澁谷 昂志氏 三菱UFJ信託銀行

澁谷 昂志
三菱UFJ信託銀行
オルタナティブ商品開発部オルタナティブ運用室総務企画G
上級調査役

2011年、三菱UFJ信託銀行入社。アセットマネジメント事業の商品・業務企画等を経て、2022年よりオルタナティブアセット運用部(現オルタナティブ商品開発部)にて、オルタナティブ運用に関する新商品・新規業務等の企画業務に従事。
日本証券アナリスト協会認定アナリスト。不動産証券化協会認定マスター。

Ⅰ.はじめに

日本のエンターテインメント(以下「エンタメ」)産業に対する注目が官民ともに増している。「ゴジラ.1.0」がアカデミー賞で視覚効果賞を受賞し、本年5月に開催された第78回カンヌ国際映画祭では日本作品が10作品上映された。また、最近ではエンタメに関する投資ファンド設立の動きもいくつかみられるようになった。一方、官では、内閣官房による「コンテンツ産業官民協議会」「映画戦略企画委員会」や、経済産業省による「エンタメ・クリエイティブ産業政策研究会」が開催されるなど、日本のエンタメ産業をいかに振興していくかについて議論が重ねられている。

また、エンタメ産業の市場規模に目を向けると、図表1の通り、日本の市場は約13兆円と世界第3位であり着実に成長している。世界第1位は米国、第2位は中国であり、これらの国々でも急激な市場成長が起きている。

このように、エンタメ産業に注目が集まっている一方で、本産業の概観についてまとまっている資料はそれほど多くはない。投資家がエンタメ案件をオルタナティブ投資資産として見ようとする際に、独特の業界用語も多く、業界や事業構造等の概要をまず理解するところで負荷や時間を要するのが現状である。このことが、投資対象アセットとしてあまり見做されていない一因ではないだろうか。また、一言でエンタメ産業といっても、実写映像、アニメ、出版物、音楽、ゲーム等の多様なジャンルが存在する上に、ジャンル毎に業界構造や事業特性等も異なっている。

そこで今回は、数あるエンタメのジャンルのうち、本邦の実写映画に的を絞り、金融の目線で筆者なりに概括して紹介したい。まずⅡ章で実写映画産業のバリューチェーンを俯瞰する。Ⅲ章では、実写映画を投資対象として見る場合のアセットとしての特徴や留意点等をまとめ、Ⅳ章で資金調達の手法を紹介する。最後のⅤ章に本稿のまとめを記述する。

図表1:世界のコンテンツ市場の規模の推移
図表1:世界のコンテンツ市場の規模の推移
(出所)内閣官房「コンテンツ産業官民協議会(第1回)・映画戦略企画委員会(第1回)」資料3 基礎資料 (同資料は株式会社ヒューマンメディア「日本と世界のメディア×コンテンツ市場データベース2024 速報版」を基に作成)

Ⅱ.実写映画産業のバリューチェーン

本項では以下の図表2を基に映画製作事業の流れを俯瞰したい。現在の映画製作は映画会社や配給会社、広告代理店、テレビ局、ビデオメーカー等の複数企業が出資する製作委員会方式(詳細後述)で行うことが一般的であることから、製作委員会方式を前提として記載する。

図表2:映画製作のバリューチェーン
図表2:映画製作のバリューチェーン
(出所)三菱UFJ信託銀行作成

1. 映像作品の完成までの工程

(1)原作の発掘・許諾取得

オリジナル企画ではなく、既にある小説や漫画、TVドラマ、ゲーム等を原作として映画製作をしようとする場合、まずはプロデューサー等が原作の発掘や映画化の許諾取得を行うところから始まる。このとき、交渉相手は原作者、又は原作者の窓口(代理人)としての出版社となる。

(2)企画開発(ディベロップメント)フェーズ

次に、ターゲット層や市場動向を踏まえて、監督・脚本家・メインキャスティング案や予算見積もり等の企画概要を固めた上で、資金調達や出資者間の調整、収支計画の具体化、各種権利関係の整理等を実施していく。脚本の開発(執筆)もこの段階で開始する。

(3)制作フェーズ

制作(※1)とは、映像作品を実際に撮影・編集し作品を完成させる工程である。制作フェーズは更に大きく3つの工程に分かれる。

①プリプロダクション(プリプロ)
制作決定の後、撮影開始までの間の準備期間を指す。出演者の決定(キャスティング)、制作チームの編成(スタッフィング)、撮影場所の探索(ロケハン)、協力会社・機材の手配、保険加入や各種打ち合わせ、脚本の完成等を実施し、スムーズな撮影に向けて準備していくこととなる。

②プロダクション
プリプロダクションで準備した内容に沿って、実際に撮影を実施するフェーズを指す。なお、ニュース等でよく使われる「クランクイン」という言葉はプロダクション工程の開始を、「クランクアップ」はプロダクション工程の終了を指す。
また、映画制作現場の労働環境等に関して、2022年に一般社団法人 日本映画制作適正化機構(「映適」)が設立され、各種ガイドラインが公表されている。撮影のスケジュール等の検討に関してはその点も意識する必要があろう。

③ポストプロダクション(ポスプロ)
撮影後、撮影した映像素材を用いて動画・音声の仕上げを実施し、作品を完成させる作業全般を指す。映像・音声の編集や色調の調整(カラーグレーディング)、VFX(視覚効果)や音楽・効果音等の付与等をこのフェーズで実施していくこととなる。特に昨今では、技術の進歩に伴いVFXの活用が活発になっている。

※1 映画産業では、「製作」と「制作」という言葉は、同じ音だが別の意味での使い分けがされている。「制作」は上記の通り映像作品を撮影・編集し完成させる工程を指す。一方で「製作」は原作発掘、企画開発、映像制作、劇場公開、二次利用という、映像ビジネスの一連の工程全体を指す。

2. 映像作品の完成後の工程

(1)劇場での上映

劇場上映に向けてはまず企画開発や制作の段階で、劇場への映画の流通を実施する「配給会社」を予め決定しておく。配給会社が劇場への営業やメディア等での宣伝等を実施した上で、劇場にて映画を実際に上映する。劇場による上映等の活動を「興行」と呼ぶ。
劇場の一日当たりの観客数(いわゆる「動員数」)は通常は公開直後が一番多くその後逓減していく。また、興行収入10億円以上を「ヒット」と呼ぶことが多いようである。

(2)二次利用

現在の映画事業の収入源は多岐にわたる。劇場での興行を一次利用と呼ぶのに対して、それ以外の形態での流通をまとめて二次利用と呼び、映像ソフト(ビデオグラムとも呼ばれる)の販売・レンタルやインターネット配信(インターネット配信事業者をOTT-Over The Top-事業者と呼ぶこともある)、放送(地上波、衛星、CATV)、マーチャンダイジング(グッズ販売等)、出版等がある。なお、日本における映画・映像の視聴媒体においてインターネット配信等の動画配信プラットフォームが約10年間で10倍近くに増加している点は、特筆すべき点であろう(図表3「有料動画」参照)。また、前述の通り、世界的なエンタメ市場規模の拡大傾向を踏まえると、日本国内だけでなく海外市場も視野にいれてビジネス展開を検討する重要性は、今後更に増していくことになると思われる。
一次・二次利用の時間的順番に関しては、一般的には劇場上映の後にビデオグラム(セル/レンタル)、有料放送・インターネット配信、TV放送といった順番で流通が行われることが多い。一方で昨今では、劇場上映と同時にインターネット配信を実施する、劇場での上映等は行わずにインターネット配信を主軸とする、など様々な流通パターンがみられるようになっている。

図表3:有料動画、映像パッケージの市場規模と興行収入の推移(日本)
図表3:有料動画、映像パッケージの市場規模と興行収入の推移(日本)
(出所)経済産業省「第4回 エンタメ・クリエイティブ産業政策研究会」資料4-2 業界の現状及びアクションプラン(案)について【映画・映像】(事務局資料(2))
(同資料は一般社団法人日本映像ソフト協会「映像ソフト市場規模及びユーザー動向調査」および一般社団法人日本映画製作者連盟公表資料を基に作成)

Ⅲ.実写映画への投資検討に際して

1. 映画製作における収支について

映画事業に対する投資を検討する際には、まず映画事業に係る収入・支出の構造について理解する必要がある。映像業界独特の収支項目・キャッシュフローがあるため、それについて留意する必要がある。

基本的には、映画製作の事業者にとって資金需要が一番高いのは劇場公開前の制作・広告宣伝等の段階であることから、企画開発フェーズで投資することを前提として記述する。

(1)Jカーブ効果

前述の通り企画開発のフェーズから投資を開始する前提に立った場合、プライべートエクイティ(以下「PE」)投資のように「Jカーブ効果」が発生することについて認識することが必要である。
Jカーブ効果とは、投資において、投資開始当初は収益の計上がなく、コスト負担の影響で収益・キャッシュフローがマイナスになり、その後の時間経過に伴い収益が上がることをいう。アルファベットのJの字に似ている曲線を描くことが名前の由来である(図表4)。PEファンドは一般的に当初数年の間に新規投資をしていくことからマイナスのキャッシュフローが先行するため、Jカーブ効果が発生する。

図表4:Jカーブ効果のイメージ
図表4:Jカーブ効果のイメージ
(出所)三菱UFJ信託銀行作成

映画製作においても、制作費や宣伝費、投資ビークルのコストの支払い等でマイナスのキャッシュフローが積み上がり、劇場公開の直前で「J」の字の底を迎える。上映開始後、一次・二次利用によって売上が立った後は、プラスのキャッシュフローが発生し投資を回収していくこととなる。

(2)キャッシュフローを見る上でのポイント

①劇場公開に係る収入・支出について
収支項目のうち、まずは劇場公開による収入・支出の仕組みについて述べておきたい。劇場での入場料による売上を興行収入(又は略して「興収」)と呼び、メディア報道でも興収ベースで発表されている。ここから劇場の取り分を除いたものを配給収入と呼ぶ。更に配給収入から、配給会社によるプリント費や広告宣伝費等(これを「P&A費」と呼ぶ)の立替があればそれを引いたうえで、配給会社の取り分を控除する。この残った金額が、製作・投資サイドの手元に残るキャッシュとなる(図表5)。

図表5:劇場上映に係る収入のイメージ
図表5:劇場上映に係る収入のイメージ
(出所)三菱UFJ信託銀行作成

②主な費用項目について
映画の製作に関する主な費用としては下表(図表6)のとおりである。

項目 内容
制作費 作品制作に必要な費用。主な内訳として企画開発費、プロデューサー報酬、原作使用料、監督報酬、脚本家報酬、キャスト費、スタッフ人件費、機材費、ロケ・スタジオ費、美術費、衣装・メイク費、VFX費、音楽費、保険費等がある。一番支出が多いのは撮影(プロダクション)に係るものだが、昨今はVFXの活用に伴い制作費に占めるポスプロの割合も上昇傾向である。なお、予算超過リスク(後述)に備えて一定程度の予備費を設定しておくことが一般的である。
劇場公開費用 上記①の通り。
各種印税 原作や監督、脚本、音楽等に関して支払う印税は、一次利用に関しては制作費に含まれるが、二次利用に関しては、利用者から収受したライセンス料から印税を別途支払うこととなる。
幹事手数料 製作委員会方式の場合、出資者の代表となる幹事会社は、原作使用や制作等に係る契約締結、権利処理、資金の調達・管理、映像著作権の管理など様々な業務を執行し、幹事会社はその対価として幹事手数料を収受する。出資者にとっては支出だが、幹事会社からすれば収入でもある。
窓口手数料 製作委員会方式の場合、出資者が取扱業務等に応じて二次利用者との間の契約や権利処理等の窓口会社となる。窓口会社は二次利用者と映像作品の利用許諾契約を締結してライセンス料を受け取り、当該業務の対価として窓口手数料を収受する。出資者にとっては支出だが窓口会社自身からすれば収入でもある。

(出所)三菱UFJ信託銀行作成

③映画製作における主な契約について
上記①、②の収入や支出は、当事者間の契約に基づいて発生することとなる。映画製作においては非常に多くの関係者が存在するため、締結する契約も多岐にわたる。一般的にどのような契約が締結されているかを把握しておくことは、投資検討の際に有用であると考えられるため、主な契約を以下図表7に列挙する。

図表7:映像製作に係る主な契約
契約の種類 内容
映画化に係る
原作使用許諾契約
原作者(又は出版社)との間で締結する、作品を映画の原作として使用するための契約。
出資に係る契約 制作等の資金とするために製作者と出資者との間で締結する契約。製作委員会方式では当該契約の中で幹事業務・窓口業務も規定することとなる。
印税に係る契約 原作や監督、脚本、音楽等に関して支払う印税に係る契約は、製作委員会の幹事会社が締結するケースや、制作会社が締結するケースがある。
映像制作委託契約 映像制作を行う制作会社との間で締結する、映画制作を委託するための契約。協力会社等との契約締結は制作会社側で実施する。
配給契約、
各種二次利用契約
完成した映画の一次利用・二次利用について配給会社や各利用者との間で締結する。窓口会社が存在する場合は、当該窓口会社が契約主体になるケースもある。

(出所)三菱UFJ信託銀行作成

なお、契約におけるエンタメ産業ならではのポイントの一つとして、著作権・著作者人格権が挙げられる。著作権とは、著作物を創作した著作者が得る財産権であり、上映・複製・頒布・公衆送信・翻案(映画化を含む)等の利用を許可する権利を指し、契約によって譲渡することが可能である。一方で、著作者人格権は著作者の人格的利益を保護するものであり、著作物に著作者名を表示するか否か等を決定できる氏名表示権、著作物について意図に反した改変をされない同一性保持権、著作物を公表する時期や方法を著作者が決定できる公表権がある。著作者人格権は著作者の名誉・声望を守ることを目的としており、著作権と違って譲渡不可能であり放棄もできない。映画製作の実務では、原作の映画化に係る許諾や著作権の帰属、著作人者格権、特に同一性保持権の取扱について論点になり得る。

2. 映画製作のリスク

映画ビジネスは収益の変動が非常に大きい。予想を超えたヒットを記録し出資の何倍ものリターンが返ってくることもあれば、大ヒット間違いなしと期待されていた作品が蓋を開けると成績が振るわず赤字だった、という例は枚挙に暇がない。そのため、映画に対する投資を検討する場合には、ハイリスクであることを確り認識した上で、そのリスクはコントロールできるのか、どのようにコントロールするのか、負っている投資リスクに見合った十分なリターンが期待できるのか、といった点が重要である。

映画製作のバリューチェーンはⅡ章で示した通りだが、本章では各製作工程において想定されるリスクについて、下図(図表8)を基に概観していきたい。

図表8:映画の製作工程と主なリスク
図表8:映画の製作工程と主なリスク
(出所)三菱UFJ信託銀行作成

まず意識されるリスクとして、前述の通り、映画の劇場公開・二次利用段階において、売上が当初計画時の想定を下回るリスクが挙げられる。その要因としては完成映画作品のクオリティが消費者の期待を下回るというだけでなく、競合作品の存在、消費者嗜好の変化などのマーケット要因の影響、取引先の倒産により売掛金回収が困難となる事象等も想定され得る。一方で、先述の通り二次利用の中で、製作者目線ではB to Bビジネスであるインターネット配信の存在感が増していることから、以前に比べると収益の見通しが立てやすくなっている側面はあると思われる。また、映画鑑賞は娯楽の中でも比較的安価(1回1,000~2,000円程度)であることから、景気後退局面における急激な収益落ち込みの回避も期待できる。これは、PE投資が景気変動を受けやすく、ファンド設立年(ビンテージ)によってパフォーマンスに大きな格差があることが知られており、投資の際にはビンテージを分散することが多い点と対比すると特筆すべき特性と言えるであろう。実際に、日本や北米において、リーマンショックにより景気が低迷した2008年以降数年間も、興行収入の落ち込みは特段みられなかった(日本における2011年の興行収入の落ち込みは、景気要因というよりは、同年に発生した東日本大震災に起因する劇場の閉鎖・休業や劇場公開の中止・延期等の影響があると思われる)。

図表9:リーマンショック前後の日本/北米の興行収入推移
図表9:リーマンショック前後の日本/北米の興行収入推移
(出所)一般社団法人日本映画製作者連盟「日本映画産業統計」、Box Office Mojo (https://www.boxofficemojo.com)の興行収入データを基に三菱UFJ信託銀行作成

また、企画開発フェーズでは企画頓挫リスクがある。これは原作の映画化許諾交渉の不調や調達資金の不足等により、制作フェーズへ移行できずに企画が終了するリスクである。この点は、投資検討の際に企画開発の進捗を確認する必要がある。

制作フェーズでは、主なリスクとして完成リスク、予算超過リスク、制作遅延リスク、及び品質リスクが挙げられる。制作資金不足や天災、感染症の流行、制作現場での事故等の想定外の事象により、撮影等が中断され映像作品が完成しない、又は作品が完成したとしても出費が予算を超過したり完成が遅延したりするリスクがある。品質リスクは映像作品の内容が観客の期待に沿えないリスクであり、前述の売上リスクに繋がる。予算超過リスクに対しては、制作費用の見積もり段階で予備費を計上しておくことが一般的である。また、制作現場の負担感も考慮の上でどのような制作進捗のモニタリングがなされるのか、どのような保険に加入するのか、という点等について投資検討の際に確認していくことになろう。

その他、製作工程全般に跨るリスクとしては、製作者等の信用リスクや訴訟リスク(知的財産権侵害や出演者等との契約トラブル等)等も想定される。

Ⅳ. 実写映画に関する資金調達手法

ここでは主に、現在主流の製作委員会方式と、映画投資ビークルの選択肢の一つとして匿名組合スキームについて解説していきたい。なお、その他の投資スキームとしてクラウドファンディングやセキュリティトークン、信託の形態で投資家を募集する事例もみられる。

1. 製作委員会方式

製作委員会方式は民法上の任意組合として組成されるケースが多い。基本的には業界関係者が共同で製作事業に参画し、映像作品の著作権も出資者で共同保有する形となることから、純粋な投資というよりは共同事業という性格が強い。また、金融商品取引法の観点では、「専らコンテンツ事業を行うこと」、「出資者全員がコンテンツ事業に従事すること」等の一定の要件を満たす場合には製作委員会への出資持分は有価証券に該当せず、同法の適用は受けないものとされている(金融商品取引法第二条に規定する定義に関する内閣府令の第7条第1項第3号)。出資者がチームとなって共同で事業拡大・宣伝に取り組めたり、興行収入が振るわなかった場合のリスク分散ができたりするといったメリットがある。

2. 匿名組合スキーム

一方、匿名組合は商法に基づき成立する組合である。匿名組合の出資金を基に事業を実施する者を「営業者」と呼び、投資家は匿名組合出資者として営業者に対して出資を行う。対外的な事業行為は全て営業者にて営業者の名において実施され、出資者は事業に直接関与しない。一方、契約により一定の報告・説明義務を課すことは可能である。匿名組合出資者は有限責任、すなわち出資額の範囲で損失を負担することとなる。

匿名組合は、映像製作の他では、不動産投資等でよく用いられている仕組みである。不動産投資の場合は、営業者の他の事業との混合を避ける等の理由から、匿名組合事業のみを事業目的とした合同会社をSPC(Special Purpose Company)として設立し、営業者とすることが一般的である。これをGK-TK(合同会社-匿名組合)スキームと呼ぶ。

図表10:製作委員会方式と匿名組合
図表10:製作委員会方式と匿名組合
(出所) 三菱UFJ信託銀行作成

3. 海外での資金調達事例

例えば米国ハリウッドにおいては、金融機関や投資家等からの資金を調達する様々な手法が存在・確立している。インディーズ映画等でよく用いられている手法の一つとして、ネガティブ・ピックアップ方式についてここでは紹介したい。この方式では、事前に配給会社等に映画配給権等を譲渡して最低保証金(MG: Minimum Guarantee)等の請求権を取得し、加えて完成保証会社が提供する完成リスクをヘッジする保険を利用する。その上で、当該最低保証金等の請求権を担保に、金融機関等から映画製作資金を借り入れる。

図表11:ネガティブ・ピックアップ方式
図表11:ネガティブ・ピックアップ方式
(出所) 三菱UFJ信託銀行作成

Ⅴ.終わりに

本稿では、日本の実写映画産業について、業界バリューチェーンの概要から始まり、投資対象として見た場合の特徴や留意点等のポイント、投資ストラクチャーの種類等について述べてきた。日本においてエンタメ産業は国内外での更なる発展が期待されている。そのための資金調達の手段の一つして、業界外の投資家からのエクイティ資金の調達が考えられ、実際に投資ファンド設立の動きが出始めている。筆者としても、本産業への投資が、投資家にとって将来的に投資対象の1ジャンルとなる可能性を秘めているものと考えている。

一方で、業界の独特な用語や構造により、投資家にとって理解に時間と手間を要するのが現状である。この現状に鑑み、実写映画産業への投資に関してなるべく平易に説明するよう試みたものが本稿である。本稿が、エンタメ投資に興味のある投資家や、資金調達の拡大を検討しているエンタメ業界で従事する実務家にとって、今後の検討や議論の一助となれば幸いである。

最後に、本稿の執筆に際し、専門的知見に基づく助言を賜ったビズアドバイザーズ株式会社に対し、深甚なる謝意を表する。
(2025年8月15日 記)

※本稿中で述べた意見、考察等は、筆者の個人的な見解であり、筆者が所属する組織の公式見解ではない
【参考文献】
・『映画製作(コンテンツ・プロデュース機能の基盤強化に関する調査研究)』経済産業省
・『業界の現状及びアクションプラン(案)について【映画・映像】(事務局資料(2))』 経済産業省 第4回 エンタメ・クリエイティブ産業政策研究会 資料4-2

本記事は三菱UFJ信託銀行が公開する「資産運用情報」の転載記事です。

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