マクロ経済 日銀は「通貨の番人」か「名ばかりの独立」か
高まる金融政策への政治的圧力

経済調査部長 チーフエコノミスト
藤田 亜矢子
米国ではトランプ政権下でFRB(米連邦準備理事会)の政策決定への圧力が続いているが、同様の動きが日本でも生じ始めている。2025年10月に高市早苗政権が誕生したことで、日銀の金融政策正常化が妨げられるのではないかという懸念が高まった。実際、高市政権は物価高対策を最優先の経済政策課題に掲げる一方、日銀の政策決定に経済成長への配慮を強く求めている。

この圧力の背景には、インフレが一過性であるとの政府の認識があるのだろう。これは日銀による「2026年度前半にはインフレ率が2%を下回る」との見通しとも一致する。政府は物価上昇の原因を供給ショックに求め、物価高には減税やエネルギー・教育費などの補助金による価格引き下げで対応する方針だ。つまり、日銀の見通しが正しければ、政府の物価高対策の効果も合わさってインフレ率は今後数カ月で1%台半ばまで低下するはずだ。
我々はこの見方には懐疑的だ。政府は過去3年近くにわたり同様の政策を実施し、医療費や公共運賃などの公定料金の引き上げも先延ばししてきた。これによって表面上のインフレ率は抑えられてきたが、それでもインフレ率は3%程度で高止まる強い物価基調が続いている。最近では構造的な労働市場のひっ迫を背景に、賃金上昇が価格に転嫁される動きも見られ始めた。インフレは一過性の供給要因だけでは説明できない。
この見方はGDP(国内総生産)統計が示す堅調な成長とも整合的だ。2025年半ばまでの4四半期の平均前年比実質GDP成長率は1.7%と、潜在成長率とされる0%台半ばを大きく上回る。
しかし、それでも国内経済に高揚感が欠けるのは、インフレの高止まりによって消費者センチメントが抑制される中、格差が拡大し続けていることが背景にあるのだろう。この状況下で本来採るべき政策は、異例に低い実質金利を引き上げる金融緩和の縮小と、格差を縮小する財政施策の組み合わせであり、インフレ基調をさらに押し上げる財政・金融緩和ではない。
長期的な円の信認低下リスク
過去数十年に中央銀行の独立性が重視されるようになった背景には、政府による過度な金融政策への介入が経済に悪影響を及ぼした過去の経験がある。1970~80年代には、政府が財政赤字を補うために中央銀行に通貨発行を強要するなど、政治的動機で拡張的な政策を求めて金利政策に干渉した結果、インフレが制御不能となり、経済の安定が損なわれる事例が世界各国で見られた。
日本でも、1990年代のバブル崩壊後の金融危機や長期デフレを経て、中央銀行の独立性の必要性が強く認識され、1998年の日銀法改正につながった。これにより、法的には政府からの直接的な指示や介入を受けずに、日銀が金融政策を運営できる体制が整えられた。
しかし、日銀はこれまで、実際に独立性が試される局面に直面してこなかった。デフレ下では、インフレ率を引き上げたい日銀と、景気を刺激したい政府の思惑は一致しており、対立はほぼなかった。しかし現在、日銀法改正から四半世紀以上を経て、日銀は政府との政策的対立の可能性に初めて直面している。目先の景気刺激とインフレ抑制は基本的に両立しないため、日銀は難しい政策判断を迫られている。
日銀が法的に与えられた独立性を守るのか、それとも独立性を十分に発揮せず政府の顔色をうかがう「名ばかりの独立」に陥るのかは、今後の大きな注目点となる。もし2026年もインフレが抑制されず、日銀が独立性のもとで本来求められる役割を果たせない場合、「通貨の番人」としての信頼を失い、中長期的な円の信認低下につながるリスクが高まる。











