東京外国為替市場の参加金融機関で構成する東京外国為替市場委員会は2015年4月、為替ディーラーの行動規範をわかりやすくまとめた「外国為替取引ガイドライン」を作成した。取引先との「情報共有」のほか、「取引執行」「指標」「公示(公表)相場」について、具体例とともに「できること/できないこと」を明確にしている点が特徴。同委員会は今後、ガイドラインの勉強会などを開催して為替ディーラー一人ひとりのモラル(倫理)向上を促し、東京外国為替市場の健全な成長につなげたいとしている。

OTC取引を支えるモラル

BIS(国際決済銀行)の2013年公表データなどによると、世界の外国為替市場の取引高は1日平均で約5兆3000億ドル(約630兆7000億円。1ドル=119円)にのぼる。近年の外国為替取引ではインターネット取引が急拡大しているが、取引金額が大きかったり、戦略的な取引を行ったりする場合は、企業や運用会社といったバイサイドと取り扱い金融機関であるセルサイドのそれぞれの担当者が電話でやり取りするOTC(相対)取引が多い。

そのため、外国為替市場の公正性、流動性、透明性は、為替ディーラーをはじめとした参加者一人ひとりのモラル(倫理)に寄るところが大きいといえるだろう。ところが2013年、外国為替市場の指標の一つ「WM/ロイター」をめぐり不正疑惑が浮上。複数金融機関の為替ディーラーが顧客の持ち高などの情報を共有し、自分たちの利益になるようにWM/ロイターを操作しようとしたとして、欧米大手銀行のうち数行に巨額の罰金が科された。

この不正操作疑惑を受けて、G20(20カ国財務相・中央銀行総裁会議)の下部組織にあたるFSB(金融安定理事会)は2014年9月、外国為替指標に関する報告書を公表した。同報告書は、WM/ロイターとECB(欧州中央銀行)参照レートの決定メカニズムに言及するとともに15の提言を掲載。その一つとして、外国為替取引において遵守すべき事項を「Code of Conduct(行動規範)」で細かく定めるように促す項目が盛り込まれた。

「Code of Conduct」の補完版

東京、ニューヨーク、ロンドン、ECB、カナダ、オーストラリア、香港、シンガポールの8大為替市場には、それぞれ当該市場の代表的な金融機関で構成する外国為替市場委員会があり、各委員会はFSBの意向に沿った取り組みを展開している。三菱東京UFJ銀行シニアフェロー金融市場部長の岩垂廣親氏が議長を務める東京外国為替市場委員会では、FSBの報告書が発表される以前から「Code of Conduct-外国為替取引に関わる行動規範(2013年版)」を作成・活用していた。しかし、取引実態に即した行動規範と市場慣行をさらに分かりやすく示す必要から、2015年4月に「外国為替取引ガイドライン」をまとめた。

「今回まとめたガイドラインは、『Code of Conductの補完版』との位置づけだ。Code of Conductは11章63条から成り、法令遵守の徹底から管理体制強化まで幅広い分野をカバーしている。一方、ガイドラインは、為替ディーラーが日常的に特に注意すべきと思われる項目に焦点を当てた結果、全体でも5章14条とかなりコンパクトな構成となっている」(岩垂氏)

Code of Conductは基本的な行動規範集のため、「取引相手との間においては、公正な取引維持の観点から、良識と節度を持った関係を維持すべきである」など概念的な表記が多い。

その点、ガイドラインでは、「情報共有」「取引執行」「指標」および日本独自の慣行である「公示(公表)相場」(仲値)の4項目について、目指すべき行動ルールとともにそれぞれ具体例を添えた。例えば、取引先から入手したオーダー情報に関しては、「『120.15にUSD売りオーダーがあります。』 × →オーダーの具体的水準を伝えてはならない。」と明記した。

為替市場参加者に広く周知

岩垂氏は、「ガイドラインには、取引先との情報共有や取引執行などについて『できること/できないこと』を明確にした上で解説を付した。各為替ディーラーは、ガイドラインの具体例を参考にCode of Conductの精神が体にしみつくまで深く理解し、秒単位の判断でディールする中においても常に正しい行動が反射的にとれるようになってほしい」と強調する。

東京外国為替市場委員会では、今後、セルサイドのみならずバイサイドの関係者にもガイドラインの内容を含めたセルサイドの行動様式を理解してもらうべく、さまざまな機会を通じて広く周知に努める方針だ。同委員会の概要やCode of Conductなどは同委員会ホームページ(http://www.fxcomtky.com/)で確認できる。

Code of Conduct小委員会委員長に聞く

「できること」で東京市場の健全な成長を後押し

「外国為替取引ガイドライン」作成の実務をリードした、東京外国為替市場委員会Code of Conduct小委員会委員長の大西知生氏に、完成までの経緯や工夫した点を聞いた。

今回のガイドラインがユニークなのは、「できないこと」に加えて、「できること」の具体例も記した点だ。一例を挙げると、取引先から入手したオーダー情報に関しては、「『119円台前半/半ば/後半にUSD売りオーダーがあります。』 ○→具体的水準ではないため可。」とした。禁止事項ばかり並べた“べからず集”では、為替ディーラーが取引に対して委縮してしまい、東京外国為替市場から活気が失われ、ひいては流動性が低下する恐れがある。

「できること」をガイドラインに明記することにより、為替ディーラー一人ひとりが自信をもって取引に臨めるようになり、Code of Conductやガイドラインの最終目標である「市場の健全な成長」につながると考える。

ガイドラインの取りまとめにあたっては、バイサイドの製造業、商社、外国為替証拠金取引、アセットマネジメント、保険の関係者とも打ち合わせを重ねた。業界別に1時間30分から2時間程度話し合いを重ね、ニーズや要望をうかがった。外国為替取引はセルサイドとバイサイドの双方の信頼関係がベースだ。

今後も、ガイドラインを活用しながら、東京外国為替市場の持続的な発展に力を注いでいきたい。

■「外国為替取引ガイドライン」に明記されている具体例(一部)

取引先名の特定・推定可能な情報
▶「○○産業がUSD/JPYを買いました。」
× → 取引先名を伝えてはならない
▶「海外勢がUSD/JPYを買いました。」
○ →“海外勢”という言葉から取引先名を想定することはできない場合は可。

取引金額・取引水準・ポジション
▶「弊社の取引先はUSDを100mio買いました。」
× → 具体的取引金額を伝えてはならない。
▶「弊社の取引先は相当量USDを買いました。」
○ → 相対的な量で具体的金額が推測できない場合は可。

オーダー等の執行
▶取引先からUSD売り100mioのオーダーを受けた時に、ディーラーがそのオーダーの執行に先立ち、取引先と同一又は有利な価格で自己のポジションのUSD売りを行った。
× → ディーラーのUSD売りにより、取引先の利益が損なわれた。
▶取引先からのUSD売りオーダーを受けた時、ディーラーの市場カバー水準と異なる執行レートを提示した。
○ → 銀行等が引き受けている市場リスク・コストなどを執行レートに反映することは可。

※ガイドラインには、「情報共有」「取引執行」「指標」「公示(公表)相場」についてそれぞれ具体例が掲載されている。