世界的なインフレの進行とともに急速に進んだ利上げによって、債券市場には大きな転換(=パラダイムシフト)が発生している。過去の市場とは何が異なっているのか、そして、転換後の世界ではどのような戦略が有効なのだろうか。ラッセル・インベストメントの金武伸治氏とキャピタル・グループの華村啓陽氏を招き、パラダイムシフトが起きた債券市場を整理すると同時に、債券投資のアイデアや為替ヘッジの考え方について議論していただいた。

セミナータイトルにもあるパラダイムシフトについて、いったい債券市場の何が変わったのでしょうか。

華村 啓陽氏
キャピタル・グループ
インベストメント・ディレクター
華村 啓陽

華村 これまでの環境は「ニューノーマル」と呼ばれ、低金利・低ボラティリティを特徴としていました。こうした環境は2000年ごろから始まり2008 年に加速しましたが、この時期には非伝統的な金融政策が導入され、リスクオフ局面が訪れるたびに追加の緩和策が講じられてきました。そのため、市場は予測可能なものとみなされ、ボラティリティが低下していきました。

翻って現在は高インフレ時代を迎えようとしており、ニューノーマルの構図が崩れたといえます。インフレの背景には労働市場の構造変化やグローバリゼーションへの逆風があり、将来に対するインフレ期待が高まったため中央銀行の姿勢も硬化しました。かつては「FRBプット」と呼ばれたほど、ショックが起こるたびに緩和が進みましたが、現在は高インフレの定着を危険視するあまりにそれが困難になっています。

そのため、過去と比べて金利水準は高まり債券市場のボラティリティは上昇するでしょう。また、直近までマイナスだったタームプレミアムやリスクプレミアムも上昇が想定されます。

金武 引き締め的な金融政策が行われる環境では株式・債券ともにボラティリティが高まり、為替のヘッジコスト上昇も招いています。パラダイムシフト下の債券運用を考えると、株式との分散や利回りの獲得がより一層重要な視点になるでしょう。

パラダイムシフトが起きている債券市場においては、どのような戦略が有効でしょうか。

金武 伸治氏
ラッセル・インベストメント
コンサルティング部
エグゼクティブコンサルタント
金武 伸治

金武 株式との分散と利回り享受の2つの側面に対応する運用方法を考えると、前者は長期国債、後者は短期クレジット債券が有効です。

長期国債投資については、すでに米国金利は十分な金利低下余地を持っていますから、今後の景気後退局面で株価が下落する際には金利低下による分散効果が期待できます。短期クレジット債券投資については、利回りを確保しつつ、デュレーションを短期化することによって、ボラティリティや株式との連動性を低減させることが狙いです。

短期クレジット債券の有効性についてもう少し解説しましょう。米国BBB格社債のイールドカーブを見ると、ベースとなる米国国債では逆イールドが発生しており、短期のほうがむしろ利回りが高い状況です(2023年4月末時点、以下同様)。このため短期社債の利回りには投資妙味があり、2年、10年ともに5.2%となっています。

加えて、デュレーションを短期化することでボラティリティは大きく低減され、株価感応度も半分程度に抑えられます(図1)。さらに、優秀なアクティブマネジャーを採用すれば、ネガティブ銘柄を排除することも目指せます。長期国債と短期クレジット債券のバーベル運用によって、利回りを確保しながらボラティリティの高まりにも対応できるのです。

図1 クレジット債短期化の有効性

図1 クレジット債短期化の有効性

華村 私は債券ポートフォリオの中で何に注目すべきかという観点から投資アイデアをご紹介します。2021年時点のグローバル債券市場では、国債の利回りが1%を下回っている国や地域が半数以上で、利回りがマイナスの市場も全体の16%を占めていました。2023年になるとその景色は一変し、1%以下の割合は22%まで減少しており、3%を超える国や地域が55%を占めるという高金利環境へと移り変わっています。

世界的な金利上昇に伴い、債券ポートフォリオにはどのような変化が生じたのでしょうか。グローバル債券総合を35%、グローバル社債20%、米国ハイイールド債券25%、エマージング債券(米ドル建て)20%という債券ポートフォリオを仮定し、利回りとリスクの推移を確認します(図2)。まず利回りについては、2017年時点で3.5%程度の水準ですが2023年には6%程度も獲得できるようになっています。一方でリスクは2017年で4%を下回る程度から、2023年には倍近い7%ほどに上昇しています。

図2 ポートフォリオへの影響

図2 ポートフォリオへの影響図

これらは、債券ポートフォリオの資産配分を見直すべき時期に差し掛かっていることを示唆しているのでしょう。収益目標が変わらないのであれば、コア債券だけでも十分な利回りが獲得できる環境になっているのです。

また、この転換期はテールリスクにも注意が必要だということは、直近の市場動向を見ていても明らかです。そのため、市場のさまざまなイベントに対してもうまく切り抜けられる柔軟性が求められますが、これには一般的に債券アンコンストレインド戦略が想起されます。しかし、コア債券としての性質を有している必要がありますから、投資目的や運用アプローチに透明性が担保されていることが条件になります。

当社グループではコア債券を柔軟に運用できる戦略として、コアプラス・トータルリターン債券運用戦略と、グローバル・トータルリターン債券運用戦略を提供しています。前者の特徴はベンチマークを設定していること、クレジットリスクをほぼ取らないこと、金利リスクを柔軟に動かすことで、200bps程度の超過収益を目指す戦略です。

後者はベンチマークは設定せず、リスクバジェットを基本としてブルームバーグ・グローバル総合インデックスと同程度のボラティリティを維持しながら、広範な債券市場から魅力的な投資機会を発掘することを目指します。いずれもベンチマークやリスクバジェットを設定することで透明性を担保し、リスクをコントロールしながら超過収益を獲得するための柔軟さを持ち合わせています。

有効な戦略だということは理解できましたが、国内の投資家にとっては為替のヘッジコストの高止まりが悩ましいです。

華村 現在は長期金利よりも短期金利のほうが高く、長期債に投資してもそれを上回るコストを支払わなければならない状態です。そのため債券投資の魅力は低く、長期債の利回りがヘッジコストを上回ったタイミングで投資するのが望ましいと考えるのが一般的ではないでしょうか。ただし、トータルリターンに注目することで、その考え方も変わるかもしれません。それを示したものが図3です。

現在のような高コスト時(図3、投資タイミングA)は、高いキャリーを長期間得られるため、ヘッジコストを支払っても高いトータルリターンが得られます。低コスト時(図3、投資タイミングB)で投資した場合は、投資開始時からリターンが積み上がるのですが、相対的に低いキャリーからエントリーすることになってしまい、タイミングAに比べてトータルリターンは低くなります。ヘッジコストが高いといっても利下げに転じれば比較的短期間で低下しますから、債券投資を考える際にはトータルリターンにも目を向ける必要があるでしょう。

また、現時点では利上げ停止から利下げまでがある程度視野に入ってきており、長期債の利回りは比較的魅力的な水準にあります。このタイミングで投資を始めて、ヘッジコストの低下と金利低下によるリターンを長期にわたって享受するという考え方もできるのではないでしょうか。

図3 為替ヘッジコストと債券利回り:投資タイミングによる差
図3 為替ヘッジコストと債券利回り:投資タイミングによる差
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金武 私はヘッジコストそのものにフォーカスを当ててみます。2023年4月末時点のドル円のヘッジコストは5.4%で、為替リスクは10%程度と言われていますから、5%以上のコストをかけてヘッジしていることになり運用効率が低下しています。外債運用では為替のフルヘッジが一般的ですが、運用効率という観点では、利上げ期、高ヘッジコスト期、利下げ期、低ヘッジコスト期のサイクル局面によって最適なヘッジ比率が異なります。

まず利上げ期においては、債券価格は下落しますが利上げ国の通貨は上昇する傾向にあります。そこで、この局面ではヘッジ比率を下げ、債券の下落を通貨の上昇で分散するのです。また、利上げが進んだ高ヘッジコスト期では、ヘッジコスト低減の観点でヘッジ比率を低く保ちます。

その後に来る利下げ期では、ヘッジ比率を上げて株式の下落を債券の上昇で分散します。そして利下げの終了が見えてきた低ヘッジコスト期も高いヘッジ比率を維持して、為替リスクを低減することが理想的です。このように考えると、フルヘッジだけが唯一の正解ではなく局面ごとに異なった解が見えてきます。

とは言え、企業年金が局面に合わせてヘッジ比率を上下させるのは現実的ではありませんから、為替オーバーレイ戦略などを活用した、サイクルに応じた為替ヘッジ比率の動的管理を検討する余地があるでしょう。

投資リスクについて 当資料に記載されている有価証券運用は、国内外の株式及び債券などの値動きのある有価証券等に投資するものであり、組入有価証券の価格の下落や、組入有価証券の発行者の業績悪化や倒産、国内もしくは国際的な政治・経済情勢、市場の需給関係等の影響により、運用資産の投資価値が下落し、損失を被ることがあります。従いまして、投資家の皆様の投資元本は保証されているものではなく、投資価値の下落により損失を被り投資元本を割り込む可能性があります。当運用における主要リスクには、有価証券等の価格変動リスク、為替変動リスク、金利変動リスク、信用状況の変動リスク、カントリーリスク、有価証券先物取引等のリスク等、グローバル運用における通常のリスクに加え、新興諸国市場投資に伴うリスク(政治・社会的不確実性、決済システム等市場インフラの未発達、情報開示制度や監督当局による法制度の未整備、為替レートの高い変動、外国への送金規制、税制等)、低格付け債券のリスク(デフォルト、金利変動に対する価格変動等)等があります。

ご負担いただく費用について 当資料に記載されている投資一任契約に係る運用報酬は以下の通りです。①直接投資を行う運用の場合:0.990%(税込)を上限とします。②外国籍投資信託を用いた運用の場合:投資信託に係る運用報酬、投資一任契約に係る報酬などの総計は1.200%(税込)を上限とします。また、組入有価証券の売買時に発生する売買委託手数料等については、運用状況や取引量に応じて変動するものであり、事前に具体的な料率や金額、上限または計算方法等を示すことができません。その他、特定(金銭)信託契約に係る管理報酬を信託銀行にお支払いいただくこととなりますので、その詳細につきましては信託銀行にご確認ください。

キャピタル・グループ

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※本記事は2023年5月25日に実施した「オルイン オンラインセミナー」の内容をもとに再構成しました。