Advertisementアクサ・インベストメント・マネージャーズ
TOP > 注目記事 > トランプ政権は貿易戦争につながる

J-MONEY2016年秋号 注目記事

海外レポート

トランプ政権は貿易戦争につながる

クリス・ライト(Chris Wright)
シンガポールを拠点に活動するフリーの金融ジャーナリスト。ユーロマネーやインスティテューショナル・インベスター、フィナンシャル・タイムズ、オーストラリアン・フィナンシャル・レビューなどで執筆。アジアマネーやオーストラリアン・フィナンシャル・レビューでは投資コーナー編集長を務めた。

どちらの候補が勝っても日本にとって「一歩後退」

 米大統領選の第1回テレビ討論会が2016年9月26日に行われ、外国為替市場や資産市場は興味深い反応を示した。民主党候補のヒラリー・クリントン前国務長官が共和党候補のドナルド・トランプ氏に対して優勢との見方が広がると、メキシコペソが対米ドルで急伸するとともに、アジア株式相場も上昇した。

 討論会の結果は、いずれの候補が大統領に選ばれるかによって日本を含む世界市場がどのような影響を受けるかを予測するうえでヒントになる。世界市場にとって、クリントン大統領の誕生は安定ないしはほぼ現状維持を意味する一方、トランプ氏勝利は不安定と市場の混乱につながるという予測が一般的だ。

 日本から見れば、どちらの候補が勝利しても「一歩後退」になる可能性が高い。それは両候補がTPP(環太平洋経済連携協定)反対で一致しているからだ。バラク・オバマ大統領は任期中に議会によるTPP批准を望んでいるが、それが実現しない場合、クリントン、トランプの両氏はいずれが大統領に就任してもTPP批准に反対する姿勢を崩していない。

 TPPは、一般に日本を含むアジア諸国に有利な内容だと見られている。

 「世界のGDP(国内総生産)の40%を占める環太平洋諸国が基本合意したTPPは、発効すれば間違いなく歴史上最も偉大な貿易協定になる見込みだ。TPPは、長期成長が続き、経済改革が進むアジア全体にとって新たな追い風になる」(資産運用会社アルキティのアジア部門責任者、マイク・セル氏)

 TPPの恩恵を最も受ける国は、セル氏によるとベトナムだ。しかし、TPPの主たる特性として、それが事実上の日米自由貿易取り決めであることは広く知られている。経済規模で見るとTPP参加国全体の60%を占める日米は、それぞれがさまざまな国と自由貿易協定を締結しているのに、両国間には自由貿易協定が存在しない。その意味で、日米はTPPという多国間枠組みのなかで2国間協定に合意したことになる。

 米ピーターソン国際経済研究所の試算では、TPPによる日本の輸出入増加は2025年までにそれぞれ年間1400億ドル(約14兆円)に達し、GDPは年間1000億ドル以上の拡大が見込まれる。いずれの数字も他のTPP参加国に関する予測値をはるかに超える。つまり、TPPで最も恩恵を享受する国は日本だ(ただし、経済規模に対する比率では、ベトナムあるいはマレーシアがより恩恵を受ける立場にある)。

 クリントン氏またはトランプ氏が次期大統領に選出された場合、TPPの行方はどうなるのだろうか。表面的にはTPP反対で一致しているが、両者間の反対を巡る温度差は極めて大きい。トランプ氏は全面的に反対であり、これまでの演説では、当選すればTPPから撤退すると公言してきた。

 それに対して、クリントン氏の立場は微妙だ。かつてTPPを支持してきたクリントン氏は、2015年10月に「これまでわかった内容では賛成できない」と言って、反対に転じた。その後、民主党予備選のなかで反対姿勢を鮮明にすると同時に、大統領に選出されても反対を貫くと公約して現在に至っている。

 しかし、TPP合意内容の一部が修正されれば、クリントン氏が最終的にはTPPの支持に回る可能性は残っているという見方が強い。その意味で、クリントン大統領の誕生は、トランプ氏の勝利より、日本にとってポジティブな結果となるだろう。

大統領選で見えてきた米国民の内向き傾向

 TPPを別にすれば、クリントン氏が国務長官として、日本から見ても評価に値する実績を残したことは言うまでもない。クリントン氏が国務長官を務めたオバマ政権1期目の特徴は、米国の軍事・外交戦略の軸足を、日本を含むアジア太平洋地域重視(リバランス=再均衡)に切り換えたことだった。その当時から、クリントン氏は日米同盟の重要性と堅持を一貫して主張してきた。

 一方、トランプ氏の場合、外交は未経験だから、その外交政策を現時点で評価することも予測することも極めて難しい。対日政策も、トランプ氏が勝利した場合、どのように変化するかは想定不能というのが現実だ。トランプ政権になれば、日米同盟にプラス、マイナスのいずれの影響をもたらすかがはっきりするまで、市場は最悪のシナリオを想定した展開になる可能性が高い。

 今回の大統領選からは、米国民が概して「内向き」な傾向を強めていて、外国との自由貿易により懐疑的になっていることがうかがえる。そうした傾向を反映して、クリントン氏が大統領に選ばれたとしても、自由貿易擁護の姿勢が国務長官時代より弱まる恐れがある。日本は、自由貿易については、いずれの候補者が勝利するかに関係なく、より慎重な政策対応を余儀なくされそうだ。

レーガノミクスを彷彿させるトランプ政策

 いずれの候補が次期大統領になるかで、世界市場の反響は大きく異なるはずだ。9月26日の両候補による第1回討論会に対する為替相場や株価の反応はそのことを如実に示唆した。つまり、トランプ氏が勝利すれば、市場は当初大きく動き、同時にトランプ政権の政策がどのようなものになるかを懸命に見極めようとするだろう。

 しかし、現在までにわかっているトランプ氏の政策を基に今後を予測すると、トランプ政権の誕生は米国経済にとって必ずしも悪いことではなさそうに思える。トランプ氏は所得税率と法人税率の引き下げ、インフラ整備予算の増額を公約に掲げている。減税案は、1980年代に米経済再生のために「レーガノミクス」を推進したロナルド・レーガン大統領による大幅減税を彷彿させる。AMPキャピタル・インベスターズの投資戦略責任者兼チーフ・エコノミスト、シェーン・オリバー氏は次のようにコメントする。

 「(トランプ氏の)経済政策の多くは、実際のところ米国経済に大きな押し上げ効果をもたらす内容になっている。レーガン大統領ばりの大幅減税、国防費増額は財政面から景気を刺激し、規制緩和はサプライサイドを刺激することが予想される」

 その見通しどおりに展開すれば、米国経済が強化される可能性が出てくる。それは、世界経済にとって、そしてもちろん日本にとって、良い流れになるだろう。

TPP、対米関係全般で調整を迫られる日本

 問題は、トランプ氏が掲げる政策が実行された後に生じる事態だ。大幅減税と国防費増額は財政赤字の急増を招く。選挙中の発言どおりにトランプ氏が関税引き上げ(特に中国とメキシコからの輸入に対して)という保護主義措置を打ち出せば、貿易戦争が起こり、消費者物価の上昇は避けられないだろう。

 トランプ氏は大統領就任後に移民受け入れ制限を強化すると主張してきたが、それは米国労働市場の伸びを鈍化させ、生産コストの増加を招く。オリバー氏は「インフレ、金利、ドル相場のすべてが上昇して、米国の成長は阻害されてしまう」と指摘する。対外的には、米国が地政学的ショックの震源地となり、米国を巻き込む紛争の発生が懸念される。そうなれば、米国経済の成長が損なわれ、日本を含めた世界経済は深刻な打撃を被ることになる。

 トランプ大統領誕生が現実となることを懸念する向きにとっては、米議会の存在が「救い」となるはずだ。トランプ氏が、議会と激しく対立してきたオバマ大統領と似た状況に陥る可能性は高い。

 一方、オリバー氏の見方は厳しい。「(大統領に選ばれた)トランプ氏が、ハメを外すことを阻止する力が議会にあるとは思えない。また、経済や政治の現実が彼の行動を否応なしに抑制することがあるとしても、そうなるまでには時間がかかる」

 米国では、誰が大統領になっても、議会の承認を得ないで奇異な政策を実行することは不可能だ。ただし、議会の対応は勢力分布によって異なる。最近の議会選挙では、共和党が民主党より優勢になる傾向が続いている。

 今回の大統領選を含めて、特定の選挙のみで将来の政局を予想することは難しい。ナティクシス・グローバル・アセット・マネジメントのチーフ市場ストラテジスト、デービッド・ラファティ氏が解説する。

 「現時点では、大統領選を制する候補がどちらになるのかを含めて、多くの変数は未知のままだ。大統領選と同時に行われる議会選挙の結果、選挙公約をどのように実現するのか、市場にどのような長期的な影響を及ぼすのかも不透明だ。しかし、トランプ氏について言えば、政治の世界では新人であること、政治手腕が未知数であることから、トランプ氏が勝利すれば、市場が短期的に荒れることは避けられないだろう」

 総じて言えば、日本にとってクリントン氏の勝利が望ましいが、いずれの候補が大統領に選ばれても、日本はTPPと日米関係全般について調整を迫られことになるだろう。