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法体制、銀行システムの複雑性が課題に

J-MONEY2016年秋号 注目記事

フィンテック最前線

金融業界の産業革命が日本にも波及
法体制、銀行システムの複雑性が課題に

金融業界の産業革命とも言われる「フィンテック」が日本でも盛り上がりを見せている。有力なベンチャー企業が誕生し、既存の金融機関が開発を本格化させるなど、地殻変動が起きつつある日本のフィンテックの現状などを関係者に聞いた。(工藤晋也、中澤智弥)

高度なシステムがあだに
投資スタンスも保守的

 フィンテックという言葉が世界に広がるきっかけとなったのは、2008年のリーマン・ショックだ。米国や欧州の金融機関に対する不信感が世界中に広がる一方で、金融機関の機能を代替するサービスを提供するITベンチャー企業が台頭していった。これらのITベンチャー企業が提供するサービスは、金融サービスを享受する消費者に広く受け入れられるようになり、次第に“フィンテック企業” と呼ばれるようになっていった。

 フィンテック企業の開発スピードは、重厚長大な金融機関に比べて速く、インターネットを介したサービスは個人から法人まで幅広い層に受け入れられることになった。フィンテック企業への投資額も右肩上がりに伸びている(図表1)。

 フィンテック企業の代表的なサービスの一つが、レンディングクラブなどのオンライン融資だ。2015年末時点で米国内では約1000億ドルの規模にまで市場が拡大している。そのほかにも、クレジットカード決済のペイパルなど、欧米では大きな成功を収めているフィンテック企業が複数存在する。

 対する日本には、欧米ほどの巨大なフィンテック企業は見当たらない。現金決済が主流の手段になっているからだ(図表2)。米国ではクレジットカードとデビットカードによる決済が50%を超え、現金決済は16.7%に過ぎないが、日本では現金が半数を占める。

 さらに国民の大半が銀行口座を保有しており、あらゆる場所に設置されたATMや全国銀行資金決済ネットワークといったシステムを通じて、リアルタイムで高度な決済が可能になっていることから、「決済や融資の領域では欧米ほどの需要は見込みにくい」と日本銀行 FinTechセンター長の岩下直行氏は見る。

 IT投資に対するスタンスの違いも影響をおよぼしている。欧米企業は新しいシステムを導入するためにIT投資を行うが、「日本企業は既存の設備を保守・管理するためにIT投資を行っている。ITの投資比率も欧米の3分の1に過ぎない」と日本CA代表取締役社長の反町浩一郎氏は明かす。

 制度面も大きな要因と言える。欧州では「EU決済サービス指令(PSD2)」という規制のもと、外部企業による銀行関連サービスへの参入緩和など、新しいサービスを生み出す環境の整備が進んでいる。「さらにフィンテック企業のためのインキュベーション施設もある。金融のデジタルサービスが一般的なので、金融機関やユーザーの理解も早い」とインフキュリオン・グループ代表取締役の丸山弘毅氏は話す。

2015年頃から日本でもフィンテックが注目

 高度な金融システムの存在が、新しいサービスの創出を阻んでいたのであれば何とも皮肉な話だ。しかし、2015年頃から日本でもフィンテックが注目されるようになってきた。

 「日本の金融サービスは高性能なシステムを持っていたがゆえに、あまり変化がなかった。しかし、IT技術の進歩や社会環境の変化によって金融サービスも変わらなければならないフェーズになってきた。API(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)をはじめとしたフィンテック技術の浸透により、業界や企業をまたいだ連携もしやすくなった」と丸山氏は語る。

 以前に比べてフィンテックの注目度は上がったものの、欧米にキャッチアップしていくにはいくつかの課題がある。野村総合研究所の上級研究員 金融ITナビゲーション推進部の柏木亮二氏は、「法整備」「銀行システムの複雑性」を課題に挙げる。

 法整備では、暗号通貨に対して法的な位置付けをいち早く与えるなど、業界や分野ごとの法制度が整ってきたが、「横断的な法整備は進んでいない。現状の厳しい法体系では、スマートフォン(スマホ)上での金融サービスであっても個人情報の登録の際に書類による確認審査があるなど、一連のサービスの流れが断絶されてしまう。フィンテック関連サービスのさらなる拡大には、こうした金融サービス全体の在り方を規定する法律の整備も検討する必要があるだろう」

 既存の銀行システムが抱える課題はより複雑である。非常に正確でありスムーズに動く銀行システムであるが、新しい機能の追加やウェブチャネルとの連携に適さないシステム設計なのだ。

 「既存の銀行システムへ新しいIT技術を導入するには、莫大な労力とコストがかかる。各行は、長期的な投資を続けられるかどうか、資金的な体力を見極めつつ導入を検討することになるだろう」と柏木氏は話す。

 丸山氏も法整備を課題に掲げる。「日本のフィンテックが発展するには海外にも目を向ける必要がある。そのうえでイノベーションを起こすためには、思い切ったことをやらなければならない。日本の金融機関のチャレンジを促すような法改正が欠かせない。一気に法改正するのはハードルが高いので、一部改正などで徐々に進めていくのがいいだろう」

 Kyash代表取締役社長の鷹取真一氏は、「クレジットカードの自動引き落としの精度など、日本が抜きんでている領域もあるが、一部のシステムが優秀だったがゆえに競争が起きづらかった。いろいろなプレイヤーが台頭することが技術の発展による競争力の維持には欠かせない」と言う。

官民挙げてフィンテック後押し
国内外企業との連携も深まる

 こうした課題に対して、2017年に改正銀行法が施行されるなど、政府を挙げてフィンテック分野へ取り組む姿勢が高まっている。岩下氏は「金融分野におけるIT活用では、個人情報に関するセキュリティの問題に対して規制や監督を継続・検討しつつも、ある程度自由な開発環境を与えるなど、イノベーションの芽を摘まないよう配慮していく」と強調する。

 課題解決に向けて、フィンテックの業界団体も動き出している。100社以上の会員企業が加入する一般社団法人FinTech協会では、関係省庁や関係団体との意見交換や連携、企業同士の交流活動などを通じて日本のフィンテックビジネスの発展を支援する。

 「情報交換や提携などを図れるように、3カ月に1度のペースで交流イベントを開催している国内だけでなく海外との連携を深めており、米国のシリコンバレーでもFinTech協会主催のイベントを開いている。2016年12月にも大きなイベントの開催を予定している」と同協会の代表理事を務める丸山氏。実際に協会主催のイベントを通じて企業提携が行われたなどの成果も出ている。

 これまで金融の世界では、さまざまなイノベーションが起きてきた。その1つが為替である。為替の仕組みによって現金を直接届けることなく、隔地間で価値を移動することを可能にした。

 「金融業界はイノベーションを通じてあらゆる自由を提供してきた業界なので、フィンテックによって今度はどんな自由が生まれるのか楽しみなところでもあり、やりがいでもある。金融だけでなく、小売りや流通など他の業界にも影響していくので、全く新しいインフラになる可能性もある」と鷹取氏は語った。

 ここからは各企業によるフィンテックの取り組みについて紹介していく。

日本CA

4つのソリューションで
外部連携、期間短縮化に貢献

 金融の世界ではいま、「オープン」「セキュリティ」「スピード」が重要なキーワードになっている。オープンでは他社との連携が事業の発展には欠かせなくなっており、外部とのシステムを結合するAPIの役割が重要性を増している。外部システムとの連結には、企業間のセキュリティを確保する必要性が生じる。

 スピードも欠かすことはできない。「さまざまなデータを見ても、人は一番最初に選んだサービスを使い続けるケースが多いことから、昨今のビジネスはスピード勝負の色彩が強い」と反町氏は話す。

 こうしたニーズを踏まえて日本CAでは、「API管理」「セキュリティ」「アジャイル」「DevOps」という4つのソリューションを提供している。外部との連携にはAPI管理やセキュリティが重要になり、スピードを実現するには、「アジャイルの手法を取り入れることで開発、テスト、リリースという工程を短縮化することできる」(反町氏)

 さらにアジャイルのスピードの向上に寄与するのがDevOpsだ。同社のDevOpsツールでは、開発とテストの工程を自動化することで開発期間の短縮化などが期待できることから、損保ジャパン日本興亜システムズなどが採用している。

 1976年に創業し、世界140カ国に事業所を構えるCAテクノロジーズの強みは、マルチプラットフォーム・マルチベンダーとしてあらゆるアプリケーションやインフラに対応できることと、創業40年の歴史を持つことだ。

 「世界の大手銀行トップ20行の大半と取引があるなど、とくに金融機関との付き合いは深い。多くの金融機関などに最先端のソリューションを提供しており、豊富な海外事例も持っている。こうした強みを日本のビジネスにも活かしていきたい」と反町氏は語る。

Kyash

リアルタイムプッシュ通知で
カードの利用状況を瞬時に確認

 日本は他の先進国よりクレジットカードの決済比率が低い。その理由は現金に比べて決済の透明性が低いからだ。「真のキャッシュレスを実現するには、決済の透明性を改善しなければならない」とKyashの鷹取氏は力を込める。

 システムインテグレーターの「TIS」への提供を発表した同社の「決済カード利用情報のリアルタイムプッシュ通知・履歴閲覧システム」であれば、「クレジットカードで買い物したら体感1、2秒で自動的にプッシュ配信されるため、クレジットカードの保有者はリアルタイムにカードの利用状況を確認できる」(鷹取氏)

 リアルタイムプッシュ通知機能により、クレジットカード保有者は使用日時や場所、金額が確認でき、利用履歴も時系列に閲覧が可能になる。クレジットカードの使い過ぎ、増加傾向にある不正利用の早期発見にもつながると期待されている。

 さらにクレジットカードの利用時にリアルタイムな情報を配信できるため、開封率の高いプッシュ通知によるプロモーション展開も可能になると言う。

 支出の見える化に優れた決済手段にデビットカードがあるが、このサービスを通じてクレジットカードでもデビットサービスの利点を受けることができる。また、クレジットカードの端末には導入コストや従業員教育の負担がかかるため、店舗は新しい端末を入れることに抵抗がある。しかし、このサービスには導入コストや教育負担がないのも魅力といえる。

 Kyashの鷹取氏が今後本格的に見据えるのは為替と決済の融合だ。「銀行にのみ委ねられていた為替業務の新たな選択肢となるようなシステムをゼロから自社開発している。割り勘やお小遣いなどの少額決済を電子化することで、価値の移動がよりシンプルになるサービスを提供していきたい。そのうえで日本はもとより、海外の方にも広く使われるようなインフラ構築を目指していきたい」(鷹取氏)

インフキュリオン・グループ

更新系API機能を実装した自動貯金サービス

 インフキュリオン・グループは、消費活動の電子化によるキャッシュレスな社会の実現に向け、コンサルティング事業や出版・調査事業、決済センター事業などを展開している。

 「スマホやタブレットに接続したカードリーダーにキャッシュカードの暗証番号を入力するだけで、口座振替がクレジットカードなどの申込受付と、その際に必要な口座振替の設定ができる『モバイル口座振替サービス』など、金融サービスの入り口のハードルを下げるサービスを提供している」とインフキュリオン・グループの丸山氏は語る。

 2016年9月には、グループの子会社であるネストエッグが自動貯金サービス「finbee(フィンビー)」の提供を開始した。

 これは同サービス経由で普通預金口座とその一部である貯金用口座間の振替などができる更新系API機能を実装したもので、設定した貯金目標に向けて、普通預金口座とその一部である貯金用口座に、「1日1万歩に届かなかったら500円貯金する」などの日々の生活のちょっとしたルールにしたがって自動的にお金を貯めることができる。

 「いわば電子的な500円玉貯金のようなもの。貯金が目的ではなく、お金を貯めることでほしいものを買ったり、投資資金にあてるなど、生活や人生が豊かになるような事業を展開している。このサービスで資産管理の第一歩を踏み出してほしい」(丸山氏)

 ビットコインをはじめとした仮想通貨への関心が高まっていることから、「もっと早く便利な決済手段を広げていくことで、お金の電子化が当たり前のような世界にしたい。そのようなスキームを日本だけでなく、アジアにも展開していく」というビジョンを描く。

マネーツリー

ライフスタイルを変える資産管理の新しい姿

 フィンテックのスタートアップ企業として2012年に創業したマネーツリーは、銀行カードやクレジットカード、電子マネー、ポイント、証券の情報をモバイル上で一括管理するPFM(Personal Financial Management)サービス「Moneytree」を提供している。

 2016年9月時点で、100万を超えるダウンロード数を記録している同アプリは、年間を通して優れたアプリを表彰する「App Store Best of 2013、2014」を受賞。2016年3月には、ウェブ版やアンドロイド版もリリースするなど、対応可能な端末を増やすことでサービスの浸透を図っている。

 マネーツリー代表取締役のポール・チャップマン氏は「日本の消費者は、複数の銀行口座やクレジットカードを保有しているため、資産の全体像を把握することが難しい状況にある。自動家計簿アプリによって煩雑な資産情報を統一し、同一画面上で確認することができれば、お金に関するライフスタイルも大きく変化するだろう」と語る。

 また、同社が提供するサービスには、金融機関(銀行、クレジットカード、電子マネー、ポイント、証券など)から、取引明細の情報を自動的に取得できるクラウドサービス「MT LINK」がある。2015年1月、APIとして公開がはじまり、IT企業ではIBM、金融機関ではみずほ銀行が同サービスを採用している。

 多様なサービスを提供する同社では、「セキュリティに対する取り組みにも力を入れている。インターネットの大震災と呼ばれる“ハートブリード” によって、世界の最大3分2のシステムがハッキングの危機に陥った際には、国内でいち早くサービスを停止し、対応したとして多くのユーザーから評価をいただいた。ハッキングやシステムの不具合の可能性が完全に否定できない場合は、その都度対処することで利用者にとって透明性が高いサービスの提供を常に心がけている」(チャップマン氏)

 近年、国内でもフィンテック関連企業の存在は金融分野に携わる者にとって無視できない存在となってきている。多様なフィンテック企業がひしめくなか、各社の金融機関との関わり方が問われてくるだろう。

 チャップマン氏は「あらゆる金融機関やフィンテック企業に対して中立的であり、すべての人に恩恵のあるフィンテックのプラットフォームとなる技術を提供してきたい」と話す。

バンクガード

フィンテックの核に必要なセキュリティ対策技術

 バンクガードは、セキュリティに特化したサービスを提供するフィンテック企業だ。神戸大学とサイバー攻撃やフィンテック関連技術の共同研究に取り組むなど、同分野では業界における中心的な存在に挙げられる。バンクガード CEOの藤井治彦氏は、フィンテックにおけるセキュリティの重要性を指摘する。

 「諸外国に比べて日本の不正送金被害は一時的に減少したが、それは世界のなかで日本語を理解できないハッカーの割合が多く、攻撃の対象として日本が後回しにされてきただけ。潜在的にハッキングされるリスクは他国と同様に存在するため、フィンテック関連技術の導入が始まるまえに十分に対応する必要がある」(藤井氏)

 同社の提供する代表的なサービスにネットバンクの本人認証技術および取引認証技術である「スーパー乱数表」がある。2014年11月から金融機関向けに提供されている同システムは、本人確認の際に使う乱数に画像を使用し、送金先の確認に乱数表を用いることで、従来の乱数表では防ぐことができなかったフィッシング攻撃や中間者攻撃、乗っ取り攻撃に対応できる。さらにキャッシュカードの裏面への記載、あるいは別カードとして配布されるため、ワンタイムパスワードのような電池切れによる利用の断絶がなく、誰でも安心して使える利便性を持つ。スーパー乱数表は、すでに全国の信用金庫への導入が決定している。

 家計簿アプリや仮想通貨など、フィンテック関連のプロダクトが次々に登場するなか、同社が新たに取り組んでいる分野は、「貨幣・コインのIT化」だ。

 藤井氏は、「従来の電子決済サービスは、店舗には読み取り機、利用者には支払うための端末が必要であり、双方が揃わない環境では電子決済ができなかった。そのため、紙幣・コインによる支払いから電子決済への移行が進まなかった」と語る。

 こうした課題を解消するために研究開発が行われているのが、同社の「スーパーマネー」である。スーパーマネーは、事前に利用者のキャッシュカードと手のひらの情報を登録する。店舗側は、スマホなどを通してスーパーマネーをダウンロードし、顧客が来店した際に手のひらを本人確認の情報として読み取る。本人確認がとれれば、直接顧客の口座から料金が支払われる。こうして、利用者は、現金や決済に必要な端末も不要となる。

 加えて、藤井氏は「店舗にとっても、通常の電子決済に必要な読み取り機器設置にかかるコストが削減できる」と語る。同サービスは、2017年1月から実証実験が始まり、実現されれば、決済手数料の大幅な引き下げにもつながるそうだ。

KDDI

金融事業への展開を加速
AIを使った外貨預金ツール開発

 KDDIでは三菱東京UFJ銀行との共同出資により、2008年7月に「じぶん銀行」を開業した。「目指したのはモバイル版のネット銀行だ。決済分野では2014年5月に電子マネー『auウォレット』を提供開始した」と語るのはKDDIのバリュー事業本部金融・コマース推進本部長の勝木朋彦氏だ。

 2011年にはあいおいニッセイ同和損害保険と「au損害保険」を共同設立し、ネット生保のライフネット生命保険との資本・業務提携を通じて「auの生命ほけん」の取り扱いも開始するなど、本業外の金融事業への展開を加速させている。

 通信キャリアが金融商品を取り扱うのは世界的にも珍しいが、三菱東京UFJ銀行との共同出資で設立したじぶん銀行に視察に訪れるなど、海外における注目度も高まっている。「通信キャリアとネット銀行などの金融機関が提携した事例も増えてきた」と勝木氏は言う。

 じぶん銀行では2017年春に、キャッシュカードを使わずにスマホでセブン銀行ATMに入出金ができるサービスの開始を予定。米ベンチャーのアルパカDBと提携し、人工知能(AI)が最適な投資タイミングを判断する外貨預金サポートツールを開発することになった。

 「銀行から決済サービス、保険、住宅ローンなど、グループの総力を挙げて多様な商品を開発できる体制が整ってきた。今後はこれをいかに3800万人のau個人ユーザーに届けるかが課題となる。スマホだけでなく、auショップというリアルなチャネルも使って保険やローン商品などを提供していきたい。2500店舗あるauショップをコンサルステーションとして活用していくことができれば」と勝木氏は語った。