TOP > 注目記事 > 政府の期間限定「消費者還元事業」も後押し

J-MONEY2019年8月号 注目記事

シンクタンクの眼[第4回]キャッシュレス決済

政府の期間限定「消費者還元事業」も後押し

キャッシュレス決済への注目が高まっている。2018年6月に閣議決定された「未来投資戦略2018」では、現状2割程度のキャッシュレス決済比率を2027年6月までに4割程度にすることを掲げた。経済産業省「キャッシュレス・ビジョン」では、2025年までにキャッシュレス決済比率40%を前倒しで達成したうえ、将来的には世界最高水準となる80%を目指すとしている。

導入企業のメリットは
データ獲得、コスト削減、売上向上

 企業にとって、キャッシュレス決済にはどのようなメリットがあるだろうか。第一に、現金決済では収集できない購買データを容易に入手できることがある。決済を本業としない事業者が参入し、100億円還元などの大規模キャンペーンを実施しているのも、利用者とデータを早期に獲得し、決済業務以外の新たなビジネスなどを可能にするための先行投資という側面がある。
 第二に、人手不足が進展する中で現金取り扱いコストの削減につながることがある。レジスピードが改善する、お釣りの受け渡しミスがなくなるといったことだけではなく、完全キャッシュレス化により、毎日30分程度を要しているレジ現金残高の確認作業も不要となる。


三菱UFJリサーチ&コンサルティング
経済政策部 主任研究員
五味 崇氏

 第三に、客数や客単価の増加による売上向上を実現できる可能性がある。経済産業省の調査では、キャッシュレス決済の導入により客数が平均2.1%増、客単価が平均1.6%増になったことが示されている。
 2019年に完全キャッシュレス化したノエビアスタジアム神戸、楽天生命パーク宮城では飲食購入金額がそれぞれ前年比50.2%増、26.7%増になった。
 一方の消費者はどうだろうか。2018年に実施した調査によれば、店舗では現金、クレジットカードでの支払いが多い。
 QRコード決済の利用は5%であった。ただ約6割の消費者でキャッシュレスによる支払頻度が5年前より増えているなど、普及が進みつつある。さらにQRコード決済などの新しいサービスが普及するためには、サービスの認知が進むこと、利用可能な店舗が増え利用に困らないことなどが必要になろう。

 認知はテレビCMや大規模キャンペーンなどもあり急速に高まっている。一方、使える店舗はまだ限られ、どこでも利用できるサービスとまでは言えない。ステッカーなどで確認せずとも、あたり前に利用できることがポイントになる。またQRコード決済では数多くのサービスが乱立している。複数のサービスを使い分けなければならず、利用を尻込みする消費者も少なくない。
 ただ、キャッシュレス推進協議会による統一QRコード規格「JPQR」、デジタルガレージ社による複数のQRコード決済を1つのQRコードで利用できる「クラウドペイ」など、こうした問題への対応も進みつつある。

 他方、消費者の現金利用に関する環境も変化している。例えば、金融機関(ゆうちょ銀行を除く)のCD・ATMは2015年に比べ2018年には2511台減少している。現金の引き出しに手間がかかるようになり、消費者がキャッシュレス決済を利用するメリットも大きくなってきている。
 キャッシュレス決済が普及するためには、どの店舗でも利用できなければならない。しかし、特に中小・小規模事業者では、決済端末の導入コスト、決済手数料、資金繰りがハードルになる1。
1.経済産業省「キャッシュレス・ビジョン」(2018年4月)に記載
 
 決済端末については、Square、Airペイなどのカードリーダーを安価に提供するサービスが登場し、クレジットカードや電子マネーにも比較的容易に対応可能となった。さらにQRコード決済は専用端末がなくてもよい。QRコード決済には店舗提示モードと利用者提示モードがあるが、店舗提示モードでは印刷したQRコードを店頭に掲示するだけでもよい。
 利用者提示モードでも店舗のスマホなどにアプリを導入し読み取るだけで済む。導入コストがほとんどいらないことから、中小・小規模事業者へのキャッシュレス決済普及の切り札になるのではないかと注目を集めている。

 さらに導入を躊躇する大きな要因が決済手数料である。現金決済には必要ない数%の支払いが必要となる。ただ期間限定ではあるが決済手数料を無料化するQRコード決済サービスもある。後述する「キャッシュレス・消費者還元事業」では、政府の補助により決済手数料が2.17%以下となる。資金繰りに関しても、翌日入金を可能とするサービスが登場するなど、使い勝手は向上してきている。

サービスを早く立ち上げ、海外に
データ集中させないことが急務

 キャッシュレス決済はいったん使えば便利なサービスであるが、使い始めるまでの「キッカケ」が難しい。普及へのひと押しとなり得るのが、政府による「キャッシュレス・消費者還元事業」である。この事業は2019年10月1日の消費税率引上げ後の9カ月間に限り実施され、消費者がキャッシュレスで支払うと中小・小規模事業者では決済金額の5%(大手フランチャイズチェーン傘下の場合は2%)がポイントで消費者に還元される。

 決済事業者は加盟店手数料を3.25%以下とし、決済端末の導入費用の1 /3を負担、不正取引の防止を適切に実施することが求められる。決済端末の残り2 / 3は国が補助するため、中小・小規模事業者は端末を無料で導入できる。加盟店手数料の1 / 3も補助され、実質的な加盟店手数料は最大でも2.17%となる。

 消費税率引き上げのタイミングで実施されることもあり、ポイント還元への消費者の関心は高く、店舗側もキャッシュレス決済への対応が不可避になるだろう。日本クレジットカード協会の調査では、消費者の約4割がキャッシュレス決済に対応していない店舗を避ける傾向にあることが示されている。ポイント還元が開始されたならば、この傾向はさらに強まるものと想定される。
 さらに、デジタルマネーなどによる賃金支払いの解禁なども検討されている。現在、労働基準法により賃金支払は現金での支払いや銀行口座振込などに限定されているが、資金移動業者の口座への支払いも可能にする。入口からキャッシュレスとの親和性が高まることにより、さらに使い勝手が増し、普及が進むものと考えられる。

 キャッシュレス決済そのものだけではなく、決済を通じて蓄積されるデータの活用について注目が高まる中で、海外の事業者にデータが集中するといったことがないよう、我が国の事業者によるサービスが早期に立ち上がることが期待される。
 一方で、2018年の北海道胆振東部地震において、停電によりキャッシュレス決済が利用できないなどの問題が生じた。停電やネットワーク障害などへの対策などにも取り組む必要がある。

 またキャッシュレス化が行き過ぎることへの懸念も537ある。米国フィラデルフィア市では、小売店が現金での支払を拒否すること、現金受取拒否と表示すること、現金支払に高い料金を求めることを原則禁止とする法律を制定、2019年7月から施行している。利便性を高めながら、阻害される人が生じないような手当ても必要になろう。

※J-MONEY2019年8月号冊子の「シンクタンクの眼」の記事中、「三菱総合研究所」とあるのは
「三菱UFJリサーチ&コンサルティング」の誤りでした。お詫びして訂正いたします。