2025年5月、三菱UFJ信託銀行とかんぽ生命保険、社会変革推進財団は、社会構造(システム)の変革を通じて社会課題の解決を目指す新たな形態のインパクト投資ファンドを3者の連携で運用していく方針を発表した。「システムチェンジ」志向×国内上場株式のインパクト投資がもたらす可能性について話を聞いた。

「システムチェンジ」志向による社会課題の構造的解決を追求

運用者とアセットオーナー、インパクト投資の専門家が連携

古賀 克視氏
三菱UFJ信託銀行 執行役員 受託財産副部門長
アセットマネジメント副事業長
古賀 克視

各社のこれまでのインパクト投資への取り組みを教えてほしい。

古賀 三菱UFJ信託銀行(以降、MUTB)は、年金基金をはじめとする機関投資家のお客様からお預かりする資金を運用する上で、以前からいわゆるESG(環境・社会・企業統治)などの非財務要素を長期安定運用のカギとして重視しています。その上で持続可能な社会の実現への貢献という社会的な責任を果たすべく、2019年4月に責任投資推進室(現MUFG AMサステナブルインベストメント)を設立。従来の投資活動と並行して、環境や社会の問題解決に貢献する責任投資に力を入れる体制を整えてきました。

そうした過程で自然と重視されるようになってきたのが、長期的な投資リターンと環境や社会へのポジティブな効果(インパクト)を両立するインパクト投資です。当社では、2021年10月に自己資金で運用する国内上場株式インパクト投資ファンドを立ち上げ、同投資の第一歩を踏み出しました。

この時、社内にノウハウがほとんどありませんでしたので、専門家の力を借りる必要があったのですが、インパクト目標や効果測定手法の設計など、ファンドの企画段階からインパクト投資に関する様々な知見提供をしてくださったのが、工藤さんが常務理事を務める社会変革推進財団(以降、SIIF)さんでした。

図表 インパクト投資ファンドのスキーム図

図表 インパクト投資ファンドのスキーム図

工藤 SIIFは、日本財団内に2014年に設立された社会的投資推進室からスピンアウトした非営利組織です。インパクト投資のエコシステムを日本に根付かせるための調査・研究活動を行う傍ら、国内で投資事例を増やそうと、ベンチャー企業などの未上場株式を対象に自社でもインパクト投資を手掛けています。こうした取り組みを通じ、個々の企業が生み出すインパクトの測定やエンゲージメントのあり方などについて手法を確立してきました。

大きな組織ではないため、SIIFだけで実現できるインパクトには限界があり、ともにモデルケースを作ってくれる仲間が欲しいと考えていたところに声を掛けてくださったのがMUTBさんです。2025年からは、「システムチェンジ」志向のインパクト投資ファンドの運用に知見提供役として携わっています。

春名 貴之氏
かんぽ生命保険
専務執行役
春名 貴之

春名 かんぽ生命は、前身である旧郵政省の簡易生命保険事業において、お客さまからお預かりした保険料を原資に、地方公共団体向け融資を通じて、小学校や下水道の整備など、地域社会の公的インフラを支えてまいりました。事業と社会のかかわりを重視するDNAは今日まで受け継がれ、インパクト投資という概念が浸透する前から、アセットオーナーとして投資の先に社会を見据える姿勢を大切にしてきました。

2022年には、インパクト志向の投融資をいっそう拡大すべく、「インパクト“K”プロジェクト」を立ち上げました。これは、投資先の事業やファンドの体制、戦略、投資先の選定・モニタリング状況、IMM(インパクト測定・管理)といった要素を精査し、実効的かつ実質的なインパクトの創出を目指す独自の認証フレームワークです。また、2024年には、インパクト投資の国際的なネットワーク「Global Impact Investing Network(GIIN)」に国内の生命保険で初めて加盟いたしました。

個社視点から仕組み全体へ、問題発生の構造分析がカギ

そんな日本のインパクト投資のフロントランナーの3者が集って、新たなインパクト投資ファンドの運用を開始した。

古賀 2025年5月に当社が新たに設定したファンドは、アセットオーナーであるかんぽ生命さんのシード出資と、研究者の立場であるSIIFさんからの知見提供に基づいて、MUTBが運用を行う体制になっています。このインパクト投資ファンドがほかと異なるのは、先ほど工藤さんも述べていたように、インパクトのあり方を「システムチェンジ」を起点に考えているということです。

工藤 システムチェンジ志向の重要性を理解いただくには、従来の課題を知る必要があります。インパクト投資は、国内の市場規模が約17兆円に達するなど、目覚ましい拡大をしてきました。同時に、理念に賛同する投資家の数もかつてないほど増えており、日本でも多くの機関投資家が積極的に取り組む姿勢を見せるようになっています。

市場や関心が拡大した半面、かんぽ生命さんのプロジェクトのように、インパクト投資を実施した結果、どの程度のインパクトをもたらせたのかをしっかりと測定・モニタリングする仕組みに立脚しながら投資している投資家はまだ限定的です。事実、この10年ほどを振り返っても、日本でインパクト投資を通じて何か大きな課題を解決できたという成果がなかなか見えてこない点を踏まえれば、「インパクトの実効性を高めていくこと」が全体的な課題として浮き彫りになっています。

その対応策の一つが、「システムチェンジ」を志向することだった。

工藤 その通りです。SIIFではかねてから、インパクト投資に対するアプローチは、より俯瞰的かつ複眼的なものにしていく必要があるのではないかと考えてきました。

従来主流であった、ベンチャー企業などの非上場企業を投資対象とするインパクト投資では、たしかに個々の企業における課題解決に向けたプロジェクトを支援したり、一点突破型の新しいソリューションの創造を助けたりできます。そうした投資も引き続き不可欠なものですが、それだけだと投資を通じたインパクトが投資先企業の周辺に限定されてしまい、環境・社会などの大きな問題を動かすところまで到達するのが難しかったことも事実です。

いま、過去10年ほどの実践を糧に、インパクトの質を重視する投資家の間では、投資のあり方を見直す必要性が意識され始めているように思います。そのひとつの方向性が、持続可能な社会の実現に向けて解決しなければいけない大きな問題に効果的にインパクトをもたらすためには、従来の「持続可能性を高める取り組み・ソリューションを展開する企業に投資する」という企業起点の投資から、「問題を発生させる社会構造の変革」つまり「システムチェンジ」を促す投資に目標を切り替えていかなければいけない……という内容です。

古賀 もう少し具体的に言えば、いま我々が直面する環境・社会問題には、それを引き起こしている“システム(構造)”を見出すことができ、その構造を分析し紐解いていくことで、問題を生み出す根本的な課題を見つけることができます。その根本課題を解決すべきターゲットと設定し、それに切り込むソリューションを提供する企業に投資することで、問題を発生させている仕組みそのものを変えていこうというのが、システムチェンジ志向のインパクト投資、いわば「システムチェンジ投資」です。まさに2025年5月に設定した新たなファンドが目指す投資スタイルそのものです。

工藤 七子氏
社会変革推進財団
常務理事
工藤 七子

工藤 例えば、「海洋がマイクロプラスティックで汚染されている」という環境問題があります。システムチェンジの観点でこの問題に取り組むならば、まずマイクロプラスティックが海洋に流れ出る構図を探ることが出発点になります。分析を進めていくと、海洋マイクロプラスティックの多くが、走行中に摩耗した自動車のタイヤくずや、衣服の断片が雨や投棄などの原因で海洋に流出したものだという構図が見えてきます。こうした分析に基づくと、同問題の根本的な課題のひとつは「衣服やタイヤが分解されない素材でできていること」と考えることができます。そこで、タイヤや衣服のメーカー企業への株式投資とエンゲージメント活動を通じて「素材を海洋で分解される素材に変える」などの行動変容を促すことで、汚染発生のシステムの変革を試みるかたちです

春名 従来のインパクト投資の視点では、海洋マイクロプラスティックを回収する技術を開発・提供するベンチャー企業などへの投融資が主な選択肢になったかと思います。当然、既存の汚染を軽減する技術に投資することも大切です。ですが、それでは新たな汚染が発生するのを阻止できず、根本的な解決に至りません。問題を再生産するシステムそのものに注目していないためです。

このように、システムチェンジ投資の心臓部は、構造分析と根本課題の突き止めにあると言えます。これはシンプルなようでいて、実際には非常に複雑で難易度の高いプロセスです。環境問題や社会課題などの大きな問題は、多種多様な事情やプレーヤーが複雑に絡み合って、複数の根本的課題で生み出されていることがほとんどで、各要素の関連を精緻に紐解き、取り組むべき課題を突き止めるには、深い知見と専門性が要求されます。

かんぽ生命も、以前からシステムチェンジ投資の可能性に注目していましたが、いざ取り組もうとすると、この構造分析が高いハードルでした。投資は必ずしもポジティブなインパクトだけでなく、時としてネガティブインパクトを及ぼす可能性もあります。「ウォッシュ」、つまり見せかけのインパクト投資の懸念も生じ得ます。負の影響の抑制とウォッシュ懸念の払拭のため、投資家には信頼できる分析に基づいてインパクト投資を行う責任があると思っています。その意味で、今回のファンドが深い知見と高い専門性を持つSIIFさんと協働体制で運用される点は非常に重要だと考えます。

「対話力」で上場企業を動かし、システムを変える

今回のファンドは、日本で初めて国内上場株式を対象にシステムチェンジ投資を行う。

古賀 先述の通り、これまでインパクト投資は、ベンチャー・新興企業を中心とした非上場株式(PE)投資が主流でしたが、日本では欧米のようにPE市場の規模が大きくないため、機関投資家がインパクト投資に積極的に乗り出す際、巨額の投資の受け皿としての限界も見えていました。そこに加え、社会構造全体に働きかけるには、社会システムの主要プレーヤーである上場企業の行動変容が欠かせないと考えました。

MUTBでは、日本株のパッシブ運用などを通じて上場企業への投資ノウハウを蓄積し、長年のエンゲージメント活動を通じてともに多様な課題の解決に取り組んできた上場企業との関係性がありますので、そのシナジー効果を期待する向きもありますが、やはりシステムチェンジ投資に取り組むならば、ターゲットとして適しているのは上場企業になると考えたのです。

工藤 上場企業へインパクト投資を行うことには、知名度や注目度の高い企業の行動の変化を通じて世間に投資家のメッセージが広く伝わる波及効果を通じ、さらに大きなインパクトを生み出せるメリットも期待できます。

ただし、大企業に行動変容を促すためには、相応のエンゲージメント(対話)力がなければ投資家が影響力を行使するのが難しい難点がありました。その点、エンゲージメント活動を通じて幅広い企業とチャネルを構築されてきたMUTBさんが国内の上場株式市場でインパクト投資に取り組まれていることは、実効性あるシステムチェンジ投資を行う上で非常に大きなポイントだと感じています。

新ファンドの運用は始まったばかり。さらにシステムチェンジを促進していくために必要な取り組みは。

春名 忘れてはいけないのが、企業の行動変容を促すには、まず投資家側の意識を変える必要があることです。社会が解決を求める環境・社会課題に企業が正しく取り組み成果を出せば、長期的に見てそこには必ず投資リターンが生じるはずですが、短期的にはコストの増加になります。そこで企業の取り組みの意義を理解し、長期目線で短期のコスト増を許容する投資家の意識変革なくしては、システムチェンジ投資は成り立たないのです。もちろん当社だけが意識を変えても、上場企業の行動は変わりませんから、上場株式に投資する他の多くのアセットオーナーの追随が必要不可欠です。

古賀 かんぽ生命さんの出資が決まった後、複数の機関投資家からこのファンドへの問い合わせがありました。国内有数のアセットオーナーであるかんぽ生命さんに賛同いただけたことは、日本の多くの投資家にシステムチェンジ投資を理解してもらう上で大きな転機であったと感じています。

かんぽ生命が先陣を切り、ほかの投資家の参画を促す

これからのファンド運用への期待や意気込みを教えてほしい。

春名 かんぽ生命は近年、産学連携を通じた大学発スタートアップ企業を投資対象とするインパクト投資ファンドへの投資も手掛けてきました。その過程で、環境・社会課題の解決に向けて高いモチベーションと魅力的なアイデアとを併せ持つ若者がたくさんいることを実感し、嬉しく感じています。当社ではこれまでもインパクト投資を通じてそうした方々が起業された会社を応援してきました。

ただ、ひとつ歯がゆく感じていたのは、彼らの事業が成長し上場を果たすと、株主の期待の影響か、だんだんと主軸が目先の事業や利益の拡大に移ってしまう場合があることです。非上場段階から上場後まで、シームレスに有望な企業の取り組みを後押しし、日本に眠る数多くの優れたイノベーションを環境・社会問題の解決に繋げるエコシステムを構築することは、当社のインパクト投資で目指すゴールの一つでした。

MUTBさんのシステムチェンジ投資ファンドは、いま述べた当社の目的の達成、そして当社が前々から注目していたシステムチェンジ志向の実践、その両立が可能となる取り組みです。その船出の一助になりたいと、喜んでシード投資を決定しました。繰り返しになりますが、多くの投資家がこのファンドの魅力に気が付き、後に続いてくれることを願ってやみません。

工藤 社会システムという大きな対象を変革するために、いかに多くのプレーヤーを巻き込んでいけるかは、間違いなく今後の勝負所ですね。とりわけ、俯瞰的な目線を持つ投資家の参画が重要だと考えますが、ほかにも企業や政府など、あらゆる主体から賛同を得て、オール日本でシステムチェンジに向けて進むことが大切になるはずです。

そうした総動員体制を築くためにも、解決すべき課題の構造を明解に示すことが重要なプロセスだと考えます。例えば子供の貧困問題などは、投資家や企業が「ほかのプレーヤーが取り組むべき分野」と考えがちですが、つぶさに根本課題を探っていくと、企業が設定する給与や昇進体制の男女格差がその根底にあることが分かってきています。つまり企業やその株主である投資家の取り組みで解決すべき問題なのです。このように、構造を理解することには、影響力を持つプレーヤーに正しい参画を促すことができるメリットもあると思います。

SIIFでは、MUTBさん・かんぽ生命さんとともに国内上場企業へのシステムチェンジ投資を行うことで、さらなる知見の蓄積・構造分析のレベルアップを進め、日本のシステムチェンジにいっそう貢献していきたいと考えています。

古賀 信託銀行として、まずはアセットオーナーであるかんぽ生命さんの資金をしっかり運用し、受託者責任の全うに全力を注ぐことが使命です。SIIFさんが提供してくれる最新の分析やインサイトを社内のファンドマネージャーやエンゲージメントチームと連携し、インパクトと投資リターンを両立することに尽力していく所存です。

運用成果を示すことは、ほかの投資家、各ステークホルダーの皆様にシステムチェンジ投資が日本をより良くする意義のある投資であることを示すことでもあります。ファンドの運用を通じて、日本のインパクト投資の裾野の拡大、そしてアップデートに貢献できればと考えています。今後の取り組みにもぜひ注目いただければ幸いです。

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