鈴木 彰人
三菱UFJトラスト投資工学研究所
研究部

2016年、三菱UFJトラスト投資工学研究所(MTEC)入社。
主にリスク管理に関するプロジェクトを担当。
近年はAI・機械学習の金融領域や不動産領域への応用可能性についても研究。

Ⅰ.はじめに

近年、企業価値評価において非財務資本の重要性が高まっている。企業も非財務資本の情報開示を投資家から求められており、その情報源の1つとして統合報告書が挙げられる。しかしながら、非財務資本は一般的にテキスト形式の記述であるため定量化が難しいことが課題となっている。本稿では、統合報告書における非財務資本に関するキーワードの充足度をスコアという形で定量化を試みている。構築したスコアについて、①その他の非財務資本に関わる情報と比較、②財務指標やPBRとの比較、の2つの観点で分析を行う。分析の結果、非財務資本スコアはその他の非財務資本情報と類似した傾向を持つ一方で、財務情報とは異なる定量情報を示す結果となった。

本稿の構成は以下のとおりである。Ⅱ~Ⅲ章では統合報告書や非財務資本に関する基本的な内容について、先行研究を紹介しつつ説明する。Ⅳ章では実際に非財務資本を定量化する方法について解説し、Ⅴ章でその妥当性やPBRの影響についての分析結果について説明する。Ⅵ章は非財務資本スコアの使い方に関しての展望や課題などについて述べたい。

Ⅱ. 統合報告書の開示状況

1.統合報告書とは

統合報告書とは、財務情報と非財務情報をまとめ、企業の持続可能性や価値創造のプロセスを全てのステークホルダーに対して説明するレポートのことである。IIRC(2014)によると、統合報告書の主たる目的は、財務資本の提供者に対し、組織がどのように長期にわたり価値を創造するかを説明することであり、従業員・顧客・サプライヤー・事業パートナー・地域社会・立法者・規制当局・政策立案者を含む、組織の長期にわたる価値創造能力に関心を持つ全てのステークホルダーにとって有益であることを求められている。

2.統合報告書の開示状況

宝印刷D&IR研究所(2024)によると、2023年1月~2023年12月末時点の統合報告書発行企業数は1019社で、上場企業の3割弱が統合報告書を発行する状況になっている。実際に図表1に示すとおり、統合報告書(※1)の開示企業数は年々増加していることがみて取れる。したがって、例えば資産運用分野で「様々な情報を元に企業を横比較する」という目的において、情報が充足してきている統合報告書は1つの新しい情報源として考えることができ、様々な企業の統合報告書を解析することの重要性はより高まってきていると言える。

図表1:統合報告書の開示企業数
図表1:統合報告書の開示企業数
出所:宝印刷D&IR研究所(2024)を元に三菱UFJトラスト投資工学研究所作成

※1 図表1における「狭義の統合報告書」とは、統合報告フレームワークなどのガイダンスを参考にして作成されている報告書、または冊子やWebサイトでレポート名が統合報告書や統合レポートとなっている報告書を指す。

3. 統合報告書の開示がPBRに与える影響

阿南(2018)では、企業が統合報告書の開示を行うことによるPBRへの影響について、OLS回帰モデルによる分析を行っている。2015~2017年の3月期決算の東証一部上場企業(銀行・証券・保険業を除く)に対して分析を行った結果、統合報告を公表している企業はそうでない企業に対してPBRが高い傾向にあるということを示している。

本稿では、この先行研究と同様に、開示がPBRへ与える影響について2023年11月末時点のデータ(※2)を用いて相関分析と回帰分析について追加検証を行った。相関分析は、PBR、統合報告書発行の有無、各財務指標についてそれぞれ1対1の関連性を確認する目的で行っている。次に行う回帰分析は、PBRと各指標との因果関係を分析し、PBRに与える影響を確認する目的で行っている。図表2は回帰モデルで用いた説明変数の一覧である。基本的には先行研究を参考にしつつ、財務指標でコントロールを行っている。

※2 2023年11月末東証プライム上場企業で東証33業種のうち「銀行業」「証券、取引先物取引業」「保険業」「その他金融業」を除いた計1427社を対象に回帰分析を実施。

図表2.回帰モデルで用いた説明変数の一覧
説明変数 略称 計算定義
統合報告ダミー IR 統合報告書発行企統合報告書発行企業=1、非発行企業=0
総資産経常利益率 ROA 経常利益/期首総資産
総資産(対数値) LNTA 総資産の対数値
売上高成長率 SG (売上高 -前期売上高)/前期売上高
売上高研究開発費率 R&D 研究開発費/売上高
現預金 CASH 現金保有高/期首総資産
有形固定資産 PPE 有形固定資産/期首総資産
無形固定資産 IFA 無形固定資産/期首総資産

出所:三菱UFJトラスト投資工学研究所作成

PBRと、開示有無のダミー変数、各財務指標の相関行列は図表3のとおりとなっている。相関行列をみると、IR(統合報告ダミー)とLNTA(総資産)の相関が約52%と高く、規模の大きい企業ほど統合報告書の開示を行っていることが示唆される。大企業ほど情報開示に対する投資家からの要望が強く、また開示のためにコストをかけられることから定性的にも違和感のない結果と考えらえる。

図表3.指標間の相関行列
図表3.指標間の相関行列
出所:日経NEEDSのデータを元に三菱UFJトラスト投資工学所作成

さらにPBRに対する開示の有無の影響を回帰分析によって確認する。結果は図表4のとおりで、IRの回帰係数は正であるものの先行研究の結果とは異なり統計的には有意(※3)とはならなかった。これは、年々開示企業が増えてきている状況下において、単に開示の有無を比較すること自体の重要性が低下してきているのではないか、ということが示唆される。

※3 統計検定ではt値の絶対値が大きいほど観察された差が偶然である可能性が低く、統計的に有意であると言える。

図表4.統合報告の開示有無がPBRへ与える影響
図表4.統合報告の開示有無がPBRへ与える影響
(出所)日経NEEDSのデータを元に三菱UFJトラスト投資工学所作成

そのため、企業の情報開示が進んだ現在においては、統合報告の「開示の有無」ではなく「開示の内容」について着目する必要があると考えられる。しかしながら、統合報告書は基本的にはテキストや図表の情報となっており、全企業の統合報告書を人手で読むのは現実的に不可能である。そこで、統合報告書の内容を機械的に解析し定量化することによって企業間の横比較ができればより有用な情報となるのではないか? という発想に至る。Ⅲ章以降では、実際に統合報告書で推奨されている記載事項の1つである「非財務資本」に対して、定量的に評価・比較する方法について検討を行う。

Ⅲ.統合報告書における非財務資本情報

1. 非財務資本について

現代の企業経営においては、財務諸表で定量的に観測される財務資本だけでなく、観測できない非財務資本の重要性が高まってきている。国際統合報告評議会(IIRC)のフレームワークによると、非財務資本は図表5に示す5つに分類される。また企業は、これらの資本を活用して製品・サービスを提供することでどのように長期的な価値を生み出すか(=価値創造プロセス)を示すことが推奨されている。

図表5.IIRCで定義された非財務資本の一覧
分類 説明
知的資本 組織的な知識ベースの無形資産
人的資本 人々の能力、経験及びイノベーションへの意欲、ガバナンス
製造資本 製品の生産又はサービス提供に当たって組織が利用できる製造物
社会関係資本 コミュニティ、ステークホルダー、その他のネットワークなどの関係、及び個別的・集合的幸福を高めるために情報を共有する能力
自然資本 組織の過去・現在・将来の成功の基礎となる物
サービス提供する全ての再生可能及び再生不可能な環境資源及びプロセス

出所:IIRC(2014)を元に三菱UFJトラスト投資工学研究所作成

2. 非財務資本がPBRに与える影響

企業価値に対する非財務資本の寄与については、PBR(株価純資産倍率)で考えることができる。PBRが1倍の場合は会計上の価値(純資産)=企業価値(時価総額)であるため、PBRが会計上の価値を超えている分(=PBR-1)が非財務資本による付加価値とみなすことができる。

例えば冨塚(2017)は、医薬品企業を対象として非財務情報と企業価値との間の関係性の実証分析を行っている。具体的には医薬品企業14社に対して、独自の観点で5つの非財務資本の開示内容のスコアを算出しPBRとの関係性を分析している。ただし分析においては2つの課題点が挙げられる。1つは分析対象を医薬品企業に絞っていることであり、すべての業種に対して同様の検証ができていない点である。も1つはスコアの算出基準が人手によるものであり、明確な判断基準が無いという点である。

その他にも松下(2023)などでは、知的資本の代替として研究開発費、人的資本の代替として人件費を用いることで2つの非財務資本がPBRに与える影響について分析を行っている。しかし、財務指標では代替することが難しい自然資本や社会関係資本についてはテキスト情報を解析し、何かしらの定量化が必要であると考えられる。

Ⅳ章以降では、上述の先行研究の課題点を踏まえて、「明示的なルールに則った方法」で「統合報告書を開示している全業種(※4)の企業」に対して、「5つの非財務資本を定量化」する方法について検討を行う。

※4 原理上は全ての業種に対して非財務資本の定量化が可能であるが、分析の際は金融業を除いていることに注意されたい。

Ⅳ. 非財務資本情報のスコア化

1. スコアの計算定義

非財務資本を定量化するにあたって、情報検索における順位付けの手法の1つである「Okapi BM25(以下、BM25)(*5)」の考え方を援用している。具体的には、企業cごとに各非財務資本のスコアを以下の式によって計算する。

※5 Okapi BM25は質問文に対してもっとも近しい文書をマッチングさせるための点数付けの手法のことであり、BMは”Best Matching”の略称である。

非財務資本のスコア

スコアの定義式で用いている記号の定義について説明する。まず左辺Scoreの引数から説明すると、企業cに対する統合報告書の文書がDcである。また、Qが非財務資本に関するキーワード群{q1、q2、…}であり、各キーワードqiは自身での設定が必要となる。右辺をみると、キーワードごとに、IDFqi)とそれ以外の2つ要素の積を取り、キーワード群について和(Σ)を取ることでスコアを計算していることがわかる。IDFqi)については、統合報告書を開示している企業数をNall、その中で統合報告書にキーワードを含む企業数をNqiとしたときに、

で計算される。したがって、多くの企業で出現しているキーワードはIDFqi)の数値が小さくなるため、より希少なキーワードほどスコア算出の際に重要度が高いということになる。次に、それ以外の

の構成要素について説明する。fqi、Dc)は統合報告書Dcにおけるキーワードqiの出現頻度を表しており、キーワードが多く出現するほどスコアが高くなる(※6)ようになっている。この時、統合報告書の文章量が多いとその分キーワードを含みやすくなりスコアが高くなりやすい。そのため、統合報告書Dcの文字数を全体の平均文字数で基準化した|Dcave(|D|)で調整(※7)を行っている。kbはハイパーパラメータ(※8)で、Manning(2009)などでも言及されているデフォルトの設定(k=1.2、b=0.75)を採用している。

また設定するキーワードqiの総数が大きいほど、ScoreDcQ)の値が大きくなってしまうため、冨塚(2017)と同様に、5つの非財務資本スコアが0~20の範囲で収まるようにそれぞれ基準化を行っている。

2. キーワード選定

スコアを計算するにあたって、非財務資本を表現するキーワード群Q={q1、q2、…}を決める必要がある。細かい処理について本稿での説明は割愛するが、統合報告書で出現している単語のうち意味が近いもの同士を機械的に集約し、たとえば「研究」と「研究開発」といったように、同じ箇所の2重カウントを避けるように配慮しつつ、最終的には手作業によって図表6のキーワード群を作成した。

図表6.各非財務資本に対するキーワード一覧
非財務資本 キーワード数 キーワードのリスト
知的資本 9 特許、商標、研究、学術、学会、論文、著作、ブランド、共同開発
人的資本 13 研修、人権、キャリア、職場環境、労働時間、労働安全衛生、労災、従業員意識調査、外国人労働者、育児休業、女性管理職、女性取締役、障がい者雇用
製造資本 9 機械化、自動化、インフラ、電子化、エンジニアリング、無人化、サプライチェーン、製造プロセス、設計
社会関係資本 8 寄付講座、ボランティア、地域貢献活動、地方自治体、無償提供、地域コミュニティ、自治体、慈善
自然資本 13 エネルギー、電気、太陽光発電、生物多様性、気候、温暖化、天候、可燃性、リサイクル、脱炭素、カーボンニュートラル、再生可能、天然資源

出所:三菱UFJトラスト投資工学研究所作成


※6 TF-IDFの計算におけるTF項と同じものである。
※7 本来のBM25では文字数ではなく総単語数を用いているが、計算コストの問題から文字数で代替している。
※8 自分たちで何かしらの値を設定する必要があるパラメータのこと

統合報告書における各キーワードの出現頻度の全企業の平均的な割合は図表7のとおりである。知的資本であれば「研究」、社会関係資本であれば「自治体」といったように特定のキーワードの出現頻度が高いことがみて取れるが、計算式の説明で述べたとおりBM25では、出現頻度の多さについてIDF項で調整してスコア付けを行っている。

図表7.各非財務資本に対するキーワードの出現頻度
図表7.各非財務資本に対するキーワードの出現頻度
出所:三菱UFJトラスト投資工学研究所作成

Ⅴ. 非財務資本スコアに対する統計分析

1. 非財務資本スコアについての考察

Ⅳ章で提案したBM25による非財務資本のスコア化の妥当性について定性面と定量面の両方から検証を行う。

まずは松下(2023)でも非財務資本の代替指標として用いられている財務指標と、本稿で算出する各スコアの関連性について確認を行う。図表8では知的資本スコアと売上高研究開発費率、図表9では人的資本スコアと売上高人件費率について業種別平均の比較を行っている。散布図の各プロットが各業種平均となっており、特徴的な業種にラベルを付与している。

知的資本スコアに関しては、医薬品や精密機器、電気機器など研究開発費率が高い業種ほどスコアが高い傾向がみられ、相関も約64%と関連性が高いことから、定性的にも定量的にも違和感のないスコアとなっていることがみて取れる。一方で、人的資本スコアに関しては相関が約▲45%と算出したスコアと売上高人件費率は逆相関の傾向にある。特に売上高人件費率が相対的に低い空運や海運における人的資本スコアが高い結果となった。この1つの要因として、設定しているキーワードの影響が考えられる。本稿では人的資本として単純に人件費だけでなく、ガバナンスや働き方改革、多様性なども重要視されており、そういったキーワードを含めているため、売上高人件費率との正の相関が無くなっていることが示唆される。また、サービス業については特定の企業が売上高人件費率の平均を押し上げていたため、実態と乖離している可能性がある。

図表8.知的資本スコアと売上高研究開発費率の比較
図表8.知的資本スコアと売上高研究開発費率の比較
出所:日経NEEDS のデータを元に三菱UFJ トラスト投資工学所作成
図表9.人的資本スコアと売上高人件費率の比較
図表9.人的資本スコアと売上高人件費率の比較
出所:日経NEEDS のデータを元に三菱UFJ トラスト投資工学所作成

次に、「東洋経済 第19回CSR調査(2023年)」(※9)と、本稿で算出する各スコアの比較を行う。具体的にはCSR調査で評価されている「人材活用」と「環境」の項目について、図表10、11でそれぞれ人的資本スコア、自然資本スコアとで業種別平均を比較する。

図表10.人的資本スコアと人材活用(CSR 調査)の比較
図表10.人的資本スコアと人材活用(CSR 調査)の比較
出所:東洋経済CSR 調査のデータを元に三菱UFJ トラスト投資工学所作成
図表11.自然資本スコアと環境(CSR 調査)の比較
図表11.自然資本スコアと環境(CSR 調査)の比較
出所:東洋経済CSR 調査のデータを元に三菱UFJ トラスト投資工学所作成

※9 https://biz.toyokeizai.net/-/csr/research/No19-2023.html

人的資本スコアについては、図表9に示したように売上高人件費率との関連性はみられなかったものの、図表10に示すように、より多面的な評価をしているCSR調査とは相関が約40%と相応に関連性がみられる結果となった。したがって、今回のキーワード選定とCSR調査における人材活用項目が近しい観点で評価している可能性が高いことを示唆している。また、同様に図表11に示す自然資本スコアについてもCSR調査との相関が約57%と高い関連性がみられ、電気・ガスや石油・石炭などエネルギー関連のスコアが高いことからも定性的に違和感の無い結果となっている。

以上から、Ⅳ章で提案したBM25の考え方を援用した非財務資本情報のスコア化は概ね妥当性が確保されていると評価できる。

2. 財務情報との比較

次に、非財務資本スコアと財務指標の相関について図表12で確認する。

図表12.非財務資本スコアと財務指標の相関
図表12.非財務資本スコアと財務指標の相関
出所:日経NEEDSのデータを元にデータを元に三菱UFJトラスト投資工学所作成

どのスコアもLNTA(総資産)とやや正の相関があることから、企業規模が大きいほどスコアが高くなる傾向がある。特に自然資本に関してはLNTAと正の相関があることから、規模が大きい企業ほど環境への取り組みが活発、もしくは環境に依存した事業が多いと考えられる。また、自然資本とCASH(現預金保有率)とでは負の相関がみられる点については、環境に対しての取り組みを行っている企業は余剰な現預金を用いて投資しているという仮説が考えられる。また図表8と同様に、個社単位の相関(図表12)で見ても知的資本と売上高研究開発費率(研究開発費/売上高)の相関が高いことがみて取れる。一方で、他の3つの非財務資本はLNTAとやや正の相関があるものの、財務指標と大きな関連性がみられなかった。このことから今回計算した非財務資本スコアが財務では説明できない情報、すなわち「財務情報を補完する形の定量情報」となっていることが示唆される。

3. 非財務資本スコアがPBRに与える影響

非財務資本スコアがPBRに影響を及ぼしているかどうかを回帰モデルで検証を行う。図表12をみる限りは各非財務資本スコアとPBRに正の相関がみられないが、それ以外の非財務資本スコアや財務指標でコントロールを行った状態で評価を行う必要ある。今回は①財務指標でコントロールを行わず5つの財務資本スコアと業種ダミーのみで回帰するパターンと②残差回帰(residual regression)と呼ばれる方法で財務指標によるコントロールを行う方法の2つで確認を行う。残差回帰について簡単に説明すると、まず被説明変数と非財務資本スコアをそれぞれコントロール変数で回帰してその残差を計算する。そしてその残差同士で回帰することで、財務指標でコントロールした非財務資本スコアの影響を確認することができる(※10)。

※10 残差回帰に関する理論的な妥当性(Frisch-Waugh-Lovell定理など)については専門書を参照されたい。

図表13. 非財務資本スコアがPBRへ与える影響
図表13. 非財務資本スコアがPBRへ与える影響
出所:東洋経済CSR調査のデータを元に三菱UFJトラスト投資工学所作成

回帰モデルの結果は図表13に示したとおりである。知的資本や人的資本についてはスコアとPBRの関係が正の方向に出ているものの統計的には有意にならなかった。一方で、自然資本についてはPBRとは負の方向で統計的に有意であった。本手法のようにキーワードベースでスコア化を行うと、大沢(2022)などでも言及されているように、環境へ投資しているか否かに関わらず取り組んでいる事業がどれだけ自然災害や気候変動といったリスクにさらされているか、という側面が数値として出てきやすくなっていると考えられる。また、そういったリスクに対応するための投資コストや規制対応などにより投資家への還元が限定的になっているなどの仮説も考えられる。製造資本や社会関係資本についてはPBRとの明確な関係性がみられず、スコアの妥当性を含めてより詳細な分析が必要と考えている。

スコアの計算においては、大きく分けると①テキスト抽出、②キーワード選定、③スコア化のロジック、の3点についてそれぞれ改良の余地が存在する。まず①については、PyMuPDF(※11)を用いてテキスト抽出を行っているが、図表などでうまくテキストが抽出できないものが存在する。そういった対象についてはOCR(光学的文字認識技術)や、画像の取り扱いが可能なマルチモーダル生成AIを用いたテキスト抽出が必要になってくる。次に②のキーワード選定については、明示的なルールとして定義できているもの、本当に妥当な単語を選定できているかの検討の余地がある。③のロジックについてはハイパーパラメータの設定や業種別でのチューニングの必要性などが考えられる。

※11 PDFドキュメントにおける、データ抽出や操作のためのPythonライブラリ

Ⅵ.非財務資本スコアが将来的な株価へ与える影響についての考察

最後に、今回計算した非財務資本スコアを投資判断指標と考えた場合の分析結果について紹介したい。2023年11月末時点で計算した5つの非財務資本スコアの合計値で5分位ポートフォリオを構築し、2023年12月末~2024年12月末までの運用パフォーマンスを計測した結果を図表14に示している。図表14の下段の数値は計測期間(前半・後半・通期)別の各ポートフォリオのシャープレシオである。

図表14. 非財務資本スコアによる簡易的なパフォーマンス評価

図表14. 非財務資本スコアによる簡易的なパフォーマンス評価

図表14. 非財務資本スコアによる簡易的なパフォーマンス評価
出所:日経NEEDS, FactSetのデータを元にデータを元に三菱UFJトラスト投資工学所作成

この結果をみると、2024年6月末までは非財務資本スコアが低いPort5のパフォーマンスが芳しくないことから、非財務資本スコアによるネガティブスクリーニングの有効性が示唆される結果となっている。しかしながら、2024年6月以降は逆に非財務資本スコアによるスクリーニング効果が低下している。その要因の1つとして、新しい統合報告書が開示され、2023年の統合報告書で計算した非財務資本スコアが情報として陳腐化している可能性が考えられる。実際に、経済産業省(2024)でも言及されているように、約70%の企業が事業年度終了後の5〜7ヵ月の間に統合報告書を開示している。したがって3月決算の企業の場合、開示時期が7月~9月に集中することが考えられる。情報の陳腐化を防ぐという観点では、新しい統合報告書が出た段階で、非財務資本スコアの再計算を行うことが理想的である。

本分析では、統合報告書の収集の都合上、2023年12月時点で最新の統合報告書のみを利用している。したがって中長期的かつ理想的なバックテスト条件による検証にはなっておらず、パフォーマンスに関しては必ずしも有効性のある結果(=たまたまではない)とまでは言えない。また、特に企業規模が大きいほど非財務資本スコアが高くなる傾向があるため、サイズなどのファクターの代理変数となっている可能性もあり得る。したがって、継続的に統合報告書の収集および非財務資本スコアの算出を行い、モニタリングおよび追加検証を行っていくことが重要である。

また、この分析はあくまで株価に対する非財務資本情報の織り込みという観点での分析であり、柳(2022)などで言及されている「遅延浸透効果」のような中長期的に企業価値(付加価値)に影響を与える効果とは分けて考える必要がある。非財務資本が価値創造プロセスを通じて、中長期的に企業価値を向上させているかどうか、またその分析における説明変数として今回計算した非財務資本スコアが有効かどうかについては、異なる切り口での分析が必要となる。

Ⅶ.終わりに

本稿では、BM25を用いたキーワードベースのスコア化のロジックを用いて、統合報告書における非財務資本の定量化を試みた。他の非財務資本に関する情報と比較検証した結果、定性的および定量的に妥当なスコアを算出できる可能性が示された。また、算出した非財務資本スコアは、財務情報とは異なる情報を含む可能性があることも明らかになった。

統合報告書をはじめとして、企業は財務情報以外の様々な情報を開示しているが、記載内容や速報性によってその情報の有用性は変わり得る。特に統合報告書などの年次で更新されるものについては短期的な株価への影響は軽微で、中長期的な企業価値に対する影響についてフォーカスすることが重要と考えられる。一方で、今回提案したキーワードによるスコア化の場合、記載内容の充実度に重点を置いているため、将来的な企業価値向上や株価上昇の観点と乖離が生じる可能性もある。これについては、生成AIを用いて記載内容を意味的に解釈して観点を捉える方向性が望ましいが、「明示的なルール」という条件とのトレードオフが生じる。その点については、良いバランスを保つ必要があると考えており、将来的な企業価値の成長に関連するキーワードまたは文脈をうまく抽出することで、根拠のある投資判断に繋がることが期待される。また、非財務資本が企業価値に影響を与えるまでには一定の時間がかかることも想定されるため、定量化したスコアの改良や有効性に関する検証およびモニタリングは継続的に行っていく必要があると考えている。

※本稿中で述べた意見、考察等は筆者の個人的な見解であり、筆者が所属する組織、及び三菱UFJ信託銀行の公式見解ではない。

【参考文献】
・宝印刷D&IR研究所(2024),「統合報告書発行状況調査2023」
・IIRC(2014),「国際統合報告フレームワーク日本語訳」
・冨塚嘉一(2017),「非財務資本は企業価値に結び付くか?―医薬品企業の統合報告書に基づく実証分析」,『企業会計=Accounting 69 (7) 』
・松下美帆,松山健士(2023),「企業価値と有形資産、無形資産の関係について」,『IESS分析レポート』
・阿南晏樹,村上裕太郎(2018),「統合報告と企業価値の関連性について」,『慶應義塾大学大学院経営管理研究科修士学位論文 2018年度経営学 第3398号』
・Christopher D. Manning, Prabhakar Raghavan, Hinrich Schütze (2009), An Introduction to Information Retrieval, Cambridge University Press
・大沢泰男(2022),「企業価値に影響を与えはじめた自然資本 ~カーボンクレジットの活用と規制リスクへの備え~」,『SOMPO Institute Plus Report』
・柳良平, 杉森州平(2022),「知的資本のPBRへの遅延浸透効果」,『月間資本市場(No.438)』
・経済産業省(2024), 「企業情報開示のあり方に関する懇談会」第1-A/B回 事務局資料4 「日本の企業情報開示の特徴と課題」

本記事は三菱UFJ信託銀行が公開する「資産運用情報」の転載記事です。

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