソフトウェアなどの「情報化資産」、研究開発やライセンスなどの「革新的資産」、ブランドや人材投資などの「経済競争力」の3種類が挙げられる。宮川氏は「無形資産への投資水準を計測する手法としては、関連する支出を投資とみなすアプローチが標準的だ。計測に際しては、デフレーターや減耗率の設定も重要になる」と解説する。

こうした手法で日本における無形資産へのフロー投資額を計測すると、2015年において総額63兆円程度と見積もられる(図表1)。

先進国の「無形資産に対する」フロー投資/GDP比率(全産業)

最も多いのは「革新的資産」への投資だ。一方、過去の無形資産への投資と減耗を勘案した2015年時点のストック額は230兆円ほどで、毎年緩やかに上昇していることが分かる。宮川氏は「フロー投資額の対GDP(国内総生産)比率は、日本は2005年時点で約10%。国際比較では米仏英の約14%よりは低く、ドイツと同程度」と説明する。

企業レベルの無形資産へのストック額の計測においても、財務情報を活用することで同様の計測が可能となる。こうした計測の結果、様々な追加的知見が得られる。例えば、ICT投資が重要な無形資産投資の一例と挙げられることが多いが、実際に計測してみると、日本では必ずしも生産性向上に寄与していないことが分かる。「高額機器を導入しても効率的に活用できる人材がいなければ生産性が上がらない。こうした“補完的資産”が十分確保されていないことも、無形資産投資の成果が上がらない要因と考えられる」(宮川氏)

資産運用という観点から無形資産関連情報を活用する方策としては、無形資産のストック水準別に企業グループを構築し、運用戦略の策定に活用することが考えられる。実際に、無形資産ストックの多い企業群をロング、少ない企業群をショートするというシンプルな運用戦略の下でどの程度の超過収益が得られるかを実証的に検討した研究も存在する。

宮川氏は「無形資産は、各時点のアウトプット水準や生産性の変動に影響をおよぼすという多面的な役割があるほか、一部の無形資産には複製可能で何度も活用可能であるという特徴も認められる。資産運用業において無形資産情報を活用しているケースはまだ少ないと考えられるが、今後はこうした市場関連業務だけではなく、非上場企業の分析などで活用の場が増え、幅広い領域における広義の金融投資活動に影響を与えるようになるだろう」との見解を示した。

知財データは、アルファとベータの両リターンを導く

続いて登壇したアスタミューゼ 事業開発本部 イノベーション投資事業部 部長の関野麗於直氏は「資産運用における無形資産情報の具体的な活用方法」について講演した。

関野 麗於直氏
アスタミューゼ
事業開発本部
イノベーション投資事業部 部長(当時)
関野 麗於直

同社は、世界193カ国の特許データやイノベーション創出に対する投資データ、社会課題関連情報などを統合した独自の無形資産可視化データベースを持つ。7億超のデータを保有し、中長期も含めた時間軸および幅広いイノベーション創出資本に対応。業種や社会課題などにデータを掛け合わせてデザインしたサービスを提供している。

関野氏は、「近年重要性を増す非財務資本には、無形資産情報と親和性が高いものが多数ある」と指摘する。非財務資本は「知的・製造・人的・社会関係・自然」に分類される。中でも知的資本に関する知的財産データは、資産運用においてオルタナティブデータを活用する上で欠かせない要素を満たしているという。

資産運用に活用されるデータには「利用可能性」「説明可能性」「再現可能性」が求められる。知財データは、①(財務データを含めた)他データとの組み合わせ・接続が可能②企業ユニバースの広さ(多さ)③時間的カバレッジの広さ(長さ)――の3つの特性を持つなど、相性の良さがうかがえる。関野氏は、「こうした特性は、資産運用のリターンでいうところのアルファのみならずベータ創出にもなりうる。カギとなるのは他情報との組み合わせだ」と説明する。

例えば同社は、特許ごとに他社への排他権としてのインパクト評価を中心に、地理的な権利範囲や権利の時間的な残存期間などを重み付けした定量的な評価指標(スコア)を策定している。知的財産と組み合わせる対象例として、関野氏は「知的資本で企業価値を評価する際の一定程度の蓋然性」「保有知的財産が価値を維持・発現可能な知財マネジメント能力」「評価されやすいトレンド(成長領域・社会課題)との関連性」を挙げた。

これらに同社の評価指標で選定した「相対的に“強い”知的財産を保有する企業」を掛け合わせ、知的資本の強さが企業価値形成・評価のコアとして機能し高リターン創出となるかを測定する。関野氏は、「国内信託銀行との協業において、無形資産データを活用したファンド運用手法の開発と検証を実施。ポートフォリオ(グローバル株式)のバックテストで、MSCI ACWI対比で年率6%の超過収益を実現できたことも踏まえ、2021年夏にファンドが設定された」と語る。

無形資産情報は資産運用ビジネスに限らず、銀行・証券、プライベートエクイティなど幅広い活用可能性が見込まれる(図表2)。「当社は強みをもつ技術・知財に加え、組み合わせでの活用可能性が高いガバナンスなども含めたデータ領域や分析手法の拡充を図っていく」(関野氏)

無形資産情報は幅広い活用可能性が見込まれる※クリックまたはタップすると拡大表示されます