• 米国の財政リスクでドルを買ってはいけない
  • 是正されるべき60%のドルの過大評価
  • 2010年代以降の構造的なドル高円安転換
  • 重要視される“Buy Japan Corporation” Campaign
  • 回避すべき日本経済破綻へのリスクシナリオ

筆者は、メインシナリオとして、今後、ドル円相場は緩やかな円高傾向をたどり、それは日本の国益にかなうと考えている。

米国の財政リスクでドルを買ってはいけない

梅本徹
J-MONEY論説委員
梅本 徹

円キャリートレードに主導されたドル高円安相場は、すでに終わりを迎えたと考えられる。2023年10月13日に発表された米国10月のコアCPI(食品・エネルギーを除く消費者物価)は前年比4.1%と、ほぼ2021年半ばの水準まで低下した。

にもかかわらず、米国債10年物利回りは、2023年10月3日に4.8%台と2007年8月以来の高水準まで上昇、ドル円相場は同日に2022年10月来の150円台を付けている。財政リスクによる米国債利回りの上昇はドル安要因であるにもかかわらず、ドルが買い進められたことは決して正当化されない。

さらに、10月5日の資金需給から判断して10月3日には円買い介入が実施されなかった公算が高い中、同日はごく短時間にドルが3円程度急落した。このような現象は、長期間継続したドル高相場が終了するときにあらわれる典型的な兆候である。

是正されるべき60%のドルの過大評価

図表は、1980年以降の日米のユニット・レーバー・コスト(単位当たりの労働コスト。時間当たり賃金/労働生産性)から算出したドル円相場のフェアバリューと実際のドル円相場をみたものであるが、現在、ドルは60%程度過大評価されていることがわかる。

【図表】日米のユニット・レーバー・コストによるドル円相場のフェアバリュー
日米のユニット・レーバー・コストによるドル円相場のフェアバリュー
出所:OECD(経済協力開発機構)、Fed(米連邦準備制度)

同様の乖離は1980年代前半にも生じていたが、それは1985年のプラザ合意を契機とした米国の為替政策の転換によって是正された。今後のドル高是正が、政策転換や中国の金融不安が世界に波及することによる質への逃避といった何らかのショックによって急激にもたらされるのか、あるいはより緩やかなものになるのかは今のところ定かではない。ここでは、後者について考えてみる。

2010年代以降の構造的なドル高円安転換

2010年以降、1971年のニクソンショック以降継続してきた米国による通商円高圧力の消滅、日本の「成熟した債権国」への転換、安倍政権による円高是正政策、東西分断によるわが国の地政学的リスクの増大等の構造的なドル高円安要因によって、ドル円相場のフェアバリューからの乖離は、2011年のマイナス30%程度から2017年にはプラス20%程度まで是正された。

ここでは、2010年以降、ドル円相場が1970年代以降の長期的な円高の時代から、すでに構造的な転換を果たしたことを認識する必要がある。

重要視される“Buy Japan Corporation” Campaign

さらに、2021年以降には、日米金利差に着目した円キャリートレードによって、ドル円相場の乖離は、現在のプラス60%まで拡大した。これは、日本が、海外からみて高度な技術力と発達したインフラを備えた優秀な労働力を極めて安価に提供する国へと転換したことを意味する。

その結果、今後、継続的に潤沢な対内直接投資の流入が期待され、それによってもたらされる生産性の上昇を伴った賃金の上昇と円高によって、ドルの過大評価は緩やかに解消されていく可能性が高い。この観点からは、すでに議論が始まっているように、政策的に対内投資の促進を図ること(“Buy Japan Corporation” Campaign)は極めて重要である。

すなわち、1995年に当時のルービン米財務長官が1985年以来のドル安政策を転換し、「強いドルは国益」と唱えたように、今後、岸田政権にとって「強い円は日本の国益」となろう。

回避すべき日本経済破綻へのリスクシナリオ

一方、もしこの60%のドルの過大評価が日本のユニット・レーバー・コストの上昇のみによって是正されるとすれば、日本の時間当たり賃金が労働生産性上昇率を超えて長期間わたり大幅に上昇することを意味する。

その結果、日本の産業競争力は著しく低下し、最悪のケースでは、日本経済が賃金と物価のスパイラル的な上昇に伴われたハイパーインフレによって株と国債が暴落し、財政破綻に至る公算が高まる。この場合、ドル円相場はさら上昇するであろう。日本の政策担当者が万難を排してこのようなリスクシナリオの回避を図るべきことはいうまでもない。円安はもはや日本の国益とはならないのである。