稲葉 俊喜

稲葉 俊喜
三菱UFJ信託銀行
資産運用部 債券インデックス運用課 調査役

2017年3月 千葉大学大学院融合科学研究科修士課程修了
同年4月 りそな銀行入社
ファンドマネージャーとして債券インデックスファンドの運用業務に従事。
2024年8月 三菱UFJ信託銀行入社
前職と同様に債券インデックスファンドの運用業務に従事。

堀井 亮太

堀井 亮太
三菱UFJ信託銀行
資産運用部 債券インデックス運用課

2021年3月 慶應義塾大学大学院理工学研究科修士課程修了。
同年4月 三菱UFJ信託銀行株式会社に入社。
国内株式のクオンツ運用業務を経て、2023年4月よりファンドマネージャーとして債券インデックスファンドの運用業務に従事。

Ⅰ.はじめに

1990年代終盤に大規模な金融緩和政策が導入されて以降、日本では30年近く低金利環境が続いてきた。当初、年金運用の一般的なポートフォリオの中心は国内債券であったが、国内債券の期待収益率が低下し、予定利率の確保や分散投資の強化の視点から外国債券への投資ニーズが拡大してきた。

2010年代前半には、ヘッジコストの低下に伴い、為替ヘッジ付き外債(以下、ヘッジ外債)投資が「円債代替」として活用されるようになった。2016年の日本銀行(以下、日銀)によるマイナス金利政策の導入以降、年金基金の運用でヘッジ外債投資が活発化した。しかし、コロナ禍以降、日銀が金融緩和政策を維持するなか、各国中央銀行はインフレを抑制するために急速な利上げを実施した。金利上昇によるキャピタルロスに加え、内外金利差の拡大に伴うヘッジコスト上昇の煽りを受け、ヘッジ外債の収益率は円債投資に大きく劣後することとなった。

足元では、2024年に日銀がマイナス金利政策を解除し、さらなる利上げが見込まれている。これに対し、欧米の中央銀行は、インフレ対応が一服したことで政策金利を中立金利付近まで引き下げる見通しとなっている。依然、ヘッジコスト考慮後の利回りは多くの国において国内債券がヘッジ外債を上回っているものの、今後の金融政策次第ではヘッジコストが縮小し、投資妙味が再度逆転することも十分考えられる。ヘッジ外債投資についての理論や過去のパフォーマンス動向を整理し、今後に備えて頭の体操を始めるには良いタイミングではなかろうか。

Ⅱ. ヘッジ外債投資の仕組みおよび理論

過去のパフォーマンス動向を分析する前に、ヘッジ外債投資の収益の源泉を整理し、円債との比較を行う。

1. 収益の源泉

まず、債券投資の収益について考える。一定期間、債券に投資を行った場合、あらかじめ設定されたクーポン利率に応じた投資期間分のクーポン収入(インカムゲイン)と、債券の価格変動によって発生するキャピタルゲイン/ロス1を得ることができる。

1 債券のキャピタルゲイン/ロスは債券価格の金利感応度である修正デュレーションと金利変動幅𝛥𝑟を用いて以下のように近似できる。

外国債券への投資では、為替リスクも発生するため、収益は債券収益率𝑅債券と為替収益率𝑅為替を使って以下のように表される

この式は以下のよう分解できる。但し、債券収益率および為替収益率が十分に小さいときには第3項の複合要因による収益率は無視できる。

続いて、為替ヘッジについて考える。年金運用で最も一般的な方法は、フォワード(為替予約)取引を使って為替変動リスクをヘッジする手法である。フォワード取引とは、あらかじめ定めた将来期日に受渡を行う取引であり、ヘッジ外債の場合には、投資する外国債券の為替エクスポージャーに対して、ヘッジ対象部分の為替を売り建てることで為替エクスポージャーを相殺する。フォワード取引で用いられる為替レートは、将来期日での交換レートとして、直物為替レート(S:スポットレート)に将来日付までの調整を加味した先物為替レート(F:フォワードレート)が利用される。後述するが、この調整によって生じるコストのことをヘッジコストと呼び、フォワードレートおよびヘッジコストは以下のように表すことができる。

以上より、ヘッジ外債の収益は、外債投資とフォワード取引による為替エクスポージャーの相殺によって下記のように表すことができ、債券(金利)収益とヘッジコストが主な収益の源泉であることが(2-1-6)式から分かる2

2 債券の時価変動を受けてヘッジ比率が日々変動するため、為替ヘッジをした場合にも為替リスクを完全に取り除くことはできない。このような要因をヘッジエラーと呼び、(2−1−6)式下から2段目の𝑅債券×𝑅スポット為替の項がこれに相当する。

2. カバー付き金利平価と通貨ベーシス

(2-1-6)式ではヘッジ外債投資の収益構造を整理した。ここでのヘッジコストは、理論的にはカバー付き金利平価(CoveredInterestParity,以下、CIP)の考えに基づいて、内外金利差によって決まるとされている。しかし、実際の市場では通貨間の需給(通貨ベーシス)などにより理論的に説明できないケースが多く、実務上のヘッジコストは理論的な金利差に通貨ベーシスを加えて評価する必要がある。以下で、CIPと通貨ベーシスについて説明する。

CIPに基づくと、完全に為替ヘッジを行った場合、ヘッジ外債投資で得られる収益は円債投資の収益と一致する。この理論では、裁定機会が存在しないと仮定したとき、為替のフォワードレートは2つの選択肢への投資収益が等しくなるように決定される。これを、国内外のリスクフリー資産(短期金利)にそれぞれ1年間投資した際の投資収益を例に説明する。

ある投資家が、国内のリスクフリー資産に投資した場合、期末に国内のリスクフリー金利(𝑖𝑑)分の収益を得ることができ、期末の価値は(1+𝑖𝑑)となる。

対して、外国のリスクフリー資産に投資する場合、国内通貨をスポットレート(𝑆𝑓⁄𝑑)で外国通貨に換え、1年間外国のリスクフリー金利(𝑖𝑓)で運用する。また、期末までの為替変動リスクをヘッジするために、期初時点で1年後に期日が到来する外国通貨売り/国内通貨買いのフォワード契約を締結する。このフォワード契約で締結されるフォワードレートを𝐹𝑓⁄𝑑とすると、外国のリスクフリー資産に投資した場合の期末の価値は、𝑆𝑓⁄𝑑(1+𝑖𝑓)(1⁄𝐹𝑓⁄𝑑)と表される

これら2つの投資スキームはどちらもリスクフリーであるため、同じ投資収益となる。したがって、裁定機会が存在しないと仮定すると、以下の平価式を得ることができる。

(2-2-1)式を整理すると、フォワードレートは以下のように表され、両辺をスポットレート(S𝑓⁄𝑑)で割ることで、前述のヘッジコストを表すことができる。

外国市場で国内市場よりも高い金利が得られる場合(if > id)、国内通貨のフォワードレートはスポットレート対比で高いレートで価格付けされ、外国通貨は高い外国市場の金利を相殺するよう低いレートで決まることを表しており、ヘッジコストは国内のリスクフリー金利(id)が十分に小さいとき内外のリスクフリー金利(短期金利)の差に近似できる。

なお、1ドル150円といった円ベースでの為替レートを採用する場合には、(2-2-3)式の添え字はf:日本、d:米国となるため、ドル円を例にとって記載するとヘッジコストは円ベースでは以下のようになる。

CIPでは、裁定機会が存在しないことを前提としてフォワードレートを導いているが、実際には通貨ベーシスが加味される。通貨ベーシスは様々な要因が絡んでおり一概に説明することは難しい。主な要因としては、期末・年末の証券会社のバランスシート制約、企業の決算期における特定通貨の需要の高まりといった季節性がある。さらに、金融危機や地政学リスクの高まりから生じる信用リスク懸念による流動性の低下、そして、市場参加者の偏りといった構造的な要因なども影響する。したがって、実務上は内外金利差に通貨ベーシスを加えた以下の表記が一般的である。

今後の説明のために円ベースに書き直すと下記になる。

3. 投資期間の不一致によるヘッジ外債投資と円債投資の収益差

円債代替としてのヘッジ外債投資の収益を考える際、CIPが成立しない要因として投資期間の不一致も挙げられる。CIPにはリスクフリー資産への投資期間と為替フォワードの先渡し日数が等しいという前提が含まれている。しかし、実際の運用では債券の投資期間と為替フォワードの期間が異なるケースも多い。

為替フォワードの期間については、1年を超える長期の為替フォワード契約はカウンターパーティリスクが高く、デリバティブ取引の標準契約であるISDAマスター契約3や付随する担保管理が必要となる。そのため、実務では短期(1ヵ月や3ヵ月)での契約を、期日が到来するたびにロールオーバーする運用が一般的である。

3 ISDA(International Swaps And Derivatives Association)が作成している契約書の標準フォーマット。基本契約書、個別契約書、定義集および担保契約書などの付属文書で構成される。通常、複数のデリバティブ取引を行う場合、取引条件は取引ごとに締結するが、ISDA マスター契約により、それらを1つの契約としてまとめる(ネッティング)ことができる。取引先の破綻時にはすべての取引を期日前に清算・相殺し、差額決済を行うため、個別契約に比べてカウンターパーティリスクを削減することができる。

しかし、年金運用では投資期間の長さから、残存1年以上の債券に投資する場合が多い。大手インデックスプロバイダーが発表している外国債券インデックスでも、為替ヘッジの計算には1ヵ月の為替フォワード契約が用いられているが、インデックスの採用銘柄の多くは残存1年以上となっている。

このように、債券への投資期間と為替フォワード契約の期間に不一致が生じるとCIPの前提が崩れる。さらに、フォワード契約をロールオーバーするときのフォワードレートは、その時々の金利環境や需給に応じて変動するため、理論的なヘッジコストとは乖離が生じる。

また、CIPは債券を満期保有することで金利差と為替ヘッジコストが一致することを前提としているため、投資期間より債券の残存期間が長い場合には金利変動に伴うキャピタルゲイン/ロスが発生し、理論上の裁定関係が崩れる可能性がある。

ヘッジ外債の国内債券に対する超過収益率(以下、𝐴𝑐𝑡𝑖𝑣𝑒𝑅)は下記のように整理ができる。ただし、𝑅外国債券については外国債券の現地通貨建ての収益率とする。

(2-2-6)式を(2-3-1)式のヘッジコストに代入すると、以下の式で表すことができる。

国内債券と外国債券の収益は長期金利の水準と変動で決まり、ヘッジコストは内外の短期金利差によって決まる。これらに通貨ベーシスを加味したものが超過収益となる。

(2-3-2)式を利回りの形に直し、ヘッジコスト考慮後の内外利回り差(∆𝑌𝑖𝑒𝑙𝑑)について考えると、以下のように整理できる。

(2-3-3)式はヘッジコスト考慮後の内外利回り差が通貨ベーシスと内外それぞれの長短金利差の格差によって決まることを示している。したがって、イールドカーブの形状が不変とすると、外国債券のイールドカーブの傾きが国内債券に比べて大きい局面では、ヘッジ外債の収益が国内債券を上回ることが期待できる。

なお、実務においては、日々の債券の値動きや日次で積み上がる経過利息に対して正確に為替ヘッジをコントロールすることは現実的に難しく、ヘッジエラーによる要因も収益差として発生する。

Ⅲ.ヘッジ外債のパフォーマンスと要因分析

本章では、Ⅱ章で整理した理論に基づきヘッジ外債のパフォーマンス4要因分析を行う。構成として、まず為替ヘッジ付き米国債の円ヘッジベース収益率の動向および要因を説明。次に円債代替の観点から日本国債との比較を行い、最後にG10通貨に分析対象を拡げる。

4 以下の分析における債券の収益率の算出の際には、月末にカレント債を購入し翌月まで保有し続けたものとし、為替ヘッジについてもヘッジ期間は1ヵ月として、毎月末に月末時点の債券時価相当分の為替フォワードの売りポジションを構築することとする。

1. 為替ヘッジ付き米国債の動向

図表1、図表2は、2009年12月末から2025年9月末にかけての米10年国債のドルベース、円ヘッジベースの累積収益率とその間の米10年国債利回り、米政策金利の推移である。

図表1をみると、ドルベース、円ヘッジベースともに2010年代前半にかけては収益率が大きくプラスとなり、2010年代半ばにはやや落ち込むものの再度上昇した。しかし、2020年以降では大きくマイナスとなった。図表2の米10年国債利回り(以下、米長期金利)の推移と見比べると、両者ともに金利低下局面ではプラス、上昇局面ではマイナスとなっている。

ドルベースと円ヘッジベースの収益率を比較すると、2010年代半ばから乖離が目立ち、特に2022年以降は円ヘッジベースがドルベースに対し大きくアンダーパフォームした。この乖離は主にヘッジコストによるものである。

図表1:米10年国債の累積収益率
図表1:米10年国債の累積収益率
(注)収益率は月次収益率を使用。
算出期間は 2009 年 12 月末から 2025 年9月末
出所:Bloomberg より三菱 UFJ 信託銀行作成
図表2:米長期金利と政策金利の推移
図表2:米長期金利と政策金利の推移
(注)政策金利については FF 金利誘導目標の上限金利を使用
出所:Bloomberg より三菱 UFJ 信託銀行作成

次に、米10年国債の円ヘッジベース収益率を①キャリー要因5と②キャピタル要因、③ヘッジコスト要因の3要因6に分けてパフォーマンス動向を説明する。

5 ここでのキャリー要因はⅡ章におけるインカムゲインに相当する。レポ等を活用して資金調達して債券投資をする場合には、利払いや経過利息の変化に加え、調達コストを考慮した数値を用いることが多い。
6 上記の3要因で説明できない要因をその他要因としている。本稿の分析では月中に債券時価が大きく変動した場合にはヘッジエラーが大きくなるケースがある。後述の分析においてもその他要因の大半はヘッジエラーとなっている。

なお、本稿ではキャリー要因は期中の利払いと経過利息の増加による収益とし、自国通貨建て債券の収益率のうち、キャリー要因以外の部分をキャピタル要因とする。

図表3に、折れ線で円ヘッジベースの累積収益率を、上記3要因およびその他要因を積み上げグラフを用いて示す。キャリー要因は一貫して右肩上がりで推移し、ヘッジコスト要因は右肩下がりで安定的に推移している。キャピタル要因は時期によってまちまちであり、2010年代前半は右肩上がりで推移したものの、2020年後半以降は低下傾向となっている。

図表3:為替ヘッジ付き米国債の累積収益率と要因分析
図表3:為替ヘッジ付き米国債の累積収益率と要因分析
出所:Bloomberg より三菱 UFJ 信託銀行作成

以下で、各要因について整理する。

① キャリー要因

図表4に、年次のキャリー要因と米長期金利の推移を示す。キャリー要因が米長期金利に概ね連動して推移していることが確認できる。また、米長期金利が恒常的にプラス圏で推移したことから、キャリー要因についても分析期間を通じてプラスとなっている。

図表4:キャリー要因と米長期金利
図表4:キャリー要因と米長期金利
出所:Bloombergより三菱 UFJ 信託銀行作成

① キャピタル要因

図表5に、累積のキャピタル要因と米長期金利の推移を示す。

FRBが量的緩和政策を実施していた2010年代前半や、2019年から2020年前半にかけての利下げ局面では長期金利も低下しており、キャピタル要因はプラスに寄与した。一方で、パンデミック後のインフレ抑制を背景とした2022年から2023年にかけての利上げ局面では長期金利も上昇し、キャピタル要因はマイナスに影響した。

図表5:キャピタル要因と米長期金利
図表5:キャピタル要因と米長期金利
出所:Bloombergより三菱 UFJ 信託銀行作成

③ ヘッジコスト要因

ドル円のヘッジコストは、(2-2-6)式の通り日米の短期金利差と通貨ベーシスの2要因により説明される。

図表6にヘッジコストを2要因に分けて示し、図表7には通貨ベーシスの推移を示す。

国内では、金融緩和政策の影響により短期金利が長期にわたって0%またはマイナス圏で推移してきた。これに対し、米国では金融危機対応による量的緩和の導入やその後の金融政策正常化に向けた動き、パンデミックによる経済危機やその後のインフレ抑制などにより短期金利は大きく変動してきた。図表6にて観察される2010年代後半や2022年以降の日米短期金利差の拡大・縮小は、主に米短期金利の変動によるものである。

図表6:ヘッジコストの要因分析
図表6:ヘッジコストの要因分析
(注)短期金利は、2021年12月末以前は1ヵ月物LIBORを使用、以降は1ヵ月物OISを使用して算出
ヘッジコストは1ヵ月物のフォワードレートから算出
出所:Bloombergより三菱UFJ信託銀行作成

図表7にて確認できる通貨ベーシスの水準は、2010年代半ばから後半にかけてマイナス方向に拡大したが足元では縮小傾向にある。また全期間を通じて、短期的にマイナス方向に急拡大する局面が繰り返しみられる。これは、四半期末や年度末などのドル需要の高まりによるベーシスの拡大を示している。2010年代後半に比べると、足元では突発的なベーシス拡大の頻度は減っているものの、依然として年末などは拡大傾向にある7

7 LIBOR廃止に伴い本稿の分析においては2022年以降の短期金利として各国のリスクフリーレートを参照金利としたOISを利用している。LIBOR-OISスプレッドに起因して、それぞれのレートから算出された通貨ベーシスの水準についても乖離が生じるため、LIBOR廃止前後の通貨ベーシスを比較する際には注意が必要である。

以上より、ヘッジコスト要因は、2010年代前半はマイナス方向への小幅な影響となったものの、2010年代半ばから後半にかけてマイナス幅を拡大し、2022年以降は特に大きくマイナスの影響を与えている。

図表7:通貨ベーシスの推移
図表7:通貨ベーシスの推移
出所:Bloomberg より三菱 UFJ 信託銀行作成

為替ヘッジ付き米国債の動向について総括すると、全期間を通じてキャリー要因は米長期金利に連動してプラス寄与、ヘッジコスト要因はマイナスに影響した。キャピタル要因は米長期金利の変動をうけてプラス、マイナスどちらにも影響を与えた。結果として、累積収益率は2010年代を通して右肩上がりで推移したが、パンデミック後の急速な金利上昇局面ではキャリー要因を上回るキャピタルロス、および、ヘッジコストの拡大により縮小に転じた。

2. 為替ヘッジ付き米国債と日本国債のパフォーマンス比較

ここからは円債代替の観点から、為替ヘッジ付き米国債投資と日本国債投資を比較する。なお、ここまで為替ヘッジ付き米国債の収益を3要因に分けて説明したが、日本国債との比較を容易にするために為替ヘッジ付き米国債のキャリーはヘッジコストと合算してヘッジコスト考慮後のキャリーとして扱う。また、利回りについても同様に米国債の利回りとヘッジコストを合算してヘッジコスト考慮後の利回りとして扱う。

したがって、ヘッジ付き米国債と日本国債の収益の差は以下のように①キャリー要因、②キャピタル要因に分解できる。

  • ① キャリー要因 = ヘッジコスト考慮後キャリー要因 − 日本国債キャリー要因
  • ② キャピタル要因 = 米国債キャピタル要因 − 日本国債キャピタル要因

図表8には、米10年国債の円ヘッジベースの累積収益率と日本の10年国債の累積収益率を示す。図表9には、日本国債に対するヘッジ付き米国債の超過収益および、その要因をキャリー要因、キャピタル要因、その他要因に分けて推移を示す。

図表8の累積超過収益率をみると2010年代は概ねプラス圏での推移となっているが、2020年代はマイナスに転じている。また図表9では、キャリー要因は2010年代半ばまでは右肩上がりで推移しているものの、その後横ばいとなり、2022年以降は右肩下がりとなっている。キャピタル要因は2010年代後半と2020年代にマイナスの影響を与えていることが確認できる。

図表8:日米 10 年国債の累積収益率
図表8: 日米 10 年国債の累積収益率
(注) 超過収益率は日本国債に対するヘッジ付き米国債の超過収益率
出所:Bloomberg より三菱 UFJ 信託銀行作成
図表9:超過収益率の要因分析
図表9: 超過収益率の要因分析
出所:Bloomberg より三菱 UFJ 信託銀行作成

以下では①キャリー要因、②キャピタル要因についてそれぞれ説明する。

① キャリー要因

図表10には、ヘッジコスト考慮後の日米利回り格差と年次のキャリー要因の推移を示し、図表11には、日本および米国の長短金利差の推移を示す。また、図表12、13では日本と米国の2009年、2014年、2019年、2024年の年末時点のイールドカーブを示す。

図表10より、キャリー要因は、ヘッジコスト考慮後の利回りと日本国債の利回りの格差に連動していることが確認できる。また、(2-3-3)式よりヘッジコスト考慮後の日米利回り格差は、米国および日本の長短金利差と通貨ベーシスの3要因に分解できる。

図表10:キャリー要因と日米利回り差
図表10:キャリー要因と日米利回り差
出所:Bloomberg より三菱 UFJ 信託銀行作成

そこで、寄与が大きい米国の長短金利差と日本の長短金利差について、図表12、13で示す日米のイールドカーブの形状に基づいて説明する。2009年末は、日米ともに短期金利は0%程度であったが、米国の長期金利が日本に比べて高水準であったことから長短金利差も米国の方が大きかった。2014年末にかけては、日米ともに長期金利主導によるイールドカーブのフラット化8が進んだ。2019年末にかけては米国では短期金利の上昇によりフラット化が進む一方、日本では長期金利主導でフラット化が進んだ。米国が相対的に大きくフラット化したことから、長短金利差の格差は縮小した。2024年末にかけては、米国はカーブ全体が大きく上方にシフトした一方、日本は長期金利主導でスティープ化しており、長短金利差の格差はマイナス圏まで縮小している。

8 長期債の利回りが短期債に対して相対的に低下することをイールドカーブがフラット化、長期債の利回りが短期債に対して相対的に上昇することをイールドカーブがスティープ化すると言う。

図表11の長短金利差の推移をみると、米国は2009年末が最も高く4%近い水準であったが、長期金利の低下および短期金利の上昇を受けて2010年代後半には長短金利差が一時的にマイナスとなっている。これは、短期金利が長期金利を上回る逆イールドと呼ばれるカーブの形状であったことを示している。2022年以降の利上げ局面では恒常的に逆イールドが続いていたが、足元では解消されつつある。対して日本は、全期間を通じて概ね0%から1%の間での安定的な推移となった。

以上より、日本の長短金利差は分析期間を通じて緩やかな動きとなっていたが、これに対して、米国は急峻なイールドカーブを形成していた時期もあれば、逆イールドを形成していた時期もあり、主に米国がドライバーとなり日米長短金利差の格差がキャリー要因に影響を与えていたことが確認できる。

図表11:長短金利差推移(日・米)
図表11:長短金利差推移(日・米)
出所:Bloomberg より三菱 UFJ 信託銀行作成
図表12:国債イールドカーブ(日本)
図表12:国債イールドカーブ(日本)
出所:Bloomberg より三菱 UFJ 信託銀行作成
図表13:国債イールドカーブ(米国)
図表13:国債イールドカーブ(米国)
出所:Bloomberg より三菱 UFJ 信託銀行作成

② キャピタル要因

図表14にキャピタル要因とヘッジコスト考慮前の日米長期金利差の推移を示し、図表15には日本と米国の長期金利の推移を示す。

キャピタル要因は日米長期金利差の変化により説明でき、図表14を見ると長期金利差が縮小すると超過収益にプラス寄与し、拡大するとマイナスに影響していることが確認できる。

日本の長期金利は、2010年代前半は低下基調で推移し、2016年にマイナス金利付き量的・質的金融緩和が導入されると一時マイナス圏に沈んだ。その後も日銀の政策は長短金利操作(イールドカーブ・コントロール、以下YCC)付き量的・質的金融緩和へと枠組みの変更が図られ、長期金利は0%程度での推移が続いた。そのため、図表15から分かるように、2010年代後半の日米長期金利差の推移は米長期金利の動きによって概ね説明される。2022年以降は、YCCの上限の段階的な引き上げや撤廃、金融政策正常化に向けた動きを受けて日本の長期金利が上昇したことを主因に日米長期金利差は縮小に転じた。

図表14:キャピタル要因と日米長期金利差
図表14:キャピタル要因と日米長期金利差
出所:Bloomberg より三菱 UFJ 信託銀行作成
図表15:長期金利推移(日本・米国)
図表15:長期金利推移(日本・米国)
出所:Bloomberg より三菱 UFJ 信託銀行作成

日本国債に対する為替ヘッジ付き米国債の超過収益について総括すると、キャリー要因については2010年代の半ばまでプラスに寄与した一方、米国のイールドカーブが逆イールドとなった2022年以降はマイナスに影響した。キャピタル要因は、今回の分析期間では円長期金利が総じて低水準で安定して推移していたことから、米国債単体の分析と概ね同様の傾向となった。結果として、超過収益率は為替ヘッジ付きの米国債の収益率と概ね同様の動きとなった。

3. 各国のヘッジ外債のパフォーマンス動向

ここからは分析対象をG10加盟国に拡張し、各国債券に為替ヘッジ付きで投資した収益率について分析する。図表16に、各国債券の円ヘッジベース収益率と①ヘッジコスト考慮後のキャリー要因、②キャピタル要因、③その他要因の3要因について年率換算した数値を示す。本分析期間では、イタリアやスイス、フランスなどヘッジコスト考慮後のキャリー要因が相対的に大きい国々が収益率の上位となっている。一方、カナダやオーストラリア、米国など、キャリー要因が相対的に小さい国々が下位となった。

図表16:各国の通期の収益率および各要因
図表16:各国の通期の収益率および各要因
(注):期間中の累積収益率、累積寄与度を年率換算して算出。算出期間は2009年12月末から2025年9月末
出所:Bloombergより三菱UFJ信託銀行作成

図表17では、分析期間を5年毎で分割し、各期間での円ヘッジベースの収益率と要因分析の結果を示す。

2010年代前半には、各国で長短金利差が開いた状態にあり、ヘッジコスト考慮後のキャリー要因が大きくプラスとなった。また、各国ともに長期金利が低下傾向にあったことからキャピタル要因についても大きくプラスとなった。

2010年代後半には、長期金利の低下を受けてヘッジコスト考慮後のキャリー要因は縮小したものの、依然としてプラスに寄与していた。ユーロ圏を中心に長期金利が低下しており、キャピタル要因についても全般的にプラス寄与となった。

2020年代前半は各国ともにキャピタル要因が大きくマイナスとなったことから収益率はマイナスとなっている。キャリー要因についても多くの国でマイナスとなっているほか、プラスの国々についても小幅なプラスにとどまっている。

足元、主要国では利下げが進んだ一方、国内では更なる利上げが見込まれており、総じて内外の短期金利差は縮小傾向にある。また、各国ともにイールドカーブがスティープ化しており、結果としてヘッジコスト考慮後のキャリー要因は各国でプラスに寄与している。一方、キャピタル要因については金融政策の方向感の違いや地政学要因などを受けて、各国で方向感が異なっている。

図表17:各国の期間別の収益率および各要因
2009年12月末~2014年12月末
2014年12月末~2019年12月末
2019年12月末~2024年12月末
2024年12月末~2025年9月末

(注):期間中の累積収益率、累積寄与度を年率換算して算出出所:Bloombergより三菱UFJ信託銀行作成

ここでヘッジコストについて1点補足する。日本では、多くの通貨に対するヘッジコストはマイナス圏で推移してきたため、一般的にヘッジ「コスト」という表現が用いられるが、内外の短期金利差および通貨ペア間の需給次第ではヘッジコストがプラスとなり得る。

図表18ユーロの対円でのヘッジコストの推移、図表19にスイスフランの対円でのヘッジコストの推移を示す。図表18ではユーロについては2010年代半ばから2020年初にかけてプラス圏での推移がみられ、図表19からスイスフランについても多くの期間でプラス圏での推移が確認できる。これらの期間ではヘッジコストがキャリー要因に対してプラスに寄与している。

図表18:ヘッジコスト推移(ユーロ円)
図表18:ヘッジコスト推移(ユーロ円)
(注)ヘッジコストは1ヵ月物のフォワードレートから算出
出所:Bloombergより三菱UFJ信託銀行作成
図表19:ヘッジコスト推移(スイスフラン円)
図表19:ヘッジコスト推移(スイスフラン円)
(注)ヘッジコストは1ヵ月物のフォワードレートから算出
出所:Bloombergより三菱UFJ信託銀行作成

G10加盟国での比較を総括すると、米国債と同様に2010年代前半にかけては各国債券のヘッジコスト考慮後利回りがプラスであった。この期間では、キャリー要因がプラスに寄与していることに加え、グローバルに金利低下傾向であったことから、キャピタル要因もプラスに寄与しており、ヘッジ外債投資においては良好な環境であった。しかし2020年以降の局面では、主要国の急速な金融引き締めを受けヘッジコスト拡大によるキャリーの縮小および、キャピタルロスの両面からヘッジ外債投資にとって厳しい環境であった。しかし、足元では日銀の金融政策正常化や、主要国の金融引き締めが一服し一部の国では利下げに転じたことなどを受けて、日本の収益率が相対的に低位となっている。

Ⅳ. 債券先物を活用した通貨ベーシス・コストの削減

最後に、ヘッジ外債投資の代替としての債券先物の活用についても簡単に触れたい。2010年代後半に、主にドル円の通貨ベーシス・コストの拡大が意識されるようになると、ヘッジ外債投資の代替手法として債券先物の利用が検討されるようになった。この手法のメリットとしては、通常のヘッジ外債の投資スキームに比べて、為替リスクのヘッジに必要な為替フォワードの量を大幅に抑えることができるため通貨ベーシス・コストを削減できることが挙げられる。本章では、債券先物とヘッジ外債の収益の源泉について比較する。

先物取引は、反対売買による差金決済が主流であり、原証券の受け渡しが行われることは稀である。差金決済では想定元本9相当の資金は必要ないため、証拠金を無視すると10円ベースでの外国債券先物の収益は以下のようになる。

理論先物価格11の定義から、債券先物の収益は受渡適格最割安(CheapestToDeliver)に該当する銘柄(以下、CTD)の債券収益率から調達コストを引いた分と概ね同等となる。そのため、債券収益率および為替収益率が十分に小さいと仮定し、実務に即して先物想定元本程度の円キャッシュを保有した場合は、外国債券先物の円ベース収益は以下のように近似できる。

ヘッジ外債投資に対する外債先物投資の収益の差(𝐴𝑐𝑡𝑖𝑣𝑒𝑅先物)は以下のようになる。

(4-1-3)式より、海外短期金利からCTDの調達コストと通貨ベーシスを引いた値が0を上回る場合に先物投資の方が有利となり、下回る場合にはヘッジ外債投資が有利となることが示唆される。そのため、通貨ベーシスが深くマイナスに沈む期末や年末といった局面では先物投資によるヘッジコスト削減の効果が高まると考えられる。

ただし、債券先物は各国それぞれ限られた償還年限の銘柄しか存在しないため、先物がない年限やイールドカーブ全体をカバーするためにはポジションの複製精度が低下する。また、限月交代に伴うロールオーバーコスト、市場環境によりCTD債券が入れ替わるリスク、受渡期日付近になっても先物価格がCTD価格に収束しないリスクなど、現物債投資とは異なる懸念点もある。したがって、債券先物を活用する際には、通貨ベーシス・コストや調達コストなどの市場環境に加え、上記のような実務制約を勘案し、戦略的に使い分ける必要がある。

9 先物価格×取引枚数×で計算される、先物のみなし時価
10 必要証拠金比率は想定元本の数パーセント程度であるが、追証対応などを避けるためにも証拠金は余裕を持たせる必要がある。そのため、実務では差入証拠金分に対して為替フォワードによりヘッジを掛ける必要があり、証拠金比率を A とすると(4-1-2)式は次のようになる。

11 理論先物価格は CTD の先渡価格𝐹𝑜𝑟𝑤𝑎𝑟𝑑𝐶𝑇𝐷と CTD のコンバージョン・ファクター𝐶𝐹𝐶𝑇𝐷を用いて以下のように定義される。

Ⅴ.終わりに

本稿では、まずヘッジ外債投資の収益率に関する理論、並びに円債代替としての機能について説明した。その後、2009年末以降のパフォーマンスについて要因分析を行った。

債券運用においては、キャリー収益が主要な収益源との一つである。ヘッジ外債投資においては、ヘッジコスト考慮後のキャリーがこれに相当しヘッジコスト考慮後の利回りが高い国、すなわち長短金利差が相対的に大きい国へ投資することで、より高い収益の獲得が期待できる。特にヘッジコストがプラスとなる通貨ペアについては、通常の債券利回りに上乗せしたキャリーの獲得が期待できる。

2009年末から足元にかけての長期間のパフォーマンスで見ると、ヘッジコスト考慮後利回りが高い国への債券投資が国内債券への投資と比較しアウトパフォームしていた。しかし、金利水準が大きく変動する局面では、キャピタルゲイン/ロスが大きくなることから、各国の金融政策等、金融市場の先行きを踏まえた判断が必要である。

近年は、ヘッジ外債投資にとって厳しい市場環境が続いていたものの、足元では主要国通貨のヘッジコストの縮小を受けてヘッジコスト考慮後利回りはプラス圏に上昇している。また、日本国債との比較でもヘッジコスト考慮後利回り差のマイナス幅は徐々に縮小し、フランスやイタリアなど一部の国では既にプラスに転じている。キャリーの観点からみればヘッジ外債への投資妙味は徐々に改善していると言える。

実際の投資国判断や、国内債券投資との選択においては非常に多くの要素を考慮する必要があり、その意思決定は容易ではない。本稿のような要因分析や、各要因に関する今後の見通しを検討することは投資判断における一つの切り口になると考える。

本稿が、投資家の皆さまの資産運用の一助となれば幸いである。
(2025年11月19日記)

※本稿中で述べた意見、考察等は、筆者の個人的な見解であり、筆者が所属する組織の公式見解ではない
【参考文献】
・寒川宗穂太郎[2020]『現物国債市場における海外投資家の投資行動』日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.20-J-4.
・杉本浩一・福島良治・松村陽一郎・若林公子[2023]『スワップ取引のすべて第6版』、金融財政事情研究会.
・東短リサーチ株式会社(編)、加藤出(編集代表)[2019]『東京マネー・マーケット第8版』、有斐閣.
・ブルース・タックマン[2016]『債券分析の理論と実践改訂版』四塚利樹・森田洋(訳)、東洋経済新報社.
・野村フィデューシャリー・リサーチ&コンサルティング株式会社(編)[2025]、『債券運用と投資戦略第5版』、金融財政事情研究会.
・Johnson, Nicholas・Kerpel, John・Kronstein, Jonathan[2017]『UnderstandingTreasury Futures』CME Group.

本記事は三菱UFJ信託銀行が公開する「資産運用情報」の転載記事です。

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