三菱UFJ信託銀行 資産運用情報 英国におけるプロダクトガバナンスの動向と日本への示唆First Sentier Investors Product Manager 湊 基成

湊 基成
三菱UFJ信託銀行First Sentier Investors
Product Manager
2006年、三菱UFJ信託銀行に入社。東京およびニューヨークにて、10年超にわたり為替トレーディング業務や為替セールス業務に従事。国内主要メディアに金融市場のコメンテーターとして出演。米国金融規制への対応経験も有する。2024年4月よりFirst Sentier Investorsに出向。同社にてプロダクトガバナンスを担当。
カリフォルニア大学サンディエゴ校経営科学部卒業、日本証券アナリスト協会認定アナリスト(CMA)
Ⅰ.はじめに
我が国政府は、岸田前政権が掲げた「新しい資本主義」の実現を目指し、投資や消費を促進することで「成長と分配の好循環」を生み出す政策を進めている。その一環として、2023年12月に「資産運用立国実現プラン」が策定された。このプランは、国民の資産形成を支援し、経済全体の活性化を図ることを目的としている。
これまで政府は、「資産所得倍増プラン」やコーポレートガバナンス改革を通じて、インベストメント・チェーンを構成する各主体である、家計、金融商品販売会社、金融業者、企業年金基金などに働きかけをしている。しかし、インベストメント・チェーンをさらに強化するためには、資産運用業とアセットオーナーシップの改革が必要であるとされている。この2つは、いわば「残されたピース」として、資産運用立国の実現に向けた重要課題である。
資産運用立国実現プランでは、資産運用業に関する具体的施策の一つとして、プロダクトガバナンスに関する原則の策定が提言されている。これを受け金融審議会の「市場制度ワーキング・グループ」では2024年7月、「顧客本位の業務運営に関する原則(以下、原則)」に「プロダクトガバナンスに関する補充原則」を新たに追加することが提起され、2024年9月に金融庁により当該原則が改訂されたところである。このような政府の後押しもあり、今後、資産運用会社や販売会社といった関係者によるプロダクトガバナンスへの取り組みが加速していくものと予想される。
一方、海外に目を向けると、プロダクトガバナンスは新しい概念ではない。特に英国においては、2000年初頭に金融監督当局であるFinancial Conduct Authority(以下、FCA)(※1) がプロダクトガバナンスに係る各種規制やガイドラインを導入して以降、高度化に向けた取り組みが不断に行われており、日本が参考にできる点も多いと考えられる。本稿では、その過去経緯とともに英国のプロダクトガバナンスに係る特徴を確認した後に、プロダクトガバナンスに関する重要な取り組みの一つであるAssessment of Valueの内容について説明する。そのうえで、日本への示唆についても述べていく。
なお、プロダクトガバナンスについては、近年幅広い金融商品に対して要請されつつあるが、本稿においては他に特段の記載が無い限りは投資信託に対するものを対象とする。
Ⅱ. 英国におけるプロダクトガバナンス
英国におけるプロダクトガバナンスは、一般的には、図表1で記載の通り、金融商品のデザイン、組成、販売時、販売後の各ライフサイクルで商品を管理するための枠組みと言える。適切な枠組みの構築や運用を通じて、関連する法規制を遵守することが求められている。

英国においてプロダクトガバナンスは、リテール投資家保護の一環として発展してきたものである。まず2000年初頭に導入された後に、金融危機等を踏まえた追加策が導入され、強化・定着してきた。また、欧州連合(EU)から離脱したことにより、欧州の中でも独自の取り組み、発展が可能となったことも重要な点として挙げられる。これらを「導入期(2000年~)」、「発展期(2010年~)」と定義したうえで、図表2に記載の通り英国のプロダクトガバナンスに影響を与えた主な取り組みについて確認していく。
※1 2012年までFinancial Services Authority(以下、FSA)が一元的な金融監督当局であったが、2008年から2009年に発生した金融危機を受けて、金融機関の健全性確保を担う健全性監督機構 (PRA)と、金融事業者による業務上の行為の監督を担う金融行為監督機構(Financial Conduct Authority, 以下FCA)に分けられた。本稿において、FCAとは、文脈に応じてFSAも含むものとする。

1. 導入期(2000年~)
英国の金融市場において、リテール投資家保護の枠組みは古くから存在していたものではない。1900年代中頃までは、レッセフェール(Laissez-faire:仏語で「放任する」「そのままにしておく」の意)、つまり経済活動に政府などが干渉しないとの考え方が定着していた。しかし、1980年代に入り、当時のサッチャー政権が進めた金融ビックバン(Big Bang)政策のもと進められた金融の自由化に合わせて、投資家保護や英国経済活性化、ロンドン市場の国際競争力確保のために透明性の高い規制が必要となった。具体的には、1986年に金融サービス法(Financial Services Act 1986)が制定され、現在の英国金融市場の基盤を築く本格的な情報開示制度が導入されている。
しかし、規制緩和により金融商品の多様化・複雑化が進み、金融業者と顧客の間で情報の非対称性が拡大。2000年に入ると複雑化した金融商品の不適切販売に対する苦情が急増。金融機関がこれらの金融商品を契約・販売する際に、顧客の状況を鑑みずに商品提供していたことや、顧客に対して商品内容やリスク、コストを十分に説明することなく契約をしていた事例が多く明らかになった。FCAは現在の英国におけるプロダクトガバナンスの基礎となるthe Treating Customer Fairly Initiative(以下、TCF)を2006年に、そのガイドラインとしての位置づけであるthe Responsibilities of Providers and Distributors for the Fair Treatment of Customers(以下、RPPD)を2007年に導入するとともに、従来どおりの対応では不適切販売を防ぐことは困難であると結論づけた。
① TCF
TCFは、FCAが施行した2000年金融サービス市場法(Financial Services and Markets Act 2000)に基づき導入された業務原則(Principles for Businesses)のうち第6条 「顧客の利益を適正に考慮し、顧客を公正に取り扱わなければならない」に対応したものである。図表3のとおり、同原則に基づき実現すべき6つの結果(Consumer Outcome)を示したものである。
- 顧客が取引する際に、取引先の企業文化にTCFが根付いていると確信できること
- 金融商品およびサービスは、ターゲット顧客層のニーズを満たすように設計されており、それに応じて販売されていること
- 顧客には、販売前、販売時、販売後に適切な情報が提供されていること
- 顧客が投資助言を受ける場合、適合性を踏まえたものであること
- 顧客に提供するサービスは、企業が顧客に対して事前に示していた通りの内容であり、かつ顧客にとって許容可能な水準であること
- 顧客は、金融商品の変更や金融プロバイダーの変更、苦情の提示等について非合理的な制限を受けないこと
(出所) FSA “Treating customers fairly – Towards fair outcomes for consumers” より三菱UFJ信託銀行作成
② RPPD
また、RPPDはTCFで定める結果を実現するための、より具体的なガイドラインとして制定されたものである。リテール投資家向けの金融商品に関して、設計・組成・運用する「製造業者」と、それら金融商品を販売する「販売業者」の責任をプリンシプルベース(※2)で記載したものであった(図表4参照)。
プロセス | 「製造業者」の主な責任 | 「販売業者」の主な責任 |
---|---|---|
組成 | ・ ターゲット顧客層を特定すべき ・ 多様なストレステストを実施すべき |
|
販売 | ・ 顧客が適切な助言を得られる販売業者を選択すべき ・ 販売業者が適合性の原則に則した助言を行うために必要な情報を、十分かつ分りやすい内容で提供すべき |
・ 顧客にマーケティングする際は適切な能力を持って実施するとともに、リスク管理の枠組みを構築すべき ・ 理解が不十分な商品については追加確認をするか提供を停止すべき |
販売後 | ・ 顧客に提供する情報については明確で誤解を招かないようにすべき ・ ターゲット顧客層のニーズに適合しているか、パフォーマンスが当初想定していたものから大きく乖離していないか確認すべき |
<・ 継続的な情報提供など、顧客との契約上の義務は確りと履行すべき ・ 苦情処理の枠組みを構築すべき ・ 製造業者と共有すべき顧客情報については、適時適切に提供すべき/td> |
(出所)FSA “The Responsibilities of Providers and Distributors for the Fair Treatment of Customers”より 三菱UFJ信託銀行作成
※2 プリンシプルとは、各金融機関等が業務を行う際、また当局が行政を行うにあたって、尊重すべき主要な行動規範や行動原則を指す。このプリンシプルに沿って、各金融機関等が良い経営に向け自主的な取り組みを行っていくことに重点を置いていく監督をプリンシプルベースの監督という。
2. 発展期(2010年~)
2008年から2009年に発生した金融危機は、銀行の健全性に係るマクロプルーデンス政策の在り方を変えるのみならず、リテール投資家保護に対する協議や取り組みを加速させる要因となった。証券監督者国際機構であるIOSCOによる最終報告書「リテール向け仕組商品に対する規制」では、「2008年のリーマン・ブラザーズの破綻に関係する金融商品のデフォルトをはじめとする多くの出来事により、リテール投資家が仕組商品について直面しうる問題が明らかになった。これらの出来事により、IOSCOメンバーの間で、金融商品に関する投資家の理解、商品設計、情報開示、適合性評価、不適切販売、販売後の商品管理に関する懸念が生じた。」と述べている。
英国においては、金融危機を受けて、FCAは改めて製造業者や販売業者のプロダクトガバナンスに係るモニタリングや介入を強化していく方針を明示。また、FCAは、各金融商品について、手数料が価値に見合ったものになっていること(以下、Value for Money)を確認していく方針も打ち出した。これらを受けて金融業界では”Product Governance”の概念が本格的に浸透していく。2011年にFCAは市中協議文書Product Interventionを公表しているが、その中では図表5に記載の内容が示されている。
- 過去20年超を振り返ると消費者による損失が多数発生してきた。リテール向け金融市場においては、消費者は、金融商品やサービスの質・価値向上に向けて十分に圧力をかけることができておらず、市場の競争原理が十分に働いていない。
- 金融商品については、デザイン段階など、販売時より前における企業の取り組みが、消費者に対するアウトプットに重大な影響を与えることがわかっており、商品開発時から介入していくことが重要と考えられる。
- また、プロダクトガバナンスに係る規制について、これまでは業務原則にもとづくハイレベルなものであったが、リテール投資家を保護するためには、具体的なルールの導入が必要かもしれない。既存のRPPDをルール化した上で、内容を拡充していくことは検討の余地がある。
(出所) FSA “Product Intervention”より三菱UFJ信託銀行作成
金融危機後の協議を踏まえて導入されたのがMarkets in Financial Instruments Directive II(以下、MIFID II)やAssessment of Value(以下、 AoV)である。
① MIFID II
MIFID IIはEUにおける金融・資本市場に係る包括的な規制であり、リテール投資家保護の強化をその主要項目として含む。英国では2018年より全面的に施行されている。プロダクトガバナンスについてはProduct Intervention and Product Governance Sourcebook(以下、PROD)が新しく導入されたが、内容としてはRPPDの内容がルール化されるとともに、具体的規定(※3)が盛り込まれたものであった。
MIFID IIを受けて、英国を含む欧州ではプロダクトガバナンスに対する取り組みが加速。個社での対応が難しく、検討が進まなかった課題についても、業界横断のワーキング・グループが設立されることで対応が進んだ。図表6は製造業者と販売業者間で対象顧客に関して情報共有をするための業界共通のテンプレートであり、MIFID IIを受けて導入されたものである。

② AoV
プロダクトガバナンスが強化されていく中で導入されたもう一つの施策がAoVである。前述のとおり、FCAはValue for Moneyを確認していく方針を打ち出しており、それに伴い資産運用市場調査(Asset Management Market Study )(※4)を実施している。この調査結果でFCAは、英国の資産運用業界においては十分に市場の競争原理が働いていない、投資商品の価値を踏まえた手数料設定がなされていない、投資家はファンドの規模が大きくなった場合でも十分な恩恵を享受できていない等の課題を指摘し、それら課題への対応策として、一連の規制改革を提案している。その中で、運用会社が提供する金融商品に係るValue for Moneyを定期的に評価する枠組みとして、2019年より投資信託の運営会社(以下、運営会社)(※5)に対して導入を義務付けたのがAoVである。
これ以降、FCAおよび運営会社は、数年かけてAoVの高度化や社内での浸透に注力していくこととなる。例えば、FCAは2020年にCEO宛レターを出状するとともに、2021年および2023年にAoV調査報告書(Authorised fund managers’ assessments of fund value)を公表している。各運営会社はこれらの公表内容や、各業界団体が発信するガイドライン等に基づき、試行錯誤を繰り返しており、FCAおよび英国の資産運用業界がここ数年にわたり最も注力してきた取り組みの一つと言える。また、Value for Moneyを定期的に評価する枠組みは欧州などの一部の地域・国でも検討が進んでいるが、英国ほど、その枠組みに係る詳細な規定やガイドラインが整備されていない。その観点では、AoVは英国のプロダクトガバナンスにおいて、重要かつ象徴的な取り組みであると言える。
次章では、改めてAoVの概要を説明した上で、その運営プロセスや英国資産運用業界にもたらした影響について述べていく。
※3 PRODで具体化された内容としては、次のような内容が挙げられる。1.ターゲット顧客層の特定にあたり、顧客の知識、経験、目的等の考慮すべき項目、2.商品組成時に実施するテストにおいて、市場環境が悪化した場合、サービス提供者による当該サービスの提供が困難になった場合等の検討すべきシナリオ、3.商品販売後のレビューにおいて、引き続きターゲット顧客層に対して販売がなされているか、金融商品に合致しない顧客に販売されていないか等の確認項目。
※4 資産運用業界において競争の原理が働いているか等を確認するために、2015年から2017年にかけて、50社超の資産運用会社や販売業者等に対して調査が行われた。
※5 投資信託の運営について責任を負う会社であり、集団投資スキームに関する要件規定上ではAuthorised Fund Managerと定義されている。AoVは当該運営会社に対して課されている。
Ⅲ. 英国のAssessment of Valueについて
1. FCAによる規制の枠組みおよびAoVの概要
FCAによる規制については、業務原則(Principles for Businesses)等の包括的基準があり、その下位に業種に応じた取扱規定集(Specialists Sourcebooks)やガイダンスが存在する。さらに、個別テーマでの報告書(Thematic Review)等を定期的に発信することで、関連する業者に期待する姿を説明している。
AoVについては、業務原則「顧客の利益を適正に考慮し、顧客を公正に取り扱わなければならない」にもとづき、集団投資スキームに関する要件規定(Collective Investment Schemes 、以下COLL)で実施について規定されている。さらに、AoV調査報告書等で、評価に係る具体的な注意点の説明が加えられている。COLLにおいては図表7に示す最低要件のみが記載されており、より具体的な運営体制や運営方法は、各社が独自で検討・構築していく必要がある。なお、シェアクラスレベル(※6)で評価をする必要がある点が特徴の一つである。
- 運営会社は Value for Money を年次 で評価しなければならない。( COLL 6.6.20)
- 評価においては以下の要素を考慮しなければならない。(COLL 6.6. 21)
A.サービスの質
B.運用パフォーマンス
C.運営会社の費用
D.規模の経済
E.市場における類似ファンドの手数料
F.運営会社における類似ファンドの運用報酬
G.同等の権利を有する他のシェアクラス
(出所) FCA “Collective Investment Schemes”より三菱UFJ信託銀行作成
※6 同じファンド内に設定される異なる株式クラス。手数料や最低購入単位、基軸通貨等が異なる。
2. AoVプロセス
① 運営プロセス
AoVの運営プロセスは図表8のとおりである。ファンドの事業年度が終了次第、運営会社は同事業年度に係るデータや情報を収集。4ヵ月以内に取締役会において評価結果を確定させ、社外向けレポートを作成し公表する。また、各事業年度で抽出した課題に係る対応策の推進と効果測定を同時並行で進めていく。

なお、運営会社の取締役については、牽制を効かせるために、独立取締役を2名以上かつ全体人数の25%以上となるように任命することがCOLLで求められている。さらにFCAは、独立取締役に対して、AoVプロセスを確りと理解し、適切な牽制を効かすことを求めている。
AoVは年次での評価となるが、実態としては、取締役会に対して、四半期以上の頻度で報告を実施している運営会社が多いとみられる。これは、上記のとおり、FCAが社外取締役に対して適切な牽制を効かすことを求めている一方で、年に一度の報告だけではその実現が困難であるためと考えられる。
② 運営プロセス
以下では、図表7で挙げたAoVにおける評価項目を確認していく。
A. サービスの質
当該項目では、各ファンドもしくはシェアクラスが提供するサービスの範囲と質が投資家に対して十分な価値を提供しているかを確認する。サービスの範囲としては、ファンド運営に必須となるサービスに加えて、投資家の利便性を高めるために提供するサービスも考慮する必要がある。図表9は各運営会社において確認しているサービスの一例であり、これらの項目について定性的な評価を行っている。
- <ファンド運営に直接関連するサービス>
- ファンドのガバナンス体制・リスク管理体制
- 投資方針、投資プロセス、投資制限の超過有無
- カストディアンやアドミニストレーターから提供されるサービス詳細
- <投資家の利便性を高めるために提供するサービス>
- 投資商品に係る各種文書、ウェブサイトで掲載の情報
- 投資家向けオンラインツール
- 投資家からの苦情
(出所) 三菱UFJ信託銀行作成
B. 運用パフォーマンス
当該項目は、各シェアクラスのコスト控除後のパフォーマンスを評価するものである。評価にあたっては、ファンドの運用目標や運用方針、運用戦略等を考慮し、評価指標や評価基準を検討する必要がある。図表10は各運営会社で使われている評価指標の一部である。同じ運営会社内でもファンドの特徴に応じて異なる評価指標を用いることもある。
- 推奨保有期間におけるリターン
- 競合他社比でのパフォーマンス
- リスク調整後のリターン
- ダウンサイドキャプチャー
- ボラティリティ
(出所) 三菱UFJ信託銀行作成
C. 運営会社の費用
当該項目は、投資家が負担する手数料について、実際に発生した費用の観点から、その妥当性を確認するものである。
運営会社においては、発生した費用について、それぞれ費目毎、シェアクラス毎に分解し妥当性を判断している。シェアクラスレベルではなく、より上位のファンドレベルや会社レベル(※7)で発生している費用もあるため、これらを適切に割り振るためのポリシーの整備も重要となる。
※7 OEIC(Open Ended Investment Companies)のように会社型投資信託の場合に会社レベルで発生する費用
D. 規模の経済
ファンドやシェアクラスについては、資産規模が大きくなるにつれて、ファンドの運営に係る固定費を分散することができる。また、カストディアン等のサービス提供者に対する交渉力も強くなるため、収益性が上がるといわれている。
当該項目においては、このように資産規模に応じて得られる費用面での効果を「規模の経済」とした上で、ファンドやシェアクラスが規模の経済による利益を実現できているか、そして同利益を実現できている場合に投資家がその恩恵を享受できているか確認するものである。
運営会社では、自社の手数料モデルを踏まえて、投資家への還元方法や、投資家への説明を検討していく必要がある。なお、各社のAoVを確認すると以下のような取り組み事例が示されている
- 投資家が負担する手数料について上限を設定するもの。上限の対象となる手数料の範囲は目論見書等で定められている。
- ファンドの規模が小さい場合、固定費により経費率が高くなることがあるが、上限を設定することで投資家を保護する枠組みである。また、ファンドの規模が拡大するにつれて、固定費の分散を通じて経費率は下がり、投資家は恩恵を享受できる。
<Tiered Pricing Model(段階的費用体系)>
- ファンドの資産規模に応じて、投資家に請求する手数料に一定の割引を加えるもの。
- 割引の対象となるシェアクラスや、割引が適用となる資産規模、割引率は目論見書等で示されている。
E. 市場における類似ファンドの手数料
当該項目は、各シェアクラスで投資家が負担する手数料について、市場における類似ファンドと比較することで、その妥当性を確認するものである。
比較にあたり、比較対象とする手数料と類似ファンドの特定が必要になる。手数料については、主にOngoing Charges Figure(以下、OCF)を用いる。OCFは、欧州において投資家が負担する手数料の比較を容易にするために規制当局が導入し開示を義務付けたものであり、運用報酬にカストディーフィー(※8)や、監査費用、ファンド登録費用等を加算したものである。
類似ファンドについては、投資対象やシェアクラスが異なれば、手数料は当然にして異なってくるため、適切な比較対象先を選定し、データを取得していくことが重要となる。英国においては、開示されているファンドの手数料に係る詳細データをデータベース化して提供するプロバイダーも存在する。これらの詳細データには、アセットクラスや投資領域、シェアクラスタイプ等の情報も含まれるため、ファンドの特徴を考慮した類似ファンドの特定やデータの取得が比較的容易となっている。
※8 有価証券の保管、管理に係るサービスを提供するカストディアンに支払う手数料
F. 運営会社における類似ファンドの運用報酬
当該項目は、各シェアクラスの運用報酬について、同社内で運用する類似ファンドと比較することで、その妥当性を確認するものである。類似ファンドについては、ファンドの運用目標や運用方針、資産規模等をもとに判断する必要がある。例えば、販売を拡大するために、同様のファンドを、英国籍に加えて、アイルランドやルクセンブルクなど別の国・地域でも組成している場合に比較対象となりえる。比較対象としては、公募投資信託に限らず、私募投資信託等も含めて検討する必要がある。
G. 同等の権利を有する他のシェアクラス
当該項目は、同一のファンド内に同等の権利を有し且つ割安である別のシェアクラスが存在する場合に、割高であるシェアクラスに投資家を留めておくことの是非について評価するものである。FCAの資産運用市場調査に係る中間報告では、投資家がシェアクラスを購入後、運営会社が割安なシェアクラスを新たに設定したが、投資家がその割安であるシェアクラスを認識しておらず、古いシェアクラスに残存する場合等の事例が挙げられている。
FCAは資産運用市場調査を踏まえた対応策として、投資家の最善の利益に資する場合は、同投資家から同意を得ることなく他のシェアクラスへの移管を可能にするガイダンスを公表している。運営会社においては、このようなガイドラインも踏まえて、対象となるシェアクラスの有無や、具体的なアクションについて検討していく必要がある。
2. AoVによるインパクト
最後にAoVによる英国資産運用業界に対する影響について確認していく。FCAは資産運用市場調査後に公表した対応策に係る協議文書において、コストとベネフィットについて、以下の項目をあげている。
- 【投資家におけるコスト(いずれも最終的に投資家に賦課される想定)】
- 運営会社においてAoVを準備し、議論するために必要な費用
- 独立取締役を任命、登用する費用
- 【投資家におけるベネフィット】
- 運用報酬の引下げ
- サービスプロバイダーに対するモニタリング強化を通じたコスト削減
(出所) FCA “Consultation on implementing asset management market study remedies and changes to Handbook”をもとに三菱UFJ信託銀行作成
これらのうち、ベネフィットについて、実際に実現できているのか確認していく。まず、FCAによる2023年のAoV調査報告書では、AoVにおいて低評価となったファンドについては各社対応策の検討を進めており、数ベーシスポイントであるものの、運用報酬を引き下げる動きが示されていた。直近のAoVにおいても、いくつかのレポートでは、手数料やExpense Capの引下げ、不芳ファンドの償還等が記載されている。これらの情報からは、実現のペースはさておき、FCAが想定していた方向に向かいつつあると考えられる。
なお、AoVにおいて低評価となったことのみを以って、上記のような手数料の引下げやファンドの償還、合併等を実施する事例は少ないとみられる。それよりはAoVがきっかけとなり、低評価となったファンドやシェアクラスの対応策に係る分析や議論が社内で活発化し、最終的に上記のアクションにつながっていると考えられる。AoVが7つの評価項目から構成されていることは、取締役や社内関係者による多面的な分析や議論を可能にする重要なポイントとして挙げられる。いずれにしても、AoVの導入により、プロダクトガバナンスが英国資産運用業界に一層浸透し、より健全な業務運営に繋がるインパクトを与えたと言えるであろう。
Ⅳ.日本への示唆
冒頭に述べた通り、日本では、プロダクトガバナンスに関する原則が改訂されたばかりであり、英国での取り組みは、日本にとっていくつかの示唆を与えるものと考える。
その1点目としては、規制と自主性のバランスである。日本では、資産運用会社がより良い金融商品・サービスを自らの裁量によって提供するよう、ルールベースドアプローチではなく、プリンシプルベースドアプローチが採用されている。これは新興運用会社が参入する際、プロダクトガバナンス体制の整備が過度な制約とならないようにする必要がある。そのためには、運用会社の規模や特性、提供する金融商品、販売会社の販売方法に応じて最適な体制の確立をさせることが重要と考えるためである。一方、英国ではプリンシプルベースのみならず、ルールベースも活用することで、効果的に運用会社を目指す方向に誘導している。ワーキング・グループの議論でも、資産運用会社や販売会社の取り組みが不十分である場合や、業界で共通のルールを設けることが適切と判断される場合には、将来的にルールベースで対応することも検討されている。その際は英国での取り組みは非常に参考になるであろう。
2点目は手数料の検証と説明責任である。英国ではAoVが導入され、数年かけて高度化や社内への浸透が進められており、手数料や費用、それらの背景について詳細な開示が義務付けられている。日本においては金融商品取引法に基づき手数料や費用を説明する義務が課せられているが、英国と比較すると、手数料の検証や開示の厳格性に発展の余地があると考えられる。金融庁のプログレスレポートでは、アクティブファンドの手数料水準や、販売会社が受け取る代行手数料について、パフォーマンスとの比較や説明に改善の余地があることが指摘されている。こうした指摘は、英国においてFCAが指摘している内容と矛盾しない。顧客本位の業務運営に関する原則における「原則4」では「手数料等の明確化」が示されている。一方、英国のAoVでは、費用を分解して妥当性を検証するアプローチや、規模の経済による利益享受が行われている。これらの視点は、手数料の検証や説明責任を議論する際に、日本が参考とすべき指標となるであろう。
今後、金融庁は市場調査等を繰り返しながら、プロダクトガバナンスの浸透とともに高度化を図っていくことが想定される。資産運用会社や販売会社にとっては、その取り組みが他社比で劣後、又は不十分である場合は、顧客の苦情や信用の毀損を招くことになり、結果としてビジネスの縮小を余儀なくされる可能性もあるだろう。また、プロダクトガバナンスを推進していくためには、カルチャーの浸透が必須である。加えて、人材の確保、システム手当が必要になることもあり、対応に時間を要することも想定される。したがって、プロダクトガバナンスに係る最新の状況や取り組みについて、常にアンテナを張り巡らせ、自社に適した取り組みを前以って検討しておくことが重要であると考える。
Ⅴ.終わりに
本稿では、英国におけるプロダクトガバナンスの発展、現状と日本への示唆について述べた。日本におけるプロダクトガバナンスに対する取り組みは更なる発展が期待されるが、顧客へ最善の利益を提供するという目的は常に最優先事項となる。資産運用会社においては、この目的に対する自社の取り組みを向上させつづけることに加え、販売会社と密にコミュニケーションを取り、自社のみならず業界全体でレベルアップしていくことが資産運用立国実現への後押しとなるだろう。
(2025年4月9日 記)
※本稿中で述べた意見、考察等は、筆者の個人的な見解であり、筆者が所属する組織の公式見解ではない
【参考文献】
・Brian R. Cheffins (2000), “Does Law Matter?: The Separation of Ownership and Control in the United Kingdom”
・Julia Black (2015), “Regulatory Styles and Supervisory Strategies”
・The Investment Association (2022), “IA Guidance and FAQS on Value Assessment and Reporting Requirements for UK Authorised Fund Managers”
・Fund Boards Council (2023), “Assessment of Value: An Impact Study”
・Financial Services Authority (2006), “Treating customers fairly – Towards fair outcomes for consumers”
・Financial Services Authority (2007), “The Responsibilities of Providers and Distributors for the Fair Treatment of Customers”
・Financial Services Authority (2011), DP11/1 “Product Intervention”
・Financial Conduct Authority (2016), MS15/2.2 “Asset Management Market Study Interim Report”
・Financial Conduct Authority (2017), MS15/2.3 “Asset Management Market Study Final Report”
・Financial Conduct Authority (2017) CP17/18 “Consultation on implementing asset management market study remedies and changes to Handbook”
・Financial Conduct Authority (2018), FG18/3 “Changing clients to post-RDR unit classes”
・Financial Conduct Authority (2020), “Dear CEO Letter: Our Asset Management Supervision Strategy”
・Financial Conduct Authority (2021), “Monthly PPI refunds and compensation”
・Financial Conduct Authority (2021, 2023), “Authorised fund managers’ assessments of their funds’ value”
・Financial Conduct Authority (2025), “Collective Investment Schemes”
・Financial Conduct Authority (2025), “Product Intervention and Product Governance Sourcebook”
・金融庁(2024)、「顧客本位の業務運営に関する原則(改訂版)」
・金融審議会 (2024)、「金融審議会 市場制度ワーキング・グループ報告書―プロダクトガバナンスの確立等に向けて―」
・金融庁(2023)、「資産運用業高度化プログレスレポート2023」
・金融庁(2022)、「資産運用業高度化プログレスレポート2022」
・証券監督者国際機構(2013)、「リテール向け仕組商品に対する規制」
・金融庁(2008)、「金融サービス業におけるプリンシプルについて」
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