三菱UFJ信託銀行 資産運用情報 資産運用立国における取り組みについて

市川 大
三菱UFJ信託銀行
受託商品営業部 機関投資家営業グループ 課長
2000年4月、三菱信託銀行入社。資産管理業務、金融法人営業を経て、2023年4月より現職。
Ⅰ. はじめに
資産運用立国は、当時の岸田文雄政権の下で始められた国家戦略であり、2022年以降に本格的に進められてきた。この政策は個人・企業・そして国家の資産形成を支援し、日本経済の成長促進を目指すことを目的として掲げた「新しい資本主義」の一環として位置づけられたものである。
岸田政権では、約2,000兆円に上る家計金融資産を貯蓄から投資に振り向け、「成長と分配の好循環」を実現するために、新NISA(少額投資非課税制度)の抜本的拡充、iDeCoの改革、資産運用業の改革の各政策を進めてきた。
昨年10月に誕生した高市早苗新政権も、「貯蓄から投資へ」を促す資産運用立国の各政策を引き継いでいるが、政権全体の経済スローガンとしては「新しい資本主義」から「日本成長戦略」に看板を掛け変えている。成長戦略を加速させるための資産運用立国実現に向け、人的投資やインパクト投資を含めたすべての投資を促進し、企業統治の強化や資産運用業の高度化など、金融の力を活用することを表明している。
その政策の設立背景と目的、各政策の進捗状況を整理するとともに、その中でも「資産運用業の高度化・国際競争力の強化」をテーマとして、アセットオーナーおよびアセットマネージャーが取り組むべきことについて、具体的な事例等を示し、その重要性について述べていく。
Ⅱ. 政策目的と背景、各政策の進捗状況
1. 資産運用立国の設立背景と目的
(1)資産運用立国がめざす好循環とは
「資産運用立国」の中心となる考え方は、これまで十分に機能してこなかった国内の資金循環を整え、より持続的に消費や投資の拡大に繋がる枠組みを築くことである。政府や金融庁はこの構造改革を通じて、「成長と分配の好循環」の実現を目指し
ている(図表1)。

この好循環が実体経済においてどのように機能するのか、以下の3つの段階に分けて整理することができる。
① 家計から投資への資金循環
まずは、日本の家計に眠る膨大な現預金を、成長資金として市場へ送り出す段階である。日本の家計金融資産は2025年9月末時点で2,286兆円になったが、現金・預金は1,122兆円と家計全体の49.1%を占めている。大部分が現預金として滞留しており、図表2で示す比較可能な2025年3月時点の値の通り、欧米と比較して株式や投資信託などのリスク資産への配分が著しく低い状態にある。
政府は、この眠っている資金を活かすため、2024年からのNISA(少額投資非課税制度)の大幅な拡充・恒久化や、金融リテラシーの向上を図る目的で金融経済教育推進機構(J-FLEC)の設立などを通じて、家計の長期・積立・分散による安定的な資産形成へと促していくことを目指している。

② 企業の成長投資と企業価値の向上
次に、市場に供給された資金を企業が活用し、持続的な成長を実現する段階である。家計から供給されたリスクマネーは、企業の成長原資となり、企業はこの資金を活用して、設備投資や人的資本への投資等を行うことで、企業価値を高める。
日本企業は、図表3で示す通りPBR1倍未満の企業の割合が依然として高い状況であり(図表3)、東京証券取引所は「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」の要請を2023年3月から行っている。企業は投資家との対話を通じて資本効率を高める経営へと変革を迫られている。

③ 資産所得を通じた果実の還元
最後に、企業の成長によって得られた「果実」が家計に戻り、豊かさを実感できる段階である。企業価値の向上は、株価上昇(キャピタルゲイン)や配当増加を通じて家計の資産所得を増やす。それと同時に、企業業績の向上は賃上げの原資ともなる。家計の可処分所得が増えることで、さらなる消費の拡大や次の投資へと資金が回り、経済全体が成長するサイクルの完成を目指すことができると考える。
(2) なぜ今、日本が資産運用立国をめざすのか
これまで幾度となく「貯蓄から投資へ」が叫ばれながら定着しなかった日本において、なぜ今、この政策が積極的に推進されているのか。その背景には、以下のような要因があると考えられる。
① デフレ経済からインフレ経済へのシフト
一つ目は、日本経済が長年のデフレからインフレ基調へと転換していることである。物価上昇が定着しつつあるインフレ経済(図表4)においては、現預金の実質価値は目減りし続ける。このような状況下では、資産運用を行わないこと自体がリスクであり、インフレ率を上回るリターンを期待できる投資が、生活防衛のために不可欠な存在になっている。

② 人口減少・少子高齢化による資産所得の重要性の増加
二つ目は、人口減少や少子高齢化で資産所得の重要性が増加していることにある。少子化の進行による生産年齢人口や労働投入量が減少している状況において、経済活動に下押し圧力が生じている日本にとって、労働所得の引き上げだけでは他国との経済格差を埋めることは容易ではない(図表5)。
政府は、労働所得に加えて、資産所得を家計に取り込む仕組みを整えることにより、国民所得を底上げする必要性に迫られている。

③ 国際的な成長産業としての資産運用業の確立
世界的に資産運用業は拡大を続ける巨大な成長産業であるが、日本はこの潮流を十分に取り込めていない(図表6)。そのため、資産運用業を今後の日本経済をけん引する重要産業と位置付けている。
豊富な家計資産を背景に、参入障壁の撤廃を通じて海外の高度なノウハウを呼び込み、国内運用業の競争力を国際水準へ引き上げることを目指す。これにより、日本は世界に開かれた国際金融センターの実現へと進化させ、金融サービスを通じた国富の増大を目指している。
| 家計金融資産額 (兆円) |
資産運用会社数 (社) |
家計金融資産額/ 資産運用会社数 (兆円/社) |
|
|---|---|---|---|
| 米国 | 14,517 | 15,114 | 0.96 |
| 香港 | 458 | 2,106 | 0.22 |
| シンガポール | 212 | 1,175 | 0.18 |
| 英国 | 1,191 | 1,100 | 1.05 |
| フランス | 909 | 708 | 1.28 |
| ドイツ | 1,087 | 607 | 1.79 |
| 日本 | 2,115 | 426 | 4.96 |
(出所) 内閣官房「資産運用立国に関する基礎資料(資産運用業関係)」より
(注) データに関する注記を巻末に記載
(3) 資産運用立国の本質的な意義
資産運用立国政策は、単に株価を上げることや金融機関のビジネスを拡大することを目的としたものではない。その本質的な意義は、日本経済の構造そのものをアップデートし、持続的に富を創出できる仕組みを確立することにあるが、以下で詳しく述べていく。
① 「間接金融(デット)」から「直接金融(エクイティ)」への構造転換
米国と比較して日本経済は、銀行融資を中心とした間接金融に依存したものであるといえる(図表7)。間接金融(デット)から直接金融(エクイティ)への転換を推進することは、リスクの高い新規事業や無形資産主体のスタートアップへのリスクマネー供給の促進につながる。このことは、更なる企業の成長を支え、産業の新陳代謝につながるだろう。

② インベストメント・チェーンの停滞解消とアセットオーナー改革
政府は、企業年金や保険会社などのアセットオーナーに対し、2024年に「アセットオーナー・プリンシプル」(図表8)を策定することで、資金の出し手として運用機関を適切にモニタリングし、運用の高度化を図るよう求めた。これにより、資金の「出し手(家計・アセットオーナー)」、「運用者」、「受け手(企業)」の各段階で、資金が適切に循環する健全な市場構造へと移行することを目指している。
<原則1>
・アセットオーナーは、受益者等の最善の利益を勘案し、何のために運用を行うのかという運用目的を定め、適切な手続に基づく意思決定の下、経済・金融環境等を踏まえつつ、運用目的に合った運用目標及び運用方針を定めるべきである。
また、これらは状況変化に応じて適切に見直すべきである。
<原則2>
・受益者等の最善の利益を追求する上では、アセットオーナーにおいて専門的知見に基づいて行動することが求められる。そこで、アセットオーナーは、原則1の運用目標・運用方針に照らして必要な人材確保などの体制整備を行い、その体制を適切に機能させるとともに、知見の補充・充実のために必要な場合には、外部知見の活用や外部委託を検討すべきである。
<原則3>
・アセットオーナーは、運用目標の実現のため、運用方針に基づき、自己又は第三者ではなく受益者等の利益の観点から運用方法の選択を適切に行うほか、投資先の分散をはじめとするリスク管理を適切に行うべきである。特に、運用を金融機関等に委託する場合は、利益相反を適切に管理しつつ最適な運用委託先を選定するとともに、定期的な見直しを行うべきである。
<原則4>
・アセットオーナーは、ステークホルダーへの説明責任を果たすため、運用状況についての情報提供(「見える化」)を行い、ステークホルダーとの対話に役立てるべきである。
<原則5>
・アセットオーナーは、受益者等のために運用目標の実現を図るに当たり、自ら又は運用委託先の行動を通じてスチュワードシップ活動を実施するなど、投資先企業の持続的成長に資するよう必要な工夫をすべきである。
(出所) 内閣官房「アセットオーナー・プリンシプル」より
2. 各政策の進捗と取り組みの概要
(1) 資産運用立国の主要政策に関する取り組み内容と進捗状況
資産運用立国は、国全体として資産運用(投資)による成長・富の創出を強化し、国家の持続的な豊かさを実現することを目指す国家戦略である。よって、家計・企業・アセットオーナー・アセットマネージャー・政府のそれぞれに取り組むべき課題がある。主要政策に関する取り組み内容と進捗状況については、以下の図表9にまとめている。
| 主要政策項目① 家計向け施策(NISA・金融教育) | |
| 取組内容 | 〇 NISAの恒久化・非課税枠拡大 〇 金融教育強化 〇 販売・アドバイスにおけるフィデューシャリー規範の明確化 |
|---|---|
| 進捗・ 成果概要 |
〇 新NISA制度(2024年開始) ・年間非課税投資枠360万円 ・非課税期間は恒久化 ・口座数 約2,696万口座 ・残高 約63兆円超(前年比+22%) 〇 金融教育 ・新学習指導要領改訂(2022年度) 高校家庭科で投資教育が必修化 |
| 中期的期待 | 〇 家計の実質資産形成の持続的拡大 |
| 主要政策項目② コーポレートガバナンス/スチュワードシップ | |
| 取組内容 | 〇 資本コスト認識の浸透 〇 PBR1倍割れ企業への対応 〇 資本効率の改善 〇 取締役会機能の強化 〇 エンゲージメントの質向上 |
|---|---|
| 進捗・ 成果概要 |
〇 スチュワードシップ・コード改訂(2023年) ・署名機関の年次報告で、対話件数・テーマ別内訳、企業側の応答 (資本還元方針の明確化、社外取締役増員、スキルマトリクス開示等)が可視化 ・個別議案毎の賛否開示が浸透 ・受益者への説明責任が強化 |
| 中期的期待 | 〇 資本効率の改善と成長投資の好循環 |
| 主要政策項目③ アセットオーナーの機能強化 | |
| 取組内容 | 〇 GPIF・企業年金・公的基金・大学ファンド等における運用ガバナンス/ALM/リスク管理の高度化 〇 外部運用会社の選定・評価の高度化 |
|---|---|
| 進捗・ 成果概要 |
〇 投資戦略の多様化 ・公的アセットオーナーでインフラ、PE等オルタナ投資拡大 ・10兆円規模の大学ファンド創設(2021年) 伝統資産にオルタナ投資組合せた長期分散投資実施 |
| 中期的期待 | 〇 アセットオーナーのガバナンスと運用力の高度化 |
| 主要政策項目④ アセットマネージャーの高度化 | |
| 取組内容 | 〇 リサーチ力・クオンツ ・オルタナティブ投資の拡充 〇 運用工程のデジタル化 〇 コスト透明性 〇 パフォーマンス・ベースド・フィー(Performance-based Fee)の設計 |
|---|---|
| 進捗・ 成果概要 |
〇 リサーチ力強化 ・独自調査部門やESG専門チームの設置 〇 AI・ビッグデータ分析の導入拡大 〇 コスト透明性と報酬設計 ・信託報酬・取引コストの詳細開示進展 ・金融庁の『コスト見える化』ガイダンス対応進展 〇 成果連動型報酬体系導入が増加 |
| 中期的期待 | 〇 アセットマネージャーのガバナンスと運用力の高度化 |
| 主要政策項目⑤ 市場インフラの整備 | |
| 取組内容 | 〇 私募・プライベート市場の制度整備・規制緩和 〇 ファンド・ビークルの国際整合性 〇 英語開示・申請手続の拡充 〇 プロダクト・ガバナンス |
|---|---|
| 進捗・ 成果概要 |
○新興運用会社の参入支援・規制緩和 ・Emerging Managers Program・新興運用業者促進プログラム(日本版EMP)の導入、 EMPエントリーリストの公開 ・ミドル・バックオフィス業務の外部委託の許可 ○東京証券取引所(TSE)のルール化 ・英語での適時開示・決算情報提供の要請 |
| 中期的期待 | ○グローバル基準での市場インフラの整備 |
| 主要政策項目⑥ 国際金融ハブ化 | |
| 取組内容 | 〇 海外資産運用会社誘致 〇 在日拠点設立に係る税務・ビザ・行政手続の合理化 〇 法令英文化 |
|---|---|
| 進捗・ 成果概要 |
〇 海外資産運用会社の日本進出 ・『事業開始までの迅速化』金融庁施策により登録期間短縮 英語による業登録等の完了件数は47件(2025/5) 〇 税制・ビザ・英語化 ・高度金融人材向けビザの導入 ・税務ガイドライン英語版の公開 ・ワンストップ相談窓口の設置 ・金融商品取引法および関連ガイドラインの英語版整備 |
| 中期的期待 | 〇 国際金融ハブとしてのアセット集積と雇用創出 |
| 主要政策項目⑦ ESG・サステナビリティ | |
| 取組内容 | 〇 開示基準(気候関連・自然資本・人的資本)、トランジション・ファイナンスの枠組み普及 〇 インパクト投資の指標整備 |
|---|---|
| 進捗・ 成果概要 |
〇 TCFD対応 ・プライム市場企業に対し、TCFD等に基づく気候関連情報開示が義務化(2023/3)対応率は概ね100%。 〇 インパクト投資 ・インパクト投資残高:約15.6兆円(2024年度、前年比+36%) |
| 中期的期待 | 〇 インパクト金融を通じた社会的アウトカムの実効的創出 |
(2) 今後の対応と期待される成果
日本では資産運用立国の諸施策により一定の進展を示してきたが、なお改善余地は大きい。
・ 「①家計向け施策」の観点では、NISAの普及により口座数は増加しているものの、家計金融資産の現預金偏重は依然として強固であり、長期・分散・積立への行動変容を定着させる継続的介入が求められる。
・ 「②コーポレートガバナンス/スチュワードシップ」の観点では、PBR1倍割れ企業の持続的縮減および資本コスト認識の経営浸透にばらつきが残存している。東京証券取引所による改善計画の開示・フォローアップの実効性を一層高める必要がある。
・ 「③アセットオーナーの機能強化」の観点では、投資戦略多様化のポイントでもあるオルタナティブ資産について、プロダクト設計・投資ビークル・税制の整合性に加え、投資家のリスク許容度と商品理解のギャップが普及の制約となっている。
・ 「④アセットマネージャーの高度化」の観点では、人材面で、国際水準の運用人材ならびにデータ/テクノロジー人材の量・質が相対的に不足している。併せて、成果連動型報酬体系(Performance-based Fee)の本格実装は端緒にあり、超過収益連動やハードルレート/ハイウォーターマーク等の設計・開示の標準化が課題である。
・ 「⑤市場インフラの整備」については、インフラ面で、日本版EMP、英語開示、プロダクト・ガバナンス、プライベート市場の制度整備は前進しているものの、個別施策の積み上げに留まっている。新規参入・多様性の促進(踏み込んだ規制緩和)と投資家保護・品質確保(ルール作り)の高度な両立(バランス)が求められる。
・ 「⑥国際金融ハブ化」については、ビザ・税制・英語手続の整備が進む一方で、高度人材の定着(粘着性)とそれに伴う運用資金の国内滞留・集積には、生活・教育・医療インフラを含む包括的エコシステムの補完が不可欠である。
・ 「⑦ESG・サステナビリティ」領域では、インパクト測定の標準化、KPIの第三者検証およびグリーン/インパクト・ウォッシュ対策の実効化が引き続き求められる。
総括すれば、2022年に掲げられた資産運用立国は、制度整備の段階から『質の実装』および『成果の可視化』の段階へ移行した。次の段階では、家計・企業・運用・市場・国際ハブ・ESG/インパクトの各レイヤーについて、測定可能なKPI を明示し、実行計画(タイムライン・責任主体・レビュー頻度)を伴う施策を加速させることが要請される。
これにより、
(1) 家計の実質資産形成の持続的拡大
(2) 資本効率の改善と成長投資の好循環
(3) アセットオーナー/アセットマネージャーのガバナンスと運用力の高度化
(4) グローバル基準での市場インフラの整備
(5) 国際金融ハブとしてのアセット集積と雇用創出
(6) インパクト金融を通じた社会的アウトカムの実効的創出
が中期的に期待されると考える。
Ⅲ. アセットオーナーが取り組むべきこと
1. アセットオーナーに求められる対応
インベストメントチェーンの中では、アセットオーナーが金融資本市場を通じて企業・経済の成長の果実を受益者等 にもたらす重要な役割を担っている。運用する目的や財政状況等に基づいた目標を定め、その目的・目標を達成するために投資先企業や委託先金融機関を厳しい眼で見極め、受益者等に利益をもたらすことが求められている。
アセットオーナーが運用責任(フィデューシャリー・デューティー)を果たしていく上で有用と考えられる共通の5つの原則(図表8)で構成するアセットオーナー・プリンシプルが定められた。本プリンシプルは、アセットオーナーがそれぞれの置かれた状況に応じて受益者等に適切な運用の成果をもたらすことができるよう、原則主義(プリンシプルベース・アプローチ)を採用している。法的拘束力はないが、その趣旨を確認し、十分に検討した上で、その趣旨に賛同し、本プリンシプルを受け入れるかどうか判断することが期待される。
近年、年金基金や保険会社は、運用資産の一部を外部の資産運用会社等に委託する傾向を強めている。外部アウトソースのニーズは、運用対象の多様化や専門性の確保、コスト効率化、ガバナンス強化などが要因と考えられる。
金融庁が公表する「資産運用サービスの高度化に向けたプログレスレポート 2025」によると、日系大手社の外部委託運用の割合は増加傾向にある。国内株式・債券領域では大きな変化はみられないが、プライベートアセット等のオルタナティブ資産については、海外資産運用領域での高い外部委託比率に加え、国内資産運用領域についても大きく上昇している。オルタナティブ資産への投資は、伝統的資産と比較して留意すべき項目が多く、ノウハウ習得や体制整備など相応の負担がかかる。そのため、外部委託ニーズが増加しており、この流れは今後もみられるだろう(図表10-1、10-2)。


2. 具体的な対応事例
「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2024年改訂版」(令和6年6月21 日閣議決定)において、GPIF や共済組合連合会等の9主体(※1)については、受益者に対する責任と市場等の発展について求められる役割を果たすため、他のアセットオーナーの参考となるような取り組みが期待されている。これらの公的アセットオーナーについては、アセットオーナー・プリンシプルの受入れに加え、運用対象資産の多様化の推進、スチュワードシップ活動への取り組み、運用担当責任者(CIO)の設置を含めた専門人材の登用・育成等を盛り込んだ取り組み方針の策定・公表や、定期的な進捗状況の公表をしている。
今後、図表8で示したアセットーナープリンシプルの各原則に対して、アセットオーナーにて議論されるであろうトピックスとして図表11のような例が考えられるが、その対応手法は年々多様化している。例えば、資産運用に関する戦略策定から実際の運用、モニタリングまでの一連の業務を外部のコンサルティング会社や運用会社などの専門家に包括的に委託するOCIO(アウトソースド・チーフ・インベストメント・オフィサー)への注目の高まりが挙げられる。
※1 ①年金積立金管理運用独立行政法人((GPIF))、②国民年金基金連合会、③国家公務員共済組合連合会((KKR))、④地方公
務員共済組合連合会、 ⑤日本私立学校振興・共済事業団、⑥企業年金連合会、⑦勤労者退職金共済機構、⑧中小企業基盤
整備機構、⑨科学技術振興機構((JST))

3. 今後の課題と論点
アセットオーナーの範囲は、公的年金、共済組合、企業年金、保険会社、学校法人、大学ファンドなど幅広く、その規模や運用資金の性格に応じて各々が抱える課題はまちまちであるものの、以下のような環境変化への対応は、共通した課題と考えられる。
(1) インフレ・金利上昇
・ 世界的なインフレ圧力や中央銀行による金利引き上げにより、債券や株式などの資産価格が変動しやすく、従来のポートフォリオ戦略が機能しにくいため、リスク管理の難易度が上昇。
・ 市場環境変化に応じた運用目標設定・資産配分・リスク管理の必要性。
(2) 運用の複雑化
・ オルタナティブ投資やグローバル資産への投資など、新たな運用手法や商品が急速に拡大。これに伴い、資産配分やリスク評価のモデルが複雑化し、専門知識や高度な分析力などが求められる。
(3) ガバナンス強化要請
・ スチュワードシップ・コード等の普及により、資産運用における透明性・説明責任・コンプライアンスの強化が強く求められる。そのため、投資判断や運用プロセスにおけるガバナンス体制の整備が不可欠となり、内部管理の負担が増加。
(4) リソース不足
・ 運用の高度化やガバナンス強化に対応するためには、専門人材やテクノロジーの活用が必要であるものの、限られた人員や予算で対応を迫られており、戦略実行やリスク管理において負担の増加に繋がっている。
なお、上記に加え過去実施した年金事務局が抱える負担・課題に関する弊社アンケートでは、図表12 の通り、特に「後継者・運用専門人材」や「ファンド数増加に伴う管理負担」が上位に挙げられている。

Ⅳ. アセットマネージャーが取り組むべきこと
1. アセットマネージャーに求められる対応
政府は、2023年12月に(1)資産運用業の改革、(2)アセットオーナーシップの改革、
(3)成長資金の供給と運用対象の多様化、(4)スチュワードシップ活動の実質化、(5)対外情報発信・コミュニケーションの強化を柱とする資産運用立国実現プランを策定した(図表13)。
その中でも、アセットマネージャーが取り組むべき重要な項目としては、資産運用業への国内外からの新規参入と競争の促進であると考える。現状、日本において資産運用業の新規参入数は微増で推移しており、投資信託委託業者に至ってはほとんど横ばいである(図表14)。これは日本独自のビジネス慣行や参入障壁が高いことが主な要因となっている。


さらに日本の金融グループにおける資産運用規模もグローバルの金融グループと比較すると、必ずしも大きくない(図表15)。

これらを是正することや新規参入の促進を通じ、国内外の優れた資産運用業者や人材が日本市場に集まり、競争力を高めることで、良好かつ多様な商品やサービスが日本の投資家に提供される環境を築くことが可能となる。
ここで図表16 に、各国における2016 年と2025 年の資産運用会社数の比較を示す。著しく増加させているのがシンガポールである。これは2001 年頃からシンガポール金融管理局(MAS)が「金融センター戦略」を打ち出し、資産運用業の誘致を本格化した成果だと考えられる。シンガポールの取り組みは、我が国でも大変参考になるところが多い。
シンガポールでのこれまでの主な政策は、以下の通りである。
- 2006年:「Asset Management Initiative」開始。グローバル資産運用会社の拠点誘致を目的に、税制優遇や規制緩和を導入。
- 2019年:「Variable Capital Company(VCC)制度」発表。ファンド設立の柔軟性を高め、国際的なファンドハブを目指す。
- 2020年1月:VCC 制度施行。これが現在の資産運用特区政策の中核。
| 2016年 | 22025年 | 増加率(%) | |
|---|---|---|---|
| 米国 | 11,847 | 16,212 | 36.84 |
| 香港 | 1,224 | 1,926 | 57.35 |
| シンガポール | 639 | 1,179 | 84.51 |
| 英国 | 2,597 | 2,598 | 0.04 |
| フランス | 636 | 707 | 11.16 |
| ドイツ | 580 | 612 | 5.52 |
| 日本 | 352 | 454 | 28.98 |
※ 基準日は、欧州各国は2016 年12月末、2025年12月末、その他は、2016年6月末、2025 年6月末
(出所) 金融庁、米国証券取引委員会(SEC)、香港証券先物委員会(SFC)、シンガポール金融管理局(MAS)
欧州ファンド・アセットマネジメント協会(EFAMA)より三菱UFJ信託銀行作成
アセットマネージャーは、資産運用ビジネスを経営戦略上どのように位置づけるかを明確にするとともに、専門性の向上や運用人材の育成・確保等に取り組み、運用力向上やガバナンス改善・体制強化を図ることが重要である。こうした取り組みが、これまで十分な資金供給が行われてこなかったスタートアップ企業や上場後のグロース企業等への成長資金の供給につながると考えられる。
加えて、日本市場を活性化させることもアセットマネージャーとしての重要な役割である。上述の通り、シンガポールでの取り組みが参考にはなるものの、日本において、税制優遇や規制緩和、ファンド設立の柔軟性を高めるまでには、相応の時間を要するだろう。
そこで日本のアセットマネージャーとして、自らの運用能力の高度化とともにグローバルで優良な資産運用会社を選定・モニタリングをする態勢構築に取り組み、本邦投資家(アセットオーナー、個人)向けに、質の高い運用サービスを提供することが責務と考える。
2. 具体的な対応
前項においてアセットマネージャーが取り組むべき重要な項目としては、資産運用業への国内外からの新規参入と競争の促進であると述べてきたが、具体的な対応事例を紹介したい。
(1) ユニットトラスト(UT)を活用した投資スキーム
資産運用立国実現プランの1つにオルタナティブ投資やサステナベル投資などを含めた運用対象の多様化が掲げられている。オルタナティブ投資をする場合、伝統的資産とは異なり、以下の点から投資へのハードルが高いとされている。
- デューデリジェンスの難易度(運用者評価)
- 運用の複雑さ(キャピタルコール方式、流動性管理)
- モニタリングとリスク管理(四半期評価時のNAV 算定や外部評価機関の利用)
- 制度対応(資本規制・リスクウェート算出)
- 会計・税務・報告義務(FATCA、CRS、BEPS など税務対応、パススルー課税などの税務知識)
これらの課題を解決するスキームとして信託スキームを活用する事例が増えてきている。特に機動性や税務面の観点からケイマン籍のUT を採用するケースが一般的である(図表17)。
本スキームを活用することにより、本邦投資家は国内でもグローバルで優良な資産運用会社が投資するファンドへ間接的に投資することが可能となる。なお、アセットマネージャーがUT・SPC の運用者に就任することで上述のハードルの高い課題にも対応することができる。
一方、投資家によっては直接ケイマン籍のUT へ投資できない場合、投資家(委託者兼受益者)は信託銀行(受託者)と指定金外信託契約(ファンドトラスト)もしくは特定金外信託契約を締結し、当該信託契約からケイマン籍のUT へ投資することも可能である。

(2) ミドル・バックオフィス業務のアウトソース
資産運用立国タスクフォース報告書には、投資運用業務を行う上で必要となる主な機能として、(1)ファンド等の運営業務、(2)運用業務、(3)計理や法令遵守等に関する業務(いわゆる「ミドル・バックオフィス業務」)があるが、投資運用業の新規参入が伸びていない要因の一つとして、登録要件を満たすためのミドル・バックオフィス業務に関する体制整備の負担が重い点が指摘されている。また、運用指図権限のすべてを外部委託することができず(投資信託及び投資法人に関する法律第12条第1項、金融商品取引法第42条の3第3項)、ファンド・マネジメント・カンパニーのようなファンド運営機能に特化した業務ができない点が指摘されている。
報告書では、具体的な解決策として、「(1)適切な業務の質が確保された外部委託先へミドル・バックオフィス業務を委託し、原則として自らが金銭等の預託を受けない場合には、投資運用業の登録要件(資本金・体制整備等)を緩和する」としている(図表18-1)。それとともに「(2)上記ミドル・バックオフィス業務の全部又は一部を受託する事業者について、参入規制、行為規制(善管注意義務等)を課すとともに、当局による監督の対象とすることによって、業務の質を確保すること」が提言されている。さらに、「運用指図権限の全部委託を禁止する規定の見直しを行うことが適当である」とすることに加え、「委託先の管理について必要な制度等の整備を行うことも必要である」旨が提言された(図表18-2)。
上述の提言や資産運用立国実現プラン等に基づいて、2024年5月15日、金融商品取引法と投資信託及び投資法人に関する法律が改正された。現状、ミドル・バックオフィス業務に関して、信託銀行やコンサルティング会社等で様々なアウトソースサービスの提供がなされている。


3. 今後の課題と論点
資産運用立国の実現に向けた今後の課題と論点は、運用力向上と多様化が重要なキーワードになると考えられる。主なポイントは、運用人材の育成・確保、運用手法の高度化、新規参入の促進に集約される。
それぞれの課題と論点については、以下の図表19にまとめている。
| ポイント:運用人材の育成・確保 | |
| 課題 | ・高度金融人材や資産運用に関わる専門人材が不足 ・魅力的な報酬体系の整備が不十分による優秀人材が海外資産運用会社等へ流出 |
|---|---|
| 論点 | ・海外派遣や専門コース設定等、実践的育成プログラム構築への取組 ・サステナブルファイナンスや金融工学等、先端分野の教育機会拡充への取組 ・中長期業績連動の報酬体系導入・普及 |
| ポイント:運用手法の高度化 | |
| 課題 | ・オルタナ投資・アクティブ運用を支える高度専門性・知見の不足 ・ミドル・バックオフィス業務を含む運用 基盤システムの整備・高度化が海外資産 運用会社と比較すると劣位 |
|---|---|
| 論点 | ・外部委託による運用対象・戦略拡充において、社内知見活用と外部連携をいかに図るか ・ミドル・バック業務専門プラットフォーマーの登録制度など、 業務負荷・コスト軽減策の促進により、いかに運用業務への資源投入ができるか |
| ポイント:新規参入の促進 | |
| 課題 | ・日本独自のビジネス慣行や規制・制度上の参入障壁が存在 ・日本の税制優遇措置が他諸外国 (シンガポールなど)の税制優遇措置と比較すると劣位 ・行政手続き(商業登記、社会保険、ビザ取得など)が煩雑かつ英語対応が不十分 |
|---|---|
| 論点 | ・「資産運用フォーラム」を通じ、内外資産運用会社の規制・制度改革ニーズをどう吸い上げるか ・実効性のある税制優遇(法人税や所得税の減免)を実現し、国際競争力を高められるか ・英語で手続き完結可能な体制を、制度面でどう担保するか |
(出所) 三菱UFJ 信託銀行作成
Ⅴ.終わりに
本稿では、資産運用立国実現の実効性を高めるために、アセットオーナーとアセットマネージャーが取り組むべきことや課題等を整理し、政府が掲げた施策(法令・制度や仕組みづくり)を中心に述べてきた。
日本国民の金融資産を貯蓄から投資に振り向け、「成長と分配の好循環」を実現するためには、個人の資産形成だけではなく、企業も同様に貯蓄(内部留保)から投資(成長分野への投資)に振り向け、企業価値向上を図ることによる日本経済全体の成長を実現させることも不可欠であると考える。
(2026年2月9日 記)
※本稿中で述べた意見、考察等は、筆者の個人的な見解であり、筆者が所属する組織の公式見解ではない
【参考文献】
・金融庁(2023)、金融審議会「市場制度ワーキング・グループ」・「資産運用に関するタ
スクフォース」報告書
・金融庁(2025)、「資産運用業高度化プログレスレポート2025」
・内閣官房(2023)、資産運用立国実現プラン
・内閣官房(2023)、資産運用立国に関する基礎資料(資産運用業関係)
・内閣官房(2023)、資産運用立国に関する基礎資料(アセットオーナー関係)
・内閣官房(2024)、「アセットオーナー・プリンシプル」
・内閣官房(2025)、資産運用立国に関する取り組みについて
・日本銀行(2025)、資金循環の日米欧比較
・総務省(2020~2022)、労働力調査
・総務省(2025)、消費者物価指数 全国2025 年(令和7年)11月分
【図表6のデータに関する注記】
※家計金融資産は日本銀行、FRB、BOE、Bundesbank、Banque de France、シンガポール統計局の公表値
日本は2023年6月末、その他は2022年12月末の値を、その時点の為替レートにて換算
(1ドル=131.12円、1ポンド=158.47円、1ユーロ=142,97円)。
香港の家計金融資産は、UBS「Global Wealth Databook 2023」より、実物資産を含む総資産額を使用
※資産運用業者数は、金融庁、香港証券先物委員会(SFC)、シンガポール金融管理局(MAS)、
欧州ファンド・アセットマネジメント協会(EFAMA)の公表値。
日本は投資運用業(適格投資家向け投資運用業、適格機関投資家等特例業務、海外投資家等特例業務は除く)
香港はType9(Asset management)、シンガポールはregistered/licensed fund managers、
フランス・ドイツは、それぞれの国で登録されている事業者数。英国はEFAMAによる推計値。
日本は2023年8月末の値。米国・香港・シンガポールは2022年、英・仏・独は2021年の値を使用。
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