全国ビジネス企業年金基金 × ヌビーン・ジャパン 相場の緩やかな転換点にあるいま、リバランスの機会を見落とさない
金融政策の見通しが交錯する中で、企業年金基金の運用において気に留めておくべき点は何か。設立から50年以上の歴史を持ち、500以上の中小事業者が加入する全国ビジネス企業年金基金(しっかり貯まる企業年金®)の運用執行理事である木口愛友氏とTIAA(米国教職員退職年金/保険組合)の資産運用部門であるNuveen(ヌビーン)の日本法人の代表者、鈴木康之氏が適切な国際分散投資について意見を交わした。
政策余力による米国の安心感
企業年金基金の運用責任者として、昨今の運用環境をどう見ていますか。
木口 少し大きな視点で話をします。コロナ禍をきっかけとした世界各国の量的緩和は、悲劇の不況を防いだ面で明確な効果があったと思います。ただ、緩和の縮小を巡っては各国の舵取りにかなりの差が生じました。初めに引き締めに動いたのは米国です。教科書的に金利を引き上げ、貨幣の回収を続けた米国の行動は評価でき、余力を持たせたことにより地銀の破綻時にも機動的に対応できることを証明しました。投資家の安心感が株価のバリエーションの高さにつながっています。一方で日本は依然としてカネ余り状態で、次の手が打てない弱みを抱えたままです。また、欧州は各国で事情が異なるため、日本と同様、様子見と捉えています。
根強いインフレは市場にも大きな影響を与える要素ですが、いわゆる「ルイスの転換点」を超える労働力不足が米国はもとより中国でも生じている状況で、必要な人材を集めるためのコストによる値上げはしばらく続くと見ています。加えて、米国では個人の貯蓄額が日本の倍以上あり、資産効果から消費意欲を高めています。政策によりインフレをある程度抑えこむことはできるでしょうが、デフレの世界には戻らないと思います。
マルチ・ブティック型の資産運用会社として、今後の市場環境と対応策をどのように捉えていますか。
鈴木 市場動向の見通しは、Nuveenも木口さんのお話の基本線と同様です。世界的なインフレも米国が一番先に落ち着き始めると考えています。金融引き締めによるドル高で輸入物価が大きく低下したことに加えて、懸案だった帰属家賃の上昇幅も低下したことなどから、今春以降はだいぶ落ちついてきた印象です。
ただ、雇用は底堅く、インフレ率はコロナ禍前よりも高い水準で収れんするのではないでしょうか。金融引き締めが終わり、利下げ局面に転じる時期は2024年後半にずれこむ可能性も想定しています。すでに金利やインフレは企業収益に影響し、米大手企業をはじめとして利益成長率は大きく低下している状況です。こうした中で、ハードランディングにならずとも、今後は緩やかな失業率の上昇と金利の低下が続くと考えています。このような経済・市場環境下では政策当局が方針転換を行う明確なタイミングをつかみづらくなりますが、焦る必要はありません。ただ、リバランスの機会を見落とさないように注意は必要です。
プライベートクレジットへの関心
オルタナティブ資産を含めた運用ポートフォリオの状況と足元での検討課題について聞かせてください。
木口 しっかり貯まる企業年金®では、国際分散投資による運用を徹底していますが、個別の投資対象となると現物株式といったストレートな資産は少なく、むしろオルタナティブ資産が中心です。従って、オルタナティブ資産をいかに分散させるかといった視点で物事を考えています。設立52年で年率4.6%の運用を続けていて、現状はそれなりのキャッシュを持ってポートフォリオを静観しています。
今後の取り組みですが、債券性資産は突き詰めると、格付けの高い地方債といった長期債と短期金利プラスアルファのプライベートクレジットの組み合わせでよいかと考えています。株式性資産は米国市場が芳しくない局面がきたら補充する機会と捉え、ちょっと濃い目なオルタナティブ資産に投資することを考えています。たくさんの事業者が参加する企業年金である都合上、年金の支払いが必要な時間軸に応じて4つの投資ホライズンで資産を配分する手法を採っています。新しく参加する事業者は若い会社様が多く、15年以上先といった超長期の投資資金による運用の拡充を重視する方針です。
機関投資家のお客様の投資動向については、どのように捉えていますか。
鈴木 債券に関しては、親会社であるTIAAでも長期は米国地方債や投資適格社債などの高格付け債券、短中期はプライベートクレジット、ハイイールド社債などに分散して投資しています。日本の機関投資家市場においては、為替ヘッジコストの急上昇に加えて、保険会社について為替ヘッジコストを基礎利益に含める算定方法の改定といった影響もあり、ヘッジ付き外債から円債への動きが強まっていることが新たなトレンドです。日本株においては、円安、他の先進国市場対比での割安感、東証による上場企業への資本効率・利益率などの改善要請、為替ヘッジプレミアムによる追加リターンの期待などから、海外投資家による底堅い需要は続いていくとみています。オルタナティブ資産では木口さんのお話にあったように、変動金利かつ有担保で、為替ヘッジ後でもプラスのインカムゲインが期待できるプライベートクレジットに比較的資金が集まっています。
中長期での農地・森林領域
注目している投資アセットや運用手法について紹介してください。
木口 プライベートエクイティのセカンダリーや不動産関連のディストレス投資などのファンドを通じたリアップを軸に足元は検討しています。その他、機動的にモデルを変えるクオンツによる株式運用は相場の激変期は効果的である印象です。実際に株価が大きく下がった際にはむしろインデックスファンドでよい気がします。長期や超長期での運用では、非上場株式や農業関連投資に注目しています。普段からさまざまな資産運用会社と接し、市場の状況などを確認していますが、Nuveenのように幅広いラインアップを有する運用会社は投資家が投資商品を乗り換える際の視点も理解できるため、鈴木さんやNuveenの方々との対話はとても参考になります。
鈴木 四半期での解約が可能なプライベートクレジットも登場しており、流動性の観点からもオルタナティブ資産への投資制約を設けている基金様におかれましては検討に値すると思います。市場動向の観点では不動産は調整が進み、物流、住宅などセクターによっては魅力的な水準でエントリーできるタイミングが来つつあると感じます。また、その他に私たちが注力する資産クラスとして、農地・森林が挙げられます。例えば農地投資は、食料問題の解決にもダイレクトに貢献でき、大規模化や技術革新が進む中で中長期にわたって資産としての価値向上が期待できます。
最後に、今後の展望やJ-MONEYの読者に向けたメッセージを聞かせてください。
木口 私たちにとって国際分散投資は受託者責任であり、義務でもあります。企業年金基金は、少しずつでもよいのでオルタナティブ資産への投資を始め、分散を追求することを忘れずにいてもらいたいと思います。これは巨大なアセットオーナーである銀行の方々にもジレンマを持って伝えたい話です。
鈴木 前述のように緩やかな景気後退が進み、調整する局面は新たな分野への投資を始めやすいタイミングです。リバランスの時期がつかみづらい面はありますが、だからこそ見落とさないような事前の検討や準備がより重要だと考えています。