タル・コーエン氏
ナスダック プレジデント
タル・コーエン

金融市場は、歴史を通じて、テクノロジーの発展や変化する業界のニーズに対応すべく進化してきました。過去のオープンアウトクライによる取引所から、今日の世界中がリアルタイムで相互接続されている電子市場に至る変化の過程で、投資家と業界関係者は市場の近代化から多大な恩恵を受けています。

そして金融業界が24時間取引への関心の高まりを認識している今、私たちは再び重要な局面を迎えようとしています。24時間化が実現すれば、投資家のアクセスと資産形成の機会が拡大し、市場の在り方が再定義される可能性があるのです。この度、ナスダック証券取引所の週5日24時間体制の実現を視野に、当社が規制当局や市場参加者を始めとする主要ステークホルダーとの協議を開始したことをお知らせできることを大変うれしく思います。現在は、規制当局の承認を待っている段階であり、重要な業界インフラ事業者との調整を進めています。これらの手続きは2026年後半に整う見通しです。

24時間取引を導入する理由

個人投資家の増加によって世界の投資環境は大きく変化しました。主要な地域経済における富の蓄積によって市場へのアクセスのハードルが下がり、世界的な繁栄を共有したいという意欲の高まりを背景に、投資家による米国市場への参加がかつてないほど活発になっています。

外国人による米国株式の保有総額は、2024年6月時点で17兆ドルに達し、2019年から97%増加しました(※)。アジア太平洋地域の投資家は、豊富な機会、強固な規制枠組み、テクノロジーや医療といった高成長セクターへのアクセスに魅了され、米国市場にますます注目するようになっています。彼らは、金融リテラシーの向上と取引のデジタルプラットフォームの普及に伴い、オプション取引やETF投資などの多様な戦略を取り入れられるようになり、投資家として洗練されつつあります。例えば、過去5年間で56以上のナスダック100指数連動型ETFが設定され、その98%が米国外で発売されました。

※米財務省

ナスダックの市場により多くの投資を呼び込むことは、米国と世界経済の両方に魅力的な機会をもたらします。したがって、取引時間が異なる地域の投資家のアクセスを強化することが私たちの責務であると考えます。

慎重かつ綿密な計画が不可欠

24時間取引の導入は市場の民主化をさらに進める可能性があるものの、実現には慎重かつ綿密な計画が必要です。活気ある市場の生命線は、流動性、透明性、そして完全性であり、いかなる構造的変化もこれらの原則を順守しなくてはなりません。近年、代替取引システム(ATS)やブローカーディーラープラットフォームなどの取引所外で行われる、従来の取引時間外の取引が増加していますが、この時間帯の流動性は通常の時間帯と比べて大幅に低い水準にとどまります。そのため、夜間の取引・投資環境では、ボラティリティと取引コストが相対的に高くなります。

また、世界中の投資家による米国市場への関心が高まり続ける一方で、企業の発行体は24時間取引の導入に対して慎重な姿勢を崩していないことを認識しておくことが重要です。最近当社が行った調査から、対象となったナスダック上場企業の約半数が、特に流動性や企業行動に関して、取引所の取引時間の延長に対して疑問を抱いていることが明らかになりました。現在行われている夜間取引は、監視、透明性、レジリエンスの点で取引所の水準には及びませんが、取引所が夜間取引に参入することになれば、発行体は、投資家にとってより良い取引環境の整備を期待するでしょう。24時間取引の長期的成功を実現するためには、業界内部の私たち全員が発行体の懸念を慎重に受け止め、対応する必要があります。

もう一つの重要な検討事項が、米国市場を支える、有効性が実証されたインフラです。普段はあまり注目されることはありませんが、私たちの市場を支えるインフラは目覚ましい発展を遂げました。米国の株式市場は毎秒数百万ものメッセージを処理しており、取引ルールや投資家を保護する仕組みなどを段階的に変更する際には必ず、業界全体のシームレスな調整、周到な計画、テスト、および協調的な実行が求められます。あらゆる市場で調和の取れた一貫性のあるアプローチを取り入れることが、運用の複雑さを回避し、シームレスな顧客体験を確保する鍵となります。

かつて市場参加者、規制当局、そしてインフラ事業者が力を合わせて、T+1決済や市場のクラウド環境への移行における重要なマイルストーンを達成してきたように、24時間取引に関する議論も、安定性、レジリエンス、信頼性を確保するためには、業界が総力を尽くして進めていかなければなりません。ナスダックの金融システムは相互接続性が高いため、このような変革は誰かが単独で推進すべきものではないのです。

革新への長期的コミットメント

ナスダックには長年にわたってテクノロジーとインフラに投資してきた歴史があり、私たちはこの実績をもとに、市場参加者や投資家に対して安定性、処理能力、そしてレジリエンスの高い世界水準の24時間取引プラットフォームを提供することが可能だと考えます。このような利点を有し、上場のセンターオブエクセレンス(CoE)としての評判を得ているナスダック証券取引所は、グローバルな投資コミュニティに貢献し、この取り組みを推進する担い手としてベストな存在だといえます。

業界として私たちは、常に挑戦し続けてきました。今こそ、徹底的な分析と見識の共有を行い、取引時間の延長が市場の質を損なうのではなく、むしろ向上させるシステムを設計すべき時です。問題は、週5日24時間取引が可能な市場を構築できるかどうかではありません。現在の米国資本市場に対する投資家の信頼をさらに高める形で、どのように実現するかが問題なのです。

【略歴】
タル・コーエン
ナスダック プレジデント
ナスダックのプレジデントとして市場サービス部門および金融テクノロジー部門を率いる。ナスダックの北米および欧州の市場サービス事業、ならびに同社のマーケットプレイステクノロジー、監視、リスク管理、および規制報告ソリューションのポートフォリオを担当。
2016年4月、北米株式のシニアバイスプレジデントとしてナスダックに参画。それ以前は、2008年から2010年までChi-X アメリカズのCEOを務めたのち、2010年から2016年までChi-Xグローバル・ホールディングスのCEOに就任した。
Chi-X入社以前は、1999年から2008年にかけてインスティネットの事業開発および商品戦略担当シニアバイスプレジデントや北米の電子取引担当共同ヘッドなど、複数のシニアリーダー職を歴任した。また、それ以前には、アメリカン・エキスプレスのM&Aマネージャーとして、戦略的投資ポートフォリオを構築した経験を有する。最初の勤務先であるアーサー・アンダーセンでは、金融サービス業界と通信業界を専門とする監査人および上級ビジネスアドバイザーとして活躍した。
2009年から2016年まで、カナダの投資業規制機関Investment Industry Regulatory Organization of Canada(IIROC)の理事を務める傍ら、2013年から2016年までカナダの主要な証券決済機関Canadian Depository for Securities(CDS)の理事も兼任した。
オルバニー大学で学士号を、ニューヨーク大学のスターンスクールオブビジネスでMBAを取得。公認会計士でもある。また、FINRAシリーズ24、7、63のライセンスおよびCSIパートナー、ディレクター、シニアオフィサー(PDO)にも認定されている。